【チャーミー石川】

 時計を見ると午前一時を回ったところ。
 仕事が終わってから、安倍さんと保田さんに、食事に誘われて。よっすぃ〜はさっさと帰っちゃうし。
 今からじゃ、明日香ちゃんに電話もできないよ。
 …メールしとこう。朝、見てくれるよね。
 明日香ちゃんを思い浮かべながら、短い文章に思いを込めて……送信。

「あれ? 明日香ちゃん、起きてるんだ」
 すぐにメールの返信が届いた。
『メール、ありがとう。……私、梨華ちゃんのこと、大好きだよ。梨華ちゃんは?』
 読んで胸がドキドキした。
 何もないのに、明日香ちゃんから『大好きだよ』なんて……初めてじゃないかな?
 嬉しい反面、どうしちゃったんだろうって不安になる。

 だから…電話しちゃった。
「…もしもし…明日香ちゃん?」
『…うん……ごめんね……』
 何で謝るの?
「どうしたの?…何かあった?」
 電話の向こうからため息が聞こえる。
『梨華ちゃん…私…梨華ちゃんに余計な気をつかわせちゃってる?』
「そんなこと…そんなことないよ!」
『そっか……なら、いいんだ……』

「どうしたの? 今日の明日香ちゃん、ちょっとおかしいよ?」
『…あのさ。きょう、よしざ………ごめん。何でもない』
 え、何? 今…吉澤って…言わなかった?
「明日香ちゃん、何かあったんじゃないの? ねえ、ちゃんと言ってよ」
『本当に何でもないよ。信じて……あ、梨華ちゃん、明日も早いでしょ。じゃ、またメールか電話するから』
 声はさっきより明るかったけど。
 明日香ちゃん、何か…無理してない?
「…うん……絶対だよ?」
『うん。おやすみ』
「…おやすみなさい」

 今日の明日香ちゃん、絶対おかしかった。
 それに、さっきの『よしざ…』って、よっすぃ〜のことじゃ……。
 もしかして…よっすぃ〜が明日香ちゃんにまで……。
 ドンドン、ドンドン嫌な想像がふくらんじゃって、でも、明日香ちゃんは『信じて』って言ったし……。
 本当に信じていいんだよね?
 ベッドに入って、一生懸命に明日香ちゃんの笑顔を思い浮かべようとしたのに……明日香ちゃんは全然笑ってくれなかった。
 その日の寝付きは、最悪だった。

「おはようございま〜す」
 翌朝、収録スタジオに入ってあいさつをしながら、よっすぃ〜を捜す。
 昨日の明日香ちゃんの様子が変だった原因に、よっすぃ〜が関わりあるのか確かめないと落ち着けなかったから。

「あ、梨華ちゃん、おはよう」
「…よっすぃ〜、おはよう」
 ものすごくすっきり爽やかな顔をしたよっすぃ〜。
 あれこれ思い悩んで寝付かれなかった私は、何となくうらやましくなっちゃって。
 そんなこと思ってるうちに、よっすぃ〜の方から先に尋ねられた。
「梨華ちゃん、明日香さんから聞いてくれた?」
 何? 何のこと?
 それに……「明日香さん」って…前は「福田さん」だったのに。

「…別に何にも聞いてないけど……」
「あれ? そう……」
 ちょっと首をかしげて、「ふうん…そっかあ……」とかつぶやいてる。
 本当に何なのよ?!
「……会ったの?」
「え?…ん〜っと……明日香さんが何も言ってないんだったら、私からは言えることはないんだよね」
 何、その思わせぶりなセリフは!

