
4月29日
タマ家に向かうと、アオとなぜかヤスが既に待機。カリブ君の助手席に乗った女性第2代タマ、ヤス車オペルとともに集合地のJR尼崎駅に向かう。駅では腰痛で今回リタイアのシンジが見送り。ワインを差し入れにいただいた。残る3人を拾い、カリブには女性2人が乗り込んで、去年と同じように六甲アイランドの港へ。無事寝床を確保し、定刻通りダイヤモンドフェリーは18:00出港。弁当とビールで御機嫌。途中明石海峡大橋を見に甲板に上がる。今年はスリッパは飛ばなかった。なぜか早くも20:30には消灯になり、その時部屋にいたヨネとハチはそのまま横になってしまうが、そこに帰ってきた、引っ越し休みをとって休養たっぷりのアオは、「なぜ片づけをしない?」と仕事もろもろに疲れ果てていた我々をなじった。本社出張まもないシホ、摂津で残業続きのヤスもお疲れで、みなすぐ寝るが、狭い、暑い。多くがあまり寝れず。
4月30日
空にはまだ晴れ間も見え、おだやかな朝。横を見ると、シホの髪が大爆発。アオ一言、「有珠山!」。定刻通り6:00に入港、港近くのコンビニにて明日の朝食のおにぎりを買い込んで、昨年の帰りにたどった同じ道を竹田方面に向かう。狭い国道であるが、朝も早く、すれ違う車も少ない。そして県道7号線を南へ。細いぐねぐね道ながら、豪傑タマは後部席で口を半開きにして完全に寝ていた。登山口の尾平に着いた頃には、少しぽつりぽつりと降ってきた。ヨネ車を傾の下山口に戻した後、10:15に出発。道は対岸に渡った後、2つに分岐する。一つはエアリアマップの通りの道。もう一つは先に沢を渡って尾根にすぐ取りつくルートである。我々は後者の道をとったが、まだあまり踏まれていないようで、やや足下がぬるかった。水は途中渡る沢でくんでおく必要がある。今日の標高差は約1200m、道はすぐに急登となる。辺りは淡い新緑であるが、雨がだんだん本降りとなり、荷物も重く、周りの景色を楽しむ余裕はないようだ。12:50宮原着。雨は少しましになる。私がキュウリとウインナーをマヨといっしょに食パンに巻いて食べていると、みな丸い目をして見た。歩いている最中は暑いくらいだが、風も吹き、休憩しているとじわじわ寒くなってくる。13:05発。途中のやや尾根が細くなった馬の背辺りではすこしガスも晴れて、新緑の谷を見下ろすことが出来た。14:05九合目小屋着。きれいな小屋である。今日は障子岳でテントを張る予定(エアリアマップには印がある)であったのだが、小屋の管理人さんより、「そこはテントは張れないですよ。昭文社の地図はうそつきだっちゃ!」という情報を得たので、まだ雨が降っていることもあり、今日は小屋で泊まることとなった。一泊¥2000也。水場はすぐ下、1分くらいの所にある。管理人さんが7人のために、大きな板を持ち出して、テーブルを用意してくれた。コーヒーを飲んだ後、恒例の大富豪大会。最後の一局、これですき焼きの席順が決まるというここ一番に、私の手札は1枚のエースとジャック以外はばらばらのカス札ばかり。あえなくド貧に転落となり、大富豪のマッサン、富豪のタマ、貧民のアオと一緒のなべをつつくこととなった。当然上の位から具を取っていくのだが、特に貧民アオは容赦なく、一度は肉が一切れもないことも。あまりにひもじかった私は、平民鍋から肉とうどんをめぐんでもらったが、アオ、「私に断りもなくそんなことをするな」と厳しい。食後は、ホームページを制作しているという管理人さんと少し話をして、21:00前には寝た。ヤスのiモードによると、明日は晴天である。
5月1日
4:30起床。外はガスっているが、雨は止んでいる。管理人さんに見送られて5:20出発。少し登って5:35祖母山の頂上に着いた。朝ご飯のおにぎりと、みそ汁を食べる。まだあたりはガスで真っ白だが、上空にはとぎれとぎれに青空もかいま見られる。記念撮影後、6:10出発。まもなく急な下りとなり、岩場に突入した。細い谷沿いにロープ場やはしご場が連続し、中には不安定なものもあるので注意が必要だ。雨上がりで足下がずるずるだったこともあって、「昨日の雨の中来ていたら、大変だったなあ」の声しきり。ハチは前日からずっと愛用していた杖をここで捨ててしまった。めちゃめちゃ危険なわけでもないが、できれば登りに使ったほうが賢明なようだ。まもなく岩場を抜け、もとの平和な稜線の道に戻った。1回休憩をはさんで、左に黒金山尾根への分岐を分けて、7:40天狗岩との分岐に着く。荷物をおいて、岩の突端へ向かう。道中にはスパッと谷底まで落ちている岩場もあり、高所恐怖症のアオは悲鳴をあげている。すっかり晴れ上がり、岩の突端からは、祖母のピークが美しい。そして雲海の上には、阿蘇と去年行った九重の山並みが浮かんでいる。
