「今年の夏休みは伊豆半島を走ろうと思うねんけど」と友人に言った。「一日50キロぐらい進んでゆっくり観光しながら」
という俺の考えは言下に否定された。
俺はそんな楽な事をしてはいけないという。
じゃあどうすればいいのだ、という答えはその時出なかった。
伊豆半島2回に分けて一周記
前篇(1999年4月)
1999年の4月6、7日は半年ぶりの連休だった。半年前には奥多摩湖でキャンプをした。
こんどはどこでキャンプしようかと思っていた俺の頭に浮かんだのは伊豆半島。伊豆半島は一周250キロほどだ、キャンプとおなじくらい、いや明らかにキャンプの100倍好きな長距離サイクリングが、1泊2日ありゃできるんじゃないか。
しかしよくよく考えれば、俺のすむ東京から伊豆半島へ行くまでがずいぶんある。100キロもないけれども50キロ以上は間違いなくある(計算しろよ)。箱根越えもある復路を考えれば1泊2日ではまわれそうにない。というか一度走ったことがあるからめんどい。そのような様々な、例えていえば暗礁により、計画は早くも頓挫するかと思われた。
しかしひらめいた。天才の俺は。
じゃあ小田原まで鉄道で行って沼津から鉄道で帰ればいいじゃん! と。
自転車用語で言うところの輪行(りんこう)だ。
つまり自転車を持ち運べるようにすればよいわけだ。ということは持ち運べる自転車、ということで頭に浮かんだのは折りたたみ自転車。よし、折りたたみ自転車を買おう。そして伊豆半島を軽やかに走ろうじゃないか。
さっそく渋谷の東急ハンズで、英国製の折りたたみ自転車「ブロンプトン」を購入。錠税盗難保証含め74004円。重さが11キロばかりあるが、3段変速で荷台や空気入れもついてるイカシタ野郎だ。いや、野郎と決め付けるのはよくないな。
渋谷から自宅まで走ってみたがこれと言ったストレスは感じられない。いい感じだ。
買ってから気づいた。持ち運びできる旅自転車って、MTBやランドナーがなかったっけか。というかそれが普通だろ。折りたたみ自転車である必要があったのだろうか。走りにくいだけじゃないのか。
と思ったけどそんなもん、買ってしまったものは仕方がない。7万も出したんだ。これで行こう。モトとろう。
で、ゴアテックスのシュラフカバー(モンベル)/インナーシーツ(クローアップシーツ/モンベル)/マグライト(単三2本)/カメラ(鳥居撮影用)/フィルム(2本)/デジタルカメラ(その他撮影用/35万画素)/ラジオ/ICレコーダ/ガムテープ/ライター(ガムテを巻いた)/地図/酒(テキーラ)/筆記具/レインパンツ(ゴアテックス)/ポケットティシュ/傘(折り畳みではない)/靴下/乾電池/カロリーメイト/キットカット/飴/ゼリー状カロリー飲料(まあ、ウイダーインだ)/このようなものをジャックウルフスキンのデイパック(23リットルくらい)に詰め込んだ。自転車は布団用シーツで包んだ。かっこうはジーパンにサンダル、長袖と半袖のTシャツ、シェラデザインズのアノラック。薄着のような気もしたが、伊豆半島って暖かいんだろう。
4月5日。出発日。目覚めてどうも気分が優れない。前日の疲れがまだ残っている感じだ。そのうえ今日も仕事だ。大丈夫か。
一日ふつうに身体を動かして働いて、仕事は終わって夕方、まだ気は重い。前日までのワクワク感はどこへ行ってしまったのか。心なしか頭痛もするようだ。
しかし行かねば。ここまで準備したんだ。自転車まで買ったんだ。
気力を振り絞って荷物を背負う。どうにも傘が邪魔っけだったので傘は持っていかないことにした。その代わりにTシャツを一枚足し、リポビタンDを飲み干して、17時20分、自転車を手に家を出た。
11キロの自転車は思ったより重かった。太ももに自転車があたって痛いので、両手で抱えるように運んだ。駅についた頃には握力もずいぶんうせていた。大丈夫か。というか駅まで乗って行けばよかったんじゃないのか。
西武新宿線の車内は上りということもあり空いていた。ドアの横のスペースに自転車を置いて座る。
