【チャーミー石川】

 何とか和やかな雰囲気の中で、安倍さんには自室へお引き取りいただいた感じ。
 …ホント、冷や汗が出たよ。
 こういう時は、明日香ちゃんに電話〜♪
 明日香ちゃんの声が聞けるってだけで、元気が出るよ。
 勢い込んでダイヤルする。

 ツ〜ッ…ツ〜ッ…ツ〜ッ…。
 あれ? 話中?
 いや〜ん!
 今直ぐ明日香ちゃんの声が聞きたいよ〜!
 もう! 私と明日香ちゃんの愛の時間を邪魔するのは、どこの誰?!

 ツ〜ッ…ツ〜ッ…ツ〜ッ…。
 …もう10分間、ずっと話中……。
 おかしい……明日香ちゃん、長電話キライなