剣山

(98.5.1 - 3)

メンバー 米澤、シンジ、アオ、ミヤコ、タマ、オハナ、カヨ、シホ、ショウコ
(ほとんど、単なる旅行記です)

気が付けば、あれからもう2カ月もたっている。大阪は今日も暑い。みなさん今ごろは忠別の避難小屋であろうか。大雪で思いだすことといえば、はじめて私と山崎がペアを組んで登った、クワウンナイ川である。まだ1回生であった由谷が、出発前の晩、酒を飲み過ぎて河原の上でひっくり返った。滝の瀬十三丁でじゃぶじゃぶと水と戯れたはよかったが、ツメでガスってとんでもなく寒くなり、皆で「豚汁!豚汁!」と励ましあいながら、ヒサゴ沼へむかった。翌日は晴天、ナキウサギもいて、トムラウシに向かう道中、由谷と同じ一回生の向井は盛んにシャッターを切ったが、そのカメラにフィルムは入っていなかった。3日目の朝、化雲岳の頂上からの旭岳の眺めは素晴らしかった。小岩の乗るこの頂上は「大雪のへそ」と呼ばれることはあるが、山崎は「大雪の乳首」と言って譲らなかった。その後旭川のジンギスカン屋で打ち上げをして、酔っ払った私はガラスのドアで顔面を強打した。

知床、大雪、道北と渡り歩いたあの夏、もう7年前のことである。

そして時は過ぎ、今日はもう12月13日。細かいことはすっかり忘れてしまいましたので、適当にいきましょう!

5月1日(金) はれのちあめ
8時00分、途中タマを拾って、皆の拍手喝采の中、颯爽とヨネが名車サニーに乗ってJR尼崎に現れた。サニーの助手席にはミヤコ、後ろに、じゃんけんで決定されたようであるが、シホとショウコが乗り込んだ。一方相変わらず不釣り合いなアオのサーフの助手席にはLCMきっての名ナビゲーターといわれるシンジ、うしろに残るタマ、カヨ、オハナが座り、8時15分出発した。今回は車同士の連絡のため、トランシーバーが導入された。早速シホ、「シンちゃーん!」、シンジ、「なんですかー」、シホ、「なんでもありませーん」、シンジ、「・・・了解しましたー」。とはいえ、それなりに威力は発揮していたようである。2台は阪神高速、第二神明を順調に通過して、垂水インターよりいよいよ開通したばかりの明石海峡大橋に突入した。サニーは当然のように左に寄って走るサーフの後をのろのろと走った。サーフの中での会話(想像)、カヨ、タマ、「いやー!!!、めっちゃきれいー!!」、シンジ、「いや〜〜あ・・・きれいやね〜〜・・・」、オハナ、「わー、きれいですねー!」、アオ、「もう行きますよ!」。そして車はさっさとスピードをあげて淡路SAに入り、休憩となった。
人でごった返しているが、天気も良く、橋の眺めはなかなか壮観である。女性陣は早速写真撮影をしている。異常なはしゃぎようである。クールな男達は遠くから、「フフン」と鼻で笑っていたが、手招きされたので、仕方なくカメラに収めてもらった。これが今回の山行で、一番きれいに撮れている写真になろうとは、この時はまだ知る由もない。
