
7月30日
行きの飛行機も夜行バスもとれなかったので、仕方なく新幹線に乗り、東京でヤマサキと合流して一ノ関へ。降りると途端むっとする。何と今年は暑いのか・・。駅には、グラサンに短パンの、しかし顔は暑苦しい、いつものあやしいお兄さんがお出迎え。ユタニ'sスプリンターに乗り、国道342号線を磐井川沿いに西へ向かう。観光客で(多少)にぎわう厳美渓を「フフン」と鼻で笑いながら通り過ぎ、矢櫃ダムの手前より林道を登っていく。もう少し先、真湯温泉から桂沢林道を通って入るルートと選択肢は2つあったのだが、距離はこっちの方が短いとふんで選んだこの林道は大失敗。道はでこぼこ、底を擦りながらもそれでもくじけずに進むが、みるみる両側から草木が覆いかぶさってきて、非常に難儀する。ようやく桂沢林道に合流して、降りて車を見ると、ボディーは一面細かい傷だらけ。ユタニがっくり、途方に暮れる。それでも準備をして、ゲートを越え、夏の暑い夕暮れ、蝉がギーギー鳴くなかもくもくと歩いて、出合いの手前でテントを張った。久しぶりに会ったんだからゆっくり話をすればいいようなもんだが、もう長年のつきあいのせいか、仕事でくたびれているのか、さっさと寝てしまう。
7月31日
いい天気だ。橋のたもとから右岸の「登山道以外入山禁止」の看板を越えて、踏み跡にしたがって沢に降りる。いきなり美しいナメ床になっている。しばらく行くと、5mほどの川幅いっぱいの滝。右からと思ったが、ユタニは左側中ほどの水流の少ないところを慎重に登る。ザイル。次には多段の連続する滝。何処からでも登れる。でもユタニは妙に慎重で、1ヶ所ザイルを出した。ここで、福島なんとか会なる女性交じりのパーティーに抜かれる。近ごろは年に1、2回ぐらいしか行かないヘロヘロの我々と違い、素晴らしく足並みがそろっている。そして核心部の3段の滝である。
核心部の3段の滝(2段目より)
最初の滝は右からだが、福島パーティーが少してこずっている。彼らが登りきった後我々も取りつくが、ホールドとぼしく、のっぺりした壁でなかなか難しい。結局、私がノーザイル、空荷でやっと何とか登り、荷揚げして突破した。2段目は左から容易に越す。ここから下を見返すと、滝壺が大変美しい。
3段目は左から高巻く。越えたところで昼飯。ここからはしばらくなにもない。黙々と高度を上げていく。太陽はぎらぎらと照りつけ、ああ暑い、暑い。沢登りなのに、なぜかめちゃめちゃ暑い。この沢は火山のせいか、水も妙にぬるい。クタクタになったところで、次の12m滝。上部はよく見えず苦しそうだが、高巻きする元気もなく、空荷でザイル出して直登してしまうことにする。順調にすいすい登った。さほどの困難はない。ここより上部は小滝と(時々巻きもある)みごとなナメが続く。気持ちはよい。
テン場を探しながら行くが、平らなところはことごとく水が染み出していて、適地に乏しい。もうクタクタを通り越して、ドロドロだ。日も傾いた18時頃、結局避難小屋のすぐ手前の台地でテントを張った。やっと一息、沈む夕日、至福の時。晩飯のカレーを作るが、例によってユタニはうたた寝、今日もさっさと寝てしまう。
8月1日
今日も快晴。残り少ない沢を詰めていくと雪渓がある。なのにこのぬるい水はなぜだろう。沢を外れ、少しヤブを漕いで、笊森避難小屋へ。昨日のパーティーがいた。決して奇麗ではないが、テラスのあるしゃれた小屋。ノートがおいてある。メインの登山道からは離れているせいもあって、大部分は産女の溯行パーティーが泊まっているようだ。私らほど時間がかかったパーティーはないようだが・・・。テラスから眺める源流の草原もこの上なく爽やかである。
小屋より、栗駒山頂方面を望む
荷物を置き、山頂へ向かう。東北の山らしく、稜線はなだらかである。今日も昨日に引き続き暑く、時折ある水場では頭から水をかぶる。山頂は、須川温泉から簡単に登れる山とあってたいした人出。団体さんもいる。写真を撮りそそくさと失礼する。新調した渓流タビがきつく、下りで親指が圧迫されておかしくなってきたので、私とヤマサキは須川温泉に下りて、ユタニに迎えに来てもらうことにした。不死身のユタニは「では・・」とばかり、飛ぶようにして下りていった。2人はひーこらひーこらいいながら名残が原を経て須川温泉へ。
名残が原より、栗駒山
正面には鳥海山。あっという間に、下界であった。
沢のレベルとしては、我々3人の力量でせいいっぱいといったところ。というより、日ごろの運動不足か・・。でも、伸び伸びとした気持ちのいい沢であった。
しかし、この沢登りが実は単なる悲劇の序章に過ぎないことを、この時まだ我々は知らない・・・。