「ねえ、よっすぃ〜…明日香ちゃんに何かしたんじゃないでしょうね?」
 柄にもなく凄んでみたつもりなんだけど……。
「いや…私からはちょっと……明日香さんから聞いた方がいいよ」
 ニヤニヤ笑ってる。
 そんな顔されたら、いくら私だってムカツクの!
 昨日の明日香ちゃんの様子がおかしかったのは、よっすぃ〜のせい。そうに決まってる!
 でも……明日香ちゃんは、何もないよって言ってくれたし……信じたいよ。

「へえ……ずいぶん迷ってるね……明日香さん、あんまり信用ないんだ…」
 私の顔を見ながら、よっすぃ〜がこんなひどいことを言う。
「そ、そんなことないよ! 私、明日香ちゃんのこと……」
「だったら明日香さんに聞いてみればいいじゃない」
「……うん……」
 何だか、よっすぃ〜にのせられてるような気がするけど……。

 言われなくたって、よっすぃ〜なんかより、明日香ちゃんの方を私は信じるんだから!
 にらむ私のことなんか気がつかないみたいに、よっすぃ〜は時間を確認したりしてる。
「もうリハーサル始まるよ」
なんて言って……。

 余裕の表情が、何だか憎らしい。
 よっすぃ〜は、さっさと楽屋から出て行こうとして、振り返って言った。
「あ、明日香さんに聞くときに、吉澤が『昨日はありがとうございました』って言ってたって伝えてね」
 その笑顔は、すぐにドアの向こうへと消えていった。
 私には、よっすぃ〜が何を考えてるのかまったくわからなかった。

 その日のよっすぃ〜は、ずっとご機嫌で……私はずっとへこんでた。
 よっすぃ〜と明日香ちゃんの間に、何があったのか不安で、でも私は明日香ちゃんを信じていて……。
 信じているのに不安でいる自分が、明日香ちゃんを裏切っているような気がして。
 漠然と、明日香ちゃんを失ってしまいそうな思いにとらわれて……怖かった。

 だから、仕事の合間に明日香ちゃんにメールをいっぱい送った。
 でも一番聞きたいことは書けなくて……。
 我慢して、我慢して……それも仕事が終わるまでだった。
 スタジオを出た途端に、指が勝手に動いてた。

『仕事終わったよ。明日香ちゃんに会いたいなあ☆☆梨華☆☆』
 すぐに明日香ちゃんからの返事が届いた。
『私は出られないんだ。家に来る? 明日香』
 勢い込んで、『今から行く!』って返事を送りながら、駅に走っていった。

 一刻も早く、明日香ちゃんに会いたくて、会いたくて……。
 電車に乗っても、寂しくて、切なくて……。
 少ないなりにも乗っている人々は、まったく目に入って来なかった。
 明日香ちゃんだけが私のすべて。
 自分だけだと、まったく何かが欠けていた。
 不完全で、不安定な存在。
 明日香ちゃんが傍にいないと、「私」は「私」でいられなかった。

 だから、玄関のドアを開けて明日香ちゃんが出てきたときには、私はもう泣いていた。
 わけもない不安から解放された安堵感。
 明日香ちゃんに頼りっぱなしの自分の情けなさ。
 グチャグチャした思いが、私の体をめぐって……。
 それでもそこに、ただ明日香ちゃんがいてくれることが嬉しかったから。
 声もなく明日香ちゃんに抱きついて、ただ涙を流してた。

 明日香ちゃんは何も言わず、しばらくそのままでいてくれた。
 そのうち、私の背中に手を回して軽く抱きしめて、
「梨華ちゃん…」
って呼びかけて……。
 お互いに腕を相手に回したままで、見つめ合った。

 私はまだ涙を流していて、明日香ちゃんはそれをじっと見てた。
 明日香ちゃんの瞳も潤んでた。
 そして…そして……。
「泣かないで……」
 明日香ちゃんがポソッと言って、涙が伝う私の頬に、そっとキスをしてくれた。
「梨華ちゃん、泣かないで……」
 もう一度言って……柔らかく唇を合わせてくれた。

 おぼれてた。
 おぼれて、必死になってすがりついてた。
 漂う私を抱き返して、優しく包んでくれた。
 嬉しくて、嬉しくて……。
 何度も、何度も叫んだ。名前を呼んだ。
「明日香ちゃん!」
「…明日香ちゃ〜ん!」

