【焼き銀杏】

 昨日からずっと考えてた。
 ずっと…ず〜っと考えてた。
 私と梨華ちゃん……このままつき合ってていいんだろうか…って。

 女同士だからとか、そんなことはもうどうでも良くなってたけど、梨華ちゃんにとって、私にとって、今の関係はプラスなのか……。
 ある意味、私の場合は個人的な恋愛ってことで、好きだって気持ちだけで十分だ。
 でも、梨華ちゃんは違う。
 国民的アイドル・グループの一員なんだから……。

 梨華ちゃんが私のことを好きでいてくれることは、素直に嬉しい。
 だけど、周囲は、マスコミは、ファンはどう思うだろうか。
 特にマスコミにとって、格好の餌食だろう。
 普通の恋愛でさえタブーなのに……面白おかしく騒ぎ立てて、賞味期限が切れたらポイッと捨てられる。

 もしそうなったら……梨華ちゃんの芸能人としての生命は絶たれてしまう。
 梨華ちゃんの夢の道が閉ざされる。
 そういう意味で、「私」という存在は、梨華ちゃんにとって常に爆弾だ。
 爆発を回避するためには……爆弾そのものを処理するしかない。
 そう。「私」を処分するのが、梨華ちゃんにとって一番安全な道……。

 でも……昨日の梨華ちゃんの姿を見ていると、「別れ」が、梨華ちゃんを壊してしまうことになりそうで……。
 どれだけ傷つけることになるのか怖くなる。
 そこまで考えて、私は自嘲的に笑う。
 本当は、自分が傷つくことが、梨華ちゃんを失うことが、怖いだけかも知れない……って。

 不意にポロポロッと涙がこぼれる。
 頭は必死にブレーキをかけてる…けど……。
「…や…だ……やだよ…別れたく…ないよ……梨華ちゃんと一緒に…いたいよ……」
 思いはさらに加速して……もうどうにも止められなかった。

 涙でよく見えないけど、手探りで取り出した。
 梨華ちゃんとおそろの星型のピアス。
 このピアスは私たち二人の状態そのままだ。
 黄色と空色。
 片方ずつを取り替えたとき、心の半分も一緒に交換した。
 だからもう…一人には戻れないよ。

 携帯の留守電に入れたメッセージの返事。
「この間のホテルの同じ部屋で待ってます」
 吉澤さんに伝える答えは、やっぱり一つしかない。
 とても大事なことだから……電話じゃなく、直接話さなきゃ。
 私はまた、梨華ちゃんには伝えずに、吉澤さんに会いに出かけた。
 高笑いの幻聴が聞こえたあの部屋に……。

「福田さん…お待ちしてました。どうぞ」
 廊下の角部屋に招き入れられたのは、前回とほぼ同じ午前一時前。
 前回と同じように、二つのベッドに腰掛けて向かい合う。
「考えて…くれたんですよね?」
 吉澤さんは笑顔で尋ねてきた。

「うん……すごくたくさん…考えたよ」
「…それで?」
 興味津々といった瞳が、私を見つめている。
「結論から言うと…梨華ちゃんとは、やっぱり別れられない。ううん。別れちゃいけないと思った……」
「……梨華ちゃん…ダメになっちゃいますよ?」
「ダメになんかならないよ…ダメになんかしない。梨華ちゃんと私なら…乗り越えてみせるよ」

 それは「私」が梨華ちゃんにとって爆弾であることを否定するものじゃなく……どんな犠牲を払っても…例え私が最もやりたくない「過去を切り売りする」ことになってでも…何としてでも梨華ちゃんだけは守る。
 そんな私なりの決意表明だった。

 吉澤さんは冷たい笑いを浮かべていた。
「……それは…『愛』…ってやつですか?」
 茶化すように言う。
 私は無言でそれを肯定する。
「はぁ〜あ……『愛』ね……明日香さんなら、もっと面白い答えをしてくれると思ったんだけどなあ……」
 面白い?
 何を言ってるの?