明石海峡大橋淡路SAにて
そして再び出発、淡路自動車道を南進し、鳴門海峡大橋を渡り、徳島県に入った。私はこれで日本全県を踏破した。国道11号線を経て、11時に市内のスーパーで今日の昼飯などの買い出しをした。金ちゃんラーメンが大量に売っていたのと、キティーちゃんかまぼこを発見したのが印象的であった。11時40分出発、徳島道に入り、12時上板SAで昼食となった。ここでお茶を飲むためのコップがないのに気づいたが、さすが、タマがSAの食堂よりしっかり奪ってきた。ここから吉野川が遠く眺められるが、だんだん雲行きは悪くなっている。話は、河本さんの話題になっている。シホ、「向こう行ったら現地人になりそうやなあ」、カヨ、「なったほうがいいんちゃう?向こうで結婚したらいいやーん!」、シホ、「あんな人の子供こわい」でも、今はちゃんと日本人の彼女がいらっしゃるようで・・。そして2台は美馬ICで徳島道を下り、国道438号線を南進する。道は細く、カーブが続く。サニーの守護神、チューリーちゃんも揺れている。チューリーちゃんは、ハウステンボスのマスコットキャラクターとして有名であるが、今回のメンバーは長崎人のシンジも知らないそうで、全く無知にも程があるというものである。私が運転しているとき、たいていチューリーちゃんは前方を向いて、移り行く景色を楽しんでいるいるのだが、今回はずっと助手席のミヤコを見つめている。こんなラクダ面のなにがいいというのか・・。当の、ナビ役のミヤコは、この揺れにもかかわらず、ぐうぐう寝ている。さらにいけないことに、大きなカーブごとに私にもたれかかってくる。やめてくれー!!大きい山行は初めてで、気合の入るショウコであったが、途中あまりの揺れにダウン、タマと交代し、サーフの助手席に座った。そして、このころからぽつぽつ雨が降り出した。ようやくたどり着いた幕営予定地の夫婦池テント場は大雨と強風で、とてもテントを張る気がせず、谷あいの方が風が穏やかでいいだろうということで、見ノ越を経て奥祖谷かずら橋キャンプ場へ移動した。
テント場は駐車場から谷を下り、かずら橋を渡った向こう岸にあり、びしょびしょになりながら荷物を運んだ。でも、屋根つきの炊事場と大きなテーブルが4卓あり、快適であった。これがなければ、この天気では即撤退していたであろう。野猿(とんねるずではありませんよ!)もあったので、みんなそれぞれ乗って楽しんだ。しかしまあほんと、雨はどぼどぼ降っている。風も、谷あいの割には強い。天気図、天気予報からもしばらく天気の回復は見込めないようである。そこで、当初の計画であった三嶺からの縦走はあきらめ、見ノ越から剣山頂にピストンすることにした。せめて最低限の目標は達成しようということである。この日の晩飯はお好み焼きであったらしい(私は全く記憶にない)が、ほっペが落ちそうなほどおいしく頂いて、明日少しでも天気が回復するのを祈りつつ寝た。

