えーこれはあれですね、97年ごろに「不定期仏友」っていう不定期刊の紙切れで発表したものをもとにしております。だので文体がカタクルシイ場所もありますが直すのが面倒だったんだよ。あと殆ど覚えてないので旅中に書いた旅日記を大幅に引用しております。

山陽平凡チャリ旅夏日記(1996年8月)

 長期休暇になると、やたらとチャリ旅に行きたくなる。
 夏休み、しばらくは実家。家から出発できるといえば、紀伊半島四国も廻った俺に残ったのは西へ行くこと、つまり山陽道を行くことだけだった。あ、海沿いを走りたいんです、俺。
 で、山陽道を九州に向けて走ることにした。うまくいけばそのまま日本海岸を走って家まで戻って来られればいいなとも思っていた。無理だったけど。

 ちょっと困った話を。
 帰ってきてから「夏休みどこへ行った?」などと問われたりする。「九州に行った」と答える。事実である。しかし、九州に何のために行ったのか、と問われると、フェリーに乗って大阪まで帰ってくるためと答えるしかないのである。まるでフェリーに乗るためだけに大阪から九州に行ったように思われそうだが、そもそも俺の自転車旅行にこれといった目的など無いので、それを目的と捉えられても別に否定はしない。逆に無目的性が強調されてよい。そうね。

 準備はおそろしく適当だった。既に九州一周を成し遂げたということが俺の大きな自信となっており、荷物はできるだけ削る方向で考えられた。
 資料によれば、九州旅の際に持って行ったものとして、
 「寝袋・ウエットティシュ・ガムテープ・ライト・メジャー・フィルム・カメラ・タオル・ラジオ・カッターナイフ・着替え(途中で捨ててもいいもの)・時計・道路地図・使い捨てカイロ」
 をあげている。使い捨てカイロははずされて当然だが、寝袋もはずされた。夏だし。夏に寝袋なんて持って行ったことないし。というか冬に持って行ったのも九州が初めてだけど。
 ほかには、着替えが大幅に削られた。
 前回は、防寒具という考えで嵩張ったが、今回は日数もたいしたことないし、夏だからということで、Tシャツを二〜三枚だけ持って行った。下着はどこかで買えばいい、と考えた。洗えばいい、とはなぜか考えない。というか捨てるために持っていくんだけど。
 そのぐらいで足りた。(旅から帰ってくると、辛かったことを忘れてしまうので、もしかしたら何か足りなくて困ったのかもしれないが忘れた)
 上記以外で必要なものとしては、道路地図はもちろんだが、濡れタオルを作るためのタオル、ウエットティシュー、日記を書くためのメモ帳とそこに時刻を記入するための時計(時刻を知る必要はあまりないのだから持たない方がおもしろいと思うけれど)、夜に道路標示板などを見るためのライトなどか。
 趣味の道具(お絵かきセットとか)は各自で決めれば良い。

 マシンは前回九州の時と同様、シルバーです。前カゴに蓋がついていて、ころんでも荷物が落ちないのが便利だと思った。

 いつも作ってるんだけど、今回も旅メモは作った。資料はもちろん都築響一『珍日本紀行』(ちくま文庫上下巻)です。とうじは文庫も出てなかったから、「SPA!」(扶桑社)の連載をスクラップしたものからですね。
「鼻ぐり塚(岡山県)
 乳神様(岡山県)
 カブトガニ博物館(岡山県・笠岡市)
 自動車時計博物館(広島県・福山市)
 耕三寺(広島県・生口島 三原市尾道糸崎港フェリー)」
 これだけ。
 というか、鼻ぐり塚とかは岡山県にあるという情報だけでどうしようもない。そして結局どこへも行かなかった。
 おれは何を楽しみにチャリ旅をしているのだろうか。
 ほかには九州発大阪行きのフェリーの電話番号だけをメモしておいた。
 今回の旅日記は、あとで確認しやすいために、けっこう細かく時刻と場所を記している。

