ダウンタウン物語

11








 街の中心部に位置する総合病院の前に黒塗りの車が停まったのは、それから数十分後のことだった。ガウリイはドアを蹴破るようにして車から降りた。
 病院の前では、すでに何十台もの車が到着していた。大勢の仲間たちが陣取り、鼠一匹通らせまいと油断なくあたりを見張っている。
 ガウリイは叩きつけるようにして車のドアを閉め、病院にむかって走り出した。
「おい、待て! ボスは手術中だ!」
 入り口に立っていた若い男が、すれ違いざまにガウリイの腕を掴んだ。ガウリイは振り向いた。すっかり青ざめて切羽詰ったその表情に、若い男は一瞬たじろいだ。
「リナは、リナはどうなった!?」
「は?」
「リナだ! 知らないのか!? どうなったか知らないのか!?」
 掴みかかるような勢いで、ガウリイは男を問いつめる。
「ガウリイ!」
 ふいに後ろからかけられた声に、ガウリイははっと振り返った。
「……ゼル!」
 ガウリイは思わず叫んだ。すこし離れたところから、ゼルガディスが駆け寄ってきた。
「ゼル、リナは……!?」
「待てよ。ここじゃまずい。とりあえず、中へ入れ」
 ゼルガディスはガウリイの腕を掴み、引きずるようにして病院の中に入っていった。入り口を抜けてすぐのところに、ロビーらしき空間が広がっていた。
 しんと静まり返ったその場所で、ガウリイはゼルガディスの腕を振り払って彼に向き直った。
「答えてくれよ、リナは無事なのか!? お前、何か知ってるのか!?」
「いいから、落ち着けよ。そう耳元でわめくな」
 ゼルガディスはうんざりとした口調で言った。ガウリイはゼルガディスの襟首を掴んで締め上げた。
「これが落ち着いていられるか!  いいから、早く答え……」
 と、そのとき。
「――ガウリイ?」
 聞きなれた高い声が、ロビーに響き渡った。リナの声だった。ガウリイははっと顔を上げた。廊下の奥から、栗色の髪の小さな人影が姿をあらわした。薄いネグリジェの上に、黒いコートを羽織っている。
「……リナ……?」
「わざわざ来てくれたの? こんな夜中に?」
 リナはぱたぱたと二人の傍まで駆け寄ってきた。ガウリイはゼルガディスから手を離し、ゆっくりとリナに向き直った。すぐ後ろでゼルガディスがげほげほとわざとらしく咳き込んでいるのも聞こえないようだった。
「リナ、お前……無事だったのか?」
 ガウリイはかすれた声で呟いた。
「……あたし? ええ、勿論、見ての通り無事だったわ」
「……怪我、とかはないのか?」
「うん。奇跡的にも、かすり傷だけですんだわ。転んで膝を擦りむいたの」
「……そう、か……」
 ガウリイはぼんやりと呟いた後、しばらくリナを眺めていた。リナも、首を逸らすようにしてガウリイを見上げ。そしてふと眉をしかめた。
「ガウリイ、あんた大丈夫? 何だか、すごく顔色が悪いわよ」
 リナはじっとガウリイの顔を見つめた。そして、いまだ黙りこくっているガウリイの手をそっと握った。
「ねえ、心配しないで。キャスパーならきっと大丈夫よ。きっと助かるわ。だから――」
 ふいにガウリイが腕を伸ばしてリナの体をぎゅっと抱きしめた。
「な、何――……」
 呟きかけたリナの声を無視して、その頭のてっぺんにぐりぐりと頬をこすりつける。
「良かった、無事で……」
 ガウリイは小さな声で繰り返した。
「良かった、ほんとに良かった、ほんとに良かった……」
「ガ、ガウリイ……」
 リナは呆然と呟いた。ガウリイはふとリナから体を離し、屈み込んでその顔を覗きこんだ。
「ほんとうに、大丈夫なんだな? 怪我してないな?」
「あ、あたしなんかより、キャスパーのほうが……」
 赤い顔で口ごもるリナを、ガウリイはやさしく遮った。
「ああ。だけど、お前だけでも無事で良かった」
 大きな無骨な手にそっと頭を撫でられて、リナは痛々しいくらいに顔を赤くした。
「う、うん、そうね、あたしは大丈夫よ。その、ゼルが、助けてくれたから……」
 リナは傍目にもわかるほどうろたえながら、しどろもどろに言葉を紡いだ。
「ゼルが?」
 リナはこくこくと頷いた。ガウリイはゼルガディスを振り返った。ゼルガディスは相変わらず二人のすぐ後ろに佇んでいた。彼は腕を組み、しらっとした眼差しをガウリイに向けていた。
「……そうなのか?」
「ああ、まあな」
 ガウリイは眉をひそめてゼルガディスを見据えた。ゼルガディスは彼の視線を無視して、リナの傍へと歩み寄った。
「リナ、もう今夜は疲れただろう。とりあえず休んだらどうだ。ボスの手術はもうすこし長引きそうだしな」
「あたしなら大丈夫よ」
 ゼルガディスは首を振った。
「少しでいいから休んでおけ。あんたが起きていたからって、ボスの手術が成功するってわけでもないんだからな」
 諭すような口調で言われて、リナは頷いた。
「わかったわ。じゃあ、何かあったら起こしてね」
 リナは二人に挨拶して、仮眠室の方へと歩いていった。
 彼女の姿が廊下の奥に消えるのを見守ってから、ゼルガディスは感心したとも呆れたともつかぬ表情で口を開いた。
「気丈なもんだな。さすがと言うべきか」
「……彼女を助けたっていうのは? どうしてお前があそこにいたんだ?」
 ガウリイに見つめられて、ゼルガディスはかるく肩をすくめた。
「偶然、ボスの家の近くに居合わせた――と言っても、信じないだろうな」
「ああ、信じ難いね」
 ゼルガディスはかすかにため息をつくと、ロビーに置いてある椅子に腰掛けた。 
「リナを尾けていた」
 ガウリイの眉がぴくりと跳ねあがった。
「彼女のことをずっと調べていたんだ。何か尻尾がつかめるかもしれないと思って、3,4日くらいずっと尾行していた。それで、さっきのあの騒ぎに出くわしたってわけだ」
 ゼルガディスは黙った。ガウリイも黙った。しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのはガウリイだった。
「――それで、」
 とガウリイは固い声で言った。
「何かわかったのか?」
 ゼルガディスはその場に立ちすくんだままのガウリイに視線を向けた。
「ああ」
 と彼は言った。
「面白いことがわかったよ。非常に面白いことがね」








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