椰子と陽炎

2







 鋭い陽光を反射してきらきらと輝いている川面をかきわけるように、子供たちが川を泳いでいく。
 川岸では放し飼いのガチョウの群れが、せわしなくあちこちを走り回っている。
 先程物陰に身をひそめていたアメリア、ゼルガディス、リナの三人は、酒場の片隅にあるテーブルに大人しく座っていた。 
「ガウリイのお友達ね? はじめまして、わたしの名前はイダよ。ガウリイとは、昔からの知り合いなの」
 イダと名乗ったその女は、三人に愛想良く微笑みかけた。金色の髪にグレイ・ブルーの瞳を持った少年は相変わらずぎゅっとイダの体にしがみついている。
「はあ、はじめまして……」
 アメリアとゼルガディスは上の空で挨拶をした。リナは固い顔つきでじっと椅子に座っている。
「で、その子は……」
「え、ああ、この子はマトゥコよ。なかなかハンサムでしょ?」
「はあ……。で、あの、さっき仰っていたことなんですが……」
 アメリアがおそるおそるという様子で切り出した。
「ああ、この子の父親がガウリイだって話?」
『…………』
 さらっと言ったイダの台詞に、四人は黙り込んだ。
 リナの表情はますます固くなり、ゼルガディスは流氷よりも冷ややかな視線をガウリイに送り、アメリアはただ驚きに目を丸くし、そして当のガウリイはというと、完全に途方に暮れたような表情でイダとマトゥコを見比べていた。
「それは……本当なんですか?」
 イダは悪戯っぽい笑みを顔に浮かべた。
「……本人に聞いてみたらどうかしら? ねえ、ガウリイ。そういう可能性もなくはないわよねえ?」
 全員の視線がさっとガウリイに集中した。
 アメリアは険しい表情で身を乗り出し、ガウリイの顔を覗きこんだ。
「ガウリイさん、どうなんですか?」
「ど、どうって言われても……だって、イダに子供がいるなんて全然知らなかったし……」
「身に覚えはあるのか?」
 とゼルガディスが聞いた。
「あー、それは、何つーか、その……」
 ガウリイは口ごもり、片手で後ろ頭をぼりぼりと掻いた。
 アメリアとゼルガディスはやれやれ、とばかりに溜め息をついた。
「あーあ、まったくもう、ガウリイさんたら……」
 額に手をあててぼやくアメリアの言葉を、ゼルガディスが遮る。
「待て待て、まだそうと決まったわけじゃない、冷静にいこうぜ。イダ……といったっけな、この子はいくつだ?」
「三歳六ヶ月と一七日よ」
「プラス十月十日で逆算してみろ、その時期に心当たりは……」
 そのとき、これまでじっと黙って話を聞いていたリナが、ふいに勢い良く立ち上がった。
「あたし、先に宿屋に戻る」
 そう言い捨て、踵を返してさっさと歩き始める。
「おい、ちょっと待てよ、リナ……!」
「あ、ちょっと、ガウリイさん!」
 慌てて立ち上がりかけたガウリイの服の裾を、アメリアがぱっと掴んで引きとめた。
「アメリア?」
「いまは追わないほうがいいですよ」
「いや、だけど……!」
「アメリアの言う通りだ。追っかけたところでぶっ飛ばされるのがオチだぜ。放っておいてやれよ」
「ねえ、どうしちゃったの、あの子?」
 イダが困惑した様子で小首を傾げた。
 アメリアがかすかに溜め息をつきながら肩をすぼめた。
「彼女、こういう話に免疫がないんです」
「そう? 何か、怒ってたみたいだったけれど」
 アメリアはしみじみと溜め息をついた。
「……そりゃあ、怒りますよねえ……。怒るっていうか、ショックだったんじゃないでしょうか」
「ブラザーコンプレックスみたいなもんだと思うがな、あれは」
 あくまで無表情に言うゼルガディスの横で、ガウリイはとうとうテーブルに突っ伏してぼやいた。
「あー……俺、もう死にたい」
「……何か、まずいこと言っちゃったみたいね、わたし。悪かったわ」
 何となく事情を察したのだろう、イダが困ったように呟いた。アメリアは彼女の方を向いて首を振った。
「お気になさらずに。たまにはこういう刺激も必要ですから」



