一月
一月一日
白峰会の年越しスキーの正月は
餅つきで始まります。
蒸した餅米を石臼にのせて杵でついて餅にするわけですが、
この集団ではつきはじめる前の蒸した餅米の争奪戦が起こります。
ある人曰く、餅米に醤油を垂らしたのが一番うまいということです。
というわけで、餅米の段階で約四分の一は消費されてしまいます。
しかもそれでお腹が膨れるものだから、せっかくの餅は余ってしまい、
夜食として食う羽目になります。
まぁ、そういう事情はおいておいて、
せっかくだからスキーの話をします。
前にも書いたとおり、この年越しスキーにはレッスンがついてきます。
当然理屈にあった指導を受けられるわけですが、
時々無茶なことをやらされたりもします。
例えば、谷側の板を持ち上げて滑るとか、
スキー二シーズン目の妹を上級者コースに連れていくとかいったことです。
今日もなかなか凄かったです。
今日は霧がかかっていて非常に視界が悪かったんですが、
指導者が滑り終わって合図を出してから滑るようにという指令を残して、
指導者はどんどん先へと滑っていきます。
そして、ついには見えなくなってしまいました。
指導者の姿の見えない私達には合図も当然見えない。
そのため、適当に勘で滑りはじめることになってしまってました。
それでも問題なかったからよかったんですが、
最悪姿を見失って迷子になる可能性もあったので怖かったです。
一月二日
最終日の今日はスキー検定試験の後少しの自由時間があって解散でした。
しかし、朝から猛吹雪で視界はきかず寒いことこの上ない。
そのため解散後三時頃まで滑るつもりだったんですが、
二時過ぎにとっとと切り上げて宿に帰ってしまいました。
そして、空いた時間でお風呂に入り、町でゆっくりとお土産を物色。
残念ながらザザムシは見つからなかったのですが、ハチの子は発見しました
ところが値段をみてびっくり。
一缶2300円!!
ある人へのお土産としては高過ぎです。
というわけで、泣く泣く他の品で妥協しました。
後は晩御飯を食べてからバスに乗り込み、帰路についたのでした。
一月三日
夜行バスというのは全く時間の効率が悪いのです。
目一杯滑って貰うため夕方出発、場所によっては八時近くの出発です。
ですが、信州から京都までは順調にいけば六時間弱でつきます。
途中で休憩を二時間ごとに十五分ずつ入れても、
三時過ぎにはついてしまう計算になります。
そんな早くついても意味はないので途中一時間の休憩が今回二度もとられました。
しかし、止まってるバスほど眠れない物はありません。
しかも、それだけ休んでも四時半には京都に着いてる。
でもって、始発は五時二十分なんです。
もう少し何とかならないものでしょうか?
それはさておき、この日、家に帰ってからもほとんど死んだように眠ってました。
起きていた時間の合計は六時間以下じゃないでしょうか?
バスの時も含めて、です。
やっぱり疲れていたということでしょう。
一月四日
今日は年賀状の確認。
自分から出さなくなって早三年なんで、
来た枚数なんてたかがしれてますが。
その中にちと気になる葉書が。
某予備校から来る、毎度おなじみの個人指導教官募集の葉書なんですが、
今回はいつもとなんか違います。
それもそのはずです。
勤務地が市ヶ谷とかお茶の水とかですから。
私がどこに住んでると思ってるんでしょうか?
しかも、関西版の方は来てないんだから意味が分かりません。
大丈夫なんか、あそこの予備校の事務員。
一月五日
今日は思い立ってドイツ語の勉強をしてみました。
前期は三日前になってやっと試験勉強をはじめたくらいなんで、
今回は大きな進歩です。
まぁ、単にドイツ語に自信がないだけですが。
夜には政治学のレポートを書こうと思い立ち、
課題を書いたプリントを出してこようとするも…、
どこを探してもでてこない……。
ものすごく小さな半ピラだったので、
なくしやすいといえばなくしやすいのですが、
さすがになくすとやる気が萎えます。
結局その後は全く勉強をしませんでした。
一月六日
今日は新年会。
当初はこじんまりとした規模でやる予定だったんですが、
どこでどう広がったか、凄く大きな規模に。
総勢男十六人での焼き肉パーティーと相成りました。
で、男ばっかりで食べ放題となると、戦場になるわけです。
食べきってもないのに次を注文するわ、
網の上に乗り切らない量の肉を強引にのせるわで大忙し。
飲み放題もついてたんですが、食う方が必死で飲みにまで気が回らない。
結局二時間食べ放題の後にはみんなグロッキーになってました。
私も吐きそうなくらい食べたのは久しぶりです。
で、その後友人宅で一休みしようと言うことで
十一人が彼の家に上がり込みました。
別に全員が残る予定ではなかったんですが、
食べ放題の後の疲れゆえか、みんな立ち去ろうともしない。
別れてカラオケに行こうという案も賛同者が少なく立ち消えに。
結局、全員がそのままお泊まりと相成ったのでした。
一月七日
引き続き友人Y宅よりお知らせします。
とりあえず人数が多すぎて全員は横になれないので、
事前に宿泊許可を得ていた人間を中心に数人が最初に横になりました。
その中に私が入っていたため、はじめ三時間ばかりを知りません。
で、少々騒がしくて起きたわけですが、
騒がしかった理由はIとTの猥談。
主に、いかにIが鬼畜かと言うことでしたが。
しかし、目覚めてすぐに聞くべき話では絶対にありませんでした。
目覚めてからしばらくは友人Kのだしてきた数学の問題に悪戦苦闘。
これだけでざっと三時間近くは過ごしたんでしょうか?
