
8月6日
前日打ち上げの後旭川の駅で泊まり、三々五々宗谷線に乗って、鈍行列車を乗り継いで北へ向かう。車窓からはひたすら平和な田園風景が広がる。夕方には豊富駅に全員集合。明日の分の飯を買いだし。袋入りのアルファ米に湯を入れ、さらにその袋にレトルトカレーを直接そそいで食う。これはまずい。せっかくなので、温泉(銭湯?)にもつかりに行く。他にチャリダーも宿泊。
8月7日
さあ出発。大きなリュックをしょって歩いていくと、沿道の方々がいったいどこへ行くかと訊ねる。「宗谷岬です」と答えると、当然驚く人もいれば、冷静に道が違うと言う人もいた。声援をうけつつ町を抜け、道道444号を西進、サロベツ原野に入ってきた。
左に利尻山も見える
空の向こうまで続く平原、天候にも恵まれ、爽快だ。原生花園で大レスト、木道の遊歩道を巡る。残念ながら花は全くなし。しかし、利尻山の眺めが良い。向井が係のねえちゃんとずっとしゃべっていた。さらに原野を西に進むと稚咲内海岸に出る。今日はここで泊。テントを張る。うまい具合にトイレもある。海パンに着替え、利尻を見ながら優雅な海水浴に興じた。このあと、なんとキタキツネが登場。
キタキツネ登場!!
写真を撮っていると、干してあった小田の海パンをくわえて逃げていくではないか。追いかけていくと、さすがに置いていってくれたが、小田は、「おーエキノパンツー!!(注:エキノコックスという恐ろしい寄生虫。キタキツネの糞にその卵が含まれていることがある)」と、叫び嘆いていた。そうそうしているともう夕方、利尻をバックの夕焼けも最高だ。
夕焼けの利尻
そこに、汚い姿のお兄さんが歩いてきた。彼もここにテントを張った。聞けば、その人は今北海道を歩いて一周旅行中、これを完了すれば日本一周完了だという。彼の名前はO野さん、たしか32歳独身。その晩は彼を囲み、賑やかに鍋をつつく。昔はまともに仕事をしていたそうなのだが、かの探検家植村直己に会う機会があり、目覚めてしまったそうである。それ以来バイトをしつつ国内、海外を歩き回っているらしい。ヒマラヤにトレッキングに行った写真も見せてくれた。いつも持ち歩いているのだろうかとも思ったが、こんな人生もあるものだ。
8月8日
更に海岸線を北に向かう大野氏と別れ、我々はふたたび内陸へ入り、サロベツ原野の西側を北進する。この辺りは牧場ばかり。牛がのんびり草を食む。少し道が高台に上がってくると、サロベツの原野が一望のもとだ。
サロベツの大展望
モウたくさんといわんばかりの田園風景の中をうんうん進んで行くと、右に今日の目的地の兜沼が見えてきた。そのほとりの兜沼公園は芝生に木陰の絶好のキャンプ場。家族連れ、ライダー、チャリダー、たくさんの人がテントを張り、賑やか。昼寝などして、昼下がりをのんびり過ごしていると、老人クラブの会長とやらが現れる。昨日はどこそこの姉ちゃんを案内したとか、兜沼の駅に急行を停める運動をしてるのだとか、いろんなことをほとんど一方的にしゃべって去っていった。と思うと、また別の人を捕まえてしゃべっている。これがあのおじいさんの日課なのであろう。ここの横には銭湯もあって快適至極。晩飯のカレーのあとは、カラオケ大会。「大都会」を大合唱。迷惑千万。
8月9日
今日も晴天。道道616号そして811号へ。ここは長い直線の道路。車通りも少ないので、道のど真ん中を堂々と歩く。再び海岸線に出たところが浜勇知。花畑があり、青い海の向こうに利尻がきれいに映える。皆でアイスクリームを食べた。
浜勇知より利尻を望む
ここより海岸沿いに北上、抜海へ。昼食後は大レスト。こどもと遊んだり、昼寝したり、近くの丘に登ってみたり。夕食の買い出しをして、抜海駅へ。水がないので、1回生に近くの民家へ水をもらってきてもらう。大きな無人駅、終電も早く快適である。寝場所争奪戦も、リーダー強権によりベストの位置を確保、極楽極楽。夜、夜行列車が通過していくのもまた風流である。
8月10日
また海岸沿いに出て、北上する。今まで、我々とすれ違い、また追い抜いていくライダーやチャリダーたちと幾度となく挨拶をかわしたが、今日すれ違ったバイクと車は一味違った。ふらふらと寄ってくるセロウ、ゆっくりと、やかましくクラクションを鳴らしてくる。メットの中のその濃い眉と細い目はにやけている。八木、山崎そして岡野氏である。日高PWが例により雨で中止になり、レンタカーを借りて回ることになり、ついでにこの辺にいるはずの我々を探していたらしい。差し入れをもらって、記念撮影して別れた。着いたノシャップ岬は観光地、土産物屋、水族館などがある。昼飯を食べるが、山崎が来たせいか、霧雨が降り出し、めちゃめちゃ寒い。ここからは稚内市街に入り、賑やかになってくる。駅近くの公園でテントを張った。
8月11日
いよいよ今日は宗谷岬。33kmの長丁場である。駅に荷物を預けに行く。駅前には、小雨の中野宿している人間がたくさんいる。しばらくは市街地なので特に景色も良くないが、右に天北線の廃線のレールが見えてきた。興味のなさそうな1回生に構わず記念撮影。そしてさらに、声問の廃駅が残っていたので道を外れて見に行く。ハマナスの花が一輪、記念撮影。しかしヒゲ男小田がそれに気づかず、その前に座ってしまった。
声問の廃駅にて
市街地を抜けると、左に海、右に緑の丘をみながら歩く。国道なので交通量も多く、どんどん車が追い越していく。かなり足にも疲れがたまっていて筋肉痛も激しく、また靴擦れの人間もいたが、頑張って何とか宗谷岬着。計105kmを歩き通した。
宗谷岬にて。真っ黒で顔のわからない御仁も。
写真を撮って、ダカーポの「宗谷岬」を聞きながら、最北端ラーメン。「流氷とけて、春風吹いて・・・」ビールで乾杯、お疲れさま!
このあと2組に別れてヒッチ。私と由谷のヒッチの様は、乗せて下さった壮年夫婦に言わせると「様になりすぎてて、止まらずにいられなかった」そうだ。稚内からは私は京都へ戻り、確か向井は札幌へ、由谷と小田は利尻へ。またそれぞれの旅が始まった。
(参考 ワンゲル部報第30号 向井氏記録 また写真は大部分が小田氏の撮影によります)