【チャーミー石川】

 入り口で立ち尽くす私を見て、
「中、入れば?」
って……。
 余裕のよっすぃ〜。
 ビクついてる私。
 その状況がムカツクの。

 明日香ちゃんにあんなヒドイことしたくせに、堂々としすぎ!
 その思いが私を冷静にさせて、一度深呼吸してツカツカッて近づいて、よっすぃ〜の目の前のイスに座った。
 落ち着いてよく見たら、よっすぃ〜、何だか疲れてるみたい。
「…どうしたの?」
 ビクッて感じで私の方を見て……。
「……べ…別に……」
 声まで力がない。
 何? 何なの?

「ごっちんと…ケンカでもした?」
 そう尋ねたら、元気が抜けちゃった様子で首を振る。
「ホントに? だって、よっすぃ〜全然、元気ないじゃん」
 重ねて聞くと、苛立ったようにつぶやく。
「……ケンカなんか出来ないよ」

 よっすぃ〜……何でそんなに、ごっちんに対して腫れ物をさわるみたいなの?
「ケンカぐらい…するでしょう?……ホントに好きなら…好きだからこそ、本当の自分をぶつけられるんじゃないの?」
 私の言葉が、よっすぃ〜の敏感な部分に触れたみたい。
「私は、ごっちんのこと本当に好きだよ!……でも…駄目なんだ……」
 高ぶった感情が、よっすぃ〜の目を燃えるような怒りに染めて……その視線を受けた私は、でも、恐怖以上に悲しい気持ちになった。

 私の視線に含まれた感情は、隠し切れずによっすぃ〜に届いて……怒りを退かせるだけでなく、たじろがせたみたい。
 急に私から視線をそらせて、口をつぐんで……。
 今日のよっすぃ〜は感情の起伏が激しいね。
 ふてぶてしいほどに落ち着いてて、憎らしいほどに冷たい目で私を見る、あのよっすぃ〜じゃない。

 …考えてみれば、新メンバーとして一緒に加入してから、よっすぃ〜にあんな怖い面があるなんて感じたことなかった。
 最近急に見せつけられた怖いよっすぃ〜……前からあんな目で私を見てたのかな?
 それとも……明日香ちゃんとつき合い始めたことと関係があるのかな?
 う〜〜……分からないよ……。

「ねぇ、よっすぃ〜……何で…私と明日香ちゃんのこと…いじめるの?」
 思い切って聞いてみた。
 言葉にしてから、前みたいに悪意に満ちた返事が飛んでくるかと身を固くしたけど……。
「…目触りなんだよ……」
 つぶやくような答えが返ってきただけだった。
 ウンザリって感じでため息をついて、
「…お互いに汚し合ってるくせに、『好きだ』とか、『愛してる』なんて……軽々しく言ってほしくないんだよね」

 前にもよっすぃ〜に言われたけど…やっぱり納得できないよ。
「『汚し合ってる』って言うけど…私達のどこが? 何がいけないの?…分からないよ……」
 ジッと私を睨むその目には、前ほどの鋭さはなくて……。
「……とにかく……」
 うつむくように、すぐに視線もそらして言った。
「…私は私なりに愛してみせる……」
 よっすぃ〜の言葉に、何か切実なものを感じて、私はそれ以上何も言えなかった。

 ガチャッ。
 よっすぃ〜と私、二人きりの静寂が続いていた楽屋に入ってきた人影。
「あれ? よっすぃ〜…それに梨華ちゃんも。突っ立ったままで、どうしたの?」
 入り口で不思議そうに私たちを見比べてるごっちん。
 すぐに、よっすぃ〜が元気ないことに気づいたみたい。
「どうしたの、よっすぃ〜?……梨華ちゃんにいじめられた?」
 何でそうなるの?!