8月18日(日)初日

 家を出てすぐ、大阪市内のコンビニで日焼け止めを買う。
 紀伊半島を走ったとき、日焼けで腕がボロボロになったのを思い出したんだな。というか出発前に買っておけよ。
「3じ尼崎、4じ神戸、7じ明石」
 以上メモ帳より。午後ね。
 大阪を出てから、なかなか小まめに記している。出発したのが何時なのか記してないけど、おそらく昼の1時か2時だろう。明石まで6時間かかるというのは、四国一周したときにで経験済みだのでそこから逆算。前回は冬の夜中だったけど。
 途中、17時頃だな、神戸のどっかの公園で休憩をしていると、そういう感じのおっさんに、タバコをせびられた。持っていなかったので持っていないと言った。そのおっさんもいま言ってくれればなあ。

「で、9じ。よくわかんないけど播磨町。高砂や加古川や姫路にも着いていない。ま、まだ走るので姫路くらいにはつくんじゃないの。で、あしたは岡山からJRで備中高松へゆき、高松城のあとを見よう。今はマクド内。バンテリンをぬるとしよう。すこしケツいたし。」
 明石を過ぎてR2は海から少し離れてゆき山の中に入って行きどんどんどうしようもなくなってしまいそうだったので、なんとか海から近いR250に移動する。しかし、大きい交差点などを待たずに急に移動しようと思い、現に急に南へ進路をかえたため、暗く細い道を通ってしまい、少し迷った。道路地図は見なかった。そういえば見なかった。なんでだろう。このころは道路地図の中国・四国版を1冊まるまる持ってた。8割がたは無駄頁なんだけど。
 ちなみに播磨町は明石市と高砂市の間にあるが、19時には明石市に入っていたはずなのに、つまり2時間かけて、まだ明石市を出たところなのである。この日は姫路あたりまで行ければいいだろう、と思っていたのだが。
「0じすぎ。御津。とりあへず相生までいくつもり。とくに出来事なし。」
 何も出来事はなくてもとりあえず記す、という点で進歩している。とりあえず初日は御津とか言うところまで進んだということがわかる。
 
 
 

この日の出費
オールスポーツ・マッチ・スタミナタイム・ワナナイト・他(全部炭酸飲料。948円)
ダブルチーズバーガーセット(515円) カロリーメイト(200円)
日焼け止め(999円)


この日の睡眠時間
ゼロ
この日の水分補給
2120ml
走行距離
摂津市−御津 120km
 
 
 
 
8月19日(月)2日目

 日付はかわったものの、寝ずに走り続けているので区切りにくいな。

「岡山と兵庫の間くらいでうんうん押してるとき、ホタルを見た。ちかちかしてゐたよ。」
 地図によると、おそらく福浦峠だ。
 自転車を押して県境を越えているとき、ふと歩道側(歩道なんかないが)を見ると、小さな光が明滅している。
 なんだ目の錯覚(錯視)かと思ってよく見ると、蛍だった。水のきれいな所に住むというのは聞いたことはあるが、国道沿いにも住むのだなと思った。だからもしかしたら見間違いかもしれないけど見たのは俺であり俺が蛍を見たと言ってるんだから見たんだろう。

「4じ前。すでに岡山。どうしよ。ねるとこさがすかてきとうに。」

 実はまだ走っているのである。というか眠るつもりは余りない。ずっと走っていると、ここで書くネタが発生せず、つまらん。
 
「5じ。岡山市内。そろそろ明るい。
 ねむるべきなのか、岡山まで行ってしまって備中高松城みてからねむるべきか昼間ね。昼間は活動しにくいから昼間ねる方がいーかもしれんがちとねむい。しかしこんなガーガートラックはしるとこでねられんと思う。ねられるかもしれん今なら。」


 大阪を昼に出発して、けっきょく不眠不休で岡山についてしまった。
 いまさら眠るわけにもいかない。「昼間は活動しにくい」というのは、もちろん暑いから。

「7じ。岡山駅17番ホーム。総社行きの各停。なんかしらんが高校生が多くいる。熊本工業なんたらの甲子園いく団専がある。」
 結局朝まで走り、駅に着く。備中高松城を見ようと思って。でも自転車はしんどいので鉄道で。
 駅前は自転車がぐしゃぐしゃあったがどこに置いたものかわからず、着替えとかを前カゴに入れっぱなしで(蓋に一往カギかけて)そこに紛れ込ませて駅へ。
 備中高松城というんだから、「備中高松」駅なんだろう。230円ぶんの切符を買う。車両はそこそこ空いていた。
 ちなみに団専は団体専用列車の略だな確か。当時、特急車両に興味を持っていた俺なので、鉄道用語かも知れぬ。しかし夏休みにもかかわらず、なぜだか制服姿の学生達は多かった。
 
