
「どうも雲だか、煙りだか非常に濃く、頭の上へやってくる。壮んなものだ。ねえ、君」
「うん」
「どうだい、こんな凄い景色はとても、こう云う時でなけりゃ見られないぜ。うん、非常に黒いものが降って来る。君あたまが大変だ。僕の帽子を貸してやろう。――こう被ってね。それから手拭があるだろう。飛ぶといけないから、上から結わいつけるんだ。――僕がしばってやろう。――傘は、畳むがいい。どうせ風に逆らうぎりだ。そうして杖につくさ。杖が出来ると、少しは歩行けるだろう」
「少しは歩行きよくなった。――雨も風もだんだん強くなるようだね」
「そうさ、さっきは少し晴れそうだったがな。雨や風は大丈夫だが、足は痛むかね」
「痛いさ。登るときは豆が三つばかりだったが、一面になったんだもの」
「晩にね、僕が、煙草の吸殻を飯粒で練って、膏薬を製ってやろう」
「宿へつけば、どうでもなるんだが……」
・・・・圭さんは雲と煙の這い廻るなかへ、猛然として進んで行く。碌さんは心細くもただ一人薄のなかに立って、頼みにする友の後姿を見送っている。しばらくするうちに圭さんの影は草のなかに消えた。大きな山は五分に一度ぐらいずつ時をきって、普段よりは烈しく轟となる。その折は雨も煙りも一度に揺れて、余勢が横なぐりに、悄然と立つ碌さんの体躯へ突き当るように思われる。草は眼を走らす限りを尽くしてことごとく煙りのなかに靡く上を、さあさあと雨が走って行く。草と雨の間を大きな雲が遠慮もなく這い廻わる。碌さんは向うの草山を見つめながら、顫えている。よなのしずくは、碌さんの下腹まで浸み透る。・・・・
(夏目漱石 「二百十日」より)
9月22日
私がシホ差し入れのビールをぶら下げてJR大阪駅噴水広場に行くと、全員がすでに集合、時間通りである。カヨが見送りに駆けつけてくれた。今回は人数的な問題と、1日目にしんどい登りを控えているために、テントはやめて小屋泊まりにしたのだが、その割には全員異様に荷物がでかい。大部分は食い物。女性陣は明日のきつい登りに一抹の不安。日本海3号は時間通り20:17に発車。すでに少し酒が入って酔っ払いのカヨは久々の寝台列車が楽しいらしく、浮かれながら新大阪まで乗った。ビールのつまみに、ヨネ、家に会った食いさしのサラミを出すが、賞味期限前ながら酸っぱい味かする。廃棄。今回初参加のオミツの怪談(?)を聞いて、21:45の消灯前に明日に備え休んだ。
9月23日 くもり
朝4時に起床、列車は時間通り4:19に新津駅着。まだ雨は降っていない。とりあえず乗り換えの時間まで仮眠。私はベンチの上。寝にくいうえに寒い。うつらうつらしているうちに目が覚めて待合室の方に行くと、さすが大胆不敵な女性陣。マットを床にひいてしっかり寝ている。空は白んできたが、少し青空も見える。さすがは私、ひょっすると今日は晴れ?そうこうしているうちに、磐越西線会津若松行きのディーゼル車が入線してきた。6:05発。乗ってしばらくすると全員再び寝入る。次に私が目覚めた時には女性陣はまだ深い眠りの中。特にショウコは長イスの上にごろんと転がって、まるで終電に乗っている酔っ払い。ぼちぼちお客も増えてくる。田舎の女子高校生の制服が眩しい。朝飯を食べながら川沿いののんびりした風景を楽しんでいるうちに、7:51野沢着。いかにも田舎のローカル線の駅といった感じの待合室にはおやじが一人。よく見ればそれはアオ。田舎暮らしが板についたか、違和感がない。昨日の最終でここに来たが、巨大な蛾がバサバサと辺りを舞っていて、とても寝てられる状態ではなかったそうだ。トイレの後、あらかじめ予約済みの西会津タクシーに乗りこむ。前の車に男性4人、後ろに女性3人。最近めっきり涼しくなり、登山者もまばらと運ちゃん。弥平四郎の集落の先のゲートは山菜やキノコの時期には地元の人たちが閉めてしまうらしいが、今日は無事全開、林道歩きはせずにすんだ。入山口には9:02着。タクシー8970円也。すぐ出発する。