今晩は夜通し走らねばならぬというのに、もう眠い。不安だ。
そして西武新宿についた。ここから小田急線の新宿駅に向かう。
小田急の駅に行ったことはなかったが、小田急百貨店のほうにあるのだろうとうろ覚えに歩き出す。夕方の新宿は人が多い。自転車が人にぶつからぬように注意しながら歩く。
そんなとき、ちょうど小田急の前で三上満(日本共産党)が都知事になりたいからと演説をしていた。そうね、そんな時期だったのね。物すごく大勢の人が聴衆として静止していた。ロープなども張られて、つまりいつもよりも使える道は狭く、そこを家路を急ぐ人々。ああじゃまっけだ。絶対三上を落とすと思った。というか俺が落とした。
そしてなんとか18時30分、駅へ。小田原まで850円。
発車直前の急行はどうみても超混雑で、自転車を持つ俺なんか乗れそうになかったので本厚木行きの準急みたいなのに乗りこんだ。例によってドア横のスペースに自転車を置いて、座れなかったのでその横に立った。
いつもは扉が開くたびに自分も外に出て、降りる人の邪魔にならぬようにしている俺だったが、今日は乗り降りすることで、自転車から離れた位置にいってしまうことを恐れて動かなかったので、とても邪魔だったろうなあ。
右図のように立っていたわけだが、外からは俺が直立しているように見えるようで、乗ってくる乗客、俺のヒザにぶつかりまくり。満員なので、正面に立った女性の足の間にひざを入れるような感じになってしまった。
コンパスを忘れたことに気づいた。まあいいや。円が描けなくて困ることはないだろう。
19時55分、本厚木に到着、小田原行きの急行に乗りかえる。
20時17分、渋沢という駅でようやく座ることができた。それまでも席は空いていたのだが、自転車の横に座りたかったのでシートの端が空くのを待っていたのだ。
そして33分、ようやく小田原に到着。東口の改札を出て、すぐに自転車を走行モードにかっこよく変形させ、シュラフカバーとレインパンツとシーツを荷台にくくりつけた。44分、出発だ。ちょっと肌寒い感じもするが気のせいだろう。というか、しかたない。
今回おもに使うR135へゆくために、まずR1へ。
と思ったがなかなか見つからない。ぐねぐねと迷いながらR1についた。
去年の夏に通ったはずなのに全く記憶にない。ほんとにここでいいのか、と思いながら俺の足はペダルを踏むことをやめずにどんどん進んで行く。R135との分岐ってもしかしてもう通りすぎちゃったんじゃないか、と頭で思っていてもペダルを踏みつづける。
合ってた。前方にR135との分岐を示す青い案内標識が見えた。これでひと安心だ。ということで21時、そういえば昼から何も食べていないことを思い出して、見えたガストに入店。ここは去年の夏にも入ったガストだ。
イタリアンハンバーグ和風セットとスーパーホップスのジョッキ。1159kcal(メニューによる)。1417円(レシートによる)
地図を見たりメモをとったりしながら体を休める。近くに座っていたオタク風五人女たちがずっとゴキブリの話をしていた。あまつさえクモを殺す話などを始めた。さいわい俺は、そういう話を聞きながらでも食欲は全く衰えない(ゴキブリやクモを食うと思えば逆に食欲もわくと言うものだ)。でもまわりの家族づれなどはいやだったろうなあ。
で排便をして21時47分、ガストを出てR135に入った。ここからが本当のスタートだ。
ずんずん走るとすぐに「真鶴道路」という有料道路の入口に差しかかった。新道と旧道があり、新道は軽車両不可だが旧道は自転車で通れた。ここを通らねば山間をぐねぐねするR135を走らねばならぬところだったと喜びながら走る。
ずいぶん進んで料金所、20円を払って更に進んだ。真鶴半島は昼だったら行ったかも知れぬが夜だったので通過。
そこそこ車も通るそんな道を、そこそこ楽しく走る。
しかし走っていたら、自転車のペダルから変な音がし始めた。