「8じ。高松城趾。ここのどこを見て秀吉は水攻めできると思ったんだ。官兵衛か。どっちにしろオレには想像がつかん。」
 1582年に羽柴秀吉が水攻めをしたという備中高松城。最寄り駅である備中高松には岡山駅からJR吉備線で6駅目。
 そこからは歩いて10分弱。駅のトイレにひとまず新聞を放置して、駅の外へ。
 案内地図で場所を確認し、8月のじりじりとした陽射しを浴びながら、ぶらぶら城跡へ向かう。8時という時刻なので、登校中であろう学生の姿も見える、と当時は思ったが、さっきも書いたけど夏休みのはずだ。なんだろう。


 とにかくいやともかく、目的地高松城跡についた。この地形を見て、水攻めを可能だと思ったのはすごい、と二人に感心した。官兵衛というのは黒田官兵衛。この作戦は官兵衛が考えたものだったっけ、と思い返して、書き足したのだ。というか自分だけのメモであり誰のために書き足したのかは不明。

 とまあ、このぐらいの認識で旅をしていいのである、あとで勉強すれば。
 それでまた行きたくなったら行けばいいのだ。俺はいつもそう考えて適当に旅をしてる。二度と行けないわけじゃないんだから、と自分に言いわけして。でももう熊谷にも津田沼にも二度と行かないだろうなあ。

「どうしよ。列車の中ではねむかったけどここへきてねむけがさめた。もどるか。
 とりあへずシャツをかえ、体をふいて、日焼けどめをぬって。日焼け止めはキイてるみたいよ。
 よく見たら足がきたないので洗うことにする。」

 備中高松へ向かう列車の中では非常に眠かった。眠くて眠くてしかたがなかった(当たり前である)。
 しかし、ここ、高松城跡のベンチのところでは眠気がすっかり覚めていた。すこしここで寝てやろうと思っていたあてがはずれた。
 そして、シャツを替えた。捨てるつもりで持ってきていたシャツであったが、とりあえず荷物にならないからいいやと思い、荷物に組み込んだが、結局、広島のホテルで廃棄処分される。
 日灼け止めを小まめに塗る。ほんと紀伊半島のときは苦労したから。
  そのお陰で今回はきれいに皮がむけた。
 書くのを忘れてたけど、足回りはサンダル。
  紀伊半島は下駄でまわったので、それに比べればはるかに楽だった。足を洗いやすいのでサンダルは良い。夏の旅はサンダルだ。断じて下駄ではない。ああ下駄じゃないさ。


 教育県で有名な岡山県内の国道沿い。国道沿い。
「10:30くらしき」
 まだ午前中。おそらく走りっぱなしだったんだろう。
 ひたすらR2を。まあ途中経過をメモするという進歩は見せている。でも走ってる途中だと、こんなもんだ。ちなみに21世紀の現在はICレコーダーで走りながら音声メモ。

 それから8時間後、日記は再開される。ということは8時間走りっぱなしだったのか。というかもう30時間くらい走りっぱなしじゃないか。
「18時。三原市街。フラカッソ店内。福岡で一度入ったことがあり、しってる方がアレかと思って。考えりゃあさから何も食っちゃいない。3、5L程のんでゴマカしているね。じゃ。
 地図見て考えなきゃ。」

 すでに広島県内である。
 ということは、夕方ごろ、あの尾道があったにもかかわらず、素通りしている。
 まあ日記には書いていないが地味な感想は持った。あ、古本屋だ。あ、鳥居の反増が大きいなあ。あ、あの城のような建物は何だ。あ、坂道が多いなあ。とその位は。まあ自転車で行く街ではない。いずれ鉄道で行こう。
 フラカッソって、九州でも利用して、おれはそういったこのへんを対象にしているファミレスだと思ってたんだけど、東京にもありますね。大阪では見たことないな。

 そこから、R185にルートを変える。
  このとき、なんとなくではあるがいちばん海側の国道を走ろう、という決まりを作った。
  そのせいで、道は非常に寂しくなる。コンビニなどはもとよりなく、暗い道をただ走ることになった。
 公衆電話から家に電話をした。ちょっと小雨がぱらぱらきていたような気がする。
 