ヨネ、タマ、ノブコ、ショウコ、ヤス、アオ、そして写真撮影のためしんがりにオミツである。いったん坂を下って沢を渡る。私一人一応水くみ。ここより登りが始まる。さっそくオミツは撮影モードに入っている。9:20祓川(ふつかわ)山荘。水がひいてあるはずだが、もうシーズンオフ、なにもなし。登山届を出して、早々に立ち去る。9:30、小屋のすぐ上で沢が入る。ここで全員水くみ。しかし、タマは水を汲まない。テルモスには大阪の水が入っているらしい。9:37発。急登が始まる。この登山道は飯豊の入り口としてはややマイナーであるが、良く整備されており歩きやすい。空は曇り。残念ながら行く手はガスの中のようだ。

平均的な登りが続く。飯豊の登りとしては楽という情報通り、メンバーのぺースもいいようである。途中蛇を見る。蛇女ショウコが呼んだのか。10:13-23休憩。早速ヤスが行動食、蒟蒻畑をとりだす。こだわり派のヤス、いろんな種類を集めて、数10個買ってきたそうだ。10:49すぐに十森、沢が横切る。いい水場、テントも2張りくらい張れる。水を汲み直して、10:56発。すこし登って松平峠。視界が開ける。東の方に見えるのは吾妻、磐梯か。眼下には川入の集落が望まれる。ヨネ、「松平といえば、うちのばあちゃんは、僕が若いときの松平健に似てるって言ってるんですよ!」、一同グウの音も出ない。11:26-44レスト。本来の計画の行動食の目バームクーヘンに加えて、タワケの差し入れの、大量のバナナバームが登場。目指す稜線は、見えたと思ったらガスの中に消えたりを繰り返している。ここからさらに坂はきつくなる。見上げるような急登。どんどん高度を上げる。12:08猪鼻の水場への分岐を通過。看板あり、水場は右の沢へ下りたところにある。ここより傾斜はいくぶん緩くなり、左から鏡山からの道を合わせた後、12:15左を行くと獅子沼、右飯豊山の看板のある分岐に着く。ここで今回の山の行く末を決める痛恨の出来事が起きた。タマ看板を見た後、ヨネに向かって、「あたしら、いいとよやまの方に行くんよね?」言ってしまってはっと気がついたタマ、予想もしない一言に凍るヨネ、一瞬気まずい沈黙。タマ様、あなたはどこに来たの?一同バカ受け。しかし、この出来事が後の悲劇を招くことになるとは・・。ここから疣岩山はすぐ、12:29着。ガスに包まれ、展望はほとんど無し。オミツがやや疲れた表情をしている。あまりの急登に、「半分意識を失って、夢遊病者になっていた」そうだ。少し風が出てきて肌寒い。12:40発。ほとんど平坦ないい道を快調に進む。このあたりからの本山、大日山にかけての稜線の眺めは素晴らしいはずだが、ガスに包まれ下の沢の方しか見えない。こんな中でもオミツは写真撮影に余念が無いようだ。この天気の中、どんなものを撮っているのだろう。登りにかかるとすぐに三国岳、13:20着。頂上の小屋の中で休憩。ヨネは昼飯の食パン&キュウリ&ソーセージをほお張る。今回は忘れずにマヨを持ってきたので完ぺきであるが、周りは気味悪がっている。13:42発。細かいアップダウンが続く。七森の手前に鎖場があるが大きな問題はなし。14:17七森ですこし霧雨が降ってきたのでセパを着け、14:26発。種蒔山に近くなると、道が俄然良くなる。14:47-52小レスト。種蒔山を巻いて、地蔵岳への道を右に分け下っていくともうそこは切合小屋、15:12着。割に大きな小屋、すでに人がたくさんいる。2階の一角に陣取る。水場はラッキーにもまだ小屋の表に引いてあった。携帯が入らないかと思ったが、ドコモはダメ。これ以後も稜線上では全く入らず。今日の晩飯はちゃんこ鍋、酒をちびちびやりながら大量の具をさばいているうちに、外の雨はひどくなってきたようだ。ノブコ先生持参のビールで乾杯。一番しんどい日を終え、食欲も旺盛である。食後はまたまた酒を飲みながら、アオ持参の携帯テレビでオリンピック観戦。外はますます雨が激しく、女性陣はトイレにいくのも億劫そうだ。
