ダウンタウン物語







 その店は知るひとぞ知るもぐり酒場である。
 この街で最も規模が大きく、豪奢で、料理も美味く、しかも酒が死ぬほど置いてある。
 毎夜のごとく裏の世界の男たちが着飾った女達を連れて現れ、陽気な音楽とダンスと酒に酔う。
 と同時に、裏の世界での情報交換を行い、ビジネスの話をする場所でもある。

 ゼルガディスとガウリイが酒場に着いた頃には、ショウは既に始まっていた。
 舞台の上で、きらびやかな衣装を身に着けた若い女のダンサーたちが能天気な歌を歌っている。
 あちらこちらに見知った仲間の顔が見える。
 ある者は美しい女と酒を酌み交わし、ある者は男同士でひそひそと商談をしている。
 ゼルガディスは慣れたふうで、すれ違う仲間たちと適当に挨拶しながら、舞台の最前列のテーブルへと歩いていった。
「お待たせしました、ボス」
 ゼルガディスはテーブルの前に立つと、慇懃な調子で言った。
 その声に、やや肥満気味の中年男が振り向いた。
「ガウリイ、それにゼルガディスか。まあ座れ」
 ややイタリア訛りの残る口調で、男は鷹揚に顎をしゃくった。
 男は血色のいいつやつやした顔の持ち主で、見るからに上等なスーツを着こみ、やや薄くなった黒髪を丁寧に頭に撫でつけている。
 名はキャスパー。イタリア系の目端のきく男で、裏からこの街を牛耳っているボスである。
 ガウリイとゼルガディスが席に座ると、側にいたウェイターがグラスに琥珀色の液体を注いでくれた。
 キャスパーがわずかに身をのりだし、尋ねてきた。
「ご苦労だった。それで、何人だった?」
「3人です」
 ガウリイが答えると、キャスパーはゆっくり頷いた。
「……ふぅむ。あと何人かは残っているな。まあ、それはいい。ともかく、今夜はゆっくりしていけ」
「――いえ、俺はこれで……」
「まあ、待て待て」
 ガウリイが腰を浮かしかけたのを、キャスパーは制した。
「そうさっさと帰ろうとするな。実は」
 キャスパーはそこで言葉を切り、にやっと笑った。
「紹介したい奴がいるんだ」
「はあ」
「ま、そういうわけだ。もうすぐ来るはずだから、それまでここにいろ」
 

  ショウ・タイムが一息つき、ガウリイとゼルガディスがほろ酔い気分に浸っている時だった。
「ごめんなさい、遅れちゃって」
 鈴を鳴らすような声がすぐ後ろで響いて、ガウリイは後ろを振り向いた。
 そして絶句した。
 立っていたのは、15、6歳くらいの小柄な少女だった。
 顔立ちはいかにも幼く、手足はほっそりとして、体つきもひどく薄い。
 おそらく年齢も体重も、キャスパーの半分以下だろう。
 隣にいるゼルガディスも、呆然としてこの少女を凝視していた。
「おお、リナ! やっと来たか! ほらほら、早くお座り」
 キャスパーは一気に相好を崩した。とろけそうな笑顔を浮かべて少女を急かして自分の隣に座らせる。
「本当にごめんなさいね、来るときちょっと手間取っちゃって」
「なあに、全然構わんよ、さて、何が飲みたいかね?」
 あろうことか、この街のボスがにこにこと少女の手を握り締めてご機嫌を伺っている。
 ゼルガディスとガウリイはぽかんとしてその光景を眺めていたが、ガウリイはキャスパーの体たらくよりも、その少女から目が離せなかった。
 ごくあっさりした白いドレスと手袋を身につけただけの、この酒場には似つかわしくないほど清楚な服装。化粧も薄く、かなり地味な装いである。
 ――それなのに。
 ガウリイはこの少女のきらきらした瞳やキャスパーに笑いかける表情や甘えがちな仕草からどうしても目を逸らせなかった。
 視線に気づいたのか、ふいに少女が目の前のガウリイを見た。
 暗いルビーのような瞳がまっすぐにガウリイを見つめ、次の瞬間、リナは恥ずかしそうに微笑んでうつむいた。
 BGMが流れないのが不思議なくらいだ、とガウリイは思った。これが芝居だったら、少女の登場に合わせて甘いストリングスの調べがフルボリュームで流れるはずだ。
 ガウリイとゼルガディスの視線に気づいたキャスパーが、慌てて振るまいを正して、リナを紹介した。
「すまん、忘れてた。紹介しよう。彼女はリナだ。2ヶ月前に知り合ったばかりなんだ。よろしく頼むよ」
「はじめまして」
 リナがにっこり笑って手を差し伸べるのを、ガウリイは、はあ、こちらこそ、と間抜けな相槌を打ちながら握り返した。
 キャスパーは手早く紹介をすまさせると、リナの手を握りながら問いかけた。
「さあて、リナ、何か食べたいものはあるかい?」
「そおねえ……」
 二人の会話が始まると同時に、ゼルガディスが急に金縛りから解けたように立ちあがった。
「あ、じゃあ、俺たちはこれで失礼します。ほら、ガウリイ、行くぞ」
「え、あ、うぇ?」
 まだぼんやりしているガウリイを急かして、引きずるように立ちあがらせる。
「ああ、今夜はゆっくり休め」
 リナの肩を抱きながらほとんど上の空で返事をするキャスパー。
 ガウリイはゼルガディスに引きずられるようにして店の外へ出た。



 店の外はしんと静まり返っていて、暗かった。
 二人はしばらく口も聞かなかった。
 しばしの沈黙の後、ゼルガディスがつぶやいた。
「……ロリコンだ……」
「……ロリコンだな……」
 ガウリイが深く頷く。
 ゼルガディスはつづけた。
「酒と殺しはともかくとして、ありゃあ性犯罪じゃあないか? おい、ああいうのが倫理的に許されるのか?」
「……さあ、な」
「おい。何ぼーっとしてんだよ」
 ゼルガディスがややきつい声音でガウリイに声をかけた。
「え?」
「え、じゃねえよ。あんたもロリコンか?」
 ガウリイはあやふやに笑った。
「……さあ。そうなのかも」
「冗談でもやめろよ。仮にもボスの女だぞ」
「……そうだな」
 ガウリイは頷き、コートのポケットから例の「お守り」を取り出して眺めた。
 幅が小さく、ほっそりとしていて、まるで子供の靴のようだ。
 あの少女の足に似合うだろうな、とふと思った。
「……何を考えてるかわかるぞ」
 ゼルガディスの冷ややかな声が隣から水を差した。
 ガウリイは振り返った。
 ゼルガディスは呆れたような突き放すような声で言った。
「いい加減にしとけよ。命が惜しかったら、変な好奇心は出すな」

 ガウリイは聞いてるんだか聞いてないんだかわからないような面持ちで、「お守り」を弄んでいた。









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