「23じ。安浦駅。めちゃめちゃねむくてこりゃヤバイと思って入ったはいいが、外はけっこううるさいしタクシーの運ちゃんとかはいるしベンチは分割だし、次いこっかな、と思っている。がんばる。」
 安浦駅データ。所在地は豊田郡安浦町大字三津。一日の乗降客数3336人。みどりの窓口もある。
 すでに眠気でふらふらしていたが、ベンチは分割式だから横たわれない。ここで寝るのをやめて、次の(寝られる)駅を探して走りだす。というか泊まりもしていない駅のデータになんの意味があるんですか。それはこれを書いた学生当時の俺に聞いてください。つまりこのデータは97年くらいのデータなので鵜呑みにしないように。じゃあ消すか今のデータ入れろよ、って話ですか。違いますよ。
 
「そして安登。23:44。ここはしずかなのでよさげ。でも今車が来た。なんじゃら。 広島まで50kmくらい。ぼやぼやしてたら着いちゃう。広島の公園でねて夜にとまるってのは2泊になるもんな。どうでもいいけど。ねむいからいいか。」
 安浦から、ひと駅で安登。
  無人駅だが、一日の乗降客数は2238人とけっこう多い(当時)。
 既に「広島で宿泊」することを決めていた俺は、どんなに早く広島に着いても宿泊する積もりだったので、あまり早く着いても困ったのだ。

この日の出費
シュプラ・フォー・スポエネ・スコール・ジョージア・コーラ・爽健美茶・アイスコーヒー・鳳凰・リアルゴールド・コーラ・ラムペット(飲み物。小まめにメモしてるな。1589円)
おにぎり・総菜パン・シーフードドリア・スパゲティ・ガム(1487円。ガムは眠気覚まし)
JR運賃(460円/往復)
リステリン(245円。歯磨き水であり歯磨き用ではあるが眠気覚ましでもある)

この日の水分
6220ml
この日の睡眠時間
ゼロ
 この日の距離
 御津−安登 220km
 
 

余談。
 夏場はタオルが必需品だ。汗を拭くのはもちろんだが、タオルを濡らして体を拭いたり体を冷やしたりするのである。すぐに乾いてしまうから、できるだけ小まめに水で濡らすのである。俺は使いやすいように濡れタオルを自転車の前カゴに入れておいたのだが、道路地図も使いやすいように前カゴに入れていたので、道路地図がふやけてべこべこになってしまった。  以上は余談。

8月20日(火)3日目

<5:00、やっぱな。寝たせいで体が痛い。しかしねなきゃやばかったし。足くさい。出発しよう。>
 俺は、眠るのは頭の休憩なだけで、体の回復にはあまり役に立たないと信じているので(寝る前はそうでもなかったのに朝起きて筋肉痛ってなるでしょう)あまり眠りたくはなかったのだが、睡魔は強力で事故を起こしても困ると思ったので、寝た。とはいっても何時間かだけどな。
 朝の8時頃に呉ポートピアランドとか言うところの前で休憩を取る。もちろんまだ開いてない。というかもう閉館したような気もする。
 そこは入り口の外にトイレがあるという親切な状態だったので、顔を洗いリステリンでうがいをする。ただの通勤ラッシュだと思うが、広島への道R31は渋滞していた。今ならもうクルマ見放題で有頂天になってることでしょうね。マツダ車の割合なんかもチェックできたでしょうね。ちぇ、なんか勿体ない。

 午前中に広島市内に入る。
  とりあえず宿を取ることにしたが、宿は事前にチェックしなかったので駅に頼ることにする。大浴場にひかれ、アークホテルというところに決めた。

<12じ。平和公園。宿は3時チェックINN。ヒマ。>
 正式名称はよく知らないけど、とにかくあのドームだのなんだののある公園で時間をつぶすことに決めた。というか時間あるのにほんっと観光する気なしだな。
  ここへは小学生のときに修学旅行で来たことがあった。そのころの記憶がなんとなく思い出された。
 でもその小学生時分には全く気づいてなかったんだけど、広島市民球場と原爆ドームってこんなに近くて、こんなに街なかにあったのか、と驚いた。広島市民球場がドーム化しないのは資金面ではなく、ドームでかぶっちゃうからだなと思った。「広島でドームといえば?」と聞かれたら原爆ドームと答えなきゃいかんだろうし、広島ドームはおそらく愛称を原爆ドームとされるだろうし、などよくわからないことを考えていた。
 近くのローソンで弁当と飲み物を買って、公園のベンチで食う。

