三月

三月一日

今日も技能教習ですが、今日のはひと味違います。
なんと、七時からの教習なんで、夜間運転です。
それも、はじめての夜間運転になります。
当然夜間は昼間より距離感が分からないのでこわごわ運転になります。
その上、すっごいおまけが着いてきました。
ご存じの通り、酷い雨だったんです。
ちなみに、雨天走行もはじめてです。
雨天はブレーキの利きが悪くなりますから、スピードを出すのが怖くなります。
さらに、大雨の粒が織りなす模様のため(つまりが雨のはねた同心円)
道路標示がなんともみにくくなってます。
雨天の夜間運転があんなにしにくいものだとは思いませんでした。
こんな時にS字とかやれといわれなくてよかったです。
さらについていたことに、今日の教官は時々発作のようなもを起こすんです。
話してる途中に、時々いやなしゃっくりのような音が入り、
腕の動きがぎこちなくなるのです。
正直、怖いです。
もう最高についている一日でした。


三月二日

今日は学科測定を受けてきました。
前日に念入りに試験勉強をし、
親に「そんな勉強するやつおれへんで。」と呆れらはしましたが。
結果は、満点での合格でした。
もっとも、ここで満点で合格しても仮免学科試験で落ちたら水の泡ですけどね。
その後、技能教習も受けました。
今日は踏切に加えて、S字とクランクもやると言うことだったので、
一度もS字を曲がれたことがないということを伝えると、
「ならコツを教えたるわ。」と言ってくれ、
懇切丁寧に曲がり方を指導してくれました。
さらに、クランクでも「どこを目標にして曲がれいわれた?」ときいてきたので、
なんにも言われず、模範で走ったとおりにして見ろといわれたと伝えると、
「それで今までようなんとかまがっとったなぁ。」と呆れた後に、
ハンドルを回すタイミングから原則、加速のタイミングまで教えてくれました。
おかげで結構スムーズに曲がれて自信がついたんですが、
前にやったS字及びクランクの回の教習はなんだったんでしょう。
まぁ、終わりよければすべてよしとも言いますし、
比較的早い段階(八回目)できちんと教えてもらえただけマシとします。


三月三日

今日は世間では雛祭り、ないしは耳の日です。
ですが、我が家は朝から雰囲気が悪いことこの上ない。
なぜなら、弟の私大の一次試験の結果発表日だったからであり、
弟がその試験の出来がすこぶる悪いと言っていたからでもあります。
東京の私大ですから、結果発表をわざわざ見に行く暇はありません。
受験生全員に発送されるレタックス待ちです。
それが送られてくるの毎年三時頃。
今年は二時五十二分に来ました。
結果は、一次試験合格でした。
そのとたん家の雰囲気の良くなること良くなること。
本合格ではないとはいえ、合格はやはりお目出度いもんです。
今日は雛祭りですから、妹もいるうちの家はすでにケーキを買ってありました。
晩御飯もちらし寿司と潮汁です。
こんなメニューを暗い気分で食べたくはありません。
と言うよりも、不合格の日に食べられるメニューではありません。
そういう意味でも良かったです。
家が狭く雛飾りの飾れない我が家ですから、
せめて食卓だけでも雛祭りの気分になれないと、
妹が可哀想ですもんね。


三月四日

もうダメです。
ヘロヘロです。
今日の水泳は、地獄でした。


三月五日

今日も技能教習です。
少しは自信もついてきたんですが、
今日の教官はなかなか細かいところをついてきて、
勉強にはなったんですが、
かなり精神的に疲れました。


三月六日

久しぶりになんの用事もない一日。
しかも、弟は大学入試で東京に行っており、
妹は午前一杯は学校、
母親も午前一杯は用事でいない。
つまり午前一杯は何をしてもいいということです。
ですが、不思議とほとんどずっと寝てました。
しょぼーん。


三月七日

今日は見きわめ前の最後の技能教習。
なかなか上手くいき、教官にも「多分大丈夫やわ。」と言われたんですが、
問題点が一つ。
一週間先まで乗らないんですが…。
土日は予約が入れられなかった上に、
月曜から木曜までスキーに行くんです。
はたして、来週乗ったときに同じような感じで乗れるでしょうか?
個人的には、まず無理だと思っています。
願わくば、補習が一時間ですみますように…。