9月24日 くもりのち雨
とりあえず5時に起きるがまだ外はしとしと雨。ふたたび就寝。7時頃になるとテレビで女子マラソンが始まり、のろのろ起きながら朝食準備開始。昨日の鍋の残り汁で雑炊と漬物。高橋尚子の金メダルを見届け、9:45出発。素晴らしい、雨は止んでいる!いよいよヨネ大明神の本領発揮か?ここからしばらくやや急な登り。だんだんガスも晴れてくる。うほうほ!10:15草履塚、小高い広いピーク、休憩。そして、我々の到着を待っていたかのように、目の前のガスが急速にさーっと晴れ、一ノ王子、本山から、御西岳、大日岳に至る伸びやかな稜線が姿を現した。一同歓喜の声、一斉にカメラを向けた。

西の方には青空も見え、このまま天気は回復か?10:32発、ここから下りきったところが姥権現。赤いべべを着けたお地蔵さんがいる。うば、いやタマ、晴れますようにと手を合わせるが、これだけでは「いいとよやま」の怒りは収まらなかったか、再びだんだんガスが濃くなってきて、また元の白い世界に戻ってしまう。この先、御秘所と呼ばれる岩場に入ってくる。所々滑るところもあるが、皆難なくこなしていく。 岩場を抜け、11:05一ノ王子の登り、御前坂の手前で休憩。昨日は意識を失ったオミツ、しかし今日は、これまた見上げるような急坂を目の前にして、「サングラスを捨てて、高橋モードやア!」と絶好調のようだ。11:15発。ガレたつづら折れの急登。完全にガスり、風も出てきた。少しショウコが苦しそう。11:38一ノ王子。だだっ広い荒れ地、右に折れると水場の看板。じっとしてると体が冷える。今朝沸かしたテルモスの暖かいお茶がたまらない。11:48発、すぐに11:55本山小屋。改築したての小屋、大変きれい。ここで泊まってしまいたい衝動に駆られてしまう。昼飯を食べるが、だんだんまた外は雨が降ってきているようだ。12:33意を決して出発。12:48飯豊本山、標高2105m。あいにく展望はなし。

写真だけ撮って、5分で山頂を後にした。だんだん雨もきつくなり、黙々と歩く。このあたりの稜線は平坦でのびやかで、草紅葉もなかなかいい感じ。晴れていれば大変に気持ちいいところであると思われるのであるが、いかんせんこの天気では・・。途中割と大きなパーティーとすれ違ったぐらいで、特記するようなこともなく御西小屋に着いた。13:55。無論今日予定の大日ピストンはカット、このままザックを下ろす。アオ、ヤス、オミツが早速水くみへ。小屋の西、下の方には大きな雪渓がまだ残っていたが、雨のおかげで雪渓手前に沢ができ、簡単に水をゲットできた。外は風が強くなり、小屋全体がきしむようである。せっかくタマが手を合わせたのに、かえって姥権現の逆鱗に触れたのであろうか。もっと若い娘に御願いしてもらうべきであったか。今日の晩飯は焼き鳥丼とみそ汁。端的に言えば、焼き鳥のたれ味の親子丼。わざわざ試作しただけあって、上々の御味。食後はショウコ持参の梅酒で盛り上がった。アオは巨人中日の途中経過を気にしている。野球もさえないが、天気予報は明日もさえない。
9月25日 雨、ド強風
5時起床、今日も願いむなしく同じような天気。日本海にある低気圧が停滞、少し発達して、冬型に近い気圧配置になっているようだ。朝食はこれも初登場、ナスのリゾット。平たく言えば、コンソメ味の洋風雑炊。早起き大将アオが、巨人優勝の報にうきうき、颯爽と調理。朝から濃いが、腹に良くたまる。タマが「玉子ケースがないー」と騒いでいるがいつものこと、予想通り自分の荷物から見つかった。7:08発。風が強い。すぐにちょっとした岩場に着く。足場がやや悪く、そそくさと抜けて後ろを確認すると、予想通りアオが腰が引けてトラバースで詰まっている。つられて、オミツも。いつもの「ヒー」といううめき声が聞こえるようだ。この先道はほぼ平坦であるが、ものすごい西風。道が稜線の新潟側に出たところでは猛烈な横風にあおられ飛ばされそうになる。