
9月19日
集合時間通り、21時10分までに京都乗車のアカ、ヤス、はるか東北の寒村からやってくるアオを除く5人が全員集合。開口一番タワケ、「一番年上になってもうたー!」そう、参加予定だったカナが突然来れなくなったので、最年長の唯一40代はタワケ。以下、アカ、マッサン、アオ、ヨネ、ヤス、ヒロシ、カメキチの順、最近若いのが増えてきたとはいえ、私ヨネはまだまだ下から数えたほうが早く、「若手」に決定。バスの席は後ろの4列だったのだが、そのうちの後ろ3列は席間が広く、なかなか快適。他も全員そろったということで、定刻より15分早く21時15分にバス出発。一番前列をヤスに開けて、2列目にタワケ、3列目に若手のカメキチ、ヒロシの二人、4列目最後列にはマッサンと若手ヨネ。渋滞気味の大阪を抜けて、京都駅八条口に到着、あとの二人も無事合流した。バスの消灯後はすぐに眠りにおちた。
9月20日
ほぼ定刻ジャスト、5時30分に扇沢に到着。新幹線と夜行バスを乗り継いでやって来たアオがすでに到着していた。奄美付近を台風が北上中、その影響かこちらもしとしと雨が降り、あたりは真っ白、ちょっとげんなり。各自朝食を取り、6:15出発。アスファルト道を少し大町方面に戻って、6:30橋を渡ったところから登山道に入る。のっけから急登、真っ白なガスに包まれた樹林帯の中を黙々と高度を上げていく。しかし雨はさほどではなく、セパを脱いだ。7:23、扇沢を望む八つ見ベンチを通過して、7:28-37休憩。アオが、「重いのにむりやり持たされた」という、タマ作のケーキをさっそく取りだし、みんなで頂いた。ヒロシはさっそく汗まみれのタオルを絞っている。7:52「ケルン」の看板のあるケルンを通過(この道は随所に同様の看板がある)、さらに高度を上げていくと、皆の予想に反して徐々にガスが晴れ、谷をはさんだ向こう側に主稜線が姿を現してきた。振り返れば、針ノ木岳の尖峰に蓮華岳の堂々としたピーク。前を歩くヤスとともに、「おおー!」と歓声をあげた。日本三大雪渓の一つ、針ノ木大雪渓もくっきり見える。

8:28-8:37休憩、行く手を見上げると、小さく種池山荘が見えている。この辺りから道の傾斜はゆるくなる。よく整備されており歩きやすい。道端にはゴゼンタチバナの赤い実がよく目立つ。

ヤスはすっかりデジカメにはまってしまったか、ほとんど誰も見向きもしなさそうなものまで一生懸命にカメラに収めているようである。9:30-38、休憩。ここよりまた急な登り、タワケが足がつり気味で、ゆっくりと歩く。最後は草原状となり、10:13ひょっこりと種池山荘に出た。期待通り、目の前には迫力満点の立山、劔、東に目を転ずれば雲海の上に浮かぶは火打、妙高、雨飾、遠くは八ケ岳、浅間山、上越の山々か。そして今回の目的地、鹿島槍ヶ岳がくっきり。


自他共に認める最強の雨男カメキチもどことなく嬉しそうである。「アルプスに来れただけでも良かったと思ってたのに」というタワケ、「今日はずっとカッパを着て歩くものと思っていましたからね」というヒロシ共々、改めて、ヨネの神通力に感謝していた。当初から今日中に鹿島槍まで行くことにかなり執着しているマッサン、みんなの調子も今のところ良いこともあって、計画実現にかなり乗り気になっている。カナの差し入れのういろうなど頂きながらしばし景色を堪能し、10:34発。稜線の上は花はほとんど終わり、チングルマのヒゲやリンドウの類が残って、紅葉がちょうどはじまったくらいであった。爺ヶ岳の見晴らしのいい登りを辛抱強く登り、11:21南峰。最高点ではないということでそのまま通過。

次の最高峰、三角点である中峰と巻き道との分岐で、南峰の登りで尽き果てたアオ、タワケ、カメキチと分かれ、他はピークへ、程なく11:38中峰着。2670mの三角点を踏む。残念ながらだんだんガスってきて、展望はあまりなし。ぼちぼち行動食をほおばるが、アカ、「いくらでも食べれる〜!!」と絶好調。11:52発。巻き道との合流点に、蛍光イエローのセパを纏うカメキチが待っているのがよく見える。快適な下り道を行くと、我々の歩く先に雷鳥が登場。恐れる様子もさほどなく、しばらく水先案内人の如く我々を先導してくれた。いったん冷乗越まで下り、少し登り返すと、やっと13:00冷池山荘に到着。小屋は現在改築中ということで、宿泊はできない。手続きをして、さらに5、6分登ったところが幕営地である。見晴らしはそこそこいいが、水場とトイレは小屋にあって遠く、さらに途中すこしガレているところもあって、行くのが非常に億劫。

