この旅日記は1997年6月にフリーペーパー「不定期仏友」第9号として発表されたものを大幅に書き改めたものです。でもこんな前置きはいっさい必要ございません。

9月27日(水) 初日

 大学がテスト休みに入った。

 大学2年当時の俺は、週刊ペースでフリーペーパー「仏友新聞」を出しはじめていたのだが、10号を待たずにネタが枯渇してきた事に気づき、これはまずいとネタを探しに旅立つ事にした。

 チャリ旅も趣味の一つであった俺は、自転車でテスト休み中に行けるところとして愛知県を選んだ。愛知県にあるさまざまなネタになりそうな場所を「珍日本紀行」(都築響一)からいくつかセレクトした(つまりパクリ)。もう10月になろうとしていたが、野宿できるだろうと楽観して、防寒の備えを怠った(いつものことだ)。

 そして9月27日、寮を朝の8時頃に出発した。

 自転車にまたがってから、地図を忘れたことに気づき、あわてて取りに戻った。
 自分のあまりの準備のずさんさに先行きが不安になった(ちなみに先行きが不安になるのはいつもの事だ)。
 ちなみにスタートしたのは三重県伊勢市。

 とりあえず名古屋までR23をひたすら走ることにした。これなら今までのように迷う心配はない。
 はじめの方のR23は悪くなかった。側道というか、車道と離れて歩道があったので、落ち着いてのんびり走ることができた。目に入る景色の右側は国道、左は田んぼ。
 2時間くらいで問題なく津市に到着。ジャスコに入り、2リットルの輸入コーラを買い(193)、トイレ個室に入り、寸法を測り、日記を少し書いた。

 すでに尻が痛かった。ただ、それは走り慣れるまでの辛抱だ。

 R23はトラックが多く通るせいか、体が排気ガスの煤で黒くなる。それまでの旅(琵琶湖/四国紀伊半島)では交通量が少なかったので、その汚れ方に驚いた。腕をウエットティシュで拭くと、それはすぐに真っ黒になった。

 そのうち三重県も北部、もうすぐ愛知県というところ。
 長島温泉に行ってみたかったのだが、そこへ至る道が思いっきり向かい風(南風)で、途中で引き返した。温泉なんて興味ないやい、と捨て台詞を残し。すぐに愛知県に入った。

 14時半ごろ、名古屋市に入った。
 思ったより早く名古屋市に到着できた。
 吉野家で大盛(500)。ただ、吉野家では長居がしにくいので、疲れた体には向いてない気がする。食ってすぐ出る。
 名古屋市に入ったから落ち着いて観光だ。とはいえ普通の観光ではなく、俺は学芸員の資格を持っているほどの館好きなので、まず名古屋港ガーデン埠頭にある[南極観測船ふじ]を見に行った。男のロマンを感じた。なんたら館と展望台の券もセットだったので、展望台にのぼった(700)。トイレの寸法を測った。

 すぐに閉館時刻がきたのでそこを辞して、名古屋駅の方向へふらふらと走り出した。夜通し走ろっかなあ、と考えながら。

 名古屋駅の近くにきて、カプセルホテルを発見した。
 そういえば、カプセルホテルに入った事は無かった。
 そんな俺は、行きそで行かないところへ行く精神にのっとり、引き込まれるようにして入っていった。ウエルビー名駅、だっけ(4100)。(もちろん名駅ってのは名古屋駅の略称。名古屋ではなんの断りもなくこの略称が用いられる。鹿児島で西鹿児島駅が西駅と呼ばれるようなものだ)

 とりあえず外出してゲームをしたり(100)本を2冊買ったり(2300)した。
 それからのちの俺は、外出するのも面倒なので、風呂に一度入ったあとは、朝までカプセル内にいた。

 カプセルホテルは自分に合わない、と日記に書いているが、今となっては、カプセルホテルもテントのようなものに思え、悪かないんじゃないかな。
 カプセル内でテレビを見ながら、ひたすら旅日記を書いた。もちろん旅の感想や翌日の予定にも触れているのだが、全く関係のない話も多く書いた。買った本を2冊とも読んだ。
 それは自分でも反省しているようで、「本なんか買うから。ハードカヴァーの。荷物だって言ったろバカ。その分今日着たシャツはすてることにするよ」と書いてある。
 荷物を減らすために服を捨てるというのは、どうも間違っているような気もするのだが、当時の俺の中での優先順位はそうだったのだから仕方がない。というかシャツを捨てるために旅をしているような気がする。