三月八日

明日からのスキーに先駆けて、
猫の家に板と靴だけを運ぶことに。
昨日夜遅くまで猫はバイトしていたらしいので、
きっと寝てるだろうなぁ、と思ってはいたんで、
京都駅に着いてからとりあえず電話してみました。
そしたら、でない…。
まぁ、一回ででないかも知れないと思ってもう一度かけ直すことに。
そしたら、またでない…。
のべ六回ほど電話したんですが、全くでませんでした。
もしかしたら、留守かも知れないと思ったんですが、
今日荷物を持っていくと事前に連絡を入れていたので
家にいるもんだと勝手に決めつけてそのまま直行しました。
念のため、マンションの前で電話してみましたが、やっぱりでない。
十五分待ってみてまたかけ直してもでない。
こうなったら失礼でも突撃しかないと思い、
事前告知なしに家に直接乗り込みました。
そしたら、寝ぼけ眼の猫がでてきたわけです。
どうやら、猫は完全熟睡モードだったようです。
熟睡中お邪魔して申し訳ありませんでした、猫。


三月九日

今日はスキー出発の日。
でも、それ以前に、弟の国立大学の合格発表の日でもあります。
他人の合否発表なんですが、
今日ほど合否発表を待つのがいやだったのこと今までありませんでした。
自分の時は自分のしたことなんで、
ある程度は予想はついていますし、
ダメだったらダメだったなりに自分の中で踏ん切りをつけることが出来ます。
ところが、他人の受験結果というものは
こっちには全く予想は出来ませんし、
失敗したときにどういう言葉をかけたらいいのかも分からないので、
受けてない人間の方が気持ちの切り替えが難しいもんです。
(これは弟の中学受験の時で経験済みです。)
正直、自分の時よりもよっぽど緊張しましたし、
落ち着きませんでした。
結果は、幸いなことに合格でした。
これで逃げるようにスキーに行くことが無くなり、
非常にほっとしました。


三月十日

深夜の0時過ぎにスキー場にむけて出発。
途中までは非常に普通の旅程だったんですが、
恵那峡SAからは状況が急変。
ここで、本当に偶然に高校時代の友人Iに出会ったんです。
卒業以来、実に三年ぶりです。
しかも、彼も木島平に行くと言うではないですか。
せっかくだから途中まで一緒に行こうと言うことになりました。
そこからでした。
猫の運転が非常に生き生きし出したのは。
それまででも140キロくらいはでてましたが、
相方がいなかったので非常に落ち着いた運転でした。
ところが、ここでIという相方を得たことで俄然運転にも張り合いがでたんでしょう。
スピードは140オーバーが標準になりますし、
先導を譲り合ったり、車線変更を割と頻繁にしたりと、
なかなかスリリングな運転に代わったのです。
このころ私はかなり眠くて思考力が落ちきっていたためなんとも思いませんでしたが、
今冷静になって考えると非常に危険でした。
しかし、この猫の至福の時もそう長くは続きませんでした。
Iの方が次の駒ヶ岳SAで別行動を申し出てきたのです。
まぁ、運転の都合ではなく、時間の都合が理由でしたが。
そのがは割と落ち着いた運転で信州中野まで行き、
そこで高速を降りて地道を行きました。
チェーンタイヤなんで30そこそこまでしか出せなかったんですが、
本格的な雪道を雪の中走るのははじめてらしく、
猫の方はそれなりにご満悦でした。
とにかく、無事に目的地に到着し、
少々休息をとった後スキー場へ。
しかし、長旅の疲れの上雪という悪天候もあったため、
結構早めに切り上げて後はずっとぐったりしてました。


三月十一日

ぐっすりほぼ十二時間寝て体調もなかなか良いし、
今日こそいっぱい滑るぞと思っていたんですが、
あいにくの吹雪…
寒すぎたためそんなにいっぱい滑る気にもなれず、
結局そこそこだけ滑って終わりになってしまいました。
宿に戻った後買い出しに行こうということになったんですが、
外は相変わらず吹雪いたまま。
そんな中を傘も差さずに歩いて五分ちょっとのところまで行って
お土産を購入した後、そのちょっと先のコンビニでおやつ等を購入。
そして帰路に就いている途中にショックなことが…。
宿から歩いて一分のところにコンビニがあったんです…。
雪で真っ白になってあんなところまで行く必要はなかったっていうことです。
お土産が買えたから良しとはしますが、
ちょっとへこみました。