 退いては寄せる大波小波。
 赤ちゃんのように胸に顔をうずめ、幼い子が砂場で遊ぶように指を潜り込ませ、だだっ子のように何度も何度も求めた。
 口をついて求める内容で、その純粋な頃には戻れないことを告白しながら。

 陶酔してベッドに横たわる私。
 荒い息。
 快感の余韻に震える身体。
 その私を守るように抱いて添い寝する明日香ちゃん。
 私を見る瞳は優しくて、それでいて冷静で……寂しそうだった。

「明日香ちゃん……」
 私の声は、明日香ちゃんの柔らかい肌に吸い込まれる。
「ん?」
「…昨日……よっすぃ〜に…会ったの?」
 明日香ちゃんの胸が大きくふくらんで…そしてゆっくりと戻っていく。
「……うん………」
 聞きたくない気持ちも強かった……でも、それ以上に聞きたい気持ちが大きかった。
「何が…あったの?」

「ヨ*ザ*サ*ニ『*カ**ン*ワ*レ*ク*サ*』ッ*イ*レ*……」
 え?
 一瞬、明日香ちゃんの言った言葉がわからなかった。
 声が音声として、頭の中をグルグル回ってる。
「ヨシザワサンニ『リカチャントワカレテクダサイ』ッテイワレタ……」
 何?
「よしざわさんに『梨華ちゃんとわかれてください』っていわれた……」
 どういう意味?
「吉澤さんに『梨華ちゃんと別れてください』って言われた……」
 明日香ちゃんと…私が…別れる……。
 言葉が意味を持って……私の心を撃った。

 条件反射のように、ブワッと目に涙がたまる。
 大声で叫びそうになった。
「いや〜〜〜っ!!!!!」
って。
 でも、それよりも早く、明日香ちゃんの腕に力がこもって、
「大丈夫。絶対、そんなことしない……梨華ちゃんを離したりしないから。ね?」
 耳からしみ込む声が、叫び声を溶かした。
 それでも涙までは止められずに、私の頬と明日香ちゃんの肌を濡らした。

 涙が止まるまで泣き続けて……明日香ちゃんは、ずっと抱いていてくれた。
「……よっすぃ〜は……何で…明日香ちゃんに、そんなこと……」
 やっと落ち着いて、私はそう尋ねた。
「…梨華ちゃんにとって、私は重すぎるからって……このままだと…梨華ちゃんが押しつぶされちゃうからって……」
 何を勝手なこと言ってんのよ!
 よっすぃ〜に対して、そんな言葉をぶつけながらも、明日香ちゃんが何かを躊躇っているように感じる。

「…明日香ちゃん…全部…話して……よっすぃ〜…ほかにどんなこと…言ったの?」
 明日香ちゃんの胸が、一回、二回……六回目。
「……ごめん。これ以上は、もうちょっと待ってほしい……」
「明日香ちゃん!」
 必死ですがりついていた。
「ごめん…でも、もうちょっとだけ……もうちょっとだけ私に考えさせて……そうしたら、絶対、梨華ちゃんに話すから……絶対……」

 聞きたかった。
 明日香ちゃんが、何を心に仕舞っているのか。
 同じ悩みを私も共有したかった。
 隠しごとをされているようでイヤだった。不安だった。
 でも…私は明日香ちゃんを信じることに決めたから……。
「…絶対だよ?……」
「うん…絶対……」
 きっと、明日香ちゃんは私を守るために黙ってる。
 それで考えてるの。戦ってくれてるんだよ。
 だから…私は私なりに、その不安と戦うことにした。

 よっすぃ〜が一体、何を考えてるのか?
 私も探ってみようと思った。
 直接よっすぃ〜に聞く……のは怖いから、ごっちんに聞いてみよう。

 よっすぃ〜とつき合うなんて、かなりきつそう。
 あの時だって私、このままおかしくなっちゃうんじゃないかって、本気で思ったもん。
 身体がいくつ有っても足りないよね。
 あの二人が、どんなつき合い方をしてるのか、正直言って興味があるよ。