今日のうちに明日の分も水を満タンにした。テントを立てて、わざわざグッパまでやって、6天にはアオ、アカ、カメキチ、マッサン、タワケ、4天にカメキチ、ヤス、ヨネ。少し斜め。みんなそれなりに疲れ、鹿島槍行きはメンバー全員の暗黙の了解で明日に回す。このころからだんだん雨が降ってきたので、ザックは4人用テントに押し込め、6天でくつろぐ。まだ日は明るいのだが、さっそく酒が登場。つまみも山のように登場。特にアオ持参の1万円くらいするらしいもらいものの焼酎が絶品、アオとヨネはストレートでガンガン飲んでしまい、かなり晩飯前というのに効いてしまった。そのヨネ、南海上を行く台風のことが気掛かりで、アオの携帯テレビを借り台風情報を求めるが、うっかりアオが電池を換え忘れており画面が暗い。さらにこの日は小泉純一郎が自民党総裁に再選されたというニュースで持ち切りで、結局情報を得ることができなかった。まあ、おそらく今回の台風はたいしたことはないということでもあるのだろうが・・。外はしとしと雨。明日の朝は早いということもあるので、16時過ぎより夕食準備を始める。今日のメニューはキムチ鍋、霊仙山での練習の帰りの車の中でヨネの独断で決定したのである。食材があるはあるは、こんなに食えるんかというくらいの材料が出てくる。ヒロシのザックからは液体のキムチ鍋用スープ計1.4リットルが。「キムチの素」で十分だったのに、重かったでしょう、ご苦労様。さらに圧巻はエノキダケ。4パックでいいはずであるが、係のカメキチは1パックに二つ分入ったお徳用を4パック買ってきてしまったらしい。つまり、所定の倍の量。しかしカメキチ、「エノキダケ大好きなんで、全部僕が食べます!」ここに、カメキチのエノキダケ好きが発覚。そして、調味料担当であるカメキチは律義にいろいろなものを揃えてくれていたが、その中になぜか「ごま油」の瓶。なんに使う気なのかと思っていたら、自分のよそったのにそのままふりかけている。「おいしいんですよ」と言う言葉を信じて私も試してみるが、なるほど悪くない。この男寡黙だが、なかなかあなどれないようである。鍋2つで作り、食べ始めるが、野菜が多かったせいか見かけよりはたいしたことはなく、案外あっさりとなくなった。私ヨネは念願かなって大満足。最後にラーメンをいただき、本当は雑炊まであったのだが、さすがに食えず明日の朝に回す。食後は少し飲んで、テントに帰って、早い明日に備えすぐに就寝。4人用テントの幅が狭く、足が延ばせなくてあまり眠れなかった。
9月21日
4:00起床。あいかわらず隣のテントの早起き爺さんアオは起床時間前からごそごそしていたようだ。残念ながら天気は相変わらずのシトシト雨。カメキチは、ショウコにも匹敵する正真正銘の雨男のようである。私のシュラフの足下はずぶぬれになっている。ヒロシ曰く、「テントが飛ぶかと思いました!」というくらいの雨風が吹いていたらしいが、私はよく寝れなかったにもかかわらず、全く気がつかなかった。朝飯は昨日の残り汁で雑炊、赤っぽい汁をすべて胃の中に注ぎ込む。アオ、明日休む予定が急遽出勤となったそうで、一刻も早く下りて帰るべくみんなをせかしている。カッパを着込んで、5:18発。まだ薄暗いガスの中を黙々と歩く。沿道にはリンドウと、わずかにハクサンフウロが残る。夏の盛りに来ればさぞすばらしいお花畑だろう。

