蒼白の月

1







 硬くつややかな光を放つ床は、どこまでも続くかと思われた。マホガニーの円柱は目眩を覚えるほど高くそびえたち、その上のエメラルド色の丸天井を支えていた。
 細く高い音色の笛と獣の皮で出来た太鼓、見なれぬ弦楽器による音楽が、その大広間に響き渡り、反響して震えている。
 薔薇色、黄金色、純白色のきらびやかな服をまとった紳士淑女たちは時折ひそひそと何かを囁きつつ、眼前で繰り広げられている異国の剣舞を眺めていた。
 剣舞を披露しているのは、一人の若い男だった。黄金色の長い髪に彫りの深い顔立ちの、上背の高い美丈夫である。男は白銀の鎧と深海色のマントを身に纏い、ゆっくりと片手に持った剣をひるがえしていった。
 そのうちに音楽が終り、笛の音の響きが細かく震えながら消えていった。男はゆっくりと剣を腰の鞘におさめた。
 大広間に拍手が波のうねりのように鳴り響いた。儀礼的な笑みを浮かべながら手を叩く人の波間をかきわけて、一人の初老の男が付き人を幾人も従えて若い男の前に進み出た。目を見張るほど豪奢な服を身にまとっていて、顔には威厳をたたえた皺が刻まれている。
「見事であった、ガウリイ」
 ガウリイと呼ばれた男はその場に跪いた。
「恐れ入ります、父上」
 国王は鷹揚に腰をかがめ、ガウリイの肩に手を置いた。
「おもてを上げよ。花嫁に挨拶するのだ」
 ガウリイは顔を上げて、国王が顎で指し示した方を見た。ざわめきだした人の群れのなかでもなお目立つ、闇よりも黒い髪に透き通るような白い肌を持つ乙女がそこに立っていた。並み居る貴族たちの娘のなかでも、とりわけ美しい女だった。
「シルフィ―ル殿」
 ガウリイが声をかけると、シルフィ―ルは優雅にドレスの裾をつまんで礼をした。
「ガウリイ様、ご無沙汰しておりました。素晴らしい舞でしたわ」
「有難うございます。いつからこちらに?」
 ガウリイの問いに、シルフィ―ルは控えめに微笑んだ。
「半月ほど前からですわ。もっと早くにご挨拶したかったのですが、実家での婚礼の準備に忙しくて……」
「いえ、お気遣いなく。それにしても、今日はいつにも増してお美しい」
「そうであろう、そうであろう、これほどの器量良しには、国中探しても出会えるまい」
 国王が目を細めながら二人の間に割って入った。
「おまけに気立ても良く、家柄も申し分のないご婦人だ。まったく、お前にふさわしい。お前も早く婚礼をあげたかろう、え?」
 父王の言葉に、ガウリイはただ笑って肩をすくめてみせた。
 彼等をとりまく人々のざわめきと好奇のまなざしとひっそりとした忍び笑いが、荘厳な大広間にいつまでも響いていた。



「ガウリイ様」
 声は後ろからかけられた。人一人いない長い渡り廊下を歩いていたガウリイは足をとめて、声の主を振り返った。
 廊下の奥に、シルフィ―ルが立っていた。先程の正装と違い、比較的簡素な薄紅色のドレスを着ている。
「シルフィ―ル殿。……何か?」
 愛想良く笑いかけるガウリイに、シルフィ―ルはかすかに微笑んだ。
「用がなくては声をかけてはなりませんか? あと10日で夫婦になる仲だというのに」
「いえ、決してそういうわけでは……」
 思わずくちごもったガウリイを、シルフィ―ルはじっと見つめていた。窓の外はとっぷりと日が暮れ、のっぺりした闇色の空には、満月がくっきりと顔を出していた。
 しばしの沈黙後、やがてシルフィ―ルはガウリイをひたと見据え、真剣な面持ちで口を開いた。
「ガウリイ様、ガウリイ様は私がお気に召さないのでしょうか?」
「……え?」
 ガウリイはきょとんとしてシルフィ―ルを見つめ返した。
「私がお嫌いですか?」
 すがるような目でこちらを見つめるシルフィ―ルに、ガウリイは慌てて手をふった。
「滅相もない。まさかそんな、あなたが気に入らないなんてこと……」
「でしたら、何故そんな思いつめたような顔をしていらっしゃるのですか? 先程も、ずっとどこか物憂げな表情されていて……お願いです、私に落ち度がありましたら何なりと仰って下さい。でないと、私は……」
 そう言ったきり俯いてしまったシルフィ―ルを、ガウリイはしばらく眺めていた。やがてガウリイはシルフィ―ルの傍に歩み寄った。
「シルフィ―ル殿」
 ガウリイの呼びかけに、シルフィ―ルは顔を上げた。
「あなたを不安にさせて、申し訳なく思っています。だけど、どうか誤解しないで下さい。俺はただ婚礼の準備で疲れているだけです。それから、少し混乱してもいる。あなたのような素晴らしい方を妻に迎えることについて。俺には勿体無い花嫁だ」
「ガウリイ様……」
 ガウリイはやさしく微笑んで、軽くシルフィ―ルの肩をたたいた。
「今日はもうお休みになられるといい。また明日、お会いいたしましょう」
 そう言ってガウリイは再び踵を返した。青白い月光の差し込む渡り廊下に、シルフィ―ルは一人取り残された。








2につづく

こんなもん書いてる暇があったら「ダウンタウン物語」の続きを書け、という感じなんですが、すいません、ちっとだけ大目に見てください。キャラの性格が違うのはいつものことです。続きます(ほんとか?)。