ダウンタウン物語

13








 ようやく一時の騒ぎも落ち着いてきた頃、空は仄かに白み始めていた。
 仮眠室の扉がゆっくりと開いて、人影が部屋のなかに滑り込んだ。人影はこつこつと音を立てて部屋の奥へと進み、とあるベッドの前で立ち止まった。
 ベッドの上では、小柄で幼げな少女がすやすやと眠っていた。その傍らでは、少女の右手をぎゅっと握ったまま、いかつい大男が椅子に座ったまま眠っている。
「おい、起きろ」
「……あ?」
 その声で、ガウリイは目を覚ました。
 ベッドの隅に伏せていた顔を上げると、こちらを見下ろしているゼルガディスと目が合った。一晩中起きていたのだろうか、さすがにやや疲れたような顔をしている。ガウリイは椅子の上に座りなおして、大きく伸びをした。
「よく寝たようだな」
「ああ、まあな」
 首をこきこき鳴らしながら、ガウリイは頷いた。
「今は何時だ?」
「朝の5時」
 ベッドの上で眠っていたリナが、もそもそと動いて目を開けた。
「……ゼル?」
 リナは目をこすりながら上半身を起こした。ゼルガディスはリナに目を向けた。
「ボスの手術が終わった」
 ゼルガディスの言葉に、リナははっと顔を上げた。
「どうだった?」
「成功だ。命に別状はないそうだ」
 リナは長い吐息をついた。
「……そう。良かったわ」
「それはどうかな」
 ガウリイとリナは同時にゼルガディスに視線を向けた。リナは眉をひそめた。
「……どういう意味?」
「ボスがやられたって話は一晩で街中に知れ渡る。そうしたらどうなると思う? 敵はゼロスだけじゃないんだぜ。以前からボスを煙たがってる奴らはこぞってうちの組に攻撃を仕掛けてくるだろう。この街にはハイエナどもがうじゃうじゃ潜んでいるからな。あいつらは弱った獣の匂いにはことのほか敏感だ。何せ、ボスは命だけは助かったものの、1ヶ月は絶対安静の身だ。このままじゃボスどころか、あんたの身も危ないぜ」
「ゼル!」
 ガウリイが咎めるように叫んだ。ゼルガディスはガウリイに目を向けて言った。
「この際はっきりしといたほうがいいだろう。俺たちのためにも、リナのためにもな」
「……ふうん、なるほどね」
 リナはベッドの上で姿勢をただし、鋭い目つきでゼルガディスを見据えた。
「あたしのことを嗅ぎ回ってたってこと? どうりで、昨夜はタイミングよく助けてくれたわけだわ」
 ゼルガディスは黙っていた。リナは前髪をかきあげながら言った。
「――それで、どうするの? あたしをゼロスに突き出す?」
「それでことが解決するんだったら、そうしたいところだがな」
「おい、ゼル!」
 ふいにガウリイが立ちあがり、ゼルガディスに向かってどすの効いた声で唸った。
「……冗談もほどほどにしろよ」
 ゼルガディスはうんざりした様子でため息をついた。
「お前もほとほとうるさい奴だな。それでことが解決するんだったら、と言っただろう。今更リナをゼロスに引き渡して何になる? もう事態は来るところまで来ちまったし、どうせ戦争は避けられないんだ。安心しろ、そんなことしたりしない。……おい、わかったらそんな目で見るんじゃない」
 ガウリイはしぶしぶながら乗り出していた体を引いた。ゼルガディスは額を掻きながらリナに向き直った。
「――ゼロスに狙われている、本当の理由は?」
 リナはちらりとゼルガディスに視線を向けた。
「あんたに教えなきゃならない理由はないわ」
 ゼルガディスはかすかに鼻を鳴らした。
「ボスに聞かれたら困る話なのか?」
「今となってはそうでもないわね」
 リナはひょいっと肩をすくめた。
「今日かぎりで、あの人とは別れるわ」








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