
ド雨の9月の飯豊山で積もってしまった私の欲求不満、どこか連れていけという嫁さんの希望を一気に解決するスーパーミラクル一発逆転大作戦、私は最も簡単に登れる日本百名山に数えられる霧ケ峰、美ケ原を巡る「ヘロヘロ百名山ツアー」なる奇策を編み出した。やや体調を崩し、いまいちやる気の無いあずっぴであったが、3日前になって急に乗り気になり、急遽宿を予約、作戦実行と相成った。
11月3日 くもり
7時に家を出て、おにぎりを買い、ガソリンを入れて名神に乗った。京都南から大津あたりと中央道の瑞浪あたりで少し渋滞。茨木からあずさはずっと3時間半寝状態でそんなことはつゆ知らず。屏風山PAで休憩して、諏訪ICには12時過ぎに着いた。天気はどんより曇り、この日は諏訪観光を決め込んで、まずは原田泰治美術館へ。あずさが目ざとくJAFの割引が効くのを見つけて、10%OFF。日本各地の人々の暮らしを、懐かしいような故郷の風景の中に折り込んで、独特のぺったりとしたタッチで描き続けている。かつて朝日新聞の日曜版を飾っていて、あずさは、「あーああー」と少し感心。車に乗って、お決まりの間欠泉へ。間欠泉センターに入って、そばを食べながら上がるのを待つ。放送がなるとすぐに外に出て、今か今かと待ったが、今日は何故か元気なし。去年の秋来たときは数10mは上がったが、今回は5m位か。がっかり。展示室には、これまた有名な諏訪湖の御神渡りの様子、仕組みを紹介するジオラマがある。模型の湖の上に氷がせり上がって出来る御神渡りの様子が示されるのだが、このジオラマはいったいどういうふうになっているのか、しばし二人でデスカッションした。お次はすぐ近くの諏訪市温泉植物園へ。温泉熱を暖房に利用している。熱帯性の植物が所狭しと展示されているが、目玉は蝶の展示室。温室の中にたくさんの蝶が放し飼い。あずさ、「ちょうちょさん、ちょうちょさん」と喜んでいる。
なんという蝶だろう?
でも、もっと時間がつぶせるかと思ったがすぐに終わってしまったので、こんどは下諏訪の時の科学館・儀象堂へ。中庭には、北宋時代に設計図が書かれたという、高さ12mの巨大な水時計・水運儀象台。中に入って仕組みを見ることが出来るが、同じ顔をした中国人顔の人形が整列していて、いささか気色悪い。ハイビジョンシアターでは、時計には全く関係ないが、下諏訪の四季、有名な御柱祭を立体映像で紹介。矢が飛んできたときには思わず目をつぶってしまった。2階展示室には時計の仕組み、開発の歴史を勉強できる。古い価値ある時計も展示されている。さほど興味があるわけでもなく、あまり理解も出来ないが、ウチの会社の同室の時計マニア、だにえるろーと(普通の人は知らない)オーナーM森氏や、ろれっくすY田氏がくればさぞ御満足いただけると思う。私達はやらなかったが、1階にはオリジナルウオッチを作るコーナーもあった。さて、ようやく夕方になったので、今日の宿泊地、「ホテルヤマダ」へ。諏訪湖を見下ろす山の中腹にある(最初は諏訪湖沿いの宿を探ったのだが、さすがに3日前ではどこもいっぱい)。そこそこ建物は大きいのだが、ほとんど家族経営らしく人手不足、フロントのおじさん自ら部屋まで御案内。確かに、売り文句通り部屋からの夜景は素晴らしい。夏には大きな花火大会があるそうだが、その時にはオススメだろう。温泉は露天はないものの、木目調でまずまず小奇麗。夕食は温泉宿らしく肉も魚もごちゃまぜ、馬刺しに湯豆腐もある。私はこのようないかにも温泉宿の飯というやつが大好きだ。食後は酒も回り、運転の疲れもあってそのまま寝てしまった。
11月4日 快晴
窓のカーテンを開くと、オー!ド快晴!素晴らしくいい眺めだ。雨女ショウコと姥権現の呪縛から逃れて、遂に私の神通力発揮である。朝食には焼き魚、たまらない。早速出発、霧ケ峰方面へ山腹を登っていく。途中蓼の海という池に立ち寄る。朝から釣をしている人がちらほら。紅葉が真っ盛りだ。

再び車に乗り込んで、県道40号を麗らかな朝日の中走っていくと、霧ケ峰高原に出た。霧ケ峰ICの四つ角をまずは右に曲がって、坂道を下り踊場湿原へ。誰もいない。足下がゆるく、湿原の中まで行くのは止す。日陰に目をやると霜柱が立っている。あずさ、はしゃぐ。取って返して、坂を上がっていく。すすき原の向こうには、薄雲の上に富士山。記念撮影。