 そして寮のパンを食べ、買ったコーラの残りを飲んで寝た。

 走行距離 伊勢市―名古屋市 110キロくらい

9月28日(木) 二日目

 あさ8時ごろ、どうも居心地の悪かったカプセルホテルを俺は早々に脱出した。名古屋市立博物館に行くことにした。

 途中、コンビニでおにぎり(339)や飲み物(103)や「SPA!」(300)や「投稿写真」(500)を買い、道を知らずに行ったがなんとなく到着。
 しかし開館時間(9時半)までずいぶん間があった。館前の広場でオニギリを食べ、水道のところで歯を磨いた。

 博物館に一番乗りした。市立博物館はなかなか面白かった(500)。

 そのあと、大須観音で骨董市に遭遇するが、金や荷物の問題でスルーし、名古屋市立科学館へ向かった。

 市立科学館はとてもでかくてめちゃめちゃ面白かったのである。
 俺はロマンチストなのでプラネタリウムも見ようと思った。1回目と2回目のどっちがいいかなー、でもすぐ館なんて見終ってしまうだろうから時間が余ったら困るから1回目にしておくか、と早いほうの回を選んだら、それまでにはぜんぶ見終われなかった。
 だから見学とちゅうでプラネタリウムに。まあ良かったんだけど、小学生の団体がいてうるさかった。そんじゃ2回目にすりゃよかった。
 そのあと残った所を見た。一人でこれだけ楽しめるのだからえらいものだ。俺。

 科学館が楽しすぎで(700)時間をとりすぎて、名古屋城(500)に入城したのは4時過ぎ。ちなみに4時半まで。
 大急ぎで天守閣の最上階にのぼり、適当に景色を見て、すぐ時間となったので出た。
 城公園の休憩所で、入城前に自販機で買った未見の炭酸飲料(70円を5本)を飲みながら今夜のことに少し悩む。

 俺の記憶からはすっかり消え去っていたが、コンビニでおにぎり(370)とエロ漫画誌(320)を購入しているようだ。
 エロ漫画は好きじゃないのに、ときどき思いついたように購入し、つまんなくて後悔するのが定番。

 R41を犬山市の方向へ北上していたら小牧市で夜を迎えてしまった。
 小牧城あたりで野宿でもしようかと思いながら吉野家で並を食べていた俺の目の前に姿を現したのはラッキー健康ランドなる健康ランド。

 そういえば、健康ランドにも入った事がない。
 そこでやはり行きそで行かないところに行く精神は発揮され、泊まることにした。

 健康ランドというのはいろんな風呂(ジェットバス、朝鮮人参風呂、檜風呂、露天風呂、水風呂、サウナ、南極サウナなど)があって、ゲーセンやカラオケも中にあって飯も食えてまあそんなところ。2000円。

 走行距離 名古屋市―小牧市 20キロくらい

9月29日(金) 三日目

 目覚めた。やはり薄い毛布ではダメなのか、鼻水をすする。とりあえず風呂に入った。風呂が主体のところなのだから当然と言えば当然の営為で、俺が貧乏性だからではない。と思う。

 風呂に入ればもう用はない。深夜料金の800円を払って、健康ランドをあとにする。

 健康ランドは食べ物持ち込み不可だったので、素直に正直に自転車の前カゴに入れておいたおにぎりは、賞味期限を過ぎていた。
 いつもなら食うんだけど、旅先で腹をこわしては困るので捨てた。
 なぜかタイヤがパンクしていたのでパンク修理剤を使い、そのままR41の北上を続けることにした。

 走っていたら、ちんぽ神社として世界的に名高い田県神社に著いた。

 健康ランドで歯を磨くのを忘れていたので、手水舎で歯を磨き、顔を洗った。現在の俺はいろいろな神社へ行きまくっているわけだが、そんなやつは見たことがない。やってはいけない事だと思う。