そうこうしているうちに、徹夜で麻雀をやっていたメンツが疲れて撤退。
その後釜に座ることと相成りました。
それにしても、8000オールでのスタートはスリル満点です。
満貫を振り込むと即ハコですからね。
結局ほとんどあがれませんでしたけど、
振り込むともなく四時間ばかりが過ぎていきました。
その間にもどんどん人は帰っていきました。
で、そろそろ私もいい加減だというので帰宅させていただきました。
帰宅後は…何やってたんだろう?
ほとんど記憶にございません。
一月八日
本来なら今日から大学がスタート。
ですが、今日は例のドイツ語の授業しかなかったためお休み。
正直、昨日までの疲れがとれてなかったんでありがたかったです。
そのため、今日は一日骨休めをしてました。
一月九日
今日こそ正真正銘の大学一日目。
しかも、いきなり四限まである日なんで気合いを入れて学校に行きました。
で、お昼休みに何気なく掲示板を見てみると、
三限目休講…
一気にやる気がそげてしまいました。
結局四限はでないことを友人に伝えた後、帰宅したのでした。
一月十日
今日は正月開け始めての金曜日の授業。
でもって、今年度最後の金曜の授業です。
なぜかって?
それは来週はセンター前日で準備のために大学が休みになり、
その次の週はすでに試験期間に入っているからです。
ですから、それなりに気合いを入れて授業に臨んだんですが、
ここ数日間のだれた生活はその程度では取り返しがきくはずもなく、
あえなく撃沈してしまいました。
全く、情けないです。
で、お昼に友人Sより政治学のレポート課題の紙を貰った後、
何となく不完全燃焼なまま七条へ。
四条駅からてくてく歩いてsofmap京都店に到着。
ここで何をしたかというと、
シスプリ2の予約です。
それも、友人に頂いたメディアワースクスの秘密の予約キャンペーン用紙を使ってです。
この用紙を使った人が他にいなかったようなので少々混乱はありましたが、
無事に予約が完了したんですが、
店舗予約特典にポスターが付いてくることを知ってちょっとダウナーに。
いや、だって、ポスター持って帰るの面倒なんですよ。
大きいし、折ること出来ないんで。
ま、貰っては帰りますがね。
追記。
勘違いメールが届きました。
内容は、「お誕生日おめでとう」でした。
残念ながら、誕生日は一月十二日ですよ、ひびきさん。
ちょっと勇み足だったね。
一月十一日
せっかく昨日友人に紙を貰ったからと、
政治学のレポートに真面目に取りかかりました。
一週間ほど前に書こうと思って準備していたこともあり、
かなり快調に書くことが出来ました。
結局この日だけで書ききることが出来ました。
友人Sよ、多謝。
一月十二日
今日は日本橋へ出張。
なぜなら、誕生日には中古が半額だからです。
(注、日本橋のsofmap二号館のsofmap card会員だけの特典です。)
しかし、私のソフトに対する知識は二年ほど停滞してます。
浪人一年目頃までしかソフト情報を仕入れてなかったからです。
大学入学後も日本橋になかなか行けなくなりましたしね。
そのため、ねらいは非常に古くこみっくパーティ
。
二年はおろか、三年以上前の作品ですがね。
ところが、sofmap二号館には中古のこみパがありませんでした。
しかし、誕生日特典は使わないともったいないと言うことで、
良いという情報を聞いていて気になっていたソフトを買うことにしました。
それが夜勤病棟
でした。
しかも、タイムセールス中だったので横にあった夜勤病棟特別版も買ってきました。
いや、1980で安かったし。
それから、こみパをどうしても諦めきれなくて他の店舗を捜索。
そうすると結構見つかるんですが、結構高い。
でも、欲しかったのと、妙にお金を持って行っていたのとがあって、
結局買って帰りました。
ちなみに、Pure Mailが8800円で売っていたのに手を出しかけたくらいお金を持ってました。
一月十三日
今日は朝から宗教人類学のレポート書き。
だって、締め切りが明日なんだもん。
とまぁ、そんなわけで朝の十時頃から書き始めたわけですが、
いや、もうさっぱりですよ、はい。
3000字くらいまでなら書けるんですが4000字となるとちょっときつい。
三回くらい一から書き直した結果、四時回ってました。
明日も一限から授業があるのに…。
合掌。
