ミノ
傍らで寝るリナの手は、痩せて骨ばっている。 森を焼かれ、迷宮の奥深くに追われてからは、食べるものもろくに食べていない。 人間たちは彼の城を我が物顔で蹂躙し、薪を積み上げ、犬をけしかけ、ガウリイとリナとをその奥深くまで追いつめていた。 ガウリイは、さきほどからぴくりとも動かずにリナの寝顔を見ている。 リナはときどきぼんやりと起きるが、すぐに力なく目を閉じる。飢えのせいで熟睡できない夜がつづいている。 「もう、終わりだな」 思わず呟いた自分の言葉に、彼自身がおどろいた。 遠くで、物狂いのような人間たちの声がする。「神の御名において」と叫んでいる。彼にはその意味はよくわからない。ただ、 (神の御名において、俺は討たれるのか) とだけ、理解した。 ガウリイはそっとリナの頭に触れた。 死ぬということが、彼にはうまく想像できない。ただわかることは、もう二度とふたたびリナの姿を見ることもリナを抱きしめることもリナの声を聞くこともできなくなる、ということだ。 (俺が死んだら、リナはどうなる) あの汚らわしい人間たちが、俺のリナを連れて行くのだろうか。地上の世界、いちどは無情にも彼女を棄てた世界に。 そこでリナはふつうの人間の娘として――べつのだれかの妹として、妻として、娘として暮らすことになるのだろうか。 誰とも知れぬ人間の男がリナに触れたり、この声を聞いたり、俺がしたような愛しかたでリナを抱くんだろうか。 そのことを考えると、ガウリイの頭はおかしくなりそうだった。 (――それならば、いっそのこと) リナを殺し、自分も死にたいと思う。 この城の中で、ふたりいっしょに。 考えれば考えるほど、そうするべきのように思われた。 リナは俺のものだ。 俺だけのリナだ。俺たちは片時も離れずに生きてきた。 死ぬときもいっしょだ。俺たちを育んできた、この城で死ぬ。 そう烈しく決心したとき、ふとリナが目を開けた。 大きな両の瞳が、ガウリイを見上げた。 ガウリイは、いままでに何度覗き込んだかわからないほどに、この目を見てきた。 そして、いつもいつも、なんて美しくて不思議な光と色なんだろうと思った。 神というものがもしいるとしたら、それは孤独な彼をあわれんで、彼のもとに小さなリナをよこしてくださった方なのだろうと思った。 特別美しくこしらえた、赤い目の天使を。 (できない) ガウリイは、呆然とした。 「……どうしたの、ガウリイ?」 なんということだ。 ガウリイは絶望のあまり叫びだしそうになった。 地底の王たるミノタウロス、生れ落ちてからこの年まで、累々たる屍を築き上げてきたこの男が。 この往生際になって、自分のいのちも、リナのいのちも、あきらめることができない。 いまこの瞬間、この手でリナをくびり殺せば、この瞳もくちびるも、手も足も、誰にも奪われずにすむというのに。 幼い声もくちづけも温もりもすべて、自分だけのもので終わるというのに。 愛という言葉も知らずに愛した、彼の分身。他の誰にも、誰にも渡したくないのに。 (――俺は) ガウリイはうめいた。 殺せない。どうしても、この女を。 両手で顔を覆って泣きだしたガウリイの頭を、リナは抱き寄せた。 「こわいの、ガウリイ? だいじょうぶよ」 頬ずりしながら、幾度も励ますようにその背を撫でた。 「心配しないで。あたしがきっと守ってあげるから」 リナはやさしくガウリイの耳にくちづけた。 ガウリイはリナの身体を抱きしめ、獣のような声でますます烈しく泣いた。 「だから、泣かないで……」 お互いの、塩辛い涙の味のする頬を舐めながら、リナはずっと泣かないで、と囁きつづけていた。 俺はきっと殺される。 野犬のような人間の群れに、手と足とを食いちぎられるだろう。 俺の身体は野に棄てられ、その残骸を山犬どもに食われるだろう。 そして、リナ、おまえは――。 おまえは生きるだろう。生きていくだろう。 おまえのほんとうの居場所で。人間たちの住むところ、光そそぐ地上の世界で。 そして、おまえは。 きっと、俺を忘れるだろう。 かわいい、かわいい、俺のリナ。 「あたしがあんたのこと、守ってあげるから。ずっとずっと、あんたといっしょにいるから……」 |