【焼き銀杏】

 一眠りして、すっかり体調も戻ったし、梨華ちゃんからの電話を楽しみにしながら、洗い物の手伝いなんかしてた。
 コップとか、カチャカチャ洗いながら、ふと気づいちゃったんだよね。
 きっと梨華ちゃんは、北海道、東北での楽しい話題とお土産なんかをいっぱい持って帰ってくるよね。

 じゃあ、迎える私は?
 今のままじゃ、何にも梨華ちゃんにあげるものがない……。
 それはマズイよ……一方的に与えてもらうだけなんて、他の誰が納得しても私自身が納得しない!
 でも…どうしたら良いだろ?
 ふうむ……。

【チャーミー石川】

 目の前には帰りに買ってきたペットボトルとお菓子。
 そして…ニコニコしてる安倍さん。
 部屋のコップにジュースを注いで、お菓子の袋を開いて、それから……話すことに困る。

「梨華ちゃん……」
「はははいっ!」
 どもりまくり。
「明日香のこと…何でスキになったの?」
 え〜っと……何でって言われても……スキになった理由って言葉じゃ難しい。
「上手く…言えませんけど……私のこと…ちゃんと…真っ直ぐ見てくれるから…だと思います」

「そうかい…わかるなぁ……私もそんな感じだったから……」
「そうなんですかぁ……」
 ……って、ちょっと待って!
 「私も」って?
 もしかして…「だから私もスキ」ってこと?
 安倍さん…小姑じゃなくてライバル?!
 ライバルなの?

「あ…安倍さん、それって……」
 混乱した私が話すのよりも、安倍さんが言葉を続ける方が早かった。
「だから、ホントの妹みたいに可愛くって……」
 な、な〜んだ。「妹」かぁ……良かったぁ……。
 ……ホントに「妹」ですか?
 安倍さん、信じていいんですよね?

【焼き銀杏】

「う〜〜ん……」
 洗い物を終えて、自室で腕組みして考え込んでる。
 明後日、梨華ちゃんが帰ってきたときに、何かプレゼント買って行こう。
 それは、まあいいか。明日、仕事先からの帰りに、買いに行こう。

 でも今一番は、やっぱり「あいつ」の問題。
 これが解決できれば、梨華ちゃん、本当に喜んでくれると思うんだけど……。
 正直、「あいつ」自身の問題は、私の知ったことじゃない。
 自分で解決すればいい……と思うんだけど、一緒に仕事したことないとは言っても後輩には違いないし、梨華ちゃんにとっては同期のメンバーだし……。
 このままじゃ、やっぱりスッキリしないし、何とかしないとね。

 よしっ!
 携帯電話を取り出す。
 時間は午後九時前。
 まだ仕事の最中だろうけど……もっと話を聞いてみないと、何とも判断できないしね。
 今まで、私からは一度もかけたことのない名前を表示させて、通話ボタンを押す。
「後藤真希」
 案の定、留守番電話。
「福田明日香です。突然すいません。お話を伺いたいと思ってお電話しました。仕事が終わって落ち着かれたら、お電話いただけないでしょうか?」
 それだけ残して、電話を切った。

 今までの吉澤の言動を振り返ってみる。
 梨華ちゃんを襲い、次いで私を襲った。
 それも今考えると、自らの欲望のためではなく、私達を試すためだったような気がする。
 特に私の時は、妙に策略めいていろいろ仕掛けてきたし……。
 一時の感情的なものじゃなかったんじゃなくて、吉澤なりの思考の結果だったんだと思う。
 ……その思考は普通じゃないだろうけど……。

 不意に、以前読んだ本の中の一節が浮かんできた。
「狂気とは理性の無くなった状態ではない。理性以外何も無くなった状態である」
 確か、チェスタトンだったかな……。
 とにかく、梨華ちゃんや私を襲った吉澤には、そういう「狂気に近づいた理性」のようなものを感じる。
 それだけじゃない。
 後藤さんと接する吉澤は、自分の感情を無理やり理性で押さえ込もうとしているとしか思えない。
 吉澤が後藤さんを本気で愛しているとしても、いや、愛していればいるほど、理性が狂気を呼び起こすことになるんじゃ……。

