ダウンタウン物語

6








「おっちゃーん、ステーキもう一枚焼いて! レアでお願いね!」
「おい、まだ食う気か!?」
 ガウリイが驚きの声を上げると、リナはきょとんと彼を見返した。
「何よ、『まだ』って。大げさねえ。そんなに大した量でもないじゃない」
 テーブルの上に所狭しと並べられた皿の数々を見つめながら、ガウリイは重々しく呟いた。
「……かなり大した量だと思うんだけどな、俺は」
 山盛りのポテト、どんぶり一杯の子海老のサラダ、チキンとわかさぎのフライと玉葱を添えたステーキを3枚も4枚も平らげて、リナは平然としている。
 機関銃で納屋をなぎ倒すようなその旺盛な食欲を、ガウリイはしみじみと呆れ返りつつ眺めていた。
 ここは、街の外れにある、こぢんまりした大衆レストラン。
 その片隅のテーブルに、ガウリイとリナは陣取っていた。
 『掃除屋』のウルフを呼びよせて死体を始末させ、ビルに連絡してキャスパー邸の護衛を集めてもらい、当て身をくらわされて物置に押し込まれていたランツとフィリップを探し出し……あれやこれやの雑務がようやく終わったあと、二人はここで遅い夕食をとっていた。
「……それで、さっきのことなんだが」
「はいはい」
 鮭のマリネをぱくつきながら、リナが返事を返す。
「ゼロスって誰だっけ?」
 リナの手からフォークが滑り落ちた。
「………。あんた、ひょっとして知らないの?」
「いや、名前だけは知ってるんだが、どういう奴なのかは知らん」
 ダークスーツに身を包んだ金髪碧眼の大男は、真面目くさった表情で答えた。
 リナは目をまん丸に見開いてガウリイを見つめながら、呆れたように呟いた。
「……それでよくヤクザが務まるもんだわ。キャスパーの言った通りね」
「俺について何か言ってたのか?」
「『腕はいいけど変人だ』って。――まあ、いいわ。説明してあげる。ゼロス=メタリオムはチャイナ・タウンからのし上がってきたギャングのひとりよ。若いけれど切れ者って評判で、裏の世界ではずいぶん名が通っているみたい。一応キャスパーに庇護料を払っているけれど、ここ最近急激に勢力をつけてきているわ。あんたも、顔くらいは見たことあるんじゃないかしら? 中肉中背で、やったら細い目をしてて、おかっぱの黒髪の男」
「う〜ん。思い出せん」
「……あ、そ」
「でも、そいつが何だってボスん家に刺客を送り込んだりするんだ?」
「言ったでしょ、ゼロスは最近すごい勢いで力をつけているのよ。今やこの街じゃ、キャスパーに次ぐほどの地位に上りつめた。だけど、キャスパーがいる限り、ゼロスはいつまでもナンバー2。いつまでもキャスパーの下にいて、彼に庇護料を払っていることに耐えられなくなったのよ。まあ、もともと性格的にソリが合わないってこともあるみたいだけどね」
「……じゃあ、キャスパーがこのことを知ったら……」
「間違いなく、戦争になるでしょうね。やられて黙ってるような人じゃないもの」
「洒落にならんな、そりゃ……」
 リナがかすかに頷いた。
 彼女の動作にあわせて、額に落ちた前髪が柔らかく揺れた。
 オレンジ色の灯りに照らし出されたその顔を、ガウリイはまじまじと見つめた。
 瞳はこぼれ落ちそうなほどに大きく、唇はあつらえたように小さく、頬は赤ん坊のようにふっくらとしている。
 まるで子猫みたいだな、とガウリイは思った。
 外見はいいとこのお嬢さんみたいなのに、俺より業界事情に詳しいし、先程の銃の扱いも手慣れたものだった。
 一体、どういう子なんだろう……?
 ガウリイはテーブルから身を乗り出すと、リナの顔を覗き込んだ。
「歌手なんだって?」
 彼の問いに、リナはナプキンで口の周りを拭きながら答えた。
「元歌手よ」
「いまは? もう歌ってないのか?」
「う〜ん……」
 リナは頭の後ろをぽりぽり掻きながらあらぬ方向を眺めた。
「歌手になりたくて田舎から飛び出してきたんだけど、あんまり芽が出なかったのよね。まあ、才能がなかったってことなんだけど。色々ごたごたもあって、そんで結局辞めちゃった」
 ぺろ、とちいさな舌を出して照れくさそうに笑う。
「ボスの経営しているナイトクラブで歌わせてもらえばいいじゃないか」
 リナは顔をしかめた。
「やあよ、そんなの」
 そんな恥ずかしい真似ができるか、と言いたげな表情だった。
 ガウリイは思わずその顔に見入る。
 どうしてこんなにも、さまざまな表情が心に焼きつくのだろう? 
 笑っても怒っても、たとえどんな表情をしていても、彼女の心が本当にそう反応していると、そこに嘘はないと思えてしまうのだ。
「なあ、何で今まであんなに猫かぶってたんだ? 四六時中あんなんじゃ、疲れるだろ?」
 リナは肩をすくめた。
「この性格で、ギャングの情婦になれると思う?」
「……いや、まあ、そうかもしれんが……」




 
 夜もとっぷり暮れた頃、一台の車がキャスパー邸の玄関前に停まった。
 すこしおぼつかない足取りで、リナが車から降りる。
「おい、大丈夫か?」
 ガウリイがあわてて反対側のドアから降り立つと、リナの側に駆け寄った。
「大丈夫。ちょっと酔っちゃったけど」
 ほんのりピンク色に染まった顔で、リナは微笑んだ。
「なあ、本当にここでいいのか? ホテルに泊まったほうが安全じゃないか?」
 ふらふらと歩き出したリナの後ろから、ガウリイが心配そうな声をかける。
「平気よ。いくら何でも一晩に二回も来たりしないでしょ」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないだろ? 俺もここにいるよ」
 豪奢なドアの前で、リナはくるりとガウリイを振りかえった。
「平気だってば。今日はいろいろ助けてもらったし、もうこれで充分よ。しかもご馳走までしてもらったしね。疲れたでしょ? 今夜はゆっくり休んで」
「いや、そういうのじゃなくて……」
 口ごもるガウリイを、リナは小首をかしげて見上げる。
 ガウリイがそれに気づいて視線を返すと、彼女は照れくさそうに微笑んだ。
「……あの、ね。よくこういうこと社交辞令で言うひといるけど、そんなんじゃなくて、今夜はすごく楽しかった。誰かとこんなに楽しく過ごせたのは本当に久しぶり。……だから、ありがと、ね。ガウリイ」
「……俺も、楽しかった」
 ガウリイが微笑み返すと、リナはさっとドアを開けて屋敷のなかに足を踏み入れた。
「リナ!」
 思わず呼び止めたガウリイの声に、リナは振り返った。
「何?」
「えーと、いや、その……」
 ガウリイはしばらく頬を掻いていたが、やがて意を決したように言った。
「俺は、そっちのほうがいいと思う」
「え?」
 きょとん、とした表情でリナがガウリイを見つめる。
「お前さんは、猫かぶっているより、素のままのほうがいい、と思う。個人的に……」
 リナは首筋まで真っ赤になった。









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