三月十二日

突然ですが、私達がスキーに行ったのは斑尾高原で、
ここは斑尾高原スキー場とタングラムスキーサーカスとが隣接しています。
で、斑尾限定と共通との二種類のリフト券があるんですが、
ほとんど値段が変わらなかったことから私達は共通券を買ったわけです。
ところが、昨日まではあいにくの悪天候で
隣のタングラムまで足を伸ばそうという気にもなれませんでした。
ですが、今日は事情が違います。
まだ雪は降っていますが、昨日までほどの悪天候じゃありませんし
三日券のリフト券の最終日ですからタングラムに行くしかありません。
と言うことで、タングラムまで行くことにしたんですが、
昨日までの記録的な大雪のためにほとんどリフトが動いてません。
タングラムとの連絡リフトがあるゲレンデまでは少しリフトであがって
それから降りて行く必要があるんですが、
肝心のリフトが動いていないもんですから、滑っていくことが出来ません。
しかたなく、歩いても10分かからないだろうからということで、
タングラムとの連絡リフトがあるゲレンデまで歩いていきました。
いや、思いのほかきつかったですよ。
でもその苦労が報われるだけの価値がタングラムにはありました。
斑尾高原スキー場のレストランの食事は結構割高なんですが、
タングラムの方はそれなりにお値打ちで、しかもこっちの方がおいしい。
しかも、初級、中級ゲレンデがこっちの方が充実しているんで、
初級ボーダーと中級スキーヤーで構成される私達には、
こっちの方が滑りやすい。
しかも、客が少ないのでかなり快適に滑れました。
途中kanpが体調を崩して先に帰ったんですが、
残り三名はタングラムで滑れるだけ滑って
それから宿に帰ったのでした。


三月十三日

今日はスキー最終日。
今日の夜には帰り着かないといけないため、
一時過ぎにはゲレンデを後にすることになっています。
しかし、そんな日に限ってはじめての晴天なんですね…。
ちょっと、恨めしくなりました。
でも、今日は一人離れて滑りたいだけ滑らせて貰ったんで、
文句は言いません。
ゲレンデを去った後、温泉に入り帰路に。
帰路ではこれと言った特別なイベントも起こらずにスムーズに行きました。
途中猫の家で一服してから帰ったんで
最終的に家に帰り着いたのは十一時過ぎでした。
悪天候さえ除けばいい旅行でしたが、
今後はもうワンランクほど上の宿に泊まろうと思います。


三月十四日

スキー帰りだというのに八時に起床。
と言うのも、今日九時から技能教習が入っているからです。
しかも、前に乗ったのが一週間前だというのに
一段階教習最終日、つまり見極めの日だったんです。
まぁ、正直な話ダメだろうと思っていました。
運転中もなかなか酸っぱいことを言われました。
乗り終わって、補習の予約入れに行かないと、と思っていると、
「じゃ、今日言ったことに気をつけて、検定受けて。」
と言われたわけです。
はじめ耳を疑いましたね。
今日の運転は自分でも良くないって分かるものでしたから。
でも、まぁ、受けていいっていうんなら、ありがたく受けさせて貰います。
それでいいのかって気はしないでもないんですけどね…。


三月十五日

起きたのが十二時でした。
昼寝をしようとし始めたのが一時半でした。
昼寝から起きたら五時半回ってました。
今日一日はこんな調子で過ぎていきました。


三月十六日

明日は修了検定です。
それに合格すれば仮免学科試験があるんでその勉強をしようと思いました。
ですが、たった五分で厭きました。
前に学科想定の時にしっかり勉強してますし、
何より修了検定に受かる気がしないのでやる気がありません。
結局そのまま寝てしまいました。
ま、なるようになるでしょう。


三月十七日

今日は修了検定。
私が取ろうとしているのはAT限定なので女性の方が当然多いです。
それは納得行くんですが、
何故うちのグループだけ男性は私だけ?
他にもAT限定のグループは四つほどあったんですが、
他のグループには男性は二人以上いるんです。
どういうわけだか、私のグループだけ男性は私一人…。
しかも、何の因果か、
私はそのグループのトップバッター…。
とっても緊張するわけですよ。
ですが、その緊張が良い方向に働きました。
いつもはやや出しすぎてしまうスピードも抑え気味になりましたし、
いつも以上に慎重にS字やクランクを回れたので
なかなかいい感じで運転することが出来ました。
その結果軽々と実技試験の方は合格となりました。
こうなると問題はその後の学科です。
ここ二週間くらいは学科の勉強はしておりません。
そのため実技以上に緊張して学科に臨みましたが、
あっさりと合格点以上を取ることが出来、
仮免許証を獲得することが出来ました。
なんつうか、ちょっと拍子抜けするくらいでしたが、
まぁ、まずはめでたしめでたしといったところです。