右足でペダルを踏んだ際にギーーという変な音がするのだ。やはりこの自転車は長距離をずんずん走るものではなく、近場をてろてろとふら乗りするような自転車だったのだろうかせっかく友達になったばかりなのに酷使しすぎたのだろうか。しかしここまできてなんともできぬ。走れなくなるまで走ってやると決めてさらにペダルを踏んだ。
22時37分。走っていると暖かくなったのでTシャツを一枚脱いだ。アノラックはポケットを活用したく、透湿性はなかったがそのまま着ていた。面白くはないがロンドンブーツ1号2号のオールナイトニッポンを聴いていた。
熱海市に入ると、熱海ビーチラインという有料道路が現れたが、自転車は通行できなかったのでR135を進んだ。ビーチラインというだけあって、道は海ギリギリを走るとてもよさそうな道だった。R135はそのせいで内陸というか斜面を走り、ぐねぐねとアップダウンを繰り返しながら、左下にビーチラインを見ながらくやしがりながら熱海市街へ。なるほどなんとなく繁華な感じだ。ファミレスもある。若者もたむろしている。
市街地を出てけっこうすぐ、23時40分ごろ、錦ヶ浦のトンネルを出たところにあるちょっとしたところでベンチに腰掛け休憩をした。
キットカットが甘くない。そういえば植村直己が、冒険先で毎朝甘い紅茶を飲んでそれを甘く感じたら元気な証拠だと書いていたが、この時の俺はどうやらとても疲れていたようだ。というかそんな確認法を用いるまでもなく疲れていた。
日付が変わった。寒くなってきたので脱いだシャツをまた着た。自転車が出す音はさっきよりもひどくなってきていた。ついでにいうと夜中の道路はべつにどこにいくという目的ももたずただスピードを出して走りたいのだというような自動車が多くなってきた。やだなあ。
なんか体が疲れていた。気力も心臓もやる気はあるのに、太ももが動く事を拒否し始めた。疲労が脚からきた。はやく休憩したい休憩したいと思いながら走りつづけた。
そして0時半すぎ、伊東市に入った。気がついたら、自転車は音を発しなくなっていた。なんだ、馴染んだのか。どっちにせようれしいことだ。めちゃめちゃ眠くなってきたのに太ももは元気回復、脚が止まらない。なんでこうチグハグかなあ。
1時を過ぎ、伊東駅から少し北に外れたところにサンハトヤはあった。ここが温泉マリンプールに3段逆スライド方式のフィッシングパークなどのあるハトヤかー。そのとなりに終末処理場とかいうのがあり、それの上がしおさいひろばという人造公園になっていた。入口に自転車を停め、階段を上がり公園へ。ベンチに腰掛け、仰向けになり、すでにパーソナリティがココリコに代わったオールナイトニッポンを聴いた。
あれ? だめだ、なんかへこたれそうだ。
公園内をふらふらと歩いていてベンチや東屋を見るたびにあ、ここで寝ていいんじゃないの、など思ってしまう。もう眠いし疲れたし、ここは人も来ないし寝るには絶好のポイントだった。ここで寝てあした電車で帰っちゃえよ別にどこでやめても問題ねえよ、と悪魔がささやいた。もう一人の悪魔が、まだ走り出して3時間ばかりで何言ってんだよ走れよバカ、と言う。どちらも悪魔なのが気にかかったが、長い死闘の末に走らせる悪魔が勝利をおさめ、38分、がんばって再出発。
それにしても月は明るかった。これといって街灯もない道も、月明かりのおかげで楽しく走ることができた。ま星は見えにくくなるけど。
そして自転車を押しながら、自転車への親近感が異常に深まり、ああ、これで俺とお前も仲間だなあ、と思っちゃった。みんなはそういうことあるのかな。
とにかくだんだん腹が減ってきた。休憩するごとにポケットに入れたキットカットを食うが空腹は癒せない。2時半、上り坂の途中でファミリーマートを見つけて入った。オニギリとパンとコーラの500ペットを買って(392円)食う場所を探しながら走る。
3時37分、東伊豆町に入った。こんな記述が重要なのはおれだけ。聴いたことのない人のオールナイトニッポンだった。
