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【焼き銀杏】
「へ?!……」
「うっそ……」
圭織と矢口はそう言って固まっちゃった。
圭ちゃんに連れられて楽屋に行って……圭織と矢口に、梨華ちゃんとつき合ってるってことを伝えた。
そしたら…こんな反応だった。
まあ、無理もないけど。
「何で石川…なの?」
あんた達もそんなこと言うのかっ!
隣の梨華ちゃんの表情が強張るのがわかった。
だからつい二人をにらんじゃう。
「圭織…リーダーだよね?」
「へ?…あ…うん……」
目をパチクリしてる。
「リーダーがメンバーのこと、そんな風に言ってていいわけ?」
「え?…うんと……でも…裕ちゃんも……」
何だか大きな体を縮こませながら答えてる。
「裕ちゃんは裕ちゃん。今のリーダーは圭織でしょ? で、圭織はそれでいいと思ってるわけ?」
「…えと…その……ごめんなさい………」
ふむ。よろしい。
久方ぶりにお説教もいいもんだ。
「じゃ、そういうことだから、よろしくね。行こう、梨華ちゃん」
「え?…あ…うん」
手を差し出すと、嬉しそうにつないでくる。
やっぱ可愛いよ……こんな梨華ちゃんのどこが悪い!
なっちや圭ちゃんにも言われて、ちょっと頭に来てたんだよね。
まあ…あの二人には言い返せなかったけど……。
これでスッキリした。
圭織にはちょっと悪かったかもしれないけど……。
「……明日香…変わらないね」
ドアの前まで来た時に、部屋の奥の方で矢口が圭織に話しかけてるのが聞こえてきた。
「圭織…ヒサブリに明日香に会ったのに…お説教された……」
「…ま、これで梨華ちゃんも、もうちょっとしっかりしてくれるかもよ?」
「……そしたらさあ……圭織、石川にもお説教されるようになるのかな?」
………圭織も相変わらずだね。
「なんでやねん!」
矢口…そのツッコミは違うんじゃない?
心の中だけで何も言わずに、梨華ちゃんと手をつないだまま部屋を出た。
ドアを出たら、廊下の向こうから「あいつ」が歩いてきてた。
昨夜のことが脳裏をよぎって……表情が強張るのが自分でも分かった。
梨華ちゃんも、私の表情や視線に気づいて、腕をギュッとつかむ。
「明日香ちゃん……」
「…大丈夫だから……」
そっとつぶやいてる間に、「あいつ」と後藤さんが目の前に立っていた。
「おはようございま〜す」
「おはようございます」
先に挨拶してくれたのは後藤さん。
「…こんにちは、福田さん」
「……こんにちは」
余裕の笑顔で「あいつ」―吉澤―が声をかけてくる。
それにしてもムカツク。
私がもう芸能界とは無縁だってことを、殊更強調するように「こんにちは」だ。
よそ者が何しに来たの?ってことか……。
「梨華ちゃん、きょうは明日香さんと一緒なんだあ。いいなあ……」
後藤さんが、私と梨華ちゃんを交互に見ながらニコニコ笑ってる。
「ごっちんだって、よっすぃ〜と一緒じゃん」
梨華ちゃんと後藤さんが、楽しげに会話をする間も、私とあいつは探り合うような目で見ているだけ。
「エヘヘ〜。お昼、一緒に食べてきたんだあ。ねえ、よっすぃ〜?」
「…うん」
ちょっとビックリした。
吉澤が、後藤さんを見る目の優しさに。
こいつもあんな目をするんだ……。
私を見つめた、あの冷たい目との違いに戸惑いを感じて、ますます、こいつのことが分からなくなってた。
「…でも…やっぱりちょっと、うらやましいなあ……」
後藤さんの視線は私と梨華ちゃんがつないだ手に注がれて……。
「明日香さん、頼りになりそうだもんね」
「え、よっすぃ〜だって守ってくれそうで頼りがいありそうじゃない」
梨華ちゃんがそう言うと、プクッと頬をふくらませる。
「でも……私がせがまないと、手、つないでくれないもん……」
手もつながない?