振り返ると、重心の低そうなタマとノブコは非常にしっかりとした足取り。スレンダーな足、知識の詰まった大きな頭、重心の高い私はこのときばかりは御二人が羨ましくて仕方ない。見るからに軽いショウコも幾度となく飛ばされそうになったそうだ。7:45天狗の庭を通過、道から外れたところに池が見える。7:58-8:05レスト、8:14御手洗の池通過。黙々と、慎重に歩いていく。8:50-55、稜線の東に出たところでレスト。風の緩いところに来るとほっとする。じっとしてると寒いので、休みもそこそこ。登りに入り、9:07烏帽子岳。強い西風がびゅんびゅん吹いて、まともに立っていられない。9:28梅花皮岳を通過。小屋はまだかと思いながら下り道を急いでいると、強風にあおられボテコケ。タマ、「(姥権現の)バチがあたらはったー!!」と、嬉しげ。姥権現おそるべし。9:47待望の梅花皮小屋着。ずるずるの雨具を脱いでホット一息。ここも本山小屋同様、改築したての美しい小屋。なんとトイレは水洗だったらしい(私は行っていない)。一同体が冷えているので、早速火をたいてぜんざいを作ることにする。女性陣が捏ねた山のような白玉をひとつひとつ茹でているうちに、少しずつ体も乾いてきた。うまいうまい甘い甘い、生き返るようだ。しかし、外はますます強風と雨。とても外にでる気はしない。昨日に続き、このきれいな小屋で泊まりたい衝動が・・。でも、石転び沢を下りるわけにも行かないし、これからの天気回復が望めない以上、明日中に下りて大阪に帰るためにはなんとしても門内小屋まで行かなくてはならない・・。オミツは「何日休んでもかまへんで!」などと言っているが、ヤスは、「絶対に帰ります!」これがサラリーマンの悲しい性。門内の水場が怪しいという情報があったので、ここの小屋から梅花皮岳方向に戻ったところにある水場(1分くらい、道標あり)で全員のポリタンを満杯にして、11:20いざ出発。北股岳の急登にかかる。幸い道はおおむね山形側、風は弱い。11:47北股岳頂上。あっさり通過する。ここから再び道は新潟側に回り、ぶんぶん暴風にさらされる。まったく、私の数ある山行の中でもこんなひどい天候は、知床、岩手山に匹敵する、3大ドツボ山行に数えることが出来よう。「雲と煙の這い回る」どころではない。白い霧粒が、左から右へものずごい勢いですっ飛んで行くのである。圭さんと碌さんのように問答しながら歩いている場合ではない。「宿に着きさえすれば」、との思いで一同黙々と歩く。稜線は割と広いが、所々山形側がすぱっと切れていて強風が吹き抜けているところがあり、通過時には冷や冷や物。風が少し弱くなったところを見計らって、風よ吹くなと祈りながら走り抜ける。門内岳へ登り、祠を横目に見て、下る。しかし後ろ4人は軟弱にも頂上を通らず巻き道を通ってきた。すぐに12:35門内小屋。なんとか無事たどり着くことが出来、命あってのたまものと安堵する。とりあえずヨネ、アオは鍋を片手に水くみへ行く。笹ヤブの下へ行く道があるという情報であったが、それらしい道はなく、仕方なく門内沢の源頭を沢沿いに下っていく。なんとかちょろちょろ流れているところで水をくむが、あまりにしょぼい流れ。もう少し下りたほうがよさそう。かなり時間を取られて何とか鍋を一杯にして、小屋へ戻った。小屋の皆はなかなか帰ってこないので、心配していたようだ。しかし苦労してくんだ鍋の水はよく見るとちょっと汚い。苦労してくんだのに、結局晩のレトルトを温めるのに使われただけであった。ヨネ、催してトイレに行くが、ありゃ、扉が開かない。なぜか鍵がかかっている。女性陣愕然。昼飯を食べて落ち着いたところで、時間があるので恒例「大富豪」大会が始まった。ショウコはさっぱり、貧民席から動かない。そしてぽつり、「私、このサークル入ってほとんど晴れたことないー!」そういえば、去年の春の九重山を除いて、その前の年の春の剣山、大雪、去年の夏の北アルプス、秋の八ヶ岳、今年の夏の利尻と、雨山ばかりなのである。