 水平線の向こうに沈みかけようとする太陽を、リナは難しい顔で眺めていた。やがて彼女はふと溜め息をつき、ハンモックの上で寝返りをうった。
「あ、ここにいたの?」
 ふいに、後ろから声がかかった。リナはハンモックの上で身じろぎをし、いかにも大儀そうに声の主を振り返った。
「……なんだ、アメリアか」
「なんだとは何よ、誰を期待してたわけ?」
 アメリアはテラスを横切ってリナの顔を覗きこみ、にやりと笑いかけた。
「……べつに」
「なーにたそがれてんのよ。さっきの話のつづき、聞きたくないの?」
「聞きたくない」
 アメリアは溜め息をついた。
「まったく、強情なんだから。そんなんじゃガウリイさん、あの人にとられちゃうわよ」
 リナは顔を上げた。
「何よ、それ。どういう意味?」
「言葉通りの意味よ。そんな風にもたもたしてたら、あの人にガウリイさんをさらわれちゃうかもよ? 何たって向こうは『子供』っていう葵のご紋を持ってるんだから。ま、ガウリイさんがホントにあの子の父親かどうかはあやしいところだけど、可能性としてはあり得ることだとしたら、あの人のことだから責任とって結婚ってこともあるかもよ? 少なくとも、一回や二回は寝たことが……」
「やめてよ。聞きたくないってば」
 アメリアは呆れたようにリナを見つめた。
「あなたねー、もうちょっと大人になりなさいよ。まさかガウリイさんがチェリーボーイだとでも思ってるわけ?」
「ちがっ……だから、そうじゃなくってっ!」
 リナは真っ赤になって顔を上げた。
「……そりゃ、思ってはなかったけど、今までそういうの全然意識したことなかったし……それを、なんか、あーいう形で知られされるのって……気分、悪いよ。なんかヤだ」
 アメリアはふうむ、と呟いて腕を組んだ。
「まあ、その気持ちはわからないでもないわ。確かに、あまり感じのいいもんじゃないしね」
「……だったら、ちょっとは放っといてよ。これでも、大人になろうとしてるんだから」
 リナの疲れたような声に、アメリアは肩をすぼめた。
「オーケー、わかったわ。ま、とにかく頑張ってね。試練に耐えてこその愛よ」



 アメリアがテラスから引っ込んだところに、ゼルガディスが立っていた。先程までの会話を聞いていたらしく、呆れ顔でアメリアを見つめている。
「おい、お前、慰めに行ったんじゃなかったか? 危機感を煽ってどうする」
 ゼルガディスの突っ込みに、アメリアはあらぬ方向を眺めて頬をぽりぽりと掻いた。
「イダの話はただの冗談だろう? 彼女の口調からするとそんな感じだったぞ」
「だって、ただの冗談で終わっちゃつまんないでしょう? 折角面白い展開になりそうだったのに」
「……お前はどうしてそう事態をややこしい方向に持っていきたがるんだ?」
「その方が面白いからに決まってるじゃないですか。とりあえず、もうちょっと引っ張りましょうよ」
「…………」
 思わず絶句したゼルガディスの後ろから、不安げな面持ちのガウリイが歩いてきた。
「アメリア、リナの様子は?」
 アメリアは重々しい表情で首を振った。
「相当ショックを受けているようです。いまは顔を合わせない方が良いですよ」
「え……そんなにか?」
「ええ。可哀相に、悲嘆に暮れて泣きじゃくっていましたよ」
 神妙な面持ちで言うアメリアの後ろで、ゼルガディスが小さく呟いた。
「……地獄に落ちるぞ、お前……」







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