蒼白の月
4
声の主は、抜き身の剣を片手に、ゆっくりとガウリイに向かって歩いてきた。薄闇に溶けそうな暗い色のローブを着込み、フードを目深に被っている。顔は見えないが、声の感じからするとまだ若い男であるようだった。 男はふいに立ち止まると、ゆっくりと剣の切っ先をガウリイに向かって突きつけた。蝋燭の乏しい明かりに照らされて、長い刃がぎらりとなまめかしく光った。 「どこのどいつか知らんが、ここに入り込んだからには生かして返すわけにはいかんな」 言い終わるや否や、男は剣を振り上げるとガウリイに向かって駆け出した。 「――ゼル!」 リナが鋭く叫ぶ。男は聞く耳もたない様子でガウリイに向かって剣を一閃した。獣のような身ごなしでその攻撃をかわしたガウリイに、返す刀で再び切りつける。素早く飛び退ったガウリイの青いマントが真横に裂けた。 「ゼル! やめて!」 がちゃがちゃと鎖を鳴らしながら、リナが叫ぶ。 「くっ!」 ガウリイは腰に佩いていた剣を抜いて、構えた。再び男が向かってきた。無駄のない動きで、ガウリイに切りつけてくる。かなりの使い手らしい。 「ちょっと! やめなさいってば!」 鉄格子の向こうでリナが怒鳴っているのが聞こえるが、どうやら男の耳には届いていないようだ。相変わらず俊敏な動きでガウリイに向かって剣を振るっている。薄暗闇に目が慣れないのと事態を把握しきれていないのとで、ガウリイは防戦一方にまわっている。 たくみに攻撃を防御するガウリイに焦れたのか、ふいに男はマントを外し、ガウリイに向かって放り投げた。 「――!?」 一瞬視界が遮られ、ガウリイの動きが止まる。その隙をついて、男がガウリイの脇にまわりこんだ。 「――もらった!」 ガウリイがしまった、と思ったときにはもう遅かった。男は剣を頭上に振り上げ、ガウリイに向かって振り下ろした。……いや、振り下ろそうとした。そこで、男の動きは止まった。何か見えない力によって無理に動きを止まらされたような感じだった。 「……?」 ガウリイは何が起こったのかよくわからないまま後退り、男の動きを見守った。 男は相変わらず先程の姿勢のまま、その場に固まっていた。その手から剣が滑り落ちて、石の床に当たって澄んだ音を立てた。フードを取り去った男は、若く、精悍な顔つきの美青年だった。しかし、その額にはじっとりと脂汗が浮かんでいた。 「ガウリイ! こっちに来て!」 唐突にかけられたリナの声に、ガウリイははっと我に返った。ガウリイは慌ててリナの傍に駆け寄った。 「リナ、あいつは一体……」 ガウリイがそう言いかけたとき、背後で鈍い音がした。男がまるで呪縛から放たれたように、その場に崩れ落ちた。男は荒い息をつきながら身を起こし、憎々しげに拳で床を叩いた。 「――くそっ、一体何のつもりだ!? 悪戯にもほどがあるぞ、リナ!」 男は矢のような鋭いまなざしでリナを見据えながら怒鳴った。 「何のつもり、ですって!? それはこっちの台詞よ! 少しは人の話を聞きなさい!」 「俺の仕事に口を出すな!」 「なあにが仕事よ! 何も知らないで! 王族殺しで打ち首獄門になったって知らないわよ!」 「……王族!?」 ふいに沈黙が落ちた。男はガウリイの姿をまじまじと眺めてから、リナの視線を移した。 「こいつが王族だって? 冗談だろ?」 リナはひょいっと肩をすくめてみせた。 「どうも本当らしいわ」 男は疑わしげなまなざしでガウリイを見た。 「……王族、ねえ。おい、名前は?」 「ガウリイ=ガブリエフだ」 男は眉をひそめながら、片手で顎を撫でた。 「……というと、話題の王子様だな。貴族のご令嬢との結婚が控えてるんだろ? それが、こんなところで何やってんだ?」 ガウリイが答えるよりさきに、リナが口をはさんだ。 「偶然迷い込んできちゃったのよ。犬っころみたいに。あんたがちゃんと見張りをやってないせいよ」 「おいおい、俺のせいなのか?」 男はしばらく閉口したように後ろ頭を掻いていたが、やがてゆっくりと立ち上がり、服の埃を払ってからリナに向き直った。 「で、どうするんだ?」 「どうするも何も、大人しく帰ってもらうしかないじゃない」 リナがぶっきらぼうに言ったのを、ガウリイが慌てて遮った。 「おい、ちょっと待てよ。勝手に話を進めないでくれ。俺はこのまま帰るつもりはないぜ。お前さんからまだ何も話を聞いてないし」 「話?」 リナが眉をひそめてガウリイを見上げた。ガウリイはリナにやさしく微笑みかけた。 「そう。まずは、この事態の説明を聞きたいな」 5につづく 3にもどる |