日本海軍 潜水艦 伊−58 後期型

-
日米両海軍が総力を結集して激戦を繰り広げた太平洋戦争。その中では潜水艦も戦局に大きな影響を与えました。大戦終了までに日本の潜水艦によって撃沈されたアメリカ海軍艦艇と商船は200隻あまりだったのに対し、アメリカの潜水艦は日本海軍艦艇と商船を1300隻以上を撃破、日本の海上輸送ルートに大きな打撃を与え、日本海軍を圧倒したのです。この中で空母ワスプを撃沈した伊−19、巡洋艦ジュノーを撃沈した伊−26などと並んでアメリカ海軍に一矢報いたのが、太平洋戦争終結直前にアメリカ重巡洋艦インディアナポリスを撃沈した日本海軍潜水艦伊−58です。
伊−58は、太平洋戦争中の日本潜水艦隊の主力となった乙型潜水艦29隻の最後の1隻として登場しました。この乙型潜水艦は甲型、丙型とともに昭和12年、日本海軍の第3次艦艇補充計画の中で建造が決定され、旗艦施設と通信能力を重視した甲型、魚雷兵装を強化した丙型に対し、遠距離偵察能力が重視されていました。これら3種類の潜水艦はいずれも大型で長大な航続力と重武装を備え、さらに甲型と乙型には偵察用水上機が格納されていました。これは艦隊決戦を前にして潜水艦が索敵を行うとともに敵主力艦に攻撃を加え、戦力を事前に弱めるという日本海軍の潜水艦運用方針に基づくものです。
伊−58は乙型の戦時急造タイプである伊−54の3番艦として昭和19年9月横須賀工廠で竣工しました。エンジンはそれまでの11,000馬力艦本式1号甲から生産の容易な4,700馬力の艦本式22号10型ディーゼルに変更、水上速力は低下しましたが、航続距離は16ノット航行時で14,000カイリから21,000カイリ(約39,000km)へと向上しています。また22型対水上レーダーと13型対空レーダーも搭載され、艦橋などにはソナーの超音波を吸収する特殊塗料が塗布されていました。
さらに伊−58は人間魚雷回天の母艦としての任務も課せられることとなり、まず儀装時には4基、後に2基が追加され、最終的に6基の回天を甲板上に搭載していました。回天は93式酸素魚雷をベースとして操縦装置と潜望鏡を備え、先端部分に1,550Kgの爆薬を充填した一人乗りの特攻兵器です。
歴戦の潜水艦艦長、橋本以行(もちつら)中佐が指揮する伊−58は、昭和19年12月に回天特別攻撃隊金剛隊の1艦としてグアム方面へ、また翌4月には沖縄方面へと出撃。そして終戦間近の7月17日、再び瀬戸内海の母港を出港して太平洋に向かいました。奇しくもこの同じ日にインディアナポリスがサンフランシスコ港を出港、極秘命令により原子爆弾の重要部品をB29基地のあるテニアン島に輸送した後、次の目的地であるレイテ島へ向かいました。そして7月29日深夜、パラオ諸島の北方で直進針路をとるこのアメリカ海軍大型艦艇を発見した伊−58は翌30日零時過ぎに通常魚雷6発を発射し、2発が艦首と艦橋付近に命中、わずか12分後にインディアナポリスは沈没したのです。その後、伊−58は敵輸送船団に対する最後の回天攻撃を行なった後に母港へ帰還、終戦を迎えました。乙型29隻の中でこの伊−58と伊−36の2隻のみが激戦をくぐり抜け、終戦まで撃沈を免れたのです。
≪伊−58潜水艦主要要目≫
基準排水量:2,140トン 全長:108.70m 最大幅:9.30m 乗員数:94名
武装:25mm連装砲×1基 53cm魚雷発射管×6門 水上速力:17.7ノット 安全潜航深度:100m
≪人間魚雷回天主要要目≫
全長:14.75m 直径:1m 航続距離:43km(速力20ノット時) 安全潜航深度:80m
※ キット同梱の「日本潜水艦 伊−58 後期型」組み立て解説書より抜粋
戻る