「よしよし」
 言いながら、よっすぃ〜の頭をナデナデしてるし……。
 そのままの姿勢で、珍しく厳しい目で私を見る。
「梨華ちゃん、ホントに私のよっすぃ〜をいじめてない?」
「いじめてないよ!」
 心の中では、「いじめられてるのは私達の方だよ」って叫んでた。

「でも、よっすぃ〜元気ないみたい」
「私は、ごっちんとケンカでもしたのかと思ったんだけど……」
 そう言ったら、ごっちんが一瞬口ごもったのが、私にも分かった。
「……ケンカなんか…しないよ。よっすぃ〜、優しいもん」

 何かギクシャクしてる?
「き…昨日だって…うちでお泊りしたし……」
 私が黙ってるのを疑ってると思ったのか、慌てた様子でそう付け加える。
 そのとき私には見えたよ。
 ごっちんには見えなかったと思うけど。
 一瞬、よっすぃ〜が悲しそうな顔になったの……。

 何か変な感じ……そう思って、続けて聞いてみようとしたけど、
「おっはよ〜ごっざいます〜♪」
って、歌うように安倍さんが入ってきて、その後すぐに他のみんなも楽屋に集まってきたから、それまでになっちゃった。

【焼き銀杏】

 「メールが届いたよ」って、着信音が知らせてる。
 もちろん梨華ちゃんから。
「明日香ちゃん、もう会いたくなっちゃったよ〜」
 駅で別れてから、まだ1時間も経ってないじゃん。
 ちょっと呆れるけど……それ以上に可愛くって愛しい。

 続けて、
「いきなり、よっすぃ〜に会っちゃったよ。ビックリ!」
って入ってたから、一瞬ドキッてしたけど、その後の様子を読んで、ちょっと安心。
 でも…吉澤…どうしたんだろ?
 …やっぱり、後藤さんとの間で何かあったんだろうけど……。

 繰り返し吉澤の口をつく「汚れてる」って言葉。
 たぶん、「愛」とか「好き」ってことに対して、私や梨華ちゃん以上にプラトニックに感じているんだと思う。
 そりゃ、私だってキスとか……セックス…に対して、まだ多少の嫌悪感っていうか…違和感…を持ってる。
 でも、だからってキスしたから二人の「愛」まで汚れてるとは思わないよ。
 一体これまで吉澤は、どんな恋愛を経験してきたんだろう?
 圭ちゃんからの情報じゃ、かなりモテてたらしいけど……。

 それに私の感じだと、後藤さんはああ見えて、結構独占欲が強そう。
 梨華ちゃんに対して「私のよっすぃ〜をいじめてない?」とか言っちゃうところなんか、特にそう思う。
 吉澤のこと、好きなのは間違いないとして、逆に束縛しちゃうとか……。
 ま、ホントのとこは分かんないけどさ。

 梨華ちゃんからのメールを読みながら、そんな風にいろいろ考えてた。
 でも、最後の一行が目に止まって、フッて思わず表情が弛む。
「明日香ちゃん、スキ!」
 素直って言うか、無邪気って言うか……。
 そんな梨華ちゃんだから、私も……好き…なんだよね。
 自分は、そんな風には成れないけど…さ。

 さっき考えたことを返信メールとして打つ。
 吉澤と後藤さんのことを打ち終わって……さて、どうしよう。
 ちょっと迷って、最後の行を打つ。
「ありがとう。私もだよ」
って、ただそれだけ。
 ちょっとズルイ返事。
 ……やっぱり私、素直、無邪気に「好き!」って言えないよ……。
 そう思いながら、そのまま返信ボタンを押した。

【チャーミー石川】

 明日香ちゃんからのメールの返事、繰り返し繰り返し読んじゃう。
 よっすぃ〜とごっちんのこと、いろいろ考えてるんだなって感心したり。
 明日香ちゃんは、そういう風に感じてたんだねって納得したり。
 私だったら、どうなんだろうって自分に置き換えて読んでみたり……。

「梨華ちゃん」
 ごっちんが声を掛けてきた。
「メール…明日香さんから?」
 え! すごい。
「何で分かったの?」
「……だって…携帯見つめて、ずっとニコニコしてるから……」

 周りを見てみると、安倍さんや保田さん、飯田さん、矢口さん、二人のことを知ってる人達はみんな、私のこと見てニヤニヤしてた。よっすぃ〜は…どこかに席を外してるみたいで、見当たらなかったけど……。
 みんなにバレバレじゃん!
 …気がつかなかったよ……ちょっと…恥ずかしい……。