5月2日(土) あめ!
5時起床。やはり雨である。今日の朝飯は、この前の上高地に続き、シホ手作りのパンで、フレンチトーストを焼いた。なるほど、「フレンチトースト」とはこういうものだったのか!テントをそのまま残して、車に乗り込み、7時25分に出発。途中、サニーの前を蛇が横切った。練習の六甲で2匹の蛇を呼び寄せた魔力再び、「ヘビ女」ショウコの仕業である。エジプトの町の一角に座って、頭にターバンをまいて、前に壷を置いて、ピーヒョロロと笛を吹くと、おお、壷から蛇が・・・そのような姿をしていても、なんの違和感もないと思われる。7時45分見ノ越着。お店が数軒ある。リフトに乗ることも考えていたが、聞けば動くのは9時からということで、歩くことになった。雨具を身に付け、8時発。ふとカヨをみると・・あっ!なんと!わたしのピンクセパと同じセパを着ているではないか!カヨ、「おソロやーー!」よりによってなぜ・・・なんとも遺憾なことこのうえない。剣神社の参道を上がり、山道に入る。犬を連れて登ろうとしていた人もいたが、こんなときに連れてこられて、犬もずぶ濡れ、いい迷惑であろう。8時30分上のリフト乗り場である西島駅に着いた。雨もひどいが、風もかなりである。寒々とした風景である。10分後出発、いい道をすいすい歩いて、ヒュッテ、測候所の横を通って、9時7分あっさり頂上についた。あたりはきれいに草が刈ってあって、晴れていればさぞ居心地のいいところのように思えるが、しかし今日は横殴りの雨と風である。当然の如く展望はなく、非常に寒い。今写真を見返してみても皆なんとも悲惨な様子である。良く見ないと誰が誰だか分からん写真もある。あの男が近くにいるとしか思えない悪天である。
剣山頂後ろで踊っているのが私
そそくさと先ほどのヒュッテに戻り、小屋にあったお茶と持参したわらびもち(だったけえ?)を頂きながら暖をとった。姉御方は必携アイテム「日本てぬぐい」を買いこんでいらっしゃった。小屋の表には犬がいたが、やはりずぶ濡れ。これにて引き返すかと思われたが、話し合いの結果「これで終わりというのはあまりにも・・」ということで、ジロウギュウまで行こうということになった。9時45分出発、再び先程の山頂へ戻り、ジロウギュウに向けて尾根を下りていった。が、やはりものすごい雨風である。普通に歩くのも大変で、前後がかなりあいてしまう。10時、西島への巻き道との分岐まで来たところで、タマ、「やめよ!!」と鶴の一声。無念にもここで断念し、引き返すことになった。ここから記録がないのだが、おそらくさくさくと歩いて、再び西島の駅に着いた。ここでアオはリフトに乗ることを主張したが、他の人たちはほとんどが歩く気満々。「乗りたい人だけ乗れば!」とか言ってる人もいたようであるが、それもアオはちょっとさみしいのか、結局全員で歩いておりた。帰りは巻き道の方を下りて、おそらく11時過ぎくらいには見ノ越に帰ってきた。わずか3時間余りで春山は終わったのであった。
再び車に分乗し、テント場に戻った。やはり私のもう記憶にはないが、昼御飯はラーメンであったらしい。
さて、とりあえず明日まではなんとか時間を潰さなければならないのだが、この事態を予測して、用意周到アオがトランプを持ってきていた。そしてありがちなパターンであるが、大富豪をやろうということになった。なにせ9人いるので、毎回のように大富豪が陥落する。そこで、初めて3回連続で大富豪の座を守ったものには、カップケーキが授与されることになった。食い物には卑しい皆さんは目を真っ赤にして真剣にプレーしていたが、何度かのプレーの後、LCMではヨネの次に遠慮深く、常に敬語を絶やさないことで知られるオハナが、無欲の勝利を収めた。そしてオハナはケーキには手を付けなかったのだった。あれは結局誰が食べたんでしたっけ?この後も大富豪は延々と続いた。その時は非常に楽しかったが、今にして思えば、皆退屈が過ぎて、ある一種のトランス状態に陥っていったようである。しかしカヨだけは、日ごろと変わらず頭に電気の流れるのが遅いのか、「えー、どうしようー!?」を繰り返し、皆に怒られるのであった。結局晩御飯の準備の時までプレーは続行され、最後のプレーの順番がそのまま席順となった。晩飯はすき焼き、こんなに担いであがるつもりだったのかというくらいたくさんあった。たしか私の記憶では、富豪/貧民席と、平民席に分かれ、富豪/貧民席には大富豪カヨ、ショウコ、アオ、オハナ、ド貧ミヤコが座り、平民席には残るタマ、シンジ、シホ、ヨネがついた。こちらは皆平等とあって平和な夕飯であったが、向こうのテーブルではド貧が飯をつぎ、また最初に箸をつけてはならないなど、カヨ大富豪のもと厳しい封建制度が布かれていたようである。懲りないことに、食事後も大富豪を再開し、最後の勝負は私ヨネが勝利、真の大富豪の座についたのであった。ワッハッハア!
ところでこの日、新たに一組の男女がテントを張っていた。どっかの大学のワンゲルのようであるが・・・。女の方が先輩のようである。男達は、「今ごろあのテントでは・・・」と想像をたくましくしつつ、眠りについたのだった。

