ダウンタウン物語

7







 夜更けの古いアパートは、すっかり寝静まっていた。
 がらんとした薄暗い部屋のドアが、かすかに軋んだ音をたててゆっくりと開いた。
 細長い黒い影が、ドアの隙間から部屋のなかにすべりこんだ。
 影はしずかに部屋の奥へと歩いていく。
 装飾品ひとつない、ひどく殺風景なその部屋の奥へと歩み進んだとき。
「動くな」
 しずかな低い声に、影は立ち止まった。
 そして振り向いた。
 ひとりの男が、ベッドに寝転んだまま、その影に向かって銃口を突きつけている。
 影はゆっくり帽子を脱いだ。
「俺だ、ガウリイ」
 しばしの沈黙の後、ガウリイは低く呟いた。
「……ゼルガディスか」
 ガウリイはつまらなそうな表情で銃を脇に置くと、背広を脱いだだけの格好で再びベッドの上に寝そべった。
 起き上がるのも億劫だと言わんばかりの態度だ。
 ゼルガディスは近くにあった椅子に腰掛けながら言った。
「いいニュースと悪いニュースがある」
 ガウリイはゼルガディスの方を見もせずに答えた。
「いいニュースから聞こうか」
「ボスがあんたにリナのボディガードをやってもらいたいそうだ」
 ガウリイはさっと身を起こし、ゼルガディスを凝視した。
 ゼルガディスは彼の視線を無視した。
「この間の件を見込んでのことだろう。明後日に事務所まで来てほしいとのことだ」
「……で、悪いニュースってのは?」
「ボスがリナと結婚すると息巻いている」
 しばしの沈黙の後、ガウリイは枕に顔をうずめて低くうめいた。
「……あんのエロジジイが……」
 ゼルガディスはそんな彼の様子をしらっとした目で眺めていたが、やがてぽつりと言った。
「近頃、『ロワイヤル』に通いづめだそうだな」
「……知ってるのか?」
「知っているも何も。とうとう女でも出来たのかと、仲間内じゃ相当噂になっているぜ。ああいう盛り場を毛嫌いしていたくせに、えらい心変わりだな」
「いまでも嫌いだ。でも時々リナに会える」
 ゼルガディスはひどく疲れたような声でうめいた。
「……そんなことして何になる。あんたはガキか?」
 ガウリイは視線だけをちらりとゼルガディスに移した。
「お前、よっぽど人の恋路を邪魔したいみたいだな」
「何が恋路だ。横恋慕の分際でえらそうに。しかも、よりにもよってボスの女と来たもんだ。あんたは大バカだ」
「放っといてくれ」
「もう一度、冷静になって考えてみろ。なあ、リナはボスの情婦だ。金目当てでボスにひっついているような女だぜ?」
「リナはそんな女じゃない」
 ゼルガディスが呆れかえったように大げさに肩をすくめてみせた。
「だったら、どうしてボスなんかの愛人に収まっているんだ!? ボスの前で猫をかぶって、媚びを売って、それでも金目当てじゃないと言うつもりか」
「あのなあ……」
 ガウリイは上体を起こし、苛立たしげに言った。
「俺は馬鹿じゃない。物を知らないうえに物覚えが悪いことは認めるが、それでも馬鹿じゃない。リナが金だの宝石だのに目が眩むようなパープリン女じゃないことぐらいわかる」
「じゃあ、何だってリナはボスに囲われているんだ? まさか、ボスに惚れてるというわけでもあるまい」
「……わからん。何か、事情があるんだろう」
「その通り。何か裏があるんだ。どうも怪しい。ボスも何か隠している。大体、なんだってボスの留守中に刺客が差し向けられる? あんたはゼロスの仕業だと言うが、もしそうだとしたら尚のこと辻褄が合わない。ゼロスだって馬鹿じゃない。馬鹿じゃないうえに組織力もあるし、独自の情報網を持っている。ボスが留守中だということを知らなかった筈がないんだ。にも関わらず、わざわざボスの留守中に屋敷を襲うなら、それなりに理由があるんだろう」
 ゼルガディスの言葉を、ガウリイの低い声が遮った。
「要点だけを言え」
「ゼロスの狙いはボスじゃなくて、リナなんじゃないのか?」
「……まさか」
「何故そう言える? 少なくともあんたの話を聞く限り、リナは普通の女じゃない。業界事情に精通しているし、銃だって扱える。あんな小娘のくせに、だ」
「銃の使い方は、郷里の姉ちゃんに花嫁修行の一環として教わったと言ってた」
「そんな殺伐とした花嫁修行があってたまるか。……ともかく、リナが過去に何をしていたかは、誰も知らないんだ。一体何をしていたか、怪しいもんだ。ゼロスと何かつながりがあったとしてもおかしくない」
 ガウリイはぐしゃぐしゃと自分の髪の毛をかきまわしながら、大きく溜め息をついた。
「……で、お前は何が言いたいんだ?」
「あの女はやめろ。ボスの女だからじゃない、得体が知れないからだ」
 ガウリイは肩をすくめた。
「貴重なご忠告ありがとうよ、ママ」
「おい、ふざけるなよ。俺は真剣なんだ」
 青い両の瞳がゼルガディスを見据えた。
 ガウリイはしずかに言った。
「俺だって真剣だ」










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