どうやら、『マジカルバケーション』というゲームの真の主人公は《ガナッシュ》であり、彼が解脱に至るまでを追いかける『お話』のようです。
力を求め、力を得て、力を失い、友を得て力の意味に気づく。そんな話です。
おそらく禅の『十牛図』や、『中島 敦』の短編小説『名人伝』を意識しての『お話』だろうと感じました。

途中に出てくる『大人』と『魔法』を先生が語るエピソードは示唆に飛んだ箇所もあり、その箇所がもっと印象的に語られていれば、今プレイしている子供たちも大人になって感じるところがあるのではないかと思いました。『福本 伸行』ならこのモチーフだけでマンガを10年連載できるテーマだと思います。

複雑な内容の『お話』の内容を、『はい』『いいえ』としかしゃべらない主人公に語らせるのは難しく、『お話』主導のRPGの『つらさ』みたいなものを遊んでいる最中も感じざるをえませんでした。
※プレイヤーに対してデモに集中させるための『はい』『いいえ』選択はつくり手の練りこみ不足の面もあります。
ただし、このゲームはプレイヤーキャラクターを徹底的な傍観者に据えることで世界全体の状況を説明することに成功しています。

『お話』主導のゲームが悪いわけでなく、『お話』を伝えたいなら、『お話』で、プレイヤーを感動させたいなら、作り手側は感動させる事に適した『ゲームとしての表現方法』をゲームルール、ゲームシステムも含めて、もっともっと考えなければなりません。

『ドラクエ』や、『ポケモン』には商品そのものが、ゲームとしての存在証明をゲームルールの中に内包していることに作り手も気づくべきです。こういうものを設計することをおそらく広義の《ゲームデザイン》というのでしょう。

一番いいのは『売れて』『面白いゲーム』次が『売れて』『面白くない』ゲーム、次にいいのは『売れてない』けど『思想がある』ゲーム、一番だめなのは『どうにもならない』ゲーム。
そして、個人的に好きなのは、『売れてない』けど『思想がある』ゲームです。

2003/7/02
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