【チャーミー石川】

 明日香ちゃんだ!…明日香ちゃん…明日香ちゃん…明日香ちゃん……
「明日香…ちゃん…明日香ちゃ〜ん!」
 心で思ったことが、そのまま言葉に出た。
「…梨華ちゃん…ごめ…むぐっ?!」

 明日香ちゃんが何か言おうとしたみたいだけど、構わずキス。
 もう絶対に離さないんだから。
 柔らかい…温かい……。
 泣きながら必死に明日香ちゃんを感じた。
 よっすぃ〜になんか…よっすぃ〜になんか絶対!

 パシッ!
 いった〜い!
「いい加減にしないさいよ」
 保田さん、叩くなんてひどいじゃないですか〜。
「あのねえ…ひとん家で熱烈なキスなんてしないの!」
 呆れ顔の保田さん。

 でも…ちょっと顔が赤くないですか?
「うっさいわね! 明日香も困ってるでしょ」
「…梨華ちゃん…は…話をしようよ……」
 明日香ちゃん…可愛い……保田さんと違って。
 パシッ!
 いった〜い!
 だから保田さん、叩かないでくださいよ〜。
「さっさと座りなさいったら!」

 明日香ちゃんの話はすごく簡潔で、一言で言えば「よっすぃ〜と話してたら急に押し倒された」……それだけだった。
 でも、私にはその光景が何となく浮かんできた。
 自分の時とオーバーラップする感じで……。

 ただただ快感に身を委ねてしまう自分の弱さへの絶望感。
 奥深くで蠢く指に抗うことの出来ない悔しさ、屈辱感。
 呼吸すら、その指の動きの支配下に置かれて、自分が自分でなくなる恐怖感。
 一人取り残されて、ベッドで天井を見上げたあの日を思い出して、肌が粟立つのを止められなかった。

 その間も淡々と話す明日香ちゃんだけど、余計に痛々しいよ……。
 私なんか……涙が止まらないのに。
「こら。石川の方が泣いてどうすんのよ」
 保田さんに小突かれた。
「明日香のお荷物になりたいわけじゃないでしょ?…ただでさえ頼りないんだから、泣いてちゃ明日香と一緒に歩けないぞ」

 保田さんに言われて、必死に涙を堪える。
「あ、それで思い出した…石川、なっちから伝言があったんだよ」
 安倍さんから?
 何だろ?
「『明日、大学イモ作って来い』って」
 大学イモ?
「あ、私も食べたいな……」
て明日香ちゃん。
 大学イモが好きなの?

「『なっちが、味見してあげる』ってさ」
 保田さん、何でニヤニヤしてるんですか?
「頑張んなよ。すごい小姑がついちゃったから、大変になるよ」
 小姑?!
「『明日香に相応しくなかったら、すぐに別れさせる』ってさ。元気いっぱいだったよ」
 そ…そんなあ……。

「頑張ってくれたまえ、石川君。ま、そんなことはいいんだけどさ……」
「全然よくないです〜!」
 新たな二人の危機じゃないですか!
「石川が頑張ればすむことでしょうが。……ったく、狼狽えるんじゃないの!」
 保田さんにとっては、そりゃ、大したことじゃないかもしれないけど……。

「大丈夫、大丈夫。梨華ちゃん、料理上手だったじゃん」
 明日香ちゃんが、そういうなら……うん、大丈夫かも。
「そうかもね。私、頑張る!」
「…単純な子ね……」
 ポジティブ!

「そんなことより石川、もう仕事に出ないと間に合わなくなっちゃうよ」
「え? もうですか? いやです、もっと明日香ちゃんと……」
 パシッ!
 あ痛っ!
 だから保田さん、叩かないでくださいよ。

「仕事第一!」
「私は明日香ちゃん第一です」
 パシッ!
 いった〜い!
 保田さん、今、本気で叩いたでしょ?

「ちゃんと仕事しない奴は、明日香とつき合う資格なんてないわ!」
 そ…そんなあ……。
「…分かりましたよ〜」
 小姑……安倍さんだけじゃなかった。
 前途多難…ね……。

「明日香ちゃ〜ん……一緒に…行こう?」
 な〜んて言って、おねだりしてみたり。
「え?!……そんなわけには…いかないよ」
 がっかり。
 …やっぱり……ダメかなあ?……。

「いいじゃん。たまには楽屋に顔見せに来なよ」
 保田さんから、思わぬ援護射撃。
「ねえ、そうしようよ〜、明日香ちゃん。お願い…お願いだから……」
「今日だけ特別にさ。ね? この子にちゃんと仕事してもらわないと困るからさ。頼むよ、明日香」
 ああ! 神さま、保田様。
 大好きです、保田さん!……明日香ちゃんの次の次の…次ぐらいに。

「それに……」
 じっと考え込んでる明日香ちゃんに、保田さんが話しかける。
「明日香はともかく、石川は現役メンバーなんだし、二人のこと、正式にあいさつがあってもいいんじゃない?……少なくとも圭織と矢口にはさ……」
 保田さんは、「どう?」って感じで、明日香ちゃんの返事を待ってる。

「…でも……恥ずかしいです〜」
「石川は黙ってな」
 何でえ?
 私も当事者なのに〜!
「味方は…多い方がいい…かもね」
「明日香なら分かってくれると思ったよ」
 保田さんはニッコリ笑ってる。

「味方って何ですか〜?」
 保田さん、何で私の顔見てため息ついてるんですか〜?
「…石川……あんたは、明日香のことを信じてたらいいの!」
 それなら自信ありますよ!
「……明日香…呉々もよろしくね」
 …だから保田さん。何でため息つくんですか〜?

 保田さんがタクシーを呼んで、三人で乗り込む。
 何も言わずに助手席に座る保田さんに、もう一度感謝!
「明日香ちゃん…」
 手をつないで後部座席に二人で座る。

 明日香ちゃんの手は、ちょっとひんやり冷たくて、でもだんだん温かくなって……。
 この温かさ、明日香ちゃんの?
 それとも…私の?
 きっと、二人の、だよね?

 そんなことを思いながら、明日香ちゃんの横顔を見つめてる。
 何か考え込んでるみたい。
 …綺麗……。
 明日香ちゃんは窓の外に目をやって、ふと気づいたみたいにこっちを見て……私の視線を受け止めてニコッて笑った。

 ダメだ……何か…何でか、急にウルッてしちゃうよ。
 明日香ちゃんの顔が、ユラユラッて……。
 でも明日香ちゃん…そんなに心配そうな顔しなくていいんだよ。
 幸せだから…明日香ちゃんが隣にいて、幸せ過ぎるから…だから、これは嬉し涙で……。

 つないだ手を、明日香ちゃんがギュッて握り返してくれる。
 ありがとう…明日香ちゃん……。
 私、頑張るから……ね?
 口には出さずに、一生懸命に笑った。
 安心したみたいに明日香ちゃんも笑って……二人でほほ笑んでた。

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