天狗岩より祖母山。左側、雲海の上に九重山が浮かぶ。
そして、これから向かおうとする傾山に至る長い稜線が目の前に横たわり、みな先の事を思いながらため息をついた。8:00発。少し登って、8:32障子岳に着いた。なるほど、ピーク上にはせいぜい4人用一張がいいところだ(ちなみに、古祖母岳側に少し下ったところに6人用一張位いけそうなスペースあり)。8:41出発、比較的なだらかな道をたどって、古祖母岳には9:38着。ピークの南側はちょっとした岩場になっていて開けており、広々とした支稜線が眼下に望まれ、気持ちのいいところ。行動食のういろうを食する。思わず、雄大な景色を眺めながら、岩の上よりション便をした。気分爽快。10:00発。ここより尾平越まで標高差約400mの長い下りとなる。途中壮年の御夫婦とすれ違ったが、この日すれ違ったのはこのパーティーだけ。行程の長さもあり、縦走する人は少ないようだ。標高が下がってくると、ツツジが鮮やかに咲き誇っている。私が花の写真を撮っていると、どうしてもと脅すので、アケボノツツジをバックに、恐る恐る女性陣二人を記念撮影した。花弁は普通のツツジより丸く、淡いピンク色をしていて、すこぶる青空に映える。御二人と一緒にとると、ますますその可憐さが強調されるようである。尾平越トンネルへの分岐を分け、11:38尾平越(看板のある、エアリアマップ上の丸印と思われる所)に着いた。風が弱くだいぶ暑い。11:52発。少し登りにかかったところで、12:00ブナ広場の看板のある広いところに出た。その名の通り、ブナやヒメシャラが多くあるところで、何張か張れる。ここよりわずかに南側に下りたところに豊富な水場があった。エアリアマップ上にはもっと手前に水場があるように書いてあったが、見つからなかったので、どこにあるのだろうと思っていたが、地図が間違っていたのだった。顔を洗い、すっきりしたところで、12:17発。再び本谷山の長い登りにかかる。なかなかしんどい。長い行程にみな疲れてきており、足どりも重い。それでも見晴らしのよい三国岩を越えて、まもなく13:58に、コースタイムよりも早く本谷山頂上にたどり着いた。笹に囲まれ、展望は良くない。私は昨日と同じようにパンをほお張るが、アオがよほど腹が減ったのか、「一口!」というので、差し上げた。チョコ類だけではいまいち腹が満たされないことに気づいたそうである。14:20発。途中、笠松山の手前、トクビという展望台に立ち寄る(看板あり、縦走路からすぐ)。小さな岩の上からは、祖母山と障子岩尾根の長々とした尾根、そしてここで初めて傾山のごつごつとした岩尾根をかなり間近に眺めることが出来た。
トクビ展望台より、傾山
小さな岩であるが、アオはすこし怖そうであった。さらに、笠松山の東の展望台もなかなかであった(ちなみに、笠松山の地図の位置は間違っているようだ。もう一つ北側の、主稜線が東に向くピークが正しい)。だいぶ傾いた日の中を下り、16:35に九折越小屋着。祖母の小屋よりは小さいが、すでにけっこう多くの人がいる。ほとんどが傾だけ登って下りる人達だろう。小屋より少し下ったところにある気持ちのいい芝生の上にテントを張った。水場はここよりさらに南に5分くらい下ったところ。ヨネ、マッサン、シホ、タマがポリタンとナベ、米を持って向かった。水は豊富であったが思った以上に遠く、標高差があったので、帰ってきた4人はみな不機嫌になった。晩飯は中華丼とレトルト中華スープ。野菜を刻んで、煮始めたまではよかったが、タマ、「えー!かたくり粉と醤油とごま油がないー!」と騒ぎだす。昨日小屋では、これらが確かにセットであったので、皆自分の荷物を探るが見つからない。ゴミ袋の中も探ってみるが、ない。仕方なく、御互いのザックの中を少し疑う中で、晩飯はダブル中華スープとごはんに変身。