【焼き銀杏】

 自室でグッタリしてた。
 ホテルから家まで、歩いて帰ったんだから当然か。
 もう朝日も昇っちゃってるし。
 ……梨華ちゃんからの電話。
 本当は会いに行きたかったよ。

 でも……「梨華ちゃんへの愛を貫いてみせる」なんて言っちゃって。
 自分の身さえ守れない私が、そんなこと言ったって、何の説得力もないよね……。
 情けないったら……梨華ちゃんに甘えてちゃいけないんだ。
 そう自分に言い聞かせた。

 時計を見たら七時半。
 ふと気づいて、電源を切りっぱなしだった携帯電話に手を伸ばす。
 電源を入れて、机の上に置こうとしたら、突然鳴った。
 液晶パネルには、懐かしいあの子の愛称が表示されてた。
 一瞬迷って、「通話」ボタンを押す。

『もしもしぃ? 明日香? 久しぶりぃ〜元気だった?』
「…うん……何とかね……相変わらず忙しそうだけど、なっちは大丈夫?」
『な〜んも。なっちは、いっつも元気バリバリさぁ』
「そっか……相変わらず、イモ全開ってか」
『なぁっ! ひっど〜い。イモ言うな!』
 すごく自然に二人で笑った。

 なっち。
 不思議な人だよね。
 第一印象は優等生。でも違ってた。
 感情むき出しで、笑って泣いて怒って……。
 私と正反対だった。

 なんでか知らないけど、最初っから私のこと気に入ってくれてたみたいだし。
 東京出てきたばかりのころは、道案内代わりに買い物につき合わされたり。
 何かあると、すぐに「明日香」「明日香」って。
 ちょっとうざったくて、それでも嬉しかった。
 何か…そう……お姉ちゃん…みたいだった。

『今日、午後から仕事に出るんだけどさ、それまでに料理でもしよっかなって……一人じゃなんだからさ、明日香、食べに来ないかい?』
 そんな風に、なっちに誘われて出掛けて行った。
 家にいても、嫌なことばっかり考えちゃうし……。
 はっきり言って、現実逃避っぽい感じだった。

 なっちの家に着いたら、もうテーブルの上に料理が並んでた。
「相変わらず家庭料理しか作んないんだね…全っ然っアイドルっぽくないんだけど……」
 肉じゃがにおみそ汁、ひじき……。
 別にいいんだけどさあ、こう…もうちょっと、パスタとかさあ……。

「なあに言ってるかなぁ、こういうのが身体にいいんだって」
「はいはい…なっち、また訛ってるよ」
「訛ってる言うな!」
 昔とちっとも変わらない会話に、安心して心の底から笑えた。嬉しかった。

「明日香……梨華ちゃんとつき合ってるんだって?」
「え?」
 思わずなっちを見つめちゃった。
 きっと私の目、まん丸だったと思う。
「…あ…その…つまり……」
 ちゃんと答えられなかった。

 別に梨華ちゃんだからってことじゃなくて、相手が誰でも、なっちにそういうことを知られるのが…恥ずかしかったんだ。
 気まずいよ。
 何て言うか……デートしてる途中で、偶然、家族にバッタリ出会っちゃった感じ……。
 悪いことしてるわけじゃないのに、「やばいっ!」って思っちゃうんだよね。
 何でだろう……。

 なっち、ため息なんてついちゃってる。
「明日香もおっきくなっちゃったんだねぇ……」
 いや…そんなに幼くもなかったと思うんだけど……。
「それも、相手がよりにもよって梨華ちゃんだなんて……」
 それはちょっと失礼って言うか、梨華ちゃんのどこが悪いの。
 少しムッとした。

「あ、ちょっと怒った? ね? 怒った?」
 興味津々って目で笑ってる。
 あんたは子どもか!
 ふんっ!だ。答えてなんかあげないんだから。
 プイッと横を向く。

「…だったらさぁ……何で電話に出てあげないの? 話し合わないの?」
 息が止まりそうだった。
 なっち……昨日の夜のことも知ってるの?
「詳しくは知らないよ…でも、梨華ちゃん、どうしたらいいかわからなくなって、圭ちゃんに相談してきたって……梨華ちゃん……泣いてたって……」