あまりに意外で、私は梨華ちゃんと目を見合わせた。
そのまま視線は吉澤の方に。
「手…手なんてつながなくても…一緒にいられればいいじゃん…それだけで…幸せだから……」
(なんてクサイことを……)
私はそう思ったけど、後藤さんは違ったみたい。
「そ…そうだね……」
すごく嬉しそうで……私は(知らぬが仏とはこのことか)と思ったけどさ。
でもその一方で、吉澤のその言葉が本気だとも感じた。
何なんだろうね…こいつは。
誰かのイメージが重なるようで……浮かんできたのは梨華ちゃんの顔だった。
違う、違う!!
何でこんな奴と梨華ちゃんが……。
慌てて、そのイメージを消し去った。
「もう…恥ずかしいから早く行こうよ!」
吉澤が言いながら後藤さんの背中を押す。
「え? せっかくお話ししてるのに……梨華ちゃん、また後でね」
「あ、うん。後で」
二人は楽屋に入っていって…吉澤は、最後にこっちをにらんでた。
私は(負けるか!)って、にらみ返してやった。
その後、私達は屋上に出た。
梨華ちゃんが、行きたいって言うから。
「…ねえ…梨華ちゃん……やっぱ暑いよ……」
午後の太陽が屋上のコンクリートを焼いていた。
何とか日陰を見つけて逃げ込んでたけど、それでも暑かった。
「ごめんね……二人きりになりたかったから……」
ほとんど体温に近い熱風が、梨華ちゃんの髪をなびかせて……見つめる梨華ちゃんの目が……私を求めていた。
この目で見つめられると、もう私は何も言えない。何も出来ない。
「…明日香ちゃんが…ここに本当にいるのか確かめたいの……」
梨華ちゃんの顔が近づいてくるのに合わせて、ちょっと上を向いて目を閉じて……唇を通じて一つになる。
閉じたまぶたを通して、濃い肌色の光が網膜を刺激する。
梨華ちゃんの好きなピンクに、二人おそろのピアスの梨華ちゃんが選んだ黄色を混ぜたら、きっとこの色になる。
それは今、私が生きている証となる色だ。
私の唇をついばむようなキスは、梨華ちゃんが生きている証。
私、梨華ちゃんの唇、柔らかくて好き。
だから、私からキスをやめることも出来ない。
かと言って、私の方からそれ以上は何も出来ないんだけど……。
上下の唇の合わせ目に沿って、す〜っと梨華ちゃんの舌がなぞる。
「開け〜ごま!」
何の抵抗もなく私の唇は開いて、簡単に侵入を許してしまう。
でも、それでいいんだ。
だって、梨華ちゃんは私へのフリーパスを持っているから。
滑らかに触れ合って、私の「今」を確かめてる梨華ちゃんに、完全に身を任せて……もう足元が不確かだった。
そっと唇が離れて……途端に心細くなった。
「明日香ちゃん…ちゃんといたね……私の傍に……」
その梨華ちゃんの言葉で、急に嬉しくなった。
振り返ったそこに、求めていた母さんの笑顔を見つけた時みたいに……。
だから、子どもが母親に抱きつくみたいに、ギュッてした。
梨華ちゃんも私をギュッてしてくれて……抱き合って、暑かったけど…温かかった。
ジワッて汗が出て、接着剤みたいに、交差する腕と腕、頬と頬がピタッとくっつく。
それがまた嬉しくて、背中の方から胸の奥へキュ〜ッと切なくなる感じで……。
「…降りよっか」
「……うん……」
名残惜しくても最高に幸せな気分で、また手をつないで歩いた。
……あいつを見るまでは。
下へ通じる階段のドアを開けて、あいつは立ってた。
「へえ…お暑いことで……」
手をパタパタさせて、ヘラヘラ笑ってた。
視線に毒をたっぷり含ませて。
「梨華ちゃん、そろそろ衣装に着替えないと間に合わないってさ」
「…ありがとう……」
躊躇いがちにお礼を言う梨華ちゃんの手を引いて、私は吉澤を無視して階段を下りようとする。
「ねえ……二人とも不潔なんだから、ごっちんに近寄らないでよね」
すぐ後ろから吐き捨てるように言い放つ。
「不潔って、何言ってんのさ!」
無視できずに喚いちゃった。
「不潔がイヤなら、汚れてる……」
「汚れてなんかないよ!」
数段下りたところから、にらみつける。
「汚れてるよ…あんた達は汚れた関係だよ」
逆光を背負って、吉澤も敵意をむき出しに私達を見下ろしてた。
「キス…セックス…あんた達は、肉体でしか、欲望でしか、つながってない汚れた関係なんだよ」
「違う!!」
一段一段下りてくる吉澤に、噛みつくような言葉を浴びせて……私たちを抜き去ろうとする直前に、平手を飛ばした。
バシッ!