三月十八日

早速仮免許証の交付を受けに教習所へ。
所詮仮だとはいえ、免許証をもらえるというのは嬉しいもんです。
そしてほぼ三週間ぶりになる学科を受けてきたんですが、
まぁとっても眠たい…。
こんなに学科って眠かったんだと、再認識しました。


三月十九日

今日も学科を受けてて来たわけですが、
あんまり眠たかったもんで一時間だけ受けて帰ってしまいました。
本当は二時間受けるつもりだったんですが…。
余りよくない傾向です。


三月二十日

はじめての路上教習の日でした。
正直無茶苦茶緊張しましたし、
走り終わってからも何をやっていたのか分かりませんでした。
やっぱり他にも交通があるというのは違います。
それに、いきなり結構細い道を走らされるんで、
かなり神経を使いました。
ですが、無事帰ってこれたんでよしとします。


三月二十一日

今日はイトマンマスターズの日。
この大会は近畿一円のイトマンスイミングスクールの
成人コース在籍者のうち18歳以上の人に参加資格があります。
つまり、20代の人もいれば、60を越えた人もいるわけです。
そのため、レースは基本的に年代別に行う、
記録認定も年代ごとに区切って行うなど様々な工夫がなされています。
とは言っても、どこのマスターズでもやっていることなんで、
実際にはそれほど特別な工夫ではないんですが…。
私は25m×4メドレーリレーと25m×4フリーリレーの二つのリレーと
50m自由形、50mバタフライの計四種目に出ることになってました。
ところが、プログラムを見て仰天です。
メドレーリレー、50m自由形、50mバラフライの競技順が近接してるんです。
順番にプログラムナンバー2,4,6なんです。
プログラムナンバー奇数は原則的に女性の種目なんで、
男性種目では三種目連続です。
ペース配分をどうしたらいいもんだかさっぱり分かりません。
その上、フリーリレーは最後の種目なもんだから、
バタフライ終了後4時間くらい出番がありません。
その間一体何をしてればいいのやら…。
結局、はじめの三種目はさんざんなタイムしか出ませんでした。
ですが、空き時間を利用して入念にアップをしまくった最後のフリーリレーでは
25mの自己新記録を出せたんで、よしとはします。
しかし、80歳を越して200m個人メドレーを泳いでいた女性には感服しました。
しかも結構速いし…。
50歳台まで50mで30秒台をキープできたらなぁという夢が出来ました。
大会の後はコーチも合流して飲み会。
酎ハイを中ジョッキで三杯しか飲んでないので、
飲酒量としては大したことなかったんですが、
これでもかというくらい食べました。
最後に一言。
緑茶ハイは非常にまずいです。


三月二十二日

今日は夜から徹カラ。
猫の家に集合だったのですが、
途中京阪で寝過ごしてしまいみんなに非常に迷惑をかけました。
まずはラーメンを食べた後、一時猫の家で休憩。
それから焼鳥屋でちょっとだけ飲んでカラオケへという流れだったんですが、
三連休の中日な上に卒業シーズンと言うことで、
異常なまでに混んでました。
結局カラオケは三軒たらい回しにあった上、
二部屋とれたうちの一部屋はなんか妙に狭い、という具合で、
部屋運的には全くついていませんでした。
それでも歌い始めれば気にはならないもんで。
ボイスチェンジャーで遊ぶなど結構楽しんで歌いました。
まぁ、最後の方はTと原点回帰と称して
アニソンばっかり歌っていたらみんながいなくなってましたが。
後、きちんと「The・美学」を二部屋どちらでも披露したのに、
Iが不満げだったのが納得行きませんでした。


三月二十三日

徹カラ開けの恒例行事、猫の家でのごろ寝の後、
家に帰る途中にsofmap京都によりました。
なんのためかって?
シスプリ2受け取りのためです。
思いのほか小さかったんですが、
やっぱりポスターは邪魔です。
鞄があまり大きくないから確実にはみ出してしまいます。
結局ツノだしで家に帰りました。

