上越

(西ゼン&赤谷川本谷溯行)

(95.7.31-8.3)

メンバー

米澤、山崎、由谷

M2の夏、この時期に韓国で大きな学会があり、スタッフおよび研究室の多くの人間がいなくなった。

そして私は既に就職していた山崎に無理やりこれに合わせて1週間休ませ、

残った研究室の人間に堅く口止めをして、当然のように実験をほっぽりだして上越へと向かった。

沢3本を蹂躙する、学生最後の夏のビッグプロジェクトである。

7月31日 おおむねはれ

前日(確か)高崎で買い出しをして、清水トンネルを越えて土樽駅に宿泊。少々虫が多いが、こんな山奥の登山者だけのための(しかも多分沢屋だけのための)駅、当然誰も来ないのでじつに快適だった。7:30発。暑い暑いといいながら登山道を歩き、9:12平標沢出合より入山。10:17に東ゼンの出合に着く。東ゼンのうねうねとしたスラブが圧倒的である。西ゼンの方もここからは明るいナメ滝が連続、快適度満点!

東ゼン出合から連続するナメ滝

雪渓をたたえた6mチムニー滝は右から巻き、さらに2段10m滝を左から巻くと、11:40最初の核心部第1スラブに入る。沢いっぱいに広がる雄大なスラブ、水流の右側を登っていくが、良く滑る。そんなに傾斜があるわけではないが、見かけよりだいぶ大変である。いくつ滝を越えて、すぐに第2スラブへ。傾斜が強く高度感があるが、段状になっているので第1スラブほどは怖くはない。

第2スラブ下部より

最後は笹ヤブになる。14:27稜線に出ると、そこは池溏、そして、見渡すかぎりのニッコウキスゲの群落が我々を待っていた。浮かれて記念撮影。

ニッコウキスゲの群落にて

すぐ平標の山頂につき、仙丿倉山にいたる丸々とした稜線を眺めた後出発、16:37元橋に下山した。湯沢方面に向かう車が無く、仕方なく逆方向に向かう車をヒッチして、三国峠、猿ケ京温泉を経て後閑に出て、また電車に揺られて土樽に戻って寝た。

8月1日 はれ

昨日たどった道を逆戻り(今から考えると何でこんな面倒くさいことをしたのだろうと思うが)、後閑に戻り、買い出し、バスに乗って猿ケ京温泉へ行き、そこからさらにタクシーに乗って川古温泉へ。すぐ林道のゲートがあり、そこから1時間ほど歩いて林道終点でゼロ。もう1パーティー、大学の山岳部らしい人たちもやって来た。

8月2日 くもりときどきはれ

5:05出発。しばらく登山道をたどり、5:45 エビス大黒沢出合より入谷。曇っていてあまり快適ではない。マワット下ノセン20m、マワットノセン15mといずれも左からさくっと巻いて順調に越えていく。

マワット下ノセン

そして巨岩帯。沢中が石で埋もれ、疲れる。おおむね巻き道が右岸についている。モウイヤというころに、8:10裏越のセン着。滝身のうしろをくぐり抜けることが出来る。滝つぼを泳がないといけないという情報もあったが、それほどの水量はなかった。問題は巻き道、左のルンゼから巻くのだが、なんと巨大な雪の四角いブロックが当のルンゼにはまりこむようにして埋まっているではないか。見るからに転がり落ちそうだ。この下をくぐっていくしかなく、おたがい死んでも恨みっこなしねなどと言いながら、ひとりひとり慎重に越えていった。

裏越のセンにて。スノーブロックがルンゼに埋まる。

この先もガレまくりでなかなか苦労した。下りも急で、注意が要る。約40分を要した。そして5mほどの滝を巻いた後は、本日の核心、ドウドウセンの高巻き。9:42右岸から入ってくる日向窪なる支沢に入り、さらに右へ小支沢を詰め、稜線に出る。その稜線を少し登ると、眼下に草付のスラブが現れ、その下に平和な流れが見えてくる。ここを慎重にゆっくり降りる。安全な場所というわけではないのだが、あっけなくルーファイも成功したようで、何かほっとする佇まいである。10:47沢身に下り、昼食をとった。さあこれで核心は終わりだ!と進んだところ、次の7m滝の巻きが案外面倒であったりしたが、12:17左に適当な台地を見つけ、テントを張った。笹に囲まれたところで、天気も回復し快適。夕方頃、やっと昨日テンバッていたパーティーが上がってきたが、一人血まみれになっていた。でも特に気にすることもなく、飯食って酒飲んで寝た。

8月3日 くもり一時あめ

5:05出発。小さなゴルジュを越えて、源頭部に入ってくる。この辺りはどこまでもなだらかな笹の草原が一面に広がる絶景地である。流れもおだやか、ガスがかかっていたせいもあって幻想的ですらあった。下流部の荒々しさとはあまりに対照的で、ここに来ただけでも昨日危ない思いをした甲斐があったというものだった。詰めでは雪渓が出てきて少し苦労したが、8:12ドガスの中無事オジカ沢の頭の避難小屋に着いた。ここより、上越国境の盟主谷川岳に向かうが、何故か途中で私は右足首をひどくねじってしまった。9:46谷川岳山頂着、ドガスで何も見えず。そして地下足袋&ヘルメット姿を珍しがられながらなんとか11:18天神平に下山し、三度土樽の駅に泊まった。

後日談

その晩くらいから足首が腫れてきて、まともに歩けなくなった。翌日4日次の巻機山・米子沢溯行のために六日町に移動するが、病院にむかうもすぐに治るわけもなく、5日、米子沢の入り口に張ったテントから2人を見送り、一日中巻機山を見上げながら過ごす羽目になってしまったのであった。2人がどこかでハマって、泣く泣く引き返してくるのを願ったのは言うまでもなかったが、こんなときに限って天気もすこぶる良く、夕方何事も無く戻ってきた二人、うれしそうに、「いやアーよかったぞオー!」この沢を溯行できるチャンスはこの先あるのだろうか?