ダウンタウン物語

12








 ゼルガディスはポケットを探って”サパタ”という銘柄の煙草を取り出し、口の端にくわえた。ガウリイはマッチを擦って、その煙草の先に火をつけてやった。ゼルガディスは煙草の煙を深く吸い込んで吐き出した。
 ゼルガディスは箱からもう一本煙草を取り出し、ガウリイに差し出した。ガウリイは軽く首を振った。
「吸わないのか?」
 とゼルガディスが聞いた。
「メキシコ煙草は好きじゃない」
 ガウリイはマッチをローテーブルの上の灰皿に捨てて、ゼルガディスの向かいに腰掛けた。
「……で、リナが何だって?」
 ゼルガディスは椅子の上で身を乗り出し、ガウリイの目を見た。
「彼女が以前に歌っていたというクラブをあたってみた」
「ああ、ボスが経営してる店だろ?」
「違う。それ以前に彼女が働いていた店が別にある」
 ガウリイは眉をひそめてゼルガディスを見た。
「そんな話、初耳だ」
「だろうな。俺もチクリ屋のイージーに教えてもらって初めて知った。情報料としてしっかり50ドルとられたがな。この街ではすべてが金次第だ」
 ゼルガディスは灰皿に煙草の灰を落とした。
「まあ、ともかくリナは別の店で歌っていた。34丁目にある高級もぐり酒場だ。表向きの支配人はオスカー・フロスト。ゼロスとつながりが深かった」
「深かった、というのは?」
「4ヶ月前のある夜、店の裏手で頭をぶち抜かれて死んでいた。その場に居合わせたらしいゼロスの部下3人も、同じようにして殺されていた。銃弾はすべてアンシュッツ22口径」
 ゼルガディスはガウリイを見つめた。
「……リナの持っている銃もそれだったな?」
 ガウリイは黙って頷いた。
「店の金庫からは3000ドルが盗まれていた。その日からリナは姿を消した。それが4ヶ月前。1ヶ月間、ゼロスは血眼になってリナを探し回ったが、行方は杳として知れなかった」
 ゼルガディスはそこで言葉を切り、かすかに口元を歪めて笑った。
「ようやく人前に姿をあらわしたと思ったら、この街のボスの愛人におさまっていたという訳だ。うまくやったもんだ。ボスなら上手くゼロスを宥めるか抑えつけるかしてくれると思ったんだろう。実際は手ひどく反撃されたわけだが」
「……今回の襲撃もゼロスが?」
 ガウリイの問いに、ゼルガディスは頷いた。
「勿論、あいつのさしがねだ。生き残ってた奴を痛めつけたら簡単に吐いた。アジトに転がしてきたんだが、いまから話を聞きに行くか?」
「いや、いまはいい」
 ガウリイは首を振った。そして深くため息をついた。
「だが、まさかリナがそんなことをするなんて……。ガセネタじゃないのか?」
「さあな。本当のところ、リナがその4人を殺ったのかどうかはわからん。しかし、ゼロスがリナを追っているのは事実だ」
「……警察は何て?」
「何も。ゼロスが金を握らせて揉み消したからな」
 ガウリイは椅子の背にぐったりともたれた。
「……しかし、いくら何でも、3000ドルを取り返すためだけにボスにまで銃を向けるか?」
「そうだな、他に何か理由があるんだろう。ボスがいつまでたってもリナを引き渡さなかったものだから、堪忍袋の緒が切れたのかもしれん」
 ゼルガディスは左のこめかみを撫でながらため息をついた。
「ボスは強情を張るべきじゃなかった。ゼロスは少しばかり力をつけすぎたんだ。いまここであいつを敵にまわすのはまずい。非常にまずい」
「もう敵だろう。ボスに銃を向けたんだ。後戻りできると思うか?」
 ゼルガディスは空を仰いだ。
「……戦争はごめんだ」
「同感だ」
 ガウリイは呟きながら椅子から立ちあがり、さっさと歩き出した。
「どこへ行く?」
「リナの様子を見てくる」
 振りかえりもせずに言うガウリイの背に、ゼルガディスは声をかけた。
「言い忘れていたことがあった。リナには共犯者がいるらしい。そいつも4人が殺されたときから姿が見えない。何でも、ゼロスの元部下だって話だ。リナといい仲なのかもしれないな」
 ガウリイは足を止めてゼルガディスを振りかえったが、何も言わずにやがて再び歩き出した。



 ガウリイは音をたてないようにして仮眠室のドアを開けた。部屋のなかに滑り込み、そっと後ろ手でドアを閉める。薄暗い部屋のなかを横切り、部屋の奥のベッドに近づく。彼は息をひそめるようにして、ベッドの上に横たわっているリナの顔を覗きこんだ。
 リナは小さく丸まって眠っていた。ガウリイが手をのばしてその額を撫でてやると、かすかに瞼を震わせ、ゆっくりと目を開けた。リナはぼんやりした眼差しでガウリイを見上げていた。
「……ガウリイ?」
 ガウリイはかすかに微笑んで、リナの顔を見返した。
「どうしたの? 何か……」
「いや、寝てていいよ。何もないから」 
 ガウリイはベッドの脇に跪いて、リナの顔を覗きこんだ。
「……父ちゃんかと思ったわ」
 リナはすぐ近くにあるガウリイの顔を見て笑った。ガウリイも微笑んだ。
「父ちゃん?」
「うん。こんなところにいるわけないのにね」
「お前の父ちゃんはどこにいるんだ?」
 ガウリイはリナの頭を撫でながら聞いた。リナは気持ち良さそうに目を閉じた。かすかな電球の光がリナの肌に睫の陰を落としていた。
「ここからずうっと離れた田舎よ。母ちゃんと姉ちゃんといっしょに暮らしてるはずだわ。家出同然で出てきちゃったから、きっと心配してる」
 リナはそう言って、ガウリイを見つめた。
「あなたの家族は?」
 ガウリイは肩をすくめた。
「いない」
「……一人も?」
「そうだな、うん、一人もいない。母親は物心つく前に死んだ。5年前までは一応親父がいたけど、俺とおんなじでこんな商売やってたもんだから、抗争のときに流れ弾にあたって死んじまった」
 リナはかすかに吐息をついた。
「お気の毒に」
「そうでもないさ。別に仲が良いわけでもなかった」
 リナは黙ってガウリイを見つめた。ガウリイもリナを見つめ返した。窓の向こうの遠くから、仲間たちのかすかなざわめきが聞こえてきた。
 ややあって、リナはためらいがちに口を開いた。何か、苦痛をこらえているような表情だった。
「……あたし、キャスパーにひどいことをしたの」
「……うん?」
 リナはガウリイから目を逸らした。長い睫がかすかに震えていた。
「愛してもいないのに、『愛してる』なんてウソを……」
「……リナ」
「本当にひどいことをしたわ。きっと姉ちゃんに怒られる。キャスパーに謝らなきゃ……」
「リナ、いいから、いまはそんなこと考えなくてもいいから……」
 ガウリイは何度もリナの頭を撫でながら、小さな声で繰り返した。
 リナが再び眠りにつくまで、ガウリイはいつまでも彼女を宥めつづけた。









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