日本海軍 川西 局地戦闘機 紫電11型甲
 

 
 紫電11型の開発が始まったのは太平洋戦争の開戦後まもない昭和17年1月のことでした。水上戦闘機強風の開発を進めていた川崎航空機は、強風をベースにすれば比較的高性能な戦闘機が短期間で開発できると海軍に提案したのです。南方への侵攻にあたって占領地域の防空を専門とする局地戦闘の必要性を感じていた海軍はこの計画を承認し、水上戦闘機強風は局地戦闘機紫電11型へと生まれ変わることになります。開発期間の短縮のため設計の変更は最小限に抑えられ、フロートから引き込み脚の変更とエンジンの換装という2点に絞って開発が進められました。その開発からわずか1年足らずの昭和17年12月31日に一号機が初飛行するのです。
 しかし開発を急いだことによるトラブルに悩まされることになります。主翼を胴体中央に取り付けた強風の設計を引き継いだために長い主脚が必要となり、油圧で縮めてから引き込む方法がとられましたが、複雑な構造のために故障が続発。さらに日本初の2,000馬力級エンジンと期待された誉エンジンの不調もこれに追い打ちをかけました。それでも生産しながら問題は解決するということで昭和18年8月には量産に入ります。強力な誉エンジンによる優れた速度と上昇力、速度や機体にかかるGに応じて自動的に作動する自動空戦フラップによる高い旋回性能、そして20mm機銃4挺というそれまでの日本機にない重装備は、日ごとに悪化する戦局の中で零戦の後継機不在に悩む海軍にとってはトラブルを補っても余りある魅力的な高性能だったのです。
 昭和19年10月の台湾沖航空戦で初陣を飾った紫電11型はフィリピンへと転戦し、さらに本土防空戦を終戦まで戦い抜くことになります。そしてその高性能は紫電11型の改良型、紫電改に受け継がれて日本海軍戦闘機隊の最後を飾る活躍を見せることになるのです。
 
 
≪実機データ≫
翼幅:12.0m    全長:8.855m    エンジン:中島誉21型(1990馬力)
最大速度:583km/h     武装:20mm機銃×4、爆弾60kg×2
 
     ※ キット同梱の「川西 局地戦闘機紫電11型甲」組み立て解説書より抜粋
 
 
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