「愛、愛、愛……『愛してるよ』なんて、みんなが言葉遊びみたいに簡単に言うけど……『愛』って一体なんなんだ?!」
 私を馬鹿にするような、大げさなしゃべり方。
 でも、その言葉の端々に、苛立ちのようなものを感じた。
 「愛」って何なのか。
 そんなことにすぐに答えられるはずもなく、私は黙り込んでいた。

「明日香さん……」
 吉澤さんは、視線を下から上へと流す。
 私の膝丈のスカートから顔に視線が移って……。
「…私の『愛』も……受け取ってくださいっ!」
 嫌な予感がしていたけど、それでも避けることはできなかった。
 ベッドにそのまま押し倒され、組み敷かれる。
「やっ!…吉澤さん……やめて!」
 手足をバタつかせ、抱きすくめる腕から何とか逃れようとするけど、体格も体力も違う吉澤さんを振り払うことなど出来なかった。

 それでも何とか引き離そうと、腕を身体の間に差し入れて、吉澤さんを押し返そうとする。
 そんな私の抵抗が、一瞬にして硬直する。
「ガッ!……」
 空気の固まりを、そのままのどから押し出すような声。
 下半身から走り抜けた激痛に、ビクンッと大きく一度痙攣を起こして……。

「濡れてなくても、なんとか入るもんですね」
 私のあそこに、中指をねじ込んだ吉澤さんが、平然と言葉を吐く。
 激痛のために動くことも出来ず、ただそこに横たわる私。
 たくし上げられたスカート。
 ショーツのなかで、微妙に蠢く指。
 涙が、痛みと混乱を必死に覆い隠そうと、無駄な努力をしていた。

「明日香ちゃん、私の『愛』はどんな感じかな?」
 明らかに馬鹿にした口調。
「…っぁ……ぬい…抜いて……」
 苦痛に喘ぐだけで精いっぱい。
 今考えると、梨華ちゃんにバージンを奪われたときなんて、十分、愛にあふれていたと思う。
 痛みが最も少ないような状況にしてくれていたから。
 今の状況は、そんな配慮なんて皆無だった。

「そう……」
 やれやれといった感じで肩をすくめる吉澤さん。
 無造作に指を抜こうとする。
「っは…ぐっ……い…痛いよ!…やめて!」
 指と一緒に周囲や内臓まで引きずり出されそうな鈍い痛み。
「抜いてって言ったの、明日香ちゃんでしょ。ホントにワガママなんだから……」
 好き勝手な言葉なんて上の空。
 そこにもう一つの心臓が出来たみたいに、ドクンドクンと脈打つ感じ。
 鈍痛とともに血がそこだけに集まっているような気がする。

「ふ〜ん…こりゃ、濡れないと抜けないかもね…早く感じちゃってよね」
 そう言って、闇雲に愛撫を始める。
 そこら中にキスマークをつけ、指を這わせ、撫でさする。
 こんな状況で痛み以外の何を感じろって言うのか。
 ただ一点から生じる痛みのほかは、何も私に影響を与えなかった。

「…ダメだ…ねえ、全然感じないわけ?」
「あんたなんか……」
 かすれた私の声を聞くために、顔を寄せてくる。
「何?」
「あんたなんか…誰も愛することなんて出来ないでしょ……」
 力ない私の強がりに、それまで冷静だった表情が一変、カッと怒りの形相に。
 一気に指を引き抜いて、その手で私の頬を平手打ちする。
 それに反撃する余裕もなく、両手で頬よりもっと痛む個所を押さえて丸くうずくまっているだけ。

「早く出ていってよね……グズグズしてると、そのまま外に放り出しちゃうから……」
 それ以上情けない姿を見せたくなくて、必死に身支度を整える。
 足を引きずるように歩いてドアに向かう。
「私は……梨華ちゃんへの愛を貫いて見せるわ……」
 捨て台詞なんて私らしくないけど、それでも言わずにはいられなかった。
「そう簡単にいくかなあ……楽しみに見させてもらいますよ」
 吉澤さんの言葉を背に受けながら、ドアから出る。
「…私は私なりに愛してみせる……」
 そんな最後に聞こえてきた言葉は、私の鼓膜を振るわせたけど、心には届かなかった。

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