私が最初にあの人を意識しはじめたのは、2回生の時にサークル内で見た「飛べ!イサミ」のゲストキャラ桜子嬢からだったと思う。その時は明らかに作りとしか思えないその声に当時2.5回生だったN島さんと同じく「勘弁して」という感想しか持たなかった。が、どういう訳かその声は非常に覚えやすく、どういう訳かあの人の声が耳から離れなくなってしまっていた。どういう事なんだろう、その答えを見つけるには、当時の私は若かった、としか言いようがなかった。
4回生になった私はもはや転ぶだの萌えだのハマるだのといった台詞とは無縁な、そんな生活を送るんだと決心していた。その決心がいかにアサハカでオロカであるか知らされたのが、「悠久幻想曲」である。大原邸で当時3回生の中将がプレイしているのを横目で見ながら、「なんやエタメロより全然あかんやん」などと内心馬鹿にしていたものだ。そして原稿のためにそいつを借りてスイッチを入れた時、私の悪夢は始まった。
「うみゃあ、エンフィールドへようこそ」
私はどこか遠くから思いきり脳髄をわしづかみにされたようなショックを受け、気がつくとパーティには本命エル、シェリルに混じってメロディとかぬかすネコが入っていた。
「ふみゃあ」だの「ふみぃ」
だのとしか言わぬ典型的なバカキャラのはずなのに、あの人の声が私の脳髄をわしづかみにして放してくれない。ちょうど聞き分けのないバカネコに犬笛を取られた犬、否、キリー閣下に犬笛を握られたベリアル少佐も同然であった。しかしさらにもっと困ったことに、私はそのあの人に笛を吹かれることが嫌ではなくなってきてしまったのだ。続く2回目、3回目もネコがパーティの中に入り、私は海底人8823になりきってしまっていたのだ。なぜだ、私はケモノが好きではないんだっ!
12月、冬混み直前に「グランディア」を買った。そして効率や使いやすさとは全く無縁で、恐らく誰も使わないはずの「応援ガンバ」を延々と繰り返していたような気がする。おかげで全くゲームが進まない。しかしあの少女とケモノが踊るサマに合わせて「ふれっふれっちゃっちゃ」を聞いていると、「もう一度聞かなくてはならないのではないか?」という、ある意味人間の本能に差迫った強迫観念にさらされてしまうのだ。しかし物語も佳境を迎えたころ、ある大事件が起こった。…あの人がパーティから抜けてしまったのである。恐らくこの暴挙とも言うべき強制イベントには、全国約30万人のグランディアプレイヤーが血の涙を流してゲームアーツ本社に剃刀入りレターを送り付けていたことだろう。
私はすっかり意気消沈し、正月の暇さ加減を晴らすため適当なゲームを買ってくることにした。正月から開いているお店には、以前から「見かけだけで判断しちゃいかんよ」なんて言われていた「ドラゴンマスターシルク」が置いてあった。結構ボリュームのあるダンジョンものだと聞いたので、暇つぶしにはなるだろうと思い、ろくに取説も読まずスイッチを入れてみた、すると
「ねえ、ねえ、魔龍様ぁ♪」
吐血。
全く予期せぬカウンターに、私は耳から血を流した。この「黄」の一言に、私は再び「脳髄をわしづかみにされることにやぶさかではないパブロフの犬」になっていた。その他
「こうげき〜」「いたいいたいいたぃん」「うっき〜」
だの、明らかに作りとしか思えないがそれゆえに耳に残ってしょうがない台詞が目白押しで、私の正月はすっかりマグマ大使となっていた。
そして正月明け、久しぶりにアニ同の人間を見て、ふと思った。
「あの人の声は、もしかすると普遍的に犬笛なのではなかろうか。」
そうか、そうだ、そうに違いない!N島さんでさえ「勘弁して」というくらいだからそうに違いない!
「あの人の声は、霊長類ホモサピエンスにとって犬笛である。」
私はそういう結論に達し、早速「姫」の飲み会の時に話してみた。
…しかし、私は裏切られた。わかってくれると信じていた編集に携わってくれた同士の目は冷ややかで、逆に、
「ますたぁってそんなにあの人の声が好きなんですね」
などと言う根も葉もないレッテルを貼られてしまった。違う、断じて違う!私は声を大にして叫んだ、好きとか嫌いとかいう次元ではないのだ、人間の生理的行動学に基づいた事実なのだ。私はそう主張した、だが、私の理解者はいなかった。当時遺伝の法則を発見したメンデルのように、周囲の目は冷ややかだった。私は「次元を超えてでもあの人の声が好き」などという、全く語るに値しないでたらめなレッテルを貼られまくり、多大な苛立ちと絶望感、敗北感を胸に抱きつつ帰途についたのだった。なぜだ、どうしてみんな犬笛を認めるのが恐いのか。そりゃ、私も嫌だ。しかしこれは世界に現存する普遍的な原理の一つなのである。真実から目を背けてはならぬ。人としてあるまじき行為だ。
真実に目を向ける男が独りなら、それはいずれ消えてなくなり、歴史の彼方に埋もれるだろう。しかし消滅前の最後の超新星にも似た輝きこそが、次の新たな星を生み出すのだ。だから私は、孤独になっても叫ぼう。
1998年7月、シベリア出征直前の日、私はあの人の歌をはなむけに聞く。
やはり、犬笛なのである。
生きて帰国せねば。
(シベリアで謎の電波にあてられた重症患者の日記より抜粋、一部改正)