【チャーミー石川】

 スケジュール確認も終わって、安倍さん、保田さん、そして私とマネージャーさんの4人で車に乗り込む。
 これから空港まで行って、そこから一気に北海道。
 でも……そんなことより安倍さんが、私の「大学イモ」にどんな判定を下したのかってことの方が重要だった。
 ドキドキしてたら、安倍さん、例のタッパを開いて、フォークを取り出して、一つ刺して目の前でマジマジと眺め始めた。

「あの……安倍さん……」
 オズオズと話しかけた私に一言。
「表面がニチャニチャしてるね。ちょっと柔らかいって言うか、ゆるいかも……」
 え?……。
 絶句してる私の横から、保田さんが思いだしたように言った。
「そう言えば、なっちの作る大学イモ、表面の…糖蜜っていうの? 食べたらカリッて感じで、美味しいんだよね」
 そうなんですか?
 保田さん、そういうことは早く教えておいてくださいよ……。

 そんな間に、その一切れの大学イモは安倍さんのお口の中に。
「…味は美味しい……」
 やったぁ〜!
「けど……」
 けど?
「やっぱり柔らかいと思うよ。好みかもしれないけど……油の温度が低かったんだね」
 …安倍さん…私…泣いちゃいますよ?……

「ま、石川、そんなにガッカリしないで。明日香だったら『美味しいよ』って言って、喜んで食べてくれるよ」
 保田さん、慰めてくださってありがとうございます。
 安倍さんは、バッグをごそごそやって、何か取り出してた。
「梨華ちゃん、これ」
 タッパ…の中には、大学イモ。
「食べてみて」

 安倍さんの作った大学イモ。
 恐る恐る口に運んで……。
「…美味しい……」
 保田さんの言った通り、表面がコーテョングされたみたいにカリッてしてて、甘さもちょうどいいくらいで……。
 私のなんかより、断然、美味しかった。
 何でこんなに違うんだろう……。

「梨華ちゃん。また、研究して持ってきてよ。今度は上手く作れるよ、きっと」
 安倍さんの声は優しくって……。
「はい……」
 殊勝にそんな返事をしてたけど、実は心の中は「バンザ〜イ!」って。
 だって、ホントに明日香ちゃんと別れさせられるんじゃないかって思ってたから。
 考えすぎだったね。

「次は、上手く作れてなかったら、明日香と会っちゃダメってことにしようかな」
 安倍さん…何でそんなに楽しそうに言うんですか?
「またぁ…安倍さんったら……」
 冗談かと思って、そう言ったら、安倍さんの目は真剣だった。
 マジ?!……次は絶対に上手に作ってこないと…プレッシャーが重くのし掛かってきたよ。
 明日香ちゃ〜ん!
 助けて……。

【焼き銀杏】

 何か、梨華ちゃんに呼ばれたような気がして、ムクッて上体を起こす。
「…そんなわけ…ないじゃん」
 梨華ちゃんは今ごろ、ちょうど飛行機に乗ってるのかなぁ……。
 …私から、どんどん離れて行っちゃってるんだね。
 うわっ…もっと寂しくなっちゃったよ……。
 目がウルウルッてしてくるのを、手でゴシゴシってして誤魔化す。

 きっと疲れてるからだね。
 ちゃんと寝ないと。そう思ってパジャマに着替える。
 一瞬、今朝、梨華ちゃんにツンツンッてされたのを思い出して、思わず乳首を見たら……生意気に自己主張してる。
 スッて手が伸びて……指先で固くなってるのを確認して……。

 ハッ!
 私、何してるんだろ。
 駄目だ。
 やっぱり熱があるみたい。
 だって、顔も頭も熱いっす……。

 フラフラしながら着替え終わって、ベッドに潜り込む。
 目をつぶって寝ようとするんだけど、梨華ちゃんの顔が浮かんできて寝付けない。
 梨華ちゃん、無事に北海道に着いたかなぁ。
 私のこと…思い出してるかなぁ。
 そんなことが浮かんでは消えて……また涙腺が弛んできた。
 梨華ちゃん…こんな情けない私でも…良いっすか?

【チャーミー石川】

 予定通りに飛行機は空港を後にして、座席を倒して仮眠をとってる。
 安倍さんのプレッシャーを感じてる割に、何故か気持ちよく寝られちゃう私……。
 どこでもどんな状況でも寝られるって、大事なことですよね、保田さん。
 以前、保田さんが「ちょっとした時間に寝られるようにならないと、この仕事はキツイわよ!」って教えてくれたから、思わず隣の席を見たら……保田さんはもう寝てた。
 流石……教えを実践してみせてくれてる。

 私も背もたれに身を預けて、そっと目を閉じる。
 ウツラウツラしてたら、明日香ちゃんが登場。
 会いたかったの〜。
 でも明日香ちゃん、ちょっと元気ない感じ。
 だから、手を伸ばして頭をポフポフッて撫でてあげた。
 明日香ちゃんも、照れくさそうに上目遣いに笑って……。
 すっごい幸せな夢だった。

「石川、もう着くよ」
 優しく肩を揺すられて、ほわっと目を開けると……保田さんだった。
「あ…おはようございます……」
 何だかまぬけなあいさつ。
「…ちょっと、しっかりしてよ? ちゃんと目を覚まして」
 苦笑いの保田さんに、「はい」って返事したけど、さっきの明日香ちゃんの笑顔を思い出したら、また表情がゆるんじゃう。