ははーん、実は雨女?今回の最大の見せ場はノブコの必殺技。」3,4,5の攻撃にノブコが反応、お、と一同思った瞬間、出てきたカードは「」6」一枚。おいおい、ページワンじゃあるまいし。これまたバカ受け、実はノブコは天然カヨ系だったのか?風はまだまだ強く、西側のガラス窓の下には雨が漏れている。今日の晩ご飯はノブコ購入の「甲子園カレー」アンド海草サラダ、阪神甲子園球場で食べられるものと同じものとか。私は昨日の焼き鳥丼に続いてあっという間に平らげてしまった。夜も風で小屋がきしんでいる。屋根が飛ばなければよいのだが。
9月26日 雨後くもり
4時起床。下りてからの入浴時間を稼ぐため、早起き。朝飯はモチラーメン。しかしその内訳は、私持参のサッポロみそラーメン4つに、ショウコ持参の好きやねん醤油味3つ。両方のスープを混ぜた。非常に重い。5:40発。風はほぼ止んだようだ。5:57扇ノ地神。結局稜線からの眺めはほとんど無いまま主稜線を離れ、梶川尾根の下山道へ。この辺りは広々とした稜線、草紅葉が美しい。6:22梶川峰、道はだんだん急になる。そして、雨も止み、太陽が顔を覗かせてきた。おお、これはシャッターチャンス!とばかりデジカメを取りだすが、なんと電池切れ!替えているうちにまた太陽は雲の中、タイミングを逸した。でもここからは時々日が覗くようになり、オミツに指導を受けながら写真を撮りつつ下る。

稜線の右には遠く下の方に梅花皮大滝、石転び沢の雪渓も望まれる。7:15五郎清水への分岐、7:40滝見場への分岐を通過、この辺りから振り返ると、歩いてきた梶川尾根が覆いかぶさるようである。とても登ろうなんて気にはならない。またポツポツ雨が降る。7:55-8:00レスト。滝沢峰を越えると眼下に今日の目的地、飯豊山荘が見えてきた。道はかなり急。ふと道端の倒木を見ると、おっと!キノコがこれでもかというくらい生えている。おお、このぬめり具合、ナメコではないか!至急ヤス博士を呼び寄せて確認、「おー、これはナメコじゃないですかー!」との御墨付きを頂き、早速採取、あっという間に袋が一杯になった。でも、よく見ると横にはツキヨタケも。ヤス、見分け方を解説。見かけは椎茸そっくりで食えそうだが、実は毒きのこ。割ると中が黒くなっているのが特徴である。一同自分の袋の中を確認した。少し日も差したので、また1枚写真を撮って出発。

この少し下で女性混じりの登山者に出会う。門内のトイレが使えないことを教えてあげると、かなりショックを受けていた。でもまず、一足先にナメコがとれてよかったと思ったのは私だけではあるまい。もう少しで下山というところで、ロープの垂らしてある岩場に来た。濡れていてかなり滑る。ロープと木を頼りに一人ひとり慎重に行く。タマも慎重に来たが、最後のところで、私が「もう大丈夫でしょうけど、滑らないで下さいね」と言った瞬間、どおおん!滑って転倒。見事なこけっぷり。さすが、最後まで魅せてくれる。後の人はなんとか無事に下り、さらに歩いて10:01林道に下山。お疲れさまー!ホント、無事に下りられたことを姥権現様に感謝!。その足で飯豊山荘へ。500円払って入浴。5日ぶりの風呂につかった。川を眺めながらの優雅な入浴、また外は雨、雷も鳴っている。これから寒気が入るとのこと、明日は上は雪かもしれない。風呂上り、休憩室らしき部屋が無いので、玄関に陣取って、一部はビールを片手に、残ったタワケ差し入れバナナバームをつまむ。なかなか好評であった。掃除のおばさんが横をけげんそうな目をして通りがかる。タクシーは、飯豊山荘の人が言った通り電話してからぴったり40分でやって来た。11:45頃発。しかも大型1台、ラッキーである。谷を下りてくるにつれ、天候も回復する。国道113号線、小国街道に出るところで、これから乗る米坂線と出会う。ヤス、「この前米坂線に乗ったときは真夜中で、今回は昼間に乗れるので楽しみです!」