 着信音で現実に意識が戻る。
 時間は午後十一時を回ってた。
 このメロディは梨華ちゃんじゃないな。
「もしもし? 福田です」
『…あ、もしもし…後藤です』
「疲れてるのに、お電話してもらってごめんなさい」
『いえ…大丈夫です』
 吉澤のことを一番身近で感じているのは、後藤さんのはず。
 でも…何て言い出せばいいだろう……。
 あれこれ質問が、頭の中を駆け巡ってた。

【チャーミー石川】

 ジュースを一口飲んで、眼を細めて笑う安倍さん。
「初めて明日香に会った時さぁ…すんごいメンコクってさぁ。初めてなのに、すごく懐かしい感じがしてさぁ……」
 安倍さんの視線は私に向けられてるけど、もっとずっと遠くを見てるみたい。
「何だか嬉しくなっちゃって、いろいろ話しかけたりしたんだよ。なのにさ、明日香ったら、あんなでしょ? なっちがプリクラとか見せて、いっぱい話してるのに、返事は『そうですか…』とか、『はぁ…』とかだけでさぁ、なっち、悲しくなっちゃったよ」
 そんなこと言って安倍さん、すごい楽しそうですよ?

 でも分かる。
 明日香ちゃんは、ホントに口数が少なくって、必要ないって思ったら全然お話ししてくれないんだよね。
 なのに、こっちが一方的におしゃべりしたりとか、傍にいるだけで幸せな気分になれるの。
 きっと口数が少なくっても、相手に関心がないわけじゃなくて、ちゃんと伝えたいことを感じ取ってくれるから…だから全然、冷たい感じがしないんだと思う。

 そんな私なりに感じた明日香ちゃんをお話ししたら、安倍さん、すごい嬉しそうだった。
「梨華ちゃん…明日香のこと、ちゃんと見てるんだね……」
 ホントのお姉さんみたいに、明日香ちゃんのこと、心配してるんですね。
 良かった。安倍さんに認めてもらえたみたい……。
 それに……ライバルが安倍さんだったら…ちょっと……強敵過ぎるよね。
 少なくても今の段階じゃ、私より明日香ちゃんのこと、いっぱい知ってるわけだし……。

「…あのさぁ…前から気になってたんだけど……」
 安倍さんが、ちょっと真剣な目になった。
「何ですか?」
 何だか私も緊張しちゃうよ。
「なっち、女の子同士がつき合うのってよく分からないんだけど……えっとぉ…キス…とかするの?」

 ……やばいよ。何て答えよう……。
 安倍さんの目、好奇心だけじゃなくて、どこか警戒心も感じる。
 やっぱり、「もう明日香ちゃんとはキスしました」なんて言ったら怒られるかな?
 って言うか、ホントはもっと大人な関係なわけだし……。
 もう十六歳。
 まだ十六歳……。

 えぇと…安倍さんは、明日香ちゃんのお姉さんみたいな立場なんだから……もし私が、妹のキスのこと聞いたとしたら……どうだろう?
 やっぱり、「まだ早い!」って思うかな?
 でも、相手のこと、ホントにスキなんだったら、「良かったね」って言ってあげるかな?
 う〜〜ん……分からないよ〜……。
 明日香ちゃんだったら、どう答えるかな?
 考えるのよ。明日香ちゃんになったつもりで……。

【焼き銀杏】

「あの…吉澤…さん…のこと何だけど……」
 危ない、危ない。呼び捨てにしちゃうとこだったよ。
『よっすぃ〜ですか?』
「うん……」
 私達にはともかく、後藤さんにとっては優しい大事な人みたいだから、気をつけて話さないとね。

「…梨華ちゃんがね、『最近、元気がないみたい』って心配してたから……」
 梨華ちゃん、話のダシに使ってごめんね。
 でも、ウソは言ってないはずだから、許してね。
『そう…ですか……』
「私が気にすることじゃないんだけどさ…後藤さんなら、何か気がついたことがあるんじゃないかなって……」
『……あの…ん〜…』
 何かすごく躊躇ってる感じ。

「言いにくいことあるかもしれないけどさ、私達と似たような状況だし、相談にのれることもあると思うんだよね」
『はい。ありがとうございます』
 それにしても…気になることが一つ。
「…あのさ…あのぉ…敬語…やめない?」
『え?…でも……』
「話しづらいじゃん。歳も一つしか違わないんだしさ。ね?」
『……はい』
 あのねぇ……。