 そしたら保田さんの手が伸びてきて、おでこをコツンッて。
「明日香のことばっかり考えてんじゃないの」
 なんで分かったんだろ?
「…寝言で『明日香ちゃん…』って言ってたよ」
 あらら…。
「すいません……」
 寝言で…恥ずかしいよ。

「ま、明日香のこと考えるのは、ほほ笑ましくっていいんだけどさ…けじめはつけなきゃ駄目だよ」
 保田さん、明日香ちゃんみたいなこと言ってる。
「明日香のことばっかりに気を取られて、もし仕事で失敗なんかしたら…明日香、悲しむよ」
「……はい……」
 一言も反論できないよ。
「ね? だから気だけは、しっかり張っときな」
 もう一度肯いて、両手でほっぺたをペチペチと叩いて気合いを入れ直した。

 そのお陰かどうか、到着して早々の夕方の番組出演では、思った以上に感触が良くって手ごたえバッチリ!
 三人とも機嫌良く夕食タイム。
 私は気持ちが大きくなって、バ〜ンッと張り込んで、ウニ丼を注文しちゃったり。
 ウニが苦手な安倍さんは嫌な顔してたけど……。
 とにかくそんなことより、楽しいお話のタネを持って、明日香ちゃんに電話できるのが一番嬉しい。
 番組中のあれもこれも伝えたいなぁ。

【焼き銀杏】

 耳元で携帯の着信音が轟いて、ビクッて目が覚める。
 抱くようにして寝てた携帯が呼んでた。
「もしもし?」
『もしもし明日香ちゃん? 私』
 梨華ちゃんだ!
 バサッと身を起こして正座。

「梨華ちゃん?」
『そうだよぉ。今、北海道から電話してるの』
 声だけなんだけど、それでも胸の辺りがあったかくなってくる。
「…梨華ちゃん…飛行機、揺れなかった?」
『うん。全然平気だったよ…寝てたしね』
 アハハッて笑い声が、私の表情を弛ませる。

『それに……明日香ちゃん、夢に出てきてくれたし……』
 私が?
 ホントに?
『すっごい励みになったよ。ありがとう、明日香ちゃん』
 私…梨華ちゃんと一緒に居れた…居れるんだね。
 ありがとう…私の方こそ、そう言いたいよ。

「…良かった…夢でも梨華ちゃんの役に立てて…私も嬉しいよ……」
 何か…ホントに涙が出てきそうだよ……。
「……私もね…梨華ちゃんのこと、いっぱい考えてたよ……」
 間違ってた…「出てきそう」じゃなくて…もう涙が出てる。
 私、いつからこんなに泣き虫になったんだろう?

『ホントに? 嬉しい…私達、離れててもずっと一緒にいるみたいだね』
「うん…ホントだね…離れてても…ずっと一緒だ……」
 見えないのに何度も肯いて……。
 その後、梨華ちゃんが番組中のこととかを、楽しそうに一生懸命話してくれた。
 だから、私もその場にいたみたいに情景が浮かんで……離れてたって寂しくないんだ。あらためて、そう思うことができた。

 時間を忘れそうだったけど、電話の向こうから圭ちゃんの声が聞こえてきた。
『石川…お楽しみ中、悪いんだけどさぁ…次の仕事に間に合わなくなっちゃうから、さっさと食べな!』
 梨華ちゃん…怒られてる……。
『明日香ちゃん、ごめん! また電話するから』
「うん。待ってるから」
『じゃね!』
「また後で」
 電話は切れたけど……私と梨華ちゃんの心の回線は、ずっとつながったまま……。
 そうだよね、梨華ちゃん?

【チャーミー石川】

 せっかくのウニ丼だったけど、大急ぎで食べた。
 それでも十分に美味しかったし、何より明日香ちゃんとあんなに楽しくお話出来たんだから大満足!
 明日香ちゃん、
「離れてても、ずっと一緒」
って言ってくれた。
 どんな言葉より嬉しいよ……。

 明日香ちゃんとコンビを組んだ私は無敵!……って思い込んでる私は、夜の番組もハイテンションで突っ走る。
 番組中は、どうして保田さんにツッコまれたのか分からないほど、私はノリノリだった。
 ……後から振り返ると、とんでもないこと口走ってたような気もする…けど……それも結果オーライ!
 安倍さんは私のこと見て、ずっと笑い通しだった。
「アハハハッ…梨華ちゃん、最高!」
 ホントに楽しそうに笑うから、私のテンションも益々高くなってった。

 逆に保田さんは、
「石川ぁ!」
とか、
「バカァ!」
とか、ずっとツッコミを入れてて、疲れちゃったみたい。
 番組が終わったら、何だかグッタリした表情で私を見つめて……、
「……石川…あんたねぇ…………ま、いいか……」
って。
 大きなため息をついて、私の肩に手を置いて言った。
「…ご苦労さん……」
「はい。保田さんもお疲れさまでした」
「……うん。ホンットに…疲れたよ……」

 終わった後のミーティングでも、あんまりにも保田さんが疲れ切ってたから、早々に切り上げてホテルへ。
 安倍さんが、
「圭ちゃん、せっかくだから集まってお話ししよう?」
って誘っても、
「ごめん…今日は早めに休ませて…明日もあるし……」
「……わかった。おやすみ〜」
 あいさつの代わりに手をちょっと上げて、辛そうに保田さんは自分の部屋に入っちゃった。

 あれ?と言うことは……。
「梨華ちゃんの部屋に行っても良い?」
 安倍さんに笑顔で言われたら……。
「はい……」
 そう言うしかない。
 嫁と小姑の二人旅……何か違うような気がしたけど、とにかくそんな言葉が浮かんできた。
 ……どうなるの?

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