もうだんだん眠くなってきた。もうヤバくなってきた。明日まで寝ずに走ろうと思っていたのにもう無理だ。寝られそうなバス待合所を探し走る。
ベンチが狭かったり明るすぎたりいいところはあまりないまま、4時ごろだろうか、「北川」という待合所に至った。そこに入り自転車を停めパンを食ったオニギリも食った。そしてクローアップシーツをとりだし中に入った。しばらくすると寒くなってきたのでシュラフカバーをそのうえに装着した。そして少し寝た。
5時過ぎに目覚めた。1時間ちょっとしか寝てないけどなんとなく眠った気になった。目が覚めたのだからそうなのだろう。
25分、ラジオを聞きながらバス停を発車。別に聞きたい番組はなかったが、天気予報を聞ければと思ってラジオ。でもLFやTBSでは伊豆の天気はよくわからない。でもなんか雨が降りそうなことを言っていた。
1時間ほどして河津町に入った。河津町といわれてもそれがどのくらい進んだものなのかはよくわからないままに。
公衆電話で177をまわし、伊豆地方の天気予報を聞いた。午後からは雷を伴う雨だという。
空を見上げる。快晴だ。そんなばかな、と思ったが専門家のいうことだ、降るのだろう。どうしよう。傘は持ってきていない。というか雨の中を走ってまでがんばる気持ちもない。あるにはあるが俺は仕事を持つ身だ。俺のこの身は砕けようとも構わぬが他人に迷惑がかかる。ここは「雨が降るなら走らぬ」と決めた。
さらにすすんで7時半ごろ下田市。市というからにはそこそこ店もあるだろうから、食べ物などを補給しようと思った。数十分たって駅前についた。このさき食べ物屋があるのか不安だったので駅前のマクドナルドに入店。朝飯を食った(535円)。食べながら地図を見ながら、やはり無理はするまいと決めた。
9時過ぎに出店(とは言わぬか)。ここから少しばかりR136を走る事になる。
ぐだぐだと海の見えない道をアップダウンしながら30分も走ると南伊豆町。まあ、こういうのは俺の知らない人が勝手に決めた区分なのでなんという感慨も湧かない。そりゃそうだな。それからしばらく走るとP16との分岐(県道ってアルファベットで略すとどうなるの?)にいたり、石廊崎に行くために左折して県道に入る。
そうして海が見えてくる。雨なんか微塵も降りそうにない快晴。青い空に青い海、アップダウンはあるものの海が見えるから気分はいい。俺は海が大好きだ。そういえば海岸沿いのアップダウンって、うねうねの外側が高く湾側が低いな。そりゃそうか。
というまにトンネルの手前にある道に左折して数百メートル行くと石廊崎の入り口。石廊崎はどうやら高台にあるようで、登り口の入口に鳥居があった。
入口の横に駐車場があり、バイクは100円とあったので、まあ100円払って自転車を停めておこうと思ったら、駐車場のおばちゃんに、自転車の人はみんな自転車と一緒に行くよ、と言われたのでじゃあここまで一緒に来たのだし仲間なのだから行こう、と坂道を押した。
400メートルゆくと到着。ただ、途中の50メートルくらいは下り坂になり階段になってしまったのでその手前に自転車を停めた。ほんとに自転車の人は一緒に行ってるんだろうか。
俺は実はここで夕暮れまでのんびりしようと思っていて、大間崎(青森県)や入道崎(秋田県)のような芝生のようなものがどわっとある広い崎を想像していたのだが、写真のように岬はこんな感じだった。ということでのんびりする事もできず、まあどうせもう帰るからいいやと思いつつ、でもこんなにいい天気なのにほんとに雨降るのかよ、とまだ思いながら、でもなんか疲れたから帰ろう、と思いながらひどい強風にさらされながら他の人より長い時間先っちょにいた。二組の中年夫婦の写真を撮ってあげた。
で一切カネを落とすことなく石廊崎を離脱。来た道を下田へ向かって戻ることに。ここまでこまめに時刻表示してきたくせに石廊崎への到着時刻表記をなんでしないんだよ、と思われるむきもあるかも知れぬが、それは記録するのを忘れていたからさ。俺はそういう男さ。
なんか雲行きが怪しくなってきた。さっきまであんなに晴天だったのに、ここで降られちゃまずい、と俺は往路の時は押していた坂道も自転車から降りることなくガンガン走った。よくこれだけの体力が残っていたなとチラリと思ったがそんな事思ったら体が疲れを思い出すのでとりあえず騙し騙しで。
そして13時前、下田駅前に再到着。そしてマクドナルドに再入店(682円)。そして駅に行き自転車を軽やかに変形、しばしの逡巡のはて特急スーパービュー踊り子でもって帰宅。
総走行距離 133,8キロ
後篇(1999年10月)
伊豆半島ものこりは半分だ。わざわざ夜間走行する必要はない。朝イチに出て走ろう。
10月18日。4時起き。〔こだま〕を使い、7時半には熱海についた。ということは日帰り熱海見物もできるんだな。下田へゆくのに乗り換えて、伊豆急下田にはついたのは9時20分。すでに出発時より一枚薄着。
改札を出るとき、駅員に「これ(自転車)袋ないの? ないとまずいよ」と言われた。「はあ、そうですか」と答えたが、俺はその、まずい状態、剥き出しの自転車でJR三鷹駅の改札を通過し、駅員がまわりで自動改札機を誘導していた新幹線の改札も難なく通過してここまで来ているのである。いまさらマズイも糞もない。入れるのに出られないっておかしい。
つまり伊豆急はJRと違って、剥き出しの自転車で改札を通過できない恐れがあるので注意が必要だ。へん、どうせ帰りはJR沼津だ。関係ねえや。
とりあえず駅前のマクドナルド。この店に入るのは通算で3回目だ。なんで3回もこんなとこで食ってんだと思うが、それも面白いのでよし。
ソーセージマフィンセットにフランクバーガー(483)。マクドナルドを出て、ローソンで食料を買って(ウイダーイン、パン、ソーセージ、カロリーメイト/695)、店の外で寝袋などを自転車に装着。めちゃ店の邪魔っぽかったが無視。
ここから石廊崎へは半年前にも走った道だ。同じ道を走るのはシャクだが仕方がない。ほかに道がないんだから。ちなみに、もう、さっきより一枚薄着。Tシャツ1枚。
11時18分、石廊崎への入口の手前の公園で休憩。旅先ではカロリーメイトとともに愛用されているウイダーインゼリーを飲む。メシ食ってる場合じゃないんで。
そのまま20分くらいぐたーっとしていた。風が強く、背の高いヤシの木が揺れる。長袖シャツを1枚着て出発。石廊崎は行ったので今回は無視して通過。ただただ走る。
14時前にどこだか忘れたけど展望広場というところに著いた。Tシャツは汗でびしょびしょなのでここでちょっと乾かそう。着替えがないから着たままで。
ここには売店もある自販機もある。しかしトイレはない。俺は喉が乾いて仕方がなかったのだが、尿意もかなりピークに近づいてきており、缶コーヒーをひと缶飲んだだけで出発。
空腹だ。しかし飯を食うところがない。
15時41分、伊那下神社から湧く神明水を飲む。空腹感は満たされるわけもない。
メシ食うとこ無いのかよ、と思いながらもずりずり自転車は前に進む。そのまま松崎町に入った。
いくつかのメシ屋らしき店をなんか入りづらいなあと思いながらパスし、そういえば道にモスの紙袋が落ちていたからモスがあるのかもしれない、など思いながら走っていたら見つかったので迷わず入店。不断から、すぐにモスに入る俺だし。
それにしてもモスはいいなあ。(ホットチキン、チーズハンバーグサンド、モスチキン、冷コー/1008)あ、チキンがかぶってしまったバカ。
モスのトイレってミラーがでかいのが多い気がするなあ。小便をしているとちんぽ丸見えで面白いなあ。
なんか夕方走っていたぐねぐねした道には、こういった像がえんえん数十体はいたね、配置されていた。もう裸体裸体で俺も裸になって一緒に写真をとろうと思ったが普通に車の通る道なのでやっぱできなかった。
〔恋人岬〕への入口を見つけたが、そこから岬までは結構あり、自転車では戻ってくるのが面倒だ。それにもう夜だったので無視。夜だから行くべきなのか?