一月十四日
いきなりですが、事故りました。
朝、駅から大学へ自転車で向かっているときのことです。
手袋をはめようと片手運転しているところに前から人が。
とっさにハンドルきって人との衝突を避けることは出来たんですが、
バランスを崩してしまったところに、
折からの寝不足で両手でハンドルを握るというごく普通の方法にさえ
これっぽっちも気付かずにそのまま片手で運転。
あげく、木に正面衝突しました。
あまりスピードはでてなかったんで、幸い私は怪我しないですんだんですが、
自転車のフレームが歪んでしまい、前輪がまともに回らなくなりました。
これまた幸いなことにすぐ側に自転車屋があったので、
そこまで運んでいって修理を依頼してきました。
で、私はもともとぎりぎりに着くようにしか大学に行ってません。
そのため、自転車が無くては遅刻は必至なので、
少しでも遅れる時間を短くしようと走って大学へ行きました。
ところが、この日の一時間目の教師は、
冬休みの自分の旅行のことしか話しませんでした。
中国でスリにあいパスポートを失うというなかなかスリリングな体験なんですが、
わざわざ走って来てまで聞きたい話ではありませんでした。
せっかく走ったのに、そういう日に限ってまともな授業じゃないとは…。
今日は厄日のようです。
一月十五日
実は今日も睡眠不足です。
今日はドイツ語の試験なため、前夜動詞の時制変化を覚えてたんです。
結局半分も覚えられませんでしたが。
今日は昨日の自転車を引き取りに行くので少し早めに家を出ました。
乗換駅で雪が激しく降っているのを見て少しびっくり。
その上、最寄りの駅をでてさらにびっくり。
一面のとは言えなくても、雪景色です。
いつもなら喜ぶんですが、今日は無理でした。
雪の上を自転車で走るなど、事故の再現を試みているようなもんです。
でも、今日取りに行くと言った以上、自転車は取りに行かねばなりません。
しかも、試験なので少し早めに到着するべきことを考えると、
自転車で行かないと間に合わないわけです。
しょうがないのでかなりこわごわ自転車を運転していきました。
おかげさまで学校には無事に着きましたし、試験の出来も上々でした。
一月十六日
今日も朝から普通に授業にでていたわけですが、
いつもなら私より先に来ているはずの友人がまだ来てない。
不審に思ってると、授業開始。
その後しばらくするとその友人が来たわけですが、
いつもとは様子が違いました。
授業終了後彼の所にいっていると、
彼のズボンに大穴が!!
しかも、そのしたには赤い血が見えてます。
どうも、来る途中自転車が残雪に取られてこけてしまったそうです。
やはり自転車の雪道運転は非常に危険なようです。
みなさんもくれぐれもお気をつけ下さい。
ちなみに、その友人にすぐ帰った方がいいといったのですが、
次の時間、試験だから帰れないと悲痛な顔で言ってきました。
その声が非常に痛々しく、それ以上声をかけることは出来ませんでした。
一月十七日
今日の夜はこの前の木曜に課題が発表になった
「放射線と生命」という講義のレポートを書いていました。
で、ちょっと分からないところがあり、父親の専門とかぶっていたので質問に。
そしたら、参考書を一冊手渡してくれ、自分で読んで調べろとのこと。
おかげで時間を非常に食ってしまい、
参考書を読むだけで夜中の二時頃になってしまいました。
しかも、レポートは全く進みませんでした。
なんだかなぁ。
一月十八日
なかなか希有な体験をしました。
今日の夕食前、いきなり母親が素っ頓狂な声をあげました。
どうも、棚の中で醤油が漏れていたようです。
それならごく普通のなんでもないことでした。
ところが、妹が臭いをかいでみて、
「鉄の臭いがする。」
と言うのです。
醤油はプラスチックの容器に入っていて鉄の臭いがするはずがありません。
そのため、再度調査をしてみたところ、
妙に膨れ上がったパイナップルの缶詰が…。
余りに膨れているために容器に穴が当ていました。
そして、そこからパイナップルの汁が漏れていたんです。
そうなんです、当初醤油だと思ったものは、
なんと長年かかって変質したパイナップルの汁だったのです。
なんでも、もうかれこれ二十年以上前の缶詰だそうで、
どうして今まで捨てていなかったかが不思議な代物です。
ちなみに、中身のパイナップルは原形をとどめていた(!)んですが、
