蒼白の月

9








 それから、どれくらいの時間が経ったのか。

「なあ、リナ……」

 ふいに沈黙を破った呟きに、リナはガウリイを振り返った。ゼルガディスはすでにその場にはいなかった。
 蝋燭のたよりない明かりが、何か言いたそうだがどう言えばいいのかわからないといった感じのガウリイの顔を照らし出していた。
「なに?」
「……お前、王族を恨んでるか?」
 リナは思わず眉をひそめた。
 その表情を見て、ガウリイは取り繕うようにまくしたてた。
「いや、違う――悪かった、こんな言い方して。その……こんなところにずっと閉じ込められて、恨むのは当然だって思ってる。俺だったら絶対に耐えられない。ただ、俺は……」
 ガウリイはそこで口をつぐんだ。リナも黙ったまま、彼の顔を見つめていた。
 彼はリナから目をそらしたまま、しばらく口ごもっていた。いつもは穏やかそうなその顔は、今はひどく混乱して迷っているように見えた。
「……俺は、お前のことや魔女の民のことも全然知らなくて。いままで、これっぽっちも考えたことなんかなかった。……この国と、俺の父親が、これまで何をしてきたかなんて。だから、俺は……」
 ガウリイの眉間に皺が寄った。そして、彼は吐息を吐くように呟いた。
「後悔してる。今まで、何にも知ろうとしなかったことに」
 ガウリイは顔を上げて、リナを見つめた。
 ……リナは思わずたじろぎそうになった。その表情の真剣さと、青い瞳の奥にある何かに気圧されて。
 リナは思わず、その瞳から目を逸らした。そして居心地悪そうに姿勢を正してから、ぶっきらぼうに言った。
「べつに、そんなの、あんたには関係ないじゃない。だって、あたしがここにぶち込まれたときだって、あんたはただのガキだったんだし」
 リナはひとつ咳払いしてから、眉間に皺を寄せて、むずかしい顔をつくった。ガウリイは黙ってリナの横顔を見つめていた。

「確かに、ラウディが死んでからは、あまりいいことがなかったわ。でも、本当だったら、生まれたときに捨てられてたって不思議じゃなかったのよ。……引き取られて、ここまで生きていられただけでも、たいした幸運だわ」

 ふと、そこでリナの顔がやわらいだ。
「……それに」
 リナはちいさく呟き、そしてかすかに――ほんとうにかすかに微笑んだ。それは、今までにガウリイが見た、どんな種類の微笑みとも似ていなかった。

「ラウディが生きている間は、みんな優しかったし、あたしに良くしてくれたわ。どんな目にあったって、そういうのって忘れないものよ」

 ガウリイはしばらくリナを見つめていた。それから、決心したように口を開いた。
「じゃあ、俺のことを嫌いじゃないか?」
 湖のなかに、ひとつ小石を投げ込んだような沈黙が落ちた。沈黙はたっぷり五秒間つづいた。リナはまじまじとガウリイを見て、用心深く答えた。
「……べつに、好きでも嫌いでもないわ」
 ガウリイはぎこちなく笑った。

「……そっか。良かった」





 階段をのぼりきって、隠し扉の外に出ると、そのすぐ横にゼルガディスが立っていた。
「もうしばらくで夜が明ける。その前に帰れ」
 ゼルガディスは明後日のほうを向いたまま、素っ気無く言った。
 ガウリイは立ち上がり、服についた埃をかるく払った。そして、ゼルガディスに向き直った。
「……なあ、お前さんは、何でこんなところでこんなことをやってるんだ?」
 ゼルガディスはゆっくりとガウリイを振り返った。
「好きでこんなことをやっているわけじゃない」
「それはわかる」
 ゼルガディスは咳払いをすると、ガウリイから視線を逸らした。
「俺は罪人でな。死刑になるところだったのを、国王に救われて命拾いしたんだ。要は、ここであいつを見張るために拾われたんだが」
「……罪状は?」
「人殺しと、けちな窃盗。昔いた村の小金持ちの家に賊が入って、そこの爺さんが殺されたんだ。すると、証拠なんてひとつもないのに、村中の人間が俺を疑いだして、ふん縛って役所へ突き出した。何せ嫌われ者だったからな。で、いまはこの有様だ」
 ガウリイは黙っていたが、しばらくして口を開いた。
「一応聞いておくが、リナのことはどう思ってるんだ?」
 ゼルガディスはガウリイを振り返った。悲壮なくらい真剣な表情だった。ゼルガディスは肩をすくめた。
「……どうって、何が? 一体何のことだ? もしかして、変な想像をしてるんなら、お生憎様だな。今も言ったが、これはただの仕事だ。恩返しだなんてさらさら思っちゃいないが、少なくとも俺は国王に借りがあるからな」
「じゃあ、何とも思っていない?」
 ゼルガディスは再び黙り込んだ。
「――そうだな、タフな女だとは思ってるぜ。あんなところにずっと閉じ込められて、涙ひとつぶどころか、泣き言ひとつ漏らしたことがない。……あいつはプライドの化け物だ」
「…………」
 ガウリイはそれには答えず、しばらく思いつめたような表情でじっとしていた。
 それから、ふときびすを返すと、すたすたと歩き出した。
 その背中に向かって、ゼルガディスは声を張り上げた。

「ここのことは誰にも言うなよ。わかってるな?」

 ガウリイは振り返りもしなかった。










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