<13:30。修学旅行生らしき人々をはじめ旅行者も多きて、なんかそんなときにオレさまは地元民のようにダ眠をむさぼっていた。資料館でも見りゃいいのにって思うけどネタにしちゃだめだろうし一度行ったしな。てなわけでなんか、ぼー、ごろごろ、としている。しあわせだ。単に行くとこがないだけなんだけど。>
 自分も観光客の癖に、なにもせずにベンチで寝ていた。何度も書いたように「観光客の癖に俺は何やってんだろ感」が好きだから。
 資料館には行かなかった。旅先でブルーになってもなんだなと思ったし。
 もちろん、自転車をトイレットペーパーで拭き掃除。
 「多きて」は原文ママ。
 
<2じになったら着がえを買いにダイエーとか行って、本屋で本買ったりしたいな。>
 ダイエーと特定したのは、たまたま見えたからだ。で、本は買わなくてもいい。

<日やけ止めぬるの忘れて昼ねしたので、やけちったかもしんない。顏がやけるとヤなのに。>
 べつにイヤじゃないけど痛くなるからやっぱ嫌だな。
 
<4じ前。アークホテル内。せまい。だからといって困るわけじゃない。5じから大浴場つかえるらしい。TVがかべにとりつけた台にのっけてあって省スペース。「広島じゃけん」というビール飲む。よくわからんが風呂あがりゆえうまい。のんだら外へでて本でも買おう。広島弁にもっと触れたいし。>
 狭くったって、どうせずっとベッドの上でゴロゴロするだけだから困らないんだけど。
 
<足には日焼けどめをぬってなかったのでゆびがやけてる。おもしろい。>
 サンダルやけをしている。まだ三日目なのに、くっきりと色分けされていた。痛くはなかったので面白かっただけ。

<TVで中学生の陸上をやってる。さっき、ハバとびの女の子がすげ可愛かった。で、胸もあった。重力にさからおうとするかのように前にツンと張った胸で、それを見るだけでデキそうだった。>
 ちょっと頭がおかしくなっている。でも、陸上っ娘には珍しい胸だったな。中学生なのに。何ができそうだったのかは想像に任せる。しなかったけど。というかこの部分は「不定期仏友」そのまま残してみたが、残す理由はあるのか。WEB上での俺のイメージとかそういう部分はどうなるのか。どうなるか知りたいのでやっぱ残しておこう。

 ちなみにこのようなテレビのつきかた。珍しくはない。
 
<シャツはすてる。におったらやはりくさい。シャツ2こかった。>
 初めのほうでも書いたけど、初めからシャツは捨てるつもりでいたんだけど、なんだか勿体ない気がして、広島に着くまで馬鹿みたいに大事に持っていたのだ。で、結局捨てることにした。まあ、洗えばすむことだと思うのだが。いや、洗えばいいのだ。だから最近は洗うようにしている。

<ボクサータイプのブリーフを買った。ピタッとした方がケツがいたくないと思ったからだ。で、買ってから気づいたが、サポーターだな。やっぱ。次からは(次があるのかしらんが)サポーターだ。>
 下着はぴったりと体に密着している方がいいのである。よく考えたら本物の自転車人はぴたっとしたスパッツみたようなを履いているよな。あれはケツが痛くならないようになんだな。九州じゃあタイツを履いていたせいであんまり痛くならなかったのだな。トランクスとかじゃだめなんだ、と思ったのである。俺が思っただけだから本当にそうかは知らない。
 「次があるのかしらんが」といつも俺は、最後の旅、という意識で旅をしている。

<吉田文代 千葉 多古中 ←このこかな?>
 前述の、幅跳びのかわいい中学生のことだな。ただぼおっと見ていただけで、記録をよく見ていなかったので名前がわからず、とりあえず優勝したこの子だと勝手に決める。その後、雑誌「陸上競技」とかをみて、吉田文代を確認したが、飛んでいる瞬間の不細工な顔しか写っていなかったので、よくわからなかった。違うと思う。だれか教えて、って5年も前だからな。
 でいまインタネを用いて調べてみました。というかAir−H”にして良かった俺。それによると吉田は成田高校から中央大学にすすみ、三段跳びでインカレを制覇しております。でもけっきょく、俺が良いと思った子なのかどうかわかりません。なんだそれ。