先ほどの4つ角を左折、ビーナスラインに入る。絶好の天気、眺めは最高。車山高原へ向かう。ホテルでもらった10%割引券で切符を買い、リフトを2本乗り継いで、ほとんど歩くことなく車山山頂へ着いた。へろへろ百名山一つ目制覇である。とある家族連れとお互いに写真を撮りあう。
左の山は浅間山。
東には蓼科と八ヶ岳が紅葉に染まった緩やかな裾野を延ばし、その右にはちょこんと富士が顔をのぞかせる。そこから右回りに、南アルプス、中央アルプス、御岳、乗鞍、うっすら雪を頂いた槍穂連峰からずっと北へ続く北ア連峰。
槍穂連峰。うっすら雪化粧。
さらに、戸隠、妙高、白根山、浅間山と続く。文字通りぐるり360度の大展望。くだりもラクチン、リフトである。売店でお土産を買って、また来た道を戻り、3回目の霧ケ峰ICを北に右折、八島湿原へ。霧ケ峰では最大の湿原。もう晩秋とあって鮮やかさはないが、天気がいいので気持ちがいい。緑濃い夏真っ盛りの花の頃にまた来たいものだ。
ドアップだ!
少しだけ歩いてみるが、へろへろあずさがしんどい(何もしていないのに、なにがしんどいというのか・・)と訴えるので、すぐ車に戻る。さらにビーナスラインを北上、美ケ原へ向かう。あずさはやはり寝始める。いい景色なのにそんなものはそっちのけ、熟睡モードに入る。ビーナスライン最後のグネグネ道を上がったところが美ケ原高原。有名な美術館を眺めながら昼ご飯。カツカレーの食券を買ってからまずトイレに行って、それから食券をお姉さんに渡すと、「あれ、売り切れになってませんでした?」の弁。トイレに行ってるすきにカツがなくなったらしい。おかげで、ただのビーフカレー。携帯を見ると、ヤスよりメール。石鎚の方も良い天気のようだ。ここからも北アルプスがきれいに見える。最高点の王ヶ頭は長い稜線の西の端。東の端であるここからそちらに行くには、一旦下まで下りて、ぐるっと回ってまた登ってこないといけない。ここよりぐねぐねの下りになるので、酔わないようあずさに運転してもらう。途中白樺の林。あずさ、なぜかまたはしゃぐ。下ってくると辺りは絶好の紅葉。山の斜面一面が見事に橙色一色。道々には写真をとっている人がちらほら。のどかな秋の昼下がり。また山道を上がり、上り口である美ケ原自然保護センター着。頂上は目の前に見えている。しかし、あずさ、やはりすぐへろへろになる。全く若さがない。「あと、何m?」としつこく聞く。適当に答える。30分ほどで山頂の看板。あずさ、疲れて座り込む。隣接する美ケ原高原ホテルでヨーグルトを食べた。石碑のあるほんとの最高点では、写真好きそうなカップルが一生懸命記念撮影をしている。安心して撮ってもらう。

さらにぶつぶついうあずさをたしなめながら20分ほど歩いて、西端の王ヶ鼻へ。北アルプスが目の前。日が西に傾いてきたが、槍穂の辺りはもちろん、遠く立山、剣、鹿島槍、白馬、はっきり一つ一つの峰々が確認できる。振り返れば、紅葉の山々の向こうにまっ平らな霧ケ峰、その後ろに控える八ヶ岳のぎざぎざといい対比になっている。
平らな霧ケ峰の向こうに、八ヶ岳と富士山
しばし眺めた後下り始める。あずさ、「あっちゃん、ちゃんと登って、えらい??」はいはい、えらいえらい。カリブに乗り、松本へ向けて下る。またあずさは寝始める。下まで下りたころには日はとっぷりと暮れていた。長野道に乗って、一路上諏訪へ。ホテルヤマダに着くと、ひっそりとしている。今日は宿泊者は少ないらしい。飯は鍋が出た。風呂も独り占め。あずさはきむたくのでているドラマを見ていたようだが、私はまた自然に寝てしまった。
11月5日 はれ
今日は外はもやがかかり、これまたいい感じだ。朝からでっかい焼き魚。幸せ。このまま大阪直行のも何なので、寄り道して高遠を通って帰ることにする。高遠城址はなんといっても桜で有名なのだが、この時期は観光客もまばら。町立歴史博物館には、「絵島囲み屋敷」という家が隣接している。その昔将軍家継の時代、江戸城大奥の実権者、将軍の生母絵島が、大奥の権力闘争の結果、役者との恋のかどで責められここへ流され、以来28年間この屋敷に閉じこめられ、そのままここで寂しく一生を終えたというその家(復元)である。「絵島囲み屋敷」という文字を地図で見て、一体なんぞやと思っていたので、謎が氷解して満足した。あとは伊那に出て、中央道に乗り、すっとばした。早めに出たので、帰りは渋滞にもつかまらず4時間足らずで茨木に着いた。