腕と腕がぶつかって、悔しいけど私の手は吉澤の顔には届かなかった。
そのまま反対に腕をひねられて、私の方が壁に押しつけられる。
苦痛よりも屈辱感が私を支配して……それでも負けたくなくて……。
「私達が汚れてるなら、あんたは何なのさ?!」
その言葉は吉澤に届いて、どこかを直撃したみたい。
急激に吉澤の表情が変わっていく。殺されるんじゃないかと怯えが走るほどに殺気を帯びて……。
「やめてっ!」
それまで真っ青な顔をして無言だった梨華ちゃんが、必死で私をかばってくれた。
静寂が時をせき止めて……。
再び流れ出したときには、吉澤は意外に力なく私の腕を離して言った。
「……私は…あんた達にむかついたから……もっと汚してやったんだ……」
それは何だか自嘲的で……急に吉澤がしぼんだように感じられた。
私達に背を向けて階段を下りていく。
「そんなの……」
背中があんまりにも寂しそうだったから、言うのが躊躇われた。
それでも言ってしまったのは……何故だろう。
「そんなの……あんただって汚れてるじゃない」
一瞬、足を止めて……すぐにまた歩き出す。
「……そうかもね……」
聞こえるか聞こえないか…たった一言を残して、あいつは去った。
「明日香ちゃん…大丈夫?」
無言で肯く。
悔しくて声も出なかった。
その上、混乱してた……あいつが最後に見せた姿に。
あいつも寂しいんだ…何で?
何かがおかしい。
どうしようもなく吉澤のことが頭に渦巻いて……消しても消しても、梨華ちゃんとイメージがダブっていった。
どこが? 何で?
分からない……分からないよ。
黙りこむ私を見つめて、梨華ちゃんがそっと手をつないでくれた。
「行こう、明日香ちゃん」
コクンと肯く。
そのまま階段を降りて、楽屋へと戻る。
丁度、衣装に着替え終わったメンバーがドアから出るところだった。
圭織や矢口、圭ちゃん、後藤、それから…吉澤も。
「石川、急いでね」
「は、はい!」
圭織にそう答えてから、心配そうに私を見る。相変わらず無言で、うつむいてる私を……。
吉澤の視線も感じる。
でも、私は吉澤の顔を見ることが出来なかった。
どんな目で見られてるのか……怖くて。
「私…行くね?」
梨華ちゃんは急いで着替えて、それでも私に優しく声をかけてくれた。
「ん……」
なのに私はそんな返事しか出来なかった。
言葉にすらなってない。
心配そうに梨華ちゃんが出ていって、私は楽屋で一人になった。
いろんな吉澤が浮かんでは消えていった。
人を見下すような冷たい笑い。
反対に穏やかな温かい笑顔。
ゾクッとするような妖艶な表情。
苛立ち。怒り。
そして…さっき見た寂しげな背中。
でも、当たり前だけど、吉澤は吉澤で。
さっきから感じてる梨華ちゃんと重なるイメージは、そのどれでもなくて。
だから余計に混乱して、でも、そこに答えがあるような気がして、必死で考え続けた。
楽屋で一人ポツンと座って、そのことだけを考え続けてた。
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