19時。〔旅人岬〕はとってつけたような名所でヘボすぎで却下。造成中っぽかったし。
真っ暗ななか、多少気持ち良く、うねる坂を下っていると、はたはたと音がする。どうにも誰かが走って追いかけてくる足音に聞こえる。もちろんそんなわきゃないんだが聞こえるものは仕方がない。不気味で仕方がない。どうやら袖が風でハタメイテイル音らしいとわかってもやっぱり気味悪い。妖怪[べとべとさん]とかってこういうとこから生まれてきたんだろうなあ。
日本一だか世界一だかの花時計のある公園のところで休憩をした。花時計をぐるっと取り囲むように健康を課題とした遊歩道が設置されている。いや、「遊」じゃねえな。案内板に従えばそこは裸足で歩くと健康に良いらしく、なるほど砂利のようなものが敷き詰めてあるところ、波打った板のようなものが敷き詰めてあるところなどがある。
おれは幸い素足にサンダルばきだったので、即座にサンダルを脱ぎ、その道を歩いてみることにした。
痛っ!その一角には、猛烈にとがった石を敷き詰めてあり、足に穴が開きそうに痛いのだった。罰ゲームじゃないんだから、とすぐ離脱。足が疲れていたからツボに異常に反応したのかもしれない。
海水浴場のトイレで用を足し、シャワー室の前のなんか屋根の有る板の間のそんなところで休憩。ここで寝るかなあ、でももうちょっと進んでおかないと明日がしんどいからなあ、ここ壁ないしなあ、などと暫く思って出発。すぐ目の前にCMでおなじみのホテルニュー岡部。サウンドロゴをちょっと口づさんでみる。
そしてアップダウンの繰り返しだ。夜はスピード感がなくなるのか、ブレーキもなんかあんまりかけない感じだ。べつに対向車が来るわけでもないのでスピードも出せる。ここで56、1キロという、俺観測史上最高速度を達成。この夏に東北で54キロがでたときは恐ろしくてたまらなかったのに、ぜんぜん怖くもなかった。夜のせいだけじゃなく、道も広かったんだろう。じゃなきゃ死ぬぞ。なんども書いたほうがいいかもしれないけど、折りたたみ自転車だぞ。16インチだぞ。
それだけスピードが出る下り坂には、それだけ上り坂もある。自転車を延々押し、何度も何度も、道路の真ん中に立ちすくみ、ぜえぜえと呼吸をし、呼吸が整ったらまた動き出す、の繰り返し。
なんで俺はこんな真っ暗のなか自転車を押し続けてるんだろう。誰に何を言われたわけでもないのに。これは本当に俺の趣味なのか。それとも仕事か。こんなもん、サイクリングでもツーリングでもねえ、。ただ自分の走っていないルートを埋める作業じゃないか。〔伊豆半島西海岸を走った〕という結果だけが俺は欲しいのか、違うだろ、旅ってその経過が楽しいんじゃないのか。
もうやめよう、寝よう、ダメだ。
どうしようもなく足は重くなってきた。よく考えたらモスで食ってから何も固形物は腹に入っていない。めまいがしそうだ。名は忘れたがナントカ現象だ(ハンガーノックというらしい)。登山語でいうとシャリバテだ。妖怪でいうとぬりかべだ。ぬりかべがでたときは何かしら食うといいらしい。というかべとべとさんにぬりかべと、今日は妖怪が2体も出現したことになるな。
しかし休めそうなところがない、どこかちょっとしたスペースでいいんだ、たとえばカーブのアウトコースはちょこっとふくらんでいるが、ああいうところでもいいんだ、休ませてくれ。
山側の道路の脇に、どこへ上がるのか知らぬがコンクリートのよくある階段があった。いつも見るたびに、あれはなんのためにあるのかよくわからなかったが今わかった。
俺を休ませるためだ。
殆ど通らない自動車にもいちおう注意しながら反対車線に移り、自転車を停め、階段にへたりこむ。しばらくそのまま呼吸が落ちつくのを待って、魚肉ソーセージをとりだし食べた。
ラジオを聞きながらパンを食べて、出発。残り数十キロだと思うと非常に気楽だなあ。数十キロが気楽なのか。
沼津駅に到着。もちろん改札は自転車むきだしのまま通過。
走行距離 139、6キロ
総距離 273キロ