「梨華ちゃん、明日香さんと上手くいってるんだね」
「…うん……」
 照れるけど…こうやって返事が出来るのが嬉しい。
「あのさぁ…明日香さん…キス…嫌がる?」
 小声でごっちんが聞いてくる。
 突然、何だろ?
 一瞬、昨日のことを思い出しながら、私も小さな声で答える。
「…無理矢理すると怒る…けど…」
 後は首を振る。

「そっかぁ……ねぇ、聞いて良いかな?」
 この展開、何?って思いながら、それでも肯いたら、
「キス…嫌だって言われたら…『そこまで好きじゃない』…ってこと…なのかな?」
って寂しそうに……。

 あ、そうか。よっしぃ〜、ごっちんのキス、拒んじゃったんだ。
 だから、元気なかったのか……。
 でも…私、何て答えたらいいんだろ?
 よっすぃ〜のこと、前みたいに躊躇い無くフォロー出来ないよ……。
「…分かんないけど……キスが嫌いなだけかもしれないし……」
 そう言うのが精いっぱいだった。

 何か言わなきゃ…ごっちんが可愛そうだよ。
 そう思ったけど、何も言葉が出てこなくて……。
 そんなことしてる間に楽屋のドアが開いて、よっすぃ〜が帰ってきちゃった。
 楽屋の中をサッと見渡して、ごっちんが私と一緒にいるのを見て目を鋭く細めてた。
「全員そろったね。じゃ、行き先ごとに分かれて、スケジュールの確認」
 また何かよっすぃ〜に言われちゃうって思ったときに、ちょうどマネージャーさんがそう言った。

 ホッとしながら、何だかごっちんに申し訳ないような気もして……。
 気まずいままに、私、ごっちん、よっすぃ〜は、それぞれバラバラのグループに。
「梨華ちゃん、それ?」
 私が安倍さんと保田さんのところに行くと、安倍さんは目ざとく私が持ってるタッパに目を止める。
 もちろん中身は「大学イモ」。
「はい…」
「見せて」

 手を伸ばす安倍さんに、オズオズと手渡す。
 私なりには上手く出来たと思うんだけど…さっきとは違う不安だね……。
 安倍さんはパカッとふたをちょっとだけ開けて中を見て……右の眉がピクッと上がった。
 え? もうダメですか?
「あのぉ……」
 ちょっと焦って訊ねようとしたけど、
「……打ち合わせ終わってからね」
って言われた。
 な…何ですか〜?!

 出来、よくないのかな?
 もしそうならどうなっちゃうの?
 そう言えば「明日香に相応しくなかったら、すぐに別れさせる」とかって……。
 そんなのイヤだよ〜!
 どうしよう……どうしたらいいの〜!!
 マネージャーさんからスケジュールについて説明を受けながら、チラチラと安倍さんの横顔を見て……あれこれ一人で勝手に不安がってた。

【焼き銀杏】

 梨華ちゃんのマンションから帰ったら、家には誰もいなかった。
 そう言えば、弟の学校のPTAがどうとか言ってたような気がする。
 とにかく私は疲れてた。
 いろんなことが一度にあり過ぎて……。

 取りあえず仕事場に「遅れます」って電話をかけた。
 本当は当日にこんなこと言うなんて、もっての外だけど、身体が重く感じてダメだった。
「体調悪いの? だったら今日はいいから、しっかり休んで、明日からまた元気に来てよ」
「…すいません」
 優しく言ってくれるその言葉に甘えることにした。

 一気に気が抜けちゃって、ベッドに身を投げ出す。
「ふぅ〜〜……」
 家の外から車の音なんかが遠く聞こえて……急に「寂しい」って感情が胸を締め付けてきた。
 あれ? うそ…やばいよ……。
 一人でいて「寂しい」なんて、ずっと感じたことなかったのに……。
 胸の奥がキュ〜ッてして、無性に梨華ちゃんに会いたくなった。
 梨華ちゃんのメール、笑えないよね。
 そう思いながら、メールをまた読み返した。
「明日香ちゃん、もう会いたくなっちゃったよ〜」
 梨華ちゃん、私も会いたくなっちゃった……。
 ベッドの真中で丸くなって、携帯を見つめながら、ポロって涙をこぼしてた。

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