<旅に出るまえは、いや、初日は、やっぱつまんなかった。でも、初日の夜中、ねむらず走っていたあたりから楽しくなってきた。>
 初日はすぐ疲れるが、慣れてきてからが楽しい。いわゆるランナーズ・ハイと同じようなもんなんだろうか。その楽しさが忘れられなくてチャリ旅をやめられないのだけど。

<考えたら40時間くらいねずに走っていたのだ。これは大キロク。いつも初日はすぐへたばるのにね。オレの寝ない記録にも迫ってたみたい。>  高校生じぶん、「寝ない運動」と称して、何時間寝ずにいられるか、と試みることを何度かした。寝ない記録はたいしたことなくて、高校時代に作った41時間ぐらい。いつも面倒になって寝てしまう。
 しかし、かなり記録に近づいていたということだ。

<次は高校総体・水泳。外出せずに見なきゃならんか。いや、水泳よりも陸上にぐっとくるな。スポーツウエア同好会としては。>
 スポーツウエア同好会というのは、仏友新聞内で組織されていた組織。というか俺。略称はスポーツ同好会であり一見普通そうだ。

 でも見なかった。その、中学生じゃなく高校生だったから、というのではなく、陸上大会と違い、水泳は髪が長くてもできるでしょ。


 とりあえず外出。駅のほうに歩いてさっきも書いたダイエーなどに行く。ビール「広島じゃけん」を買う。たしかCMには中條かな子が出ていた。
 駅前の商店街の路地の奥のほうにエロ古本屋がひっそりとあったので「プチセラ」(フロム出版)を買った。
  なんというか、古本屋って本を包む袋に適当なところがあるというか、もちろん大手古本屋や常識的古本屋はオリジナル袋や汎用紙袋を用いているんだけど、たまに変なところがある。そういえば以前、ある古本屋で買うと、別の普通書店の袋に入れられた。袋の中にはレシートが残っていた。すばらしきリサイクル魂。
  話がそれてるな。で、そのエロ古本屋では、買った本を新聞紙で包んでくれる。ありえへん。というか余計にエロ本ってバレやすいじゃん。というわけでその近辺で新聞紙に何やら包んだものを手にしている人はエロ本を買った人だということだが今はどうかしら。
 
 俺は手ぶらだったのでなんか気恥ずかしい感じで。
 
 コンビニ「ポプラ」で弁当を買う。最近は首都圏でもいくらか見るようになったポプラ、ここに陳列されている弁当には飯が入っておらず、弁当を買うと、飯なし状態でチンして、炊飯器からご飯をよそってくれるのだった。コンビニ弁当とホカ弁のアイノコみたいな感じだな。
 そして部屋に戻り日本酒。宿泊地の地酒的なものを摂取するという習慣がこのころより根付いたといえよう。

 広島アークホテルの大浴場からは広島駅が見下ろせたのだった。というか壁面のガラスがでかすぎやしないか。向かいのビルから丸見えじゃないか。まあいいんだけど。


<あ、小沢ケンジのシングルトアルバムガデルゾ。でもタイトルは甘夏組曲でもなければオザケン海へ行くでもなかった。>
 なんか途中の店のCD売り場で見たんだろうな。「甘夏組曲」は小沢が月カドのインタビュウとかで出すと言っていた曲の名前。「オザケン海へ行く」も、小沢が出すと言っていたアルバムのタイトル。フリッパーズ・ギターのデビューアルバムが「海へ行くつもりじゃなかった」なので、結局海行くんかい、と思っていたのだが違ったのでがっかり。というか俺おもったより小沢好きだったんだな。

 

 今日の出費
プロテインスポーツ・ティークール・午後の紅茶・微炭酸アップル・マミー・レモンサイダー(615円) 日本酒・ビール(704円) 広島アークホテル(6150円) チキンカツロール・サンドイッチ・弁当(1451円) シャツ・パンツ(3244円) ゲーム(100円) プチセラ(300円) 水がなくても身体が洗えるスプレー(615円。もちろん前例に漏れず、こういう思いつきで購入した旅グッズは今だに残っている) 文庫本(小林秀雄『本居宣長』なんだけど、読んでない。というか今どこにあるのか不明)

今日の水分
3400ml
睡眠時間
7時間(安登駅・公園・ホテル)
走行距離
安登−広島  50km
通算距離  390km

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