モルディヴ旅行    2006年8月12日〜8月19日

12日の朝5時に家を出発した。6時のセントレア行きの船に乗るためだ。
何かしらんけど、今回のひとり旅は胸騒ぎがして仕方がなかった。「家族で墓参りをした。」「家族で記念撮影を写真屋まで行って撮った。(少し早い七五三も兼ねて)」普段は撮らない夫婦の写真まで撮った。だからよけいに、「死ぬかもしれない。」なんて考えが湧いてきていた。誠子も嫌な予感がすると言っていたので、あり得ないけど、日記に遺言じみたものまで書いていった。

8:15の成田行きの全日空でセントレアを飛び立った。全日空で嬉しいのは、ドリンクサービスで全日空特性のビーフコンソメスープが飲めるから。これが何とも言えずおいしい。全日空のパイロットの試験を受けている最中は,乗る度に頂いていたのを思い出す。

それにしてもセントレアはきれいだ。思ったよりも小さかったが、開港したばかりというのがよくわかる。

成田空港には8:30に到着。スリランカエアーのカウンターはもう手続きを開始していたが、大変な列。全然違う航空会社のブースの周りまで列が続いていた。私が並んでいたのはインディアンエアーのブースの前だった。おいしそうなカレーパン屋があったのでそこでカレーパンを買って食べて、1時間程並んでいた。前に女性がいた。WE(World Explorer)という私が使っているのと同じ旅行会社のタグを手荷物に付けていた。この人も今回のダイビングトリップに参加する女性だと知ったのは、モルディヴに着いてから。三重県桑名市から来ている女性だ。セントレアから一緒の男性2人連れの気になる旅行者もいる。この2人もトリップに参加する2人だった。
 
スリランカエアーの素敵な所は、「名古屋から成田の全日空のチケットがタダ。」「帰りは東京駅から名古屋駅
までの新幹線がタダ。」「全席にテレビやゲームが付いている。」「食事がおいしい。」客室乗務員はインド人みたいな女性が多いので今ひとつだけど、たまにエキゾチックでゾクッとするくらい美しい客室乗務員がいる。

成田から9時間でスリランカの首都コロンボに到着。疲れてフラフラだった。降機したけどタラップがあって、空港に直結されていなくて、2〜3分程歩いた。みんなはジャンボジェットの前で記念撮影をしていた。私はとぼとぼ歩いて、1人で持参してきたビデオで自分を撮影していた。空港に入るとすぐに「乗り換えの人はこっち。」と声がして、手続きのブースに入れられてしまった。

金属探知器で鳴らないようにするという努力は疲れているのでもう止めた。鳴ったって20秒程の検査を受ければいいだけだから。鳴らないためには5分くらいかかって対処しなければならない。案の定鳴った。いつもより念入りに調べられた。ロンドンのテロ未遂の影響だろう。名古屋からの2人連れの怖い方の人が顔を真っ赤にして調べられていた。多分飛行機で酒を飲み過ぎたのだろう。

1時間程待って出発。いよいよモルディヴの首都マーレへの出発。マーレへは1時間45分かかる。マーレへ到着して荷物を受け取り外へ出ると、マディヴァル7のスタッフが待っていてくれた。彼女の名前はノリコさん。真っ黒に日焼けしていて、鼻筋のピンと通った女性だった。マレーシア航空組を待つということ。おみやげ物やで水とガムを買ったが、1ドル50も取られて、不機嫌になる。高いよ。ずっと待ちながら暇をもてあましていた。成田 としている。「この人達と仲良くなれるのだろうか!?」そんなことばかり考えていた。到着ロビーは日本人ダイバーとクルーズのスタッフでごった返していた。マーレ空港は出稼ぎのスリランカ人と日本人ダイバーだらけ。