5:59-6:07布引山で休憩。信州側はところどころガレている所もあるが、特に危ないところもなく、また空荷なので順調に高度を上げて、6:50には鹿島槍ヶ岳頂上に着いた。展望はほとんどないが、北峰が意外に標高差のある吊尾根を隔ててなんとか見える。ここから吊尾根の鞍部への下りは、まさに転げ落ちるかのようである。やや風が強く少し肌寒い。滞在10分、アオ「ずっといてもしょうがないので、下りましょう」と先を急ぐ。7:00下山開始。あっという間に下って、8:06特に何事もなくテンバに着いた。テントを撤収して、小屋から大谷原からのタクシーを14:00に来てくれるよう予約してもらって、9:03発。一旦少しだけ下って、また少しだけ登って、冷乗越から赤岩尾根の下りに入る。この道は北アルプスの中でも有数の急な道とされているが、のっけから急な下り、しかもところどころガレた崖になっていて、十分な注意が必要である。とはいえ、立ち止まって周辺に目をやると、辺りの木々は少し色づいている。先を急ぐ先頭アオ、このようなところは苦手なはずであるが、ガンガン下っていく。少し下りが緩やかになったところで、やっと10:04休憩。ここらへんが高千穂平と思われるが・・。ともあれ予定より早く下りそうなので、タワケと合流するためにやって来るオミツに携帯から電話を入れる。電波は弱く、何回も場所を変えながら苦労してなんとかつながるが、オミツは出てくれない。留守番センターに一応入れるが、果たして聞いてくれるか・・?10:15出発。少し先に、ちゃんと高千穂平の看板。なおもどんどん下る。悪い道ではないが、とても登ろうという気にはならない道である。ところどころ木の階段になっているが、これが雨でよく滑る。要注意。11:13-20休憩、ひざが笑いそうになったころ、ようやく下の方に林道が見えてきた。最後は西俣出合の砂防ダムに設けられたトンネルをくぐって、11:59林道に出たところで休憩。どうせタクシーは14時まで来ないのだからそんなに急ぐこともないと思うが、行動食を食べて、12:06ちゃっちゃと出発。ヤスなどと「山葡萄がなっている・・」とか言って林道脇を見ながらふらふらしているうちに、アオ達はあっという間に先に行ってしまった。あわてて追いかける。そして大谷原の橋に12:52着。やれやれ。タクシーが来るまで1時間ほど、さらにオミツは、一応の約束の時間は15時だそうで、さっきの留守電を聞いてくれていなければ、あと2時間は来ない。腰を落ち着けて、雨宿りしながら待っていると、他の人が予約していたタクシーが1台やってきた。その人たちはすぐには出発できないということで、そのタクシーにもう1台呼んでもらって、このタクシーに乗れることになった。ラッキー!急いだ甲斐はあったようである。先を急ぐアオに、マッサン、アカ、ヤスを乗せ、大町温泉郷「薬師の湯」へ先に行ってもらう。手を振るヨネ、タワケ、ヒロシ、カメキチ、問題はオミツがいつ来てくれるかだが・・オミツが留守電を聞いてくれているかどうかは怪しいし、タクシーを呼んで早く薬師の湯へ行ったほうが得策か?うん、そうしよう!と思ったそのとき、林の中からエンジン音、期待のオミツ車がうなりを上げて現れた。スバラシイ!「留守電聞いてくれたんですか?」「あ、携帯は後ろの荷物の中や!」早く下りてくるだろうと、早めに来てくれたとのことであった。私の努力はいったい・・。まずは迎えに来ていただいたことに感謝して、薬師の湯へ。着くと、先行のアオ達もこれからというところであった。建物の中にはザック置き場が設けてあり、登山者に配慮してくれている。浴場はなかなか広く快適。電車の時間もあり、上がった後はくつろぐ時間もそこそこに大町駅へ。駅まで送ってくださったオミツ家族とは、今日葛温泉に泊まって明日帰るとのことでここでお別れ。切符を購入し、差し入れをくれた皆さんへのお土産を買い、急いで戻ってくると、カメキチ、ヒロシは駅そばをすすっていた。松本駅でもう1杯、そして名古屋でもきしめんを食べる計画だそうだ。程なく入線した「あずさ」に、このまま指定席で東京方面へ向かうアオとはお別れして他は自由席へ乗り込む。行動食や差し入れの残りを食べているうちに松本着、去りゆくアオに手を振って最後のお別れもそこそこに全員立ち食いそば屋へ。繁盛して人が群がっているが、当の係のお姉さんは、「注文は1つずつお願いします、とんじゃうから!」もう少し頑張ってくれてもいいのでは?もちろんヒロシ、カメキチも2杯目を賞味。お土産、弁当を買って、「しなの」に乗車。ビールで乾杯。名古屋で二人は計画通りきしめんを求めるが、あまり時間がなく、さらに新幹線ホームのきしめん屋は容器持ち込み不可ということで、無念にも制覇ならず。乗車後、新幹線の席間が広いことに感動するアカにカメキチ、「(新幹線の座席の仕様は)外人仕様ですから」実はカメキチ、鉄ちゃんであることがここに判明。やはりただものではない。みんなと話していると電車の時間はあっという間、気づくともう新大阪。ここで解散、お疲れさま!