蒼白の月

3







 女は、見たところ15、6の少女だった。栗色の長い髪に、闇の中にほの白く浮かび上がって見える肌、植物の茎のように細い体つき。そして、まだ幼さの残る、あどけない顔立ち。
 しかし、その姿を儚げと表現するには、その少女はあまりにも野性的な目をしていた。ガウリイはかすかに息を吸い込んだ。周りの空気が少しずつ薄れていくような気がした。こんな目をした女を他に見たことがない、とガウリイは頭の隅で思った。獣の血を凝らせて作った石のような目だった。
 質素な布きれを申し訳程度に身にまとったその少女は、まるで値踏みするようにガウリイの姿を上から下までじろじろと眺めていた。
 ガウリイもまた、食い入るようにその少女の姿を見つめていた。その姿からどうしても目が離せなかった。喉がからからに干上がっていくのが感じられた。少女の顔立ちは、一般的な意味あいにおいては、絶世の美女とはいえないかもしれない。だが、その顔の奥にある何かに、ガウリイは激しく心を動かされた。胸のあたりが重く、苦しかった。
「あんた、口が聞けないの? それとも、ただのバカ?」
 ぼんやりと立ち尽くしていたガウリイは、少女の声ではっと我に返った。水晶のような、よく通る声。
「口は聞ける」
 ガウリイは咄嗟に言葉を返した。バカなことを言ったのに気づいたのはその後だった。
「だったら、質問に答えなさいよ」
 少女は冷ややかに言った。
「何しに来たの?」
「いや、俺はただ、お前さんの声が聞こえてきたから……」
「あたしの声が?」
 少女は鋭く聞き返した。
「ああ。部屋にいたら、壁の奥から聞こえてきた。壁を調べてみたら扉が見つかったから、そこから……」
 ガウリイの言葉に、少女は深くため息をついた。ガウリイはふと、少女の両手両足首に黒々とした太い鎖が巻き付いているのに気がついた。少女は顔を上げて、ガウリイを見つめた。その眼差しの鋭さに、ガウリイは再び胸をつかれた。
「わかったわ。もういいから、あんた、早く戻りなさい。ここのことは忘れるのよ」
「ちょっ……ちょっと待てよ!」
 そう言って背を向けかけた少女に、ガウリイは慌てて駆け寄った。ものものしい鉄格子ごしに、少女の腕をつかもうと手をのばす。
「おい、待てったら!」
 少女は怪訝そうな顔で振り向いた。
「何よ。まだ何か用?」
「お前さんの方こそ誰なんだ? 何だってこんなところにいるんだ?」
「何って、バカンスでもしてるように見える?」
 少女はつまらなさそうに言った。
「これが見えないの? 閉じ込められてんのよ」
 少女は両手を顔の前に突き出して、その手首にぶらさがっている鎖を指し示した。じゃらり、と耳障りな音がした。
「どうして閉じ込められているんだ?」
「あんたには関係ないでしょ。いいから、早く上に戻りなさい。でないと……」
「関係ないわけじゃない。ここは俺んちの敷地だ」
「え?」
 少女は顔を上げた。その小さな顔が、きょとんとした表情で、しばしガウリイを見つめた。ただでさえ大きな瞳が、さらに見開かれていく。リナは音もなく床の上を歩いてガウリイの前で立ち止まり、鉄格子ごしにガウリイを見上げた。
「俺んちって、あんた、まさかガブリエフ家の……」
 そう言ったきり、少女は口をつぐんだ。どうやら、ようやくガウリイの身なりの良さに気づいたらしい。ガウリイは至近距離でリナの顔を見下ろしながら、頷いた。
「ガウリイ=ガブリエフだ。一応、第二王子ってことになってる」
 少女はしばらくガウリイの顔をまじまじと見つめていた。やがて、リナは吐息を吐くように呟いた。
「……似てるわね、ラウディに。あんたはあいつの息子なの?」
「ラウディは俺のじいちゃんだ。知ってるのか!?」
「まあ、一応ね」
 少女はかすかに笑った。その笑顔につりこまれるように、ガウリイも微笑んだ。何て可愛いんだろう、とガウリイは思った。ガウリイは少女の顔を覗き込んだ。
「……お前さん、名前は?」
 少女は真っ直ぐにガウリイの顔を見上げた。
「リナよ」
「リナか……いい名前だな」
 ガウリイは鉄格子ごしに手をのばして、リナの腕をとった。
「ちょっと……何!?」
 リナはびっくりしたように後ずさりかけたが、ガウリイは真剣な表情でリナを見据えた。
「なあ、教えてくれ。どうしてこんなところに閉じ込められているんだ? お前さんみたいな女の子が……」
 そのとき、背後から地を這うような低い、威圧的な声が響いて部屋をどよめかせた。
「……ここで、何をしている?」







4につづく

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