到着ロビーから歩いて3分の所がもう港。そこにはドー二が迎えに来ていた。クルーザーは大きすぎて港に停泊できないので、ダイビングでポイントまで行く比較的小さな船(ドーニ)が迎えに来ていた。暗がりで何にも見えないが、日本人が15人程乗り込んでいた。みんな無言。疲れもあるのだろう。15分でクルーザーに到着。これが憧れていた「マディヴァル7」。靴を脱いで船に乗船するようにいわれた。

まずは船内のことに関するブリーフィング。いろんな説明をみんなで受けた。部屋割りが発表され私は神奈川から来た久山さん(38歳男)と同じ部屋になった。クルーザーの部屋だから大して大きくない。3畳程の所に2段ベッドがあって、ドアを隔てて人が2人立てるかどうかの所にユニットバスがある。もちろんAC(エアコン)がある。なかなかきれいでこざっぱりまとまっていた。

その後にCカード(ダイビングのライセンスカード)のチェックと本数のチェックが行われた。そして、部屋に戻ってパッキングをほどく。やっと就寝準備。23:30.時差が4時間あるから、日本は夜中の3:30.朝5時に家を出発したから、24時間近くかかる。

明日は6時にブリーフィング(ダイビングの説明)。ワクワクするのと不安で渦巻いている。

クーラーをつけて寝たらルームメイトが消していた。私はどうも暑がりなようで。相棒は寒がりなようだ。汗だくになって頭は「寝不足」と「時差ボケ」で身体もボロボロになって目覚めてきた。しかし、このクルーズの最中、どれだけでも寝れる時間があることが嬉しい。6時にバーに集合。ブリーフィング開始。このダイビングはチェックダイブとのこと。ガイドがそれぞれのダイバーの実力を見るとのこと。しかし、私のようなイントラはいるし、素人で経験本数が1500本を超える人など、すごい人が多くいたせいか、何をしろというスキルチェックは無かった。クルーザーに横付けされているドーにという比較的小さいダイビング用のボートに乗り、ダイビングポイントへと向かう。20mくらいのきれいな熱帯魚が群れるポイント。朝の海はきれい。澄んでいるばかりでなく夜光虫も若干見ることができる。みんなも寝ぼけ眼はエントリーするやいなや消えた。ヘッドファーストで宇宙遊泳のように全員が海底へと消えていく。思わずその姿を写真で撮ってしまう。45分のダイビングがあっという間だった。船に戻ると暖かいおしぼりが待っていて、シャワーを軽く浴びて朝食。この朝食が最高。

食事が終わる8時半からしばらくは休息の時間。このクルーズの最中は「食べる」「寝る」 「潜る」「飲む」「しゃべる」これくらいしかすることがない。朝食後はデッキで寝た。2時間起きて身体を見たら真っ赤。赤道直下の太陽はバカにできない。このあと、数日日焼けに苦しむことになる。幸い毎日3本潜っているので、傷口は塩水に癒されることになる。12時にブリーフィング。ランカンリーフというポイントへ。感動した。自分よりデカイ生き物を見た。それまではプーケットで見たトラフザメのみ。5mもあるマンタを見たときは感動で声が出なかった。しかも5枚。勇壮で雄大でそこにそれがいるのがさも当たり前のような自然な空気、雰囲気。信じられない。

マンタのおかげで興奮が冷めない。回りのみんなはクルーズもマンタも始めてではないので、そんなに興奮はしていなかったようだ。参加者のほとんどが30後半から40前半の独身男性。20代の独身女性と30代の夫婦、50代の夫婦も参加していた。20代ではこのクルーズに参加する余裕は時間お金共にないような気がする。彼らはお金の使い方がすごい。ほとんどの参加者が盆、正月、GWに潜りに行く人たち。その3つはお金も跳ね上がる。器材やカメラセットが半端でない。私のデジカメなど足元にも及ばない。彼らの撮った写真を見せてもらってビックリした。きれい。私もあんな写真が撮りたくなった。