「…ウソ……」
 泣いてた?…梨華ちゃんが?……どうしよう……。
 私が勝手に強がって、梨華ちゃんに迷惑かけたくなくて、全部、自分一人で解決したくて……梨華ちゃんにつらい思いをさせちゃった。
 泣き出しそうな私を見て、なっちは言った。

「ウソ」
 はあっ?!
「梨華ちゃんが泣いてたっていうのはウソだよ」
「なぁっちぃっ!」
 首を絞めそうな勢いで詰め寄る。
「怒るくらいなら、梨華ちゃんのところに行ってあげな」
 私よりもっと、なっちの方が怒ってた。
「今から梨華ちゃんのところに行ってあげなよ」

 そうだよね。その方がいいよね……。
 わかってるんだぁ、そんなこと。でも…でもなんだよ。
「…今さら泣き言なんて言って、梨華ちゃん…私のこと嫌いになったりしないかな?」
「なぁに言ってるかなぁ……」
「だって!…だってさ…私が…そんな自分…嫌いだもん……」
 うなだれる私を見て、大仰にため息をつく。
 それから何かを言おうとして……突然、電話が鳴った。

「もしも〜し…うん、なっちだよ…うん…うん…えぇ〜!…まだダメだよぉ……」
 チラッと私の方を見る。
 誰から? もしかして……。
「マジでぇ?!…しょうがないなぁ……うん、わかった…うん…それじゃあねぇ」
 受話器を置いたなっちが、意味ありげにほほ笑みながら、私に聞いてきた。
「電話、誰からだったと思う?」
 まさか! 梨華ちゃん? でも…切っちゃった……うそ〜! 謝れたかもしれないのに……。

 ニヤニヤしてるなっちが恨めしくて、わざと違う答え を返した。
「け…圭ちゃん…かな」
「当ったり〜!」
 何だよ〜!
 気をもたせといてさぁ…なっちの意地悪〜!!

 にらみつける私に対して、なっちは平然としたもの。
「圭ちゃんがね、貸したままのDVD、早く返せ!って」
 そんなこと、私の知ったことか!
「明日香、これ返してきてよ」
 ハイッとDVDを手渡される。
「何で私が……」
 文句を言う私の顔の前でパシッと手を合わせる。
「お願い!…だってさぁ、今日、なっちと圭ちゃん、別々の仕事だし……もうそろそろ出ないといけないしさぁ…人助けだと思って…ね? お願い!」

 今度は、私がため息。
 人助け…ねえ……。
「…いいけど……圭ちゃんの家に持っていけばいいの?」
「うん。ありがとね!」
 …なっちのこの笑顔に、私は弱いんだよね。
 さっさとなっちは奥の部屋。出掛ける準備を済ませる。
 一緒に部屋を出て、駅まで歩いた。

「あっ、そうだ」
 それぞれのホームに別れるときに、今思い出したって感じで話し出した。
 なっち…ちょっとわざとらしいぞ。
「圭ちゃんのところに、梨華ちゃんも来てるらしいから」
 えっ?…えぇ〜っ!!
「じゃっ! 頑張ってね〜」

「ちょっ…なっち!」
 混乱する私に、ビッと指さして言った。
「あくまで人助けだから」
 それだけ言うと、なっちはホームの階段を走って上っていった。
 ……やられた……。

 ドアの前に立ってた。
 五分くらい前からずっと。
 やっぱ入れないよ……。
 だってさあ…何て言ったらいいか…。
 まあ……
「ごめん…」
って言うしかないんだけどさ……。
 面と向かって言うとなると…勇気がいるよ。

 ガンッ。
 いったあ〜!
「明日香? ドアの前で何してんの?」
 圭ちゃん…急にドア開けないでよ……。
「大丈夫でしょ。手加減したんだから」
 おでこを押さえて涙ぐんでるのなんか全然気にした様子もない。
 ん? 手加減?!
 圭ちゃん、今のわざとやったの?
 ……ひでえ〜……。

「石川には出来ないだろうから、代わりにお仕置きをね」
 いや、お仕置きって……。
「そんなこといいから、早く!」
 二の腕をつかまれて、部屋に引き込まれる。
 そこには…梨華ちゃんが立ってて……抱きつかれた。
 なっちのウソつき。
 梨華ちゃん、やっぱり泣いてるじゃない。

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