とマニア度の高いことを言う。運ちゃん、次の客の予約時間に遅れそうだと、びゅんびゅん飛ばす。駅には12:15頃着いた。\10620也。荷物を置いて切符を買って、飯を食うべく駅前を見回すが、それらしき店は見えない。引き返して、駅員さんに聞いて、駅前左斜めの大きな道の右側の並び、歩いて2分くらいの所にある、「東家」さんに上がる。まあ普通の定食屋。取りあえずビールを頼み、乾杯!ううぅうまい!シゲタ氏の差し入れと聞いて、みんな遠慮なしにどんどん飲む。見る見るノブコの横にビール瓶が積まれていく。つまみになんだったかの浅漬けをサービスで持ってきてくれたが、関西人には大変塩辛い。血圧が上がりそう。注文は、ヤスとオミツは大盛てんぷらそば、女性陣とヨネはヘレカツ定食、アオは、うー、なんだっけ?なかなか来なかったのでやきもきしたが、量が多く、家庭的ないい御味。駅員さんに聞いといて、大正解。駅に戻ると間もなく坂町行き13:29発ののディーゼルが入線してきた。ここで、もう少し後の列車で反対方向の米沢に抜けるアオとはお別れ。しかしアオ、こんなローカル駅なんだから、駅員に頼んでホームまで見送りに来ればいいのに「では」と言ったきり引っ込んでしまった。ディーゼルはうなりを上げて、ゆっくり走り出した。マニアヤスが少し興奮気味に、「米澤さん、この車両はキハ52ですよ!」なるほど、確かにそう書いてある。あまり聞かない形式ではある。ヤスが言うには、昭和20年代の建造であり、ここ米坂線と山陰線に2編成が残るのみだそうである。私が乗ったことのある珍しいディーゼルといえば、少し前まで鳥取と岡山の間に走っていた「砂丘」という急行に使われていた「キロハ28」くらいだが。列車は、豪雨のために(今は止んでいるが)坂町まで徐行するとのこと。のんびりのんびり走る。オミツは少し飲みすぎたか、ぐうぐう寝始めた。川は確かに増水し、濁っている。携帯で嫁さんと留守番ミヤコにメール。嫁さん一言、「晩御飯は?」定時より20分くらい遅れて14:30頃坂町に着いた。次の列車が来るまで待合室で待つ。特急「いなほ」がやって来たが、もったいないので乗らない。回送となるべきさっきのキハ52がまだホームにいたので、よく見ると、ショック!「新発田−新津」(我々がこれから向かう方向)のサボを付けている。おいおい、そっちに行くのなら乗っけてくれよ!こっちはこれだけ待たされているのに、変な運用の仕方をするものだ。

特急が出た後、後を追うように、空っぽのまま出ていった。まもなくやっと新潟行15:25発が入線。さっきの空のキハ52を追う。割とすいていたが、新潟に近づくにつれ混んでくる。女子高校生もいる。まぶい。外は晴れたと思ったら、雷雨になったりして不安定な天気。新発田の駅にはさっきのキハ52が待機。行き違いなどしながらのんびり走り、定刻通り16:30頃新潟着。空港行きリムジンバス乗り場へ。ところがまたまたショック!バスは今出たところ。また30分待つはめになる。数分待てばバスや電車が来る生活に慣れてしまっている我々としてはさっきからのスローペースには面食らってしまう。このすきに女性陣はお土産を買いに走る。やっと来たリムジンバスは、リムジンと書いてはあるが、まるで路線バス。よく見れば、とても今から飛行機に乗るとは思えない高校生や買い物帰りのおばさんもいて、途中停まる停留所で降りていく。新潟空港は一応国際空港だけあって立派な建物。チケットレスでインターネット予約していたのだが、無事チェックイン出来て一安心。お土産を買って、晩飯。ヤス、意表をついて、ペスカトーレを頼むが、「良く考えたら、今日3食とも麺類ですね。」で、さあ飛行機へ、と思ったら、ショウコ、ヨーグルトを買いに走り、ヨネはウエストポーチにうっかり山ナイフを入れ忘れていて、X線で発見され、手間取る。とりあえずこれは別送品に。飛行機は時間通り離陸、20:00前に無事伊丹空港に着き、リムジンバス乗り場で解散、お開きとなった。