16:00からその日最後のダイビングのブリーフィンが始まる。この日2度目の昼寝から目覚めたばかりだ。2時間ずつ昼寝してもまだ時間が余るので、シーブリーズに身をさらしながら成田で買ってきた文庫本を読み漁る。もうココまで来ると幸せの極地。好きな本が読めて、ゆっくり寝れて、ダイビングまでできる。ダイビングから戻ると船首にあるオープンデッキで酒盛り。このクルーザーにはビアサーバーまであるのだから好きな生ビールを心ゆくまで堪能し、ダイビングの話による遅くまで花を咲かせる。寝不足なんて全く怖くない。ましてや二日酔いでも潜れるし、上がればすぐ寝れる。


3冠。プロ野球では「ホームラン」「打率」「打点」のタイトルをとること。ダイビングでは「マンタ」「ハンマーヘッドシャーク」「ジンベイザメ」を見ることをいう。このクルーザートリップの売りはこの3冠達成。「マンタ」は当たり前のように見れた。2日目は一日中ジンベイサーチ。見れるといってもそんなに簡単には出てくれない。1本目は20mの中層を泳ぐだけ。当然何も見れず疲れるだけ。2本目。やはり中層を泳いでジンベイを探すだけ。3本目の残り15分。漆黒の闇、海底からデカイ物体が上がってきた。5m程の小降りのジンベイ。しかし私にとってはとてつもなくデカイ物体に見える。ゆっくり泳いでいるように見えた。私たちは必死にフィンキックしても追いつかない。写真を何枚も撮った。5分程一緒に泳いでくれたが、また海底へと消えていった。多分5分くらいだったと思うが、私にとっては30分以上も一緒にいたかもしれないと思うくらい充実した瞬間だった。

ハンマー狙いは5日目。朝の6時からずっとハンマーヘッドを狙う。前にも書いたけど、深いところにしかいないし、中層にいるから、探している最中は何にも見えない。着底して珊瑚でもあればたくさんの魚が見れるのに、20mの中層では全く。朝の6時はまだ夜光虫が残っていて、キラキラと美しいのがせめてもの救い。「おもしろくないな〜。」と何度もあくびをかみ殺していると、ガイドのアリちゃんからチリンチリンとけたたましい合図。みんなが急潜行を始める。こんな潜り方は素人集団ではできない。30mまで潜ると遥か下にハンマーヘッドの影が見える。たぶん40mは越しているだろう。当然行けない。見えたけど影だけ。これで達成としよう。

ついに5日目。今日が最終ダイブ。この日の2本目に自分自身の200本目の記念ダイブが来るように国内で調整してきた。そんな人は結構多いようで、このクルーズで記念ダイブに達した人が4人もいた。5日目はアリ環礁の中で行きたいところをリクエストするというものだった。私は当然「ランカンリーフ」をリクエストした。マンタが5〜6枚群れているところだ。マンタが雄大に泳ぐ姿を背にして200本記念ダイブの旗を持ちながら記念撮影をした。マンタが後ろを通りがかるタイミングを見計らっての撮影。ビデオにも撮ってもらって一生の思い出になりそう。

パウダーブルーサージョンフィッシュという魚がいる。和名:はぎの仲間だけど。とにかく色がきれい。モルディヴにはそれがいっぱいいるのだけれど、だいたいは単体で泳いでいる。しかし、まれに集団(玉)になって見事な美しさを披露しているポイントがある。そんなわけで、「パウダー玉」を探しに行ったら、見事にいて、私はパウダー玉に巻かれて本当に幸せだった。これが201本目。写真もたくさん撮ったけど、やはり色がきれいに出ていない。周りの人のとったパウダー玉はきれいな色が出ていた。あんなカメラが欲しい。

ダイビングクルーズの間にもお楽しみにが何回かある。毎日16:00の最終ダイブの後で何かの催しをしてくれる。2日目は「無人島BBQ」。無人島による上陸する。白い砂浜と椰子の木だけ。漫画に良く出てくるような無人島。スタッフが2時間以上かけて白い砂浜に砂でジンベイザメを作ってくれる。とても上手でビックリしてしまう。ビールをたらふく飲んで、みんなで盛り上がる。このときは今まで一回もしゃべったことのない人とも交流がもてて嬉しかった。母船に帰ってシャワーを浴びて寝る。この日も幸せだった。