中華だしの素はあったわけで、まあ、ワンゲル時代に食べた「ルーなし調味料なしカレー」よりはずっとずっと絶品であった。その一方で、もう片方のレトルト中華スープは濃度を間違い、超濃厚であった。食後のコーヒーの頃には、日も暮れてきて、ちらちら星が出てきた。どこからともなくつまみが出てきて、酒盛りになる。特にマッサンの落花生の大きな袋はなかなか圧巻であった。先にテントに引きこもったと思われたヤスも、つまみに誘われ出て来た。ハチは満天の星空に、普段の憂さも忘れて、満足げである。今日初登場のランタンの明かりを囲んでひとしきり話した後、これまた初登場の4人用にヨネ、マッサン、ハチが入り、残り4人は6天に潜り込んで、就寝した。
5月2日
5:00起床。今日は朝からいい天気である。傾の岩峰が朝日の中で鮮やかである。朝飯はパンとカップスープ。トマトソース類に目のない私は、ミネストローネ。あれだけ昨日騒いだタマのかたくり粉は、おおかたの予想通りタマ本人のザックの底より発見された。大チョンボ。私のトイレで少し出発が遅れ、7:10発。始めのうちはゆるやかな登りであったが、後傾のピーク手前が相当急で、タマはわずか2,3m後方に飛ばされた帽子を自ら取りに行くのを面倒くさがり、シホに拾わせるほどであった。が、登りきれば平たんとなり、8:30には傾山頂にたどり着いた。少し霞がかかっているが、文句の無い眺め。全員で記念撮影の後、さらに男達は岩峰の上に立って撮影。大分県側はスパッと落ちて切り立っている。アオは、「危険だ。気が知れん」とあきれ顔をしながら、8つに刻んだリンゴの最後の一切れをさらに7等分することに余念が無い。次々人が登頂してきて賑やかである。
傾山頂より、本谷山に続く主稜線。遠く右は祖母山。
9:10発。下りにかかるが昨日の長時間の歩行でかなりの筋肉痛に苦しんでいる人が大半。ここから三ツ尾へは、危険な尾根伝いの道ではなく巻き道を使うが、これがすこぶる悪く、細くて滑りやすい。と突然、後方でシホが「キャー!!」といいながら足を滑らせ、そこにあった木の根で大きな左臀部を痛打した。無事のようだが、目に涙を溜めながら照れ笑いしており、かなりのダメージだったようだ。この後も、特に女性陣二人は「いやーん」「きゃーあ」などと叫びながら転び続け、シホなどは筋肉痛と相まって休憩後に立ち上がることが出来ないほどで、その姿はなんとも中年のおばはんのようで、非常に情けないものであった。11:05三ツ尾着。アオは昨日のパンが気に入ったようで、今日はわたしよりパンを1枚丸々もらって、自分のウインナーを挟んで食べていた。アオも筋肉痛で、足が動かないようだ。傾の山頂にいた男性だけの大きなパーティーが追いついてきたが、一人めちゃめちゃ息の荒い危なそうな人がいて、妙に気になる。11:18発。どんどん下る。倒木等で通れなくなっているのだろうか、所々道が左側の斜面を巻いていて、これがまだ新しいためにあまり踏まれておらず、少々滑りやすい。それでも順調に進み、林道を横切り、観音滝の上を横切って、左岸を巻きながら下りた(一ヶ所迷ったところあり、ルーファイ注意。また観音滝は山手谷にかかっている。地図とは違うので注意)。滝つぼに行ける道を右に分けて、まもなく大きな道に出た。ここよりカリブ君の待つ九折の駐車場はすぐである。13:10着。昼はカップラーメンだが、湯沸かしはみなにまかせて、私とヤスは車を取りに尾平へ。かなり飛ばして戻ってきたが、まだ湯は沸いていなかった。日差しはきつく、沸くのを待つだけで日焼けしそうである。私とアオはカレーヌードルでそれはそれでうまかったのだが、タマが食っていた焼きそばにも心奪われ、「うまそうですね」と言いながらじーっと見ていると、少し分けてもらえた。食事終了後、それぞれ車に乗り込み、再び県道7号線を高千穂方面へ向かう。細い細い山道。尾平越トンネルを抜け、宮崎県に入る。天岩戸の神話の故郷、岩戸にある天岩戸温泉に入る。この田舎にどんな温泉だろうと少し心配だったが、非常にきれいないいところ。料金も¥300也と、大変リーゾナブル。ハチとマッサンはフロが長く、出てくるのは女性陣より遅かった。タマによると、シホのケツは、爆笑モノの、ものすごい痣になっていたそうである。