【チャーミー石川】

『あ、梨華ちゃん? 私。遅くにごめんね』
 よっすぃ〜の明るい声が耳に飛びこんでくる。
 さっきまで何回も明日香ちゃんと連絡をとろうとして、ずっと話中だった。
 そのうちにウトウトしてて……。
 明日香ちゃんかと思って急いで出たら、よっすぃ〜だった。

「…何?」
 私は、途端に不機嫌な声を出してしまう。
『明日香ちゃんじゃなくて残念だった?』
 その言い方がまたムカツクッ!
「だから何?」
 大げさなため息のあと、ガツンと来た。

『その明日香ちゃん、お返ししたから後よろしくね』
 明日香ちゃんが!
「あんた明日香ちゃんに何したの?!」
 もう私の声は悲鳴だった。
『やるべきこと』
 平然としたよっすぃ〜の声が憎らしい。

 声を失った私にかまわず、相変わらず明るく話しつづける。
『明日香ちゃんって肌きれいだねえ。いっぱいキスマークつけちゃったよ』
「なっ!………」
『最後まで、私の指をキュッと締め付けて離してくれなかったし』
「ウソだよっ!」
 ピッと電話を切って、耳を押さえて泣いた。

 また電話が鳴って、しぶしぶとった。
『急に切っちゃわないでよ〜。ま、梨華ちゃんは明日香ちゃんの方を信じるんでしょ?』
「……そうだよ……」
『じゃ、明日香ちゃんから聞いてね……とにかく可愛かったよ。涙流して震えちゃっ……』
 ピッてまた切って、急いで明日香ちゃんに電話をかける。
 明日香ちゃん…明日香ちゃん……。

 電話のコール音だけが響いて……。
 明日香ちゃん、出てよ。電話に出てくれないと、心が…心が通じないよ。
 あきらめ切れずに、ひたすら電話を握り締める。

 突然コール音が途絶えた。
「もしもし! 明日香ちゃん?!」
『……梨華…ちゃん?』
 明日香ちゃんの声の向こうから、大きな車の通り過ぎるブォ〜ンッて音が聞こえてくる。
「明日香ちゃん、今、どこ?」
『ここ?…どこ…だろう……』
「明日香ちゃん?!」
『大丈夫。方向は…こっちで合ってるから……ちゃんと家には帰れるよ……』

 言ってる内容はいつものように冷静。
 だから余計に、声の虚ろさを感じて、私の胸がギュ〜ッと締め付けられる。
『梨華ちゃん……梨華ちゃんを襲ったのって…吉澤さんだったんだね……』
「ごめん! 明日香ちゃんにもっと早く言ってれば…こんなことにならなかったのに……」
 明日香ちゃんを信じてないわけじゃなかったのに、何となく、よっすぃ〜の名前を出しそびれちゃったのが、こんなことになるなんて……。

「ホントにごめん!…私の…私のせいだね」
『…梨華ちゃんのせいじゃないよ…梨華ちゃんは…悪くない………でも…やっぱり言ってほしかった…もっと私を…信じてほしかったよ…だから…今日はもう……ごめんね……』
「明日香ちゃんっ!」
 電話がプツッと切れて……かけ直したら、電源が切られてた。
 胸から這い上がってくる喪失感を認めたくなくて……何度も、何度もかけ直して……やっぱり電話はつながってくれなかった。

 必死だった。
 明日香ちゃんを失いたくなかった。
 自分一人じゃ何をしたらいいのかもわからなかったから、とにかく電話をかけた。
 こんな時に明日香ちゃん以外で相談できる人は、私には一人しかいない。

「もしもし! 寝てました?」
『…もしもし、石川?…もちろん寝てたよ』
 そういう言い方をするから怖いと思われちゃうんですよ、保田さん。
 言葉には出さずに、ツッコミを入れる。

「すいません…でも、どうしても急ぎでご相談しなきゃいけないことがあって……」
『もう…どうしたの?』
 こんな時、保田さんは面倒くさそうにするけど、それでも必ず相談に乗ってくれる。

 私が、明日香ちゃんとつき合ってることを話すと、保田さんは本当にビックリしていた。
『明日香が?! あんたと?!……明日香…どうしちゃったんだろう……』
 保田さん……その驚き方はあんまりです〜!

『で? ケンカでもしちゃったわけ?』
 やれやれといった雰囲気の保田さん。
 何て言ったらいいんだろう……。ケンカしたわけじゃないし。
 ただ…明日香ちゃんの心が、私から遠ざかった。そう私が感じたってだけで……。

「よっすぃ〜が……」
 初めに注意してくれた保田さんだから、このことだけは伝えた方がいいと思った。
『吉澤が?! どうしたの?』
 スッと保田さんが警戒感を示したのが電話越しでも分かった。

 ボソボソ話す私の話を、無言で最後まで聞いてくれて……。
『…やっぱり吉澤が……』
 何か告げ口したみたいで嫌な気持ちだった。
「でも…ごっちんには本当に優しかったです。私から見ても……」
 だから、そう言ったのは、告げ口のお詫びみたいなもので……。

『ふ〜ん…あの子も、わっかんないんだよねえ』
 保田さんも、よっすぃ〜が何を考えてるのかまでは、わからないみたい。
 そうだよね。
 ともかく今の私には、よっすぃ〜のことより明日香ちゃんの方が問題だった。

 すぐに許してもらえるかどうかはわからないけど、会いたかった。ただ、会って話したかった。
 保田さんは、ちょっと感心したような顔をしてた。
『あんた…意外に健気なとこがあるんだね』
 だから保田さん……「意外に」って失礼じゃありません?
『明日香のこと……相談してみるかな』

 相談? 誰にですか?
 そっか! 中澤さんですね。
『裕ちゃんよりも、あの子の方が適任だと思うんだよね……自他共に認める「明日香のお姉ちゃん」だから』
 誰です? ねえ、保田さん。
 お姉ちゃんって…明日香ちゃんに、そんな近い関係の人がいるんですか? 誰ですか?
『……石川…あんた、ちょっと怖いって……』

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