 昼前に愛知県の北端、岐阜県との県境である犬山市に到着した。国宝の犬山城(400)、そばにあった資料館(100)、桃太郎神社(200)などでネタを採集し、これで当分はフリーペーパーのネタには困らぬわいと思いながら犬山をあとにして南へ進路を転じた。


 ↑桃太郎神社宝物館の外。

 ほんとうは、ぜんぜん違うところにあると思っていた性態博物館(400)が実は田県神社の裏手にあったことに気づいていたので、戻ってきた。なかはまあまあ。かんたんんにいうと秘宝館。
 桃太郎神社も性態博物館も、もっと写真があるんだけど、他人のWEBページにもたくさんレポートがあるので俺がやる必要はないかな、と思います。俺のバージョンを見たい方は「仏友新聞」10〜12号を見てください。
 小牧市で散髪をして(1700)、ネタにはならぬが念のために徳川美術館(700)にゆき、モスバーガーで休憩をして(772)、いよいよ知多半島へ入ることになった。師崎港へ走り始めた。

 俺の持参したロードマップは関西版で、名古屋や犬山はなんとか載っていたのだが、知多半島は載っていなかった。範囲外なのだ。
 全体マップに小さく載っているのを参考に、とりあえず、ドキドキしながら走っていた。

 夕方だからか、愛知県だからか、交通量が多い。まっすぐな道だ。信号もない。いい道だなあ。歩道もない。あれ? あの標識はなんだったっけ。車のマークの。

 気がついたら自動車専用道路に入っていた。車がめちゃめちゃスピードを出してるではないか。有料じゃない自動車専用道路はどこから入ったのかよくわからんので困る。
 このまま走りつづけても良かったのだが、あまりにも自動車が俺の横を猛スピードで走りぬけるので恐ろしく、警察に見つかると怒られるし、店のたぐいが一切なく食料も満足に得られぬ状態だったので、一般道へなんとかもどった。

 コンビニでパン(103)と「熱烈投稿」(500)を買った。
 買ってから気づいたが、紙幣が小一枚しかない。たしかフェリー代は1500円くらいしたと思った。どーすんだ俺、俺どーすんだよ! とオレは俺と言い争いを始めた。

 道のわからない不安と金の足りない不安と、道路地図には載ってないんだけど本当にフェリーは知多半島から鳥羽へゆくのだろうかという不安が入り混じって俺の脆弱な精神を圧迫し始めた。
 とりあえず郵便局を見かけるたびに、明日あさここまで戻ってこよう、と思った。
 このまま知多半島を走りぬけて三河湾を回って渥美半島に至ったら伊良湖からフェリーで行けるなあ、など錯乱した精神はどんどんわけのわからない解決策を編み出しつづけていたが、脚はしっかりペダルをこいで自転車を前に進めていた。

 そして師崎港に着いた。鳥羽へも行けるようだ。料金表を見た。小銭を数えたらなんとか大丈夫だった。助かった。

 しかし次の船は翌朝。待合室などももちろん開いてなくて、そとのベンチに腰掛けてじっと朝を待つことにした。とにかく寒い。買ったエロ本を見てももちろん寒い。公衆電話から寮にいた友人に電話をかけた。もちろん寒さは癒されなかった。

 こんな時はカロリーをとれば良いのだろうが、パン一つではたいして足しにはならない。なんでオレはエロ本に千円以上も費やしていたのだろう(投稿写真、熱烈投稿、漫画誌)。そんなもん帰ってきてからいくらでも買えるじゃん、と思ったが、もちろん祭りは終わってこぼれた水は盆には還ろうとしなかったのだった。

 走行距離 小牧市―犬山市―南知多町 110キロくらい

9月30日(土) 最終日

 しかしすべての人間に平等に朝はやってきた。フェリー乗り場の建物が開いたので、すぐに入った。壁のある建物のなんと暖かいものだなあ。
 船に乗った(1540)。

 土曜日という事もあり、レジャー気分でテンションの高い客が多かった。そりゃあ、朝イチで帰途に着いてたのは俺ぐらいだったろう。

 寮に帰って来たとき、残った金は50円だった。

 距離にすると250キロほど。のんびりした旅だった。

9349へ 仏友会本部へ