 だから次の日、楽屋でごっちんと二人きりになったのを見計らって、声をかけた。
「ごっちんさあ…よっすぃ〜と……あの〜……つ、つき合ってるんでしょ?」
 私は聞かれたらマズイみたいにヒソヒソ声で聞いたのに、ごっちんは相変わらずアッケラカン。
「そうだよお」
 何だか聞かれて嬉しそうだし。

「…よっすぃ〜って……どう?」
 ものすごく曖昧な質問。
「やさしいよ。とっても」
 ごっちんは満面の笑みで、まるでハートマークが見えそうな感じ。
 …何か予想してたのと違うような……。

「そ、それでさあ……その〜……もう…しちゃったりなんかしたり…する?」
 もう私の顔は燃えちゃいそうに熱い。
 普通はいきなりこんなこと聞くもんじゃないよね。
 でも、よっすぃ〜の実態を知るためには、どうしてもこっちの方向に踏み込まないとね。

 私と同じように、ごっちんも真っ赤。
 やっぱり……すごく激しかったりするのかな?
「…うん…ついこの間…初めて……」
 ついこの間? 初めて?
 これは意外だ……。
 よっすぃ〜のことだから、いきなり深い関係になっちゃったりしたのかと思ったのに。

「…梨華ちゃんも…福田さんとつき合ってるんでしょ?」
「……知ってたの?」
 ごっちんにまで知られてたなんて。
「うん。この間のOFFのとき、よっすぃ〜と一緒に、梨華ちゃんと明日香ちゃんがデートしてるの見ちゃった」
 ……そう…だったのね……。
「梨華ちゃんたちも…その……しちゃったの?」
 え?…私たちのこと?
 …確かに、私と明日香ちゃんは深い関係だけど……よっすぃ〜ほどじゃ……。

「そう……キス…しちゃったの?」
 キス?!
「ちょっと待って、ごっちん…しちゃったのって……キスのこと?」
「…そうだよお。梨華ちゃんと福田さんも、しちゃったの?」
「…うん……」
 ウソでしょ?
 よっすぃ〜、ごっちんには、まだキスしかしてないの?
 どういうこと?

 ほかにいろいろ聞いてみても、ごっちんとよっすぃ〜の交際は実に清らか、さわやかなもので……私は何が何だかわからなくなってきて……。
 それでも確かなのは、ごっちんは本当に大事にされてるってこと。
 よっすぃ〜は、ごっちんにとっては理想的な騎士(ナイト)みたい。
「よっすぃ〜と一緒なら、どんなときでも安心だよ」
 ごっちんの笑顔は間違いなく本物だね。
 でも…じゃあ、私が見たよっすぃ〜って一体……。

 ごっちんののろけ話を延々と聞いていると、ドアを開けてよっすぃ〜が入ってきた。
 仲良さげに話してる私たちを見て、明らかにムッとした表情。
「ごっちん!」
 呼びかけながら、わざわざ私とごっちんの間を横切って、ごっちんの隣のイスに座る。
「ねえねえ。ベーグルのおいしい店、また新しいの見つけたんだ。一緒に行かない?」
「よっすぃ〜、ホントにベーグル好きだねえ…いいよ。どこにあるの?」
「あのね……」
 もうすっかり私は蚊帳の外。
 肩をすくめたりなんかして、楽屋を出る。

 そしたらドアを出たところで、よっすぃ〜が追いついてきた。
 振り返る間もなく、ゾクゾクッと耳元から首・背筋へ走り抜ける強制的な快感。
「…っぁ…くぅ……」
 人影のない廊下で身もだえてる自分が…悲しい。
「…もし、ごっちんを巻き込もうなんて考えてるなら…………」
 言葉の代わりに、指が私の心に釘を刺す。
「はぁっ…ん……ぃあ……」
 懸命に首を振ると、フッと背後の気配が遠ざかって、ガチャッとドアの閉まる音がした。
 身体を走り抜けた感覚のおぞましさを感じながら、ドアを見つめて……。
 気がついたら、腕に鳥肌が立っていた。

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