3日目には有人島に上陸してショッピング。本当に小さな町でおみやげ物と漁業と家しかない。1周20分くらいで島全体を回ることができる。やはり日本人や西洋人が多いようで、ガンガンふっかけてくる。この辺は海外在住経験を生かして半分以下に負けさせた。多分これでも彼らにとってはかなりの儲けになると思われる。きれいな若い女性が3人歩いていた。モルディヴはイスラム教国なのに、黒い頭巾もかぶっていなければ、それらしい服も着ていない。男にナンパして欲しいのか、我々と接触が持ちたいような感じだった。確かにあんなに小さい島にずっと居ることを考えれば、船が着く度にどんな人が着たんだろうと見に行きたくなる気持ちがわからないでもない。結局Tシャツやおみやげ物を数点買って、船に戻った。

6日目にはダイビングがもうできない。この日の夜には飛行機に乗るからだ。最終ダイブから18時間を経過しないと飛行機に乗ってはいけないという厳しいルールがダイビングにはある。減圧症という命を落としかねない怖い病気にかかる可能性が高まるからだ。それでも習慣からか、6時にはバーに行ってしまって、延泊をする老夫婦のブリーフィングに付き合った。さらにディンギーで出発するダイビンググループの見送りをする。うらやましい。よだれが出てくる。やることが無く食っちゃ寝の繰り返し。そういえば前の日の夜には、ボドミィルという伝統的な踊りのパーティが雨のために中止になった。その代わり夕食時には記念ダイブの人たちへのケーキのプレゼントがあって、みんなで食べていた。

最終日の昼の14時くらいからバンドス島へ上陸した。入島料が10ドルかかるが仕方がない。島全体が強大なホテルになっており、プールやショッピングセンター、ビーチ、ダイビングなどが全部セットしなっている。ビーチでは数十秒泳げばサメの子どもが5匹くらい群れているし、いかの群れが一斉に泳ぎ出す。モルディヴのビーチは夢のようだ。ビールを飲みながらバーカウンターでゆっくりする。もうすぐお別れになるので本当は寂しいはずなのに、そんな気持ちを忘れさせてくれるくらいみんなの会話がハイで、バンドスの景色が気持ちを癒してくれる。2時間の上陸が終了。船に戻る。それからパッキングだ。

パッキングを済ませ、デッキでみんなで記念撮影。本当にお別れなんだと実感が湧いてきた。みんなとはスリランカのコロンボ経由でまだまだ一緒なのであんまりお別れという感じはしないけど、クルーズのスタッフにチップを上げていたら、何となくこの度のすばらしさを実感してきた。ドーニで空港へ。クルーザーを離れるときは、船の最上階から仮装したスタッフが降ってきて、お別れに華を添えてくれた。(そのまま真っ青な海に転落)空港からは再び1時間かかって、コロンボへ。リピーターお薦めのDFSで紅茶を購入。シルバーチップ、ゴールデンチップというのがかなりおいしいらしいので、2缶ずつゲットする。あまり手に入らないレアものということだったが、少し置いてあったのですぐに買い占めた。そして、一路成田へ。

成田までは9時間。体も心も頭もいっぱいにモルディヴの思い出を詰め込んで、飛行機に乗った。私の席だけオーディオシステムが壊れていて使えなかった。隣の久山さんが寝ているのをいいことに、音声だけ借りて眠い目をこすりながらミッションインポッシブル3を見ていた。その後朝ご飯ということですぐに起こされていたので、ほとんど寝ていない。それまでの寝だめが効いたのか、その次の日(日本国内移動)も全然眠くならなかった。東京駅でみんなとお別れして、少し東京の町をぶらついた。その日は泊っても良かったのだけど、夜遅くなってもいいから家に帰ることにした。子どもたちは大喜びで久しぶりにみんなと会って楽しい夕食と土産話で盛り上がった。