日本海軍 駆逐艦 綾波

- 艦隊主力と共に行動し、荒天下の洋上でも自由に戦闘できたのが特型駆逐艦吹雪型の大きな特長であった。その秘密の第一は凌波性の優れた艦型で、第二は砲塔の採用である。従来の駆逐艦の大砲は簡単な防楯があるだけで砲員も弾薬も波や風に対しむき出しになっており、風や波の強い時は戦闘どころではなかったが、特型駆逐艦では砲塔式の囲いを採用したおかげで荒天下の戦闘が可能になったのである。そして、特型駆逐艦の砲塔はA、B、Cの3種類があり、A型は最大仰角が40度であったが、B型では75度で高角砲として使用することができた。またA型は左右の砲身を別々に仰
俯させることができなかったが、B型ではこれが可能になっていた。特型駆逐艦24隻のうちT型と改T型がA型、U型とV型がB型を搭載していた。C型は最大仰角55度の軽量型で性能改善後はこれに換装された。綾波はB型砲塔を搭載した第1号である。
綾波から潮までの10隻がU型と呼ばれているが、B型砲塔を採用したほか、羅針艦橋の上に更に大型の射撃指揮所、方位盤照準装置、測距塔が設けられて艦橋上部が大型化したこと、対空機銃が7.7mm銃から13mm銃に強化されたこと、吸気筒が煙突基部に移され、ドーナツ型になったことがT型と異なっていた。なお、この吸気筒は荒天時の海水の侵入防止に有効で、その後の駆逐艦の標準となった。
吹雪型の第11番艦として昭和3年1月20日藤永田造船所で起工され、昭和5年4月30日に竣工した綾波は主として第19駆逐艦隊に属しており、開戦時には南方部隊のマレー部隊の一艦として上陸作戦の支援にあたった。その後も、引き続きマレー方面で行動していたが、12月29日にはコタバル沖で軽巡川内や浦波などと共にオランダ潜水艦O−20を撃沈した。続いて、ミッドウェー作戦に参加した綾波はソロモン方面の戦局悪化と共に、ソロモン海域へ出勤し、第二次ソロモン海戦(昭和17年8月24日)に参加したほか、5回にわたりガダルカナル島に対する増援輸送作戦に従事した。続いて、第三次ソロモン海戦(昭和17年11月12日〜15日)にも参加、11月14日夜、ガダルカナル島の砲撃に向かう戦艦霧島、重巡愛宕、高雄の先陣となった綾波は、軽巡川内や僚艦と共に夜の闇に紛れてサボ水道へ突入した。そして、午後8時すぎ僚艦と別れて単独でサボ島の西へ回った綾波はサボ島南方で、4隻の敵駆逐艦と遭遇、激しい砲戦となった。集中攻撃を受けた綾波は火災を起こしたが、その傷にもめげず善戦を続け、砲撃で4隻全部に火災を起こさせたのち、得意の雷撃でその2隻に止めをさした。しかし、浦波が救援に駆けつけた時には、すでに焔のかたまりと化しており、15日午前0時10分、大爆発を起こした綾波は僚艦浦波に見まもられながら、ソロモンの海に姿を消した。
なお、綾波は昭和10年末から11年の内に、艦橋上部の軽量化、マストと煙突の短縮、伝声管の廃止、発射管の防楯の追加、船首楼甲板の縁に丸みをもたすなどの改善が行なわれているが、キットは改装前の姿を再現したものである。
≪綾波データー≫
基準排水量 1,680トン
水線長 115.30m
馬力 50,000馬力
速力 38.0ノット
主砲 12.7センチ×6
魚雷発射管 61センチ×9
完成年月日 昭和5年4月30日 藤永田造船所
※ キット同梱の「日本駆逐艦 綾波」組み立て解説書より抜粋
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