追記。
魔が差してUJ買ったらBASTARD!!のポスター入ってたんでλにあげます。


三月二十四日

今日は二回目の路上教習。
一回目と比べると少しなれてきたし、
土地勘のある道だったので大分楽でした。
ですが、家に帰ってから少々おかしい。
頭の後ろあたりに鈍い痛みが続くのです。
念のためにと思って熱を測ってみると
なんと、37.4度ありました。
昨日のごろ寝がきいて風邪をひいたようです。
そのため、十一時過ぎにとっとと寝ることにしました。


三月二十五日

十一時半過ぎまで寝て、起床。
起きたら非常にすっきりしており、
昨日の頭痛など遠い昔のようでした。
風邪になったら栄養をとってすぐに寝るという
当たり前の処方がよく効くというということを改めて実感しました。
それはともかく、今日は前期の専門の時間割を取りに行ってきました。
まぁ、基礎細胞学が午後に入るという話は聞いてましたが、
六月から午後全部専門だとは聞いてない!!
週四回、組織学の講義と実習をやるようです。
私は一回の間に教養の必要単位を確保した(予定)のでいいのですが、
二回生も使ってゆっくりとろうという人は辛いでしょうね…。
午前中しかとれませんし、週二は語学ですから。
まぁ、五限も取れるんでやれんことはないですけどね。


三月二十六日

今日は三回目の路上教習。
ええ加減慣れてこないといけないんでしょうが、
慣れないものは慣れません。
特に車間距離の感覚が分かりませんし、
追い越し、車線変更の際の確認合図はややこしいです。
なかなか車線変更で入れそうになかったんで減速したら注意されましたしね…。
考えてみれば、所内の三回目の運転もかなりわけ分からないでやってたんだから、
まだいまいち感覚がつかめないのも当然だと、
勝手に納得しておくことにします。


三月二十七日

今日は特に何もない一日でした。
強いて言うなら、学科を受けに行ったことくらいですか。
世界がどんなに混乱しようと
身近に何も起こらなければ平和だと思ってしまうもんです。
そう考えれば、昔の世界はずっと平和だったのかも知れません。
大局的に見れば至る所で争いごとが起こっていたとしても、
一人一人の人間の世界の認識がびっくりするぐらい狭かったんですから。


三月二十八日

プロ野球の開幕ですが、
阪神は負けるし、巨人は勝つわであんまり気分良くありません。
まったく、よりによって吉見に打たれるなよ、井川…。


三月二十九日

今日は田舎から祖父母が二組出てきまして
(とは言っても片方は奈良在住ですが…)
弟の合格祝賀会が催されました。
会場も親戚の店だったもんで、非常にお安くあがりましたが、
九人前の鍋で食べているのは実質五人弱相当。
祖父母連は特に食べてませんでした。
おかげで吐きそうになるまで食べることになりました。
いや、新年会以来ですよ、こんなに食ったの。
ですが、サービスで出してくればヒラメの刺身、非常においしゅうございました。
縁側をはじめて食べましたが、非常に甘かったです。


三月三十日

今日は妹の誕生日です。
とは言っても、別段プレゼントをあげるとかそういうことはしません。
妹はここ数日の間、やたらと友人からプレゼントを貰ってましたけどね。
で、今日も夕飯を食べてる最中近所に住む妹の友達が来たわけです。
当然プレゼントを持ってきたわけですが、
その中に入っていたのは、
カカオウェハースのでかい袋…
うちの妹は確かにお菓子が大好きですよ。
でももうちょっとなんかあると思うんですが、どうなんでしょう?
妹本人が喜んでるんで良いんですけどね。


三月三十一日

今日は夜から原付講習。
原付自体には乗る気はないのですが、必須らしいので。
正直運動神経の配線がどこかおかしい私なんで、
結構苦労することになるだろうなぁと思ってたんですが、
あにはからんや、意外と簡単。
最初スピードに慣れるのに少し時間がかかりましたが、
後はもうほとんど自転車。
楽勝ですね。
問題は、ウィンカーの付け消しが面倒なことくらい。
手軽で便利な乗り物だということは良く分かりました。
でも多分乗りません。
家の近所では徒歩で足りるし、
大学近辺は自転車で足りるんで…。


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