ハチはうれしそうに、「ケツ、割れた?」この後もハチは、水を得た魚のごとく、ケツネタをつかんで放さないのであった。ふたたび車に乗り込み、本日の御宿、高千穂町内の民宿、「千穂」へ向かう。裏には高千穂鉄道、通称TRが走っている。晩飯は川魚(ヤマメ?)、鯉の刺し身、搗栗など、なかなか豪勢。久々の冷えたビールもうまい。食後は宿のおじさんに送ってもらって、高千穂神社へ。高千穂夜神楽の鑑賞である。毎年この地方では冬の間にその秋の収穫への感謝と、翌年の豊作を祈願して各村々で夜神楽を開く伝統があるそうで、この神社では観光客向けに毎晩開催されているのである。内容はかの有名な天岩戸の神話。太鼓と尺八に合わせて、タヂカラオノミコトやウズメが舞う。、イザナギ、イザナミの舞う最後の舞では、2人が客席までやってきてそこらの人に抱きついて来る。抱きついてもらえた人にはいい縁談があるとか。残念ながら同行者の中に抱きついてもらえた人はいなかったが、隣の少し長髪の男性がイザナミに押し倒されていた(実際は男同士だが)。
イザナギとイザナミ。すぐ真横までやって来た。
1時間で神楽は終了、神主自らのお守りの販売の宣伝にたくましい商魂を見つつ退場、神社に御参りをして宿に戻り、シンジ差し入れのワインなどで酒盛りの後、私はアオと二人同室で眠りについた。
5月3日
TRの1番列車の音で目が覚める。今日も引き続きいい天気である。朝飯は7時から。宿の、魚のついた朝飯というのは、いつも思うが大変おいしい。食後、ヤスとマッサンはどこかへ散歩に行ってしまったが、出発時間には戻ってきた。まず今日は高千穂峡へ。さっそくボート乗り場へ向かう。別にボートはいいという人が多かったが、せっかくだからと列に並ぶ。すでにかなりの数の人が並んでいて、ボートは我々のところでちょうどなくなってしまった。悪いことに3人乗りで2艘だったので、マッサンが一人遠慮して貧乏くじを引いた。写真などでも有名なところで、両岸が所々滝がかかった高いゴルジュとなっていて、その間を漕いでいくのである。
高千穂峡
そこを抜けて少し明るくなったところは流れが速くなっていて、大渋滞。ヤス艇はここを見事突破し、奥まで到達した。30分¥1500也。ヤスはホントに必死で漕いだらしく、かなり疲れた様子であった。車に乗り込み、国道218号を経て延岡へ出る。昨日までとはうってかわって広々としたいい道である。天気も良く、平和な田園風景が続く。さらに国道10号、326号を北上し、目的地の臼杵の稲葉家下屋敷には12:30を少し回ったころに着いた。旧藩主の稲葉家の里帰りのための住宅として建てられたもの。良く手入れされたきれいな庭園に、ツツジがきれいに咲いている。昼飯はあらかじめここで予約しておいた臼杵の郷土料理である。その内容は、あとで調べてみたところによると、実はスペインのパエリアがその起源だという「黄飯」、その上にかける具である、野菜と魚の煮物「黄飯かやく」、なんの刺し身かはよくわからなかったが(アジ?)、それにオカラをまぶした「きらすまめし」、そしておなじみ「ハモの湯引き」である。大分というところは、他にも色々郷土料理があるようだ。隣接する売店で御土産を買った後、また車に乗って臼杵石仏へ。4ヶ所に分れて、屋根つきで保存されている。かつて頭が落ちた仏頭で有名だった大日如来像も、胴体の上に乗って、本来の姿に復元されている。縁結び、合格祈願などはもちろん、「リストラ除け」祈願も受け付けてくれるそうである。いい時間になったので、大分港に向けて出発。途中市内のジャスコやコンビニで晩飯や酒の買い出しをして、割合余裕をもって港に着いた。早速晩飯、酒盛り。室内の他の客に余った焼き鳥をもらい、御機嫌だが、一方でテレビを見ると、バス乗っ取りのニュースがひたすら流れていて、なにか落ち着かなかった。
5月4日
定刻通り入港。バス乗っ取りは、機動隊の突入で解決したようで、ほっとする。去年と同じように芦屋のロイホで朝飯をとる。去年と同じ席。カヨが座っていたお誕生日席にはアオが。朝から、「ハンバーグ御膳」を食っている。しばらくだべった後、ここで解散。タマを家に送り、コーヒーをごちになり、これきりで大阪を離れるアオを新大阪まで送って、無事茨木に戻った。