臭いは何とも言えず酸っぱかったです。
一月十九日
明日が英語とドイツ語のダブル語学試験なんで、
朝からせっせこと勉強。
というか、昨晩から、ですね。
しかし、ドイツ語はどれだけやっても自信がつかない。
いかんせん単語が分からなさ過ぎですね。
文法が分かっても単語があれほど分からなければ何の役にも立ちません。
まぁ、明日の試験は文法中心なんでなんとかなるんでしょうが。
ちなみに英語は授業中そのままの文章がほとんどなんで、
きちんと勉強しておけば楽勝です。
一月二十日
午前中は普通の授業で、午後からは語学の試験。
まずは英語から。
四題中三題もが授業中やった文章な上、
最後の実力問題も非常に易しかったので、
四十分弱で仕上げて早めに退出。
そして、空き教室で次のドイツ語にむけて最後のあがきを敢行しました。
開始十分前になって試験の教室へ。
ここであまり気持ちのよくない会話を聞いてしまいました。
この授業の先生は結構厳しく、
やる気のないものには部屋を出ていくように求めます。
それに対して、「あいつわがままやからなぁ。」と文句を言い、
「やっとあいつの授業に付き合うんも終わりやなぁ。」というヤツがいるのです。
その上、「あいつ、試験で点足りひんかったら絶対単位くれへんやろうしなぁ、最悪や。」
と、ごく当たり前のことに対しても文句を言ってます。
正直な話、こういう人たちは大学から消えて欲しいもんです。
まぁ、こういういやな話はこれまでにして、試験そのものの話へ。
この試験、回答欄が異様に狭いのがくせ者で、書きにくく時間を食います。
しかも、大問三題のうち最後が独文和訳の実力問題。
半分くらいしか単語が分かりません。
そのため、頑張りはしたんですが、目標の80以上はかなりきつそうです。
そして、帰宅後、明日の試験にむけて深夜まで勉強。
最近まともに寝てません。
一月二十一日
昨日の三時までの勉強の甲斐もあって、
二限目に行われた試験は楽勝でした。
もっとも、授業二出したキィタームのうち、
10個が挙げられていて、そのうち4個を説明せよという物だったので、
それほど必至に勉強しなくても楽勝だった気はしますが。
で、三限目の英語の授業を迎えたわけですが、
この授業はテストやレポートはないかわりに
授業中に発表をしないと単位がもらえません。
その上人数が50人以上と多いもんだからなかなか順番が回ってこないわけです。
その上、今日が最後の授業なんで、今日当たらなければ、
後日先生の研究室へ行って一人で発表。
当然そんなことはしたくないので、手を挙げるんですが、
ちっとも当たりません。
そして、とうとう当たらないままで授業が終わりました。
研究室行き決定です。
しょぼーん。
一月二十二日
今日は何にもないので休み。
でも、あんまり余裕はありません。
なぜなら、明日の物理の試験に全く自信がないからです。
ただでさえ苦手な物理で、苦手な電磁気分野です。
その上、この先生には前期お情けで通して貰った負い目があるので、
後期ぐらいは自力で通りたいわけです。
でも、分からないものは分かりません。
結局三時頃までかかってもガウスの定理とストークスの定理の証明が分かりませんでした。
その上、マクスウェル方程式の意味もいまいち分かりませんでした。
出ないことを祈ります。
一月二十三日
いきなりですが、
キターーーーーーーーーー
昨日言ってた分からなかったところが物理で出たのです。
とりあえずノートに書いてあったことを、
分からないなりに一生懸命書いたんで、
それなりの点はもらえていると信じたいです。
まぁ、それ以外は、時間が無く一問解けなかった以外は何とかなりました。
結果は神のみぞ知るです。
夜には「放射線と生命」のレポートを何とか仕上げました。
参考書のうち、参考になったのは極一部でした。
一月二十四日
やっと一段落ついてのんびりしてました。
なにせ半日くらい寝てましたから。
夜には「千と千尋の神隠し」を妹がかぶりついて見てました。
あいつ、宿題数学100ページとかいってたんですが、
大丈夫なんでしょうか?
二週間ぐらいあるようなことは言ってたんですけど。
冬休みの宿題の二の舞はだけは止めて欲しいものです。
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