5月3日(日) あめのちはれ
6時起床。昨日よりは小やみになったような気もする。やはり何を食べたんだか良く覚えていないのだが、たしかこの日の晩に食べるはずであった薩摩汁かなんかを作ったような気がする。またカヨが騒いでいる。何か探し物のようである。「マットのふくろ、ないねーん!」そのまなざしはみんなを疑ってやまない様子である。びくびくしながら、みな自分のザックを探すが、カヨ、「あったー!!」やっぱり、自分のザックのなかにあったのだった。他にわたしの手帳には、ショウコ、「レンコン!」とだけ書いてある。うーっむ、今となってはなんのことだかよくわからないが・・・きっとショウコのことだから、ゴボウかなんかを見て、いきなりそう叫んだのだろう。たいへんおいしく朝御飯を食べたあとの鍋には、ワカメがはり付いていた。タマはきれいにするためにか、その鍋でフルーチェをつくったらしい。アオ曰く、「ワカメ入りフルーチェ!」9時、荷造りをして、長いときを過ごしたテント場を後にした。
439号線に沿って、どんどん山を下りていく。程なく雨は止み、見る見る陽が差してきた。剣の辺だけ雨が降っているようである。山は深く、道は狭い。途中、かの有名なかずら橋(こちらが本家である。少し前、ここで転落事故があったようであるが)の横を通った。ここいらだけえらい賑わいである。せっかくだからちょっとよって見たい気もしたが、ここはあっさり通過してしまった。そして程なく10時10分に祖谷秘境の湯着。入浴となった。秘境の湯とはいうと非常に古いひなびた温泉を想像してしまうがさにあらず、できたばかりのぴかぴかの建物で、秘境という言葉からは程遠く、大きな駐車場もあり、ここもたいした賑わいであった。湯上がり着まで支給され、私の記憶ではたしか女性陣はうれしそうに着用していたように思う。ああ、いまおもいだしてもはなぢがでそうでちゅ!少し休憩して、12時10分温泉を出発した。
車は祖谷渓道路を下り、大歩危に入った。前をいくサーフの会話(想像)、カヨ、「イヤーー大歩危やーー!!」、タマ、「アオちゃん、そこらへんで車停めてえな」、シンジ、「そうだね!ちょっと見てみたいね!」、オハナ、「いいですねー」、アオ、「はいはい」、そして然るところで停車して大歩危見物をするかと思われたが、アレ!そのまま車は通過してしまった。おかしい、カヨがごねないはずは・・とサニー車メンバーは皆思ったのだが。そして、ぼちぼち腹もへったので、サーフ車とトランシーバーで連絡を取りあい、飯ということになった。ここまできたら、もう昼飯は讃岐うどんしかない!!車はとりあえず、猪ノ鼻峠手前の眺めのいいドライブイン風の店で止まった。まず店にはいる前に、大歩危に寄らなかったたことで、アオが皆の糾弾をうけた。アオ、「だって、前に行ったことあるし!寄るなら寄るで前もって言ってください!」、なんと、頼みのカヨはなにをしていたのか・・・どうやらぼーとしていたらしい・・・。タマ、「そんな、なああ・・・」と不満げである。さて、店に入ると、うあ、こんなに眺めのいいとこなのに・・・窓は黄色くなってて、店内は薄暗くて、人はいるにはいるが、なんだか何とも言い様のない非常に怪しげな雰囲気である。早くも女性陣はあとずさりしている。確かにちょっと気持ち悪い店なので、次を探すことにした。そして、峠を越えて香川県に入り、琴平の手前で国道沿いのうどん屋を発見、ことなきを得た。既に13時50分。残念ながら、何を食べたか全く記憶にない(シホになんか分けてもらったような気はするが・・)。14時20分に出発した。
車は国道32号線を北上し、琴平町に入った。琴平と言えば、こんぴらさんである。昔学生自分に、京都から日帰りでぷらっと遊びに来たことがある。また2年前にも、ワンゲルのヤロウドモと一緒に石鎚の帰りにここに参拝した。その時立ち寄った「灸まん」なる怪しげなうどん屋&饅頭屋も健在であった。こんぴらさんといえば、みなさん「こんぴらふねふね、おふねをならべて、しゅらしゅしゅしゅー・・・」という唄を御存知であろうか。わたしは、このさわりの部分しか知らないのだが、瀬戸内の海を見ながら幼少時代を過ごしたというシホは、なんと振付きで全部歌えるそうである。なんと、お華道のほかにも、日本舞踊まで極めていらっしゃったとは!今度、一度ぜひ披露していただきましょう!
善通寺ICで高松道に乗り、坂出JCTから瀬戸大橋に乗った。今朝まで、びしょびしょ雨に降られていたのがうそのようないい天気で、眺めもいいようである。山陽道に入り、途中アイスクリーム休憩をはさんで、三木JCTから開通したての西神自動車道に入り、垂水ICで下道に出て、板宿でミヤコを下ろした。一旦阪神高速に乗ったが、混んでたので、また下りて、途中給油、そして晩飯をみんなで、ということになった。タマの意見により、甲子園の神戸屋に行こうということになったが、店はすごい人。ここでタマが執念を見せ、車を西宮の神戸屋へ取って返し、見事テーブルをゲットした。時に18時45分。久々に上品な食事を頂いた後、JR尼崎駅で無事解散となった。アオは解散後、「ではおつかれさま」と言い残し、トイレへと消えていったのであった。