
しれとこ、アイヌ語でシリエトク、最果ての地という意味だそうである。
知床半島の突端部分を稜線沿いに知床岬を目指す、ワンゲルの伝統的なルートだ。
どかっパレの晴天のもと、ハイマツのドヤブに囲まれて、この上ない陶酔に浸るのを楽しみにしていたのだが・・・
7月24日
前日斜里駅に集合、駅の横にテントを張らせてもらって、この日バスに乗って出発。宇登呂、知床五湖、カムイワッカの滝を通って、終点知床大橋より入山。ゲートを越え、ぎらぎらした日差しの中林道を、重い荷物を背負ってうんうん歩く。当然ながら通りがかる車も人もない。天気はすこぶる良く、進む左にはオホーツクの青い海。ようやくテッパンベツ川の河口にたどり着き、オショロコマ釣り。知床の魚は人なれしていないのか、全然逃げないし、何を見ても食いついてくる。山のように釣って、塩焼きにして食う。ヒグマがいるなんて思えない、辺りののびのびした平和な雰囲気に酒もすすみ、飲み過ぎた輩もいたようだ。
7月25日
今日はコタキ川溯行。情報通り、難しいところや見どころは何もない沢。単なる稜線へのアプローチ。記憶にあるのは、一ヶ所沢の両側に門のような巨壁がそびえていたところがあったくらいか。ただただ長い沢を黙々と高度を上げ、700m二俣にテントを張った。ここの本流側には30m程の美しい滝がかかっていた。ただし、夜はうるさくてたまらない。
7月26日
どんよりとした天気。左の支流に入る。途中草付のいやらしい巻きがあった。最後はお待たせハイマツのヤブコギ。幹は太いが密度は薄く、30分くらいで抜けた。そこは知床平。ガスっているのが残念だが、うねうねと緑の湿地帯が広がっている。別天地である。ここから知床岳へは道があるはずであるが、なかなか見つからない。とりあえずそれらしいところを登っていくが、まもなく道は消えた。なかなかシビア。強烈なハイマツのヤブに何度となく跳ね返されそうになる。しかも空中ヤブコギで、ひっくり返る者も絶えない。向井などは半分意識を失い、半分尻を出しながら歩いていたそうで、後ろを歩いていたものはたまらなかったらしい。結局30分で着くはずのところを2時間半かかって知床岳着。相変わらずのガスで何も見えない。ここで昼食。ソーセージが余ったので、ソーセージじゃんけん。皆かなり疲れていたので命がけ。今も伝説に残る熾烈な争いとなり、気合いの入れようはただ事ではなかった。結局たしか私と由谷がゲット。岡野氏と山崎はじたんだを踏んで悔しがった。山崎はいまだこの時の事が忘れらないそうだ。出発後、知床池への分岐を見落とさないよう慎重に進んでいたところ、それまで我々を包んでいた白い霧が俄にすーっと引き始めた。そして、一転目の前には広々とした緑の平原が広がってきた。

眼下には瑞々しい湿原、そして海の向こうには国後島が横たわっている。一同一瞬唖然、そして「ウオー」と歓喜の雄叫びを上げた。大レスト。じつに気分よし。この先は稜線沿いにとぎれとぎれに踏み跡があり、俄然歩きやすくなる。稜線を境に右側の太平洋側は白くガスがかかり、左側のオホーツク海側は晴れ渡っている。不思議な光景である。
知床主稜線
そしてまもなく下りにかかると、行く手には、テーブル状の平らな台地の上になみなみと水をたたえた知床沼が見えてきた。
眼下には、知床沼が!!
沼に着いたときにはすっかりいい天気になり、沼畔でテントを張って、湿っぽい荷物を全部ほりだした。幸せな一時。次に太陽を見るのは3日後になろうとは・・。
7月27日
ものすごい雨音で目覚めた。外ではごうごうと風が吹き、更に恐ろしいことに雷までなりだした。その上に、テントが沼のすぐそばにあったせいで、浸水し始めた。マットがぷかぷか浮かびだすにおよんで、遂にテントを移動。もちろん完沈。ラジオが浸水し、鳴らなくなってしまった。なんといっても雷は恐ろしい。すぐそこで鳴っているのである。周囲には目だった木もなく、落ちるとすればこのテントしかないように思える。一同静かに(?)嵐が通り過ぎるのを待つ。非難の矢が自称「嵐を呼ぶ男」山崎に向けられたことは言うまでもない。
7月28日
雷は止んだようだが、風雨は変わらず猛烈である。今日も完沈。ホットケーキをしたり、トランプをしたりして過ごす。ようやくラジオも直り、天気図をつける。太平洋高気圧の張出しが弱く、相変わらず天気の好転は望めないのは言うまでもないのだが、さらに悪いことに、台風がこちらに向かっていることを知る。今のところほんとに来るかどうかはわからないが、明日出発しても、許される完沈はあと1回だけ。この先道はもちろん、エスケープルートもなく、ほんとに台風が来て動けなくなるとやばい。協議の結果、残念ながら明日ウナギベツ川よりエスケープすることになった。
7月29日
風雨は多少ましになったようである。下っていくとだんだん天気は良くなってきて、雄大な眺めが広がってきた。雨も止み、虹が出た。河口に着くとすっかり晴れ上がり、めいめい濡れたものを干した。久々の晴天にうれしくなって、私は「ヒルダンス」を踊った。
ヒルダンス!!
美しい海岸線を眺めながらのんびり歩き、相泊で熊ラーメンを食べて、羅臼へと向かった。
結果的には台風は弱まり、北海道には大きな影響はなかった。いたしかたない決断ではあったのだが、あの時無理やりでも行くつもりになれば行けていただろう。もう2度と行く機会があるとも思えないので、返す返すも残念。知床岬へ行けなかったことは、今でも私の大きな心残りとなっているのである。