「いや…だから、『はい』じゃなくてさ、『うん』って……」
『だったら…私のことも、〈後藤さん〉じゃなくて、〈ごっちん〉って呼んでくだ…呼んでね』
「え?……ごっちん?…じゃ、私は?」
『……明日香さ…ちゃん?…』
「ま、急にはね……ハハハ……」
 電話の向こうでも、ちょっと笑ってた。

【チャーミー石川】

 さっきからずっと、安倍さんの視線が私に刺さってる。
 乾いた唇がカサカサいう感じだけど、思い切って言っちゃった。
「安倍さん…あの……私達、キス…しちゃいました」
 きっと明日香ちゃんなら、キスのことは言っちゃうはず。
 だって、もっと言いにくいこともやっちゃってるから……。

「あ〜…そうなんだ。そうだよね。二人とも、スキ同士なんだしね……あはは……」
 納得したみたいな返事だけど、安倍さんの笑顔が固まってる。
 ショック与えちゃったかなぁ……。
「ごめんなさい……」
「何で謝るのさ? 変な子だねぇ…あはは……」
 動揺を誤魔化すみたいに、急にお菓子を食べだした安倍さんを見ながら、不安になっちゃうよ。

「……ねぇ、梨華ちゃん……」
「はい?」
「明日香とのキス…どんな感じだった?」
 え?……。
 見ると、何か安倍さんの目が妖しく光って……。
 怖いよ〜!
「ど…どんな…って……」
「…いや、冗談…忘れてね…あはは……」

 安倍さん…乾いた笑いが…怖いです……。
 明日香ちゃんがキスしたこと、安倍さんにとってそんなにショックだったのかぁ……。
 もしホントのことを全部伝えたら、安倍さん、どうなっちゃうだろう?
 安倍さんだけじゃなくて、自分の身にも恐ろしいことが起こりそうな……怖い考えがいっぱい浮かんで来たから、それ以上は考えるのをやめた。

 とにかく話題を変えないと。
「あ…安倍さん、『大学イモ』の作り方なんですけど……」
「え?…あぁ…口で説明してもねぇ。今度、明日香も連れて、うちに来なよ。その時に教えてあげる」
 何とか気まずい雰囲気も消えて、笑顔でそう言ってくれた。
「ホントですか? 約束ですよ?」
「うん。約束ね」
 良かったぁ……。
「その時、上手くできなかったら、二度とキスしちゃいけないことにしよう。うん!」
 ……安倍さん……キスのこと、そんなに気になりますか?

【焼き銀杏】

 後藤さん…ごっちん、ちょっと打ち解けた感じで、躊躇いながらも話し始めてくれた。
『あの…キス…なんだけど……』
「?…キス…が、どうかしたの?」
『……よっすぃ〜…キスしようとしたら、本気で嫌がって……女の子同士でキスするのって変かなぁ?』

 ふむ……。
 梨華ちゃんからも聞かされてたけど、吉澤は、本当にキスを嫌がってるんだ。
「…ホントに好きなんだから、別に変じゃないと思うけど……」
『……明日香さん達も…キス…します?』
 う……答えにくい質問を……。
「…………うん……」
 やっぱり電話でも恥ずかしいよ……。

 私が照れてるのなんか関係なく、ごっちんの声は切実で……。
『…スキになったら…スキになるほど、触れ合ってたい……だから…キスも……』
 一瞬、梨華ちゃんの唇を思い浮かべちゃった。
 それから、唇が重なってる間の一体感とか。
 私、電話越しで、何、赤くなってんだか……。
「……そうだね。分かるよ」
『よっすぃ〜は…違うのかなぁ?』
 ごっちんの声、私の胸にも切なく響いた。

 吉澤の手助けなんか、これっぽっちもしたくない。
 私がこの問題に係わってるのは、あくまで梨華ちゃんにこれ以上吉澤の魔の手が及ばないようにするためで……けどこのままじゃ、ごっちんも可哀想だよねぇ……。
「…信じてあげなよ」
『え?』
「吉澤…さん…が、ごっちんのこと大切に思ってるのは、端から見てても分かるもん。まずは、それで良くない? 駄目かな?」
『……ううん…それが一番大事……』
「だったら…信じてあげなよ」
『うん……明日香…ちゃん、ありがとう』
 いや…あの……あぁっもう!
 らしくない。らしくないよ。
 大体、他の人を励ませるほど、私は強くないんだから。
 …ま、ごっちんが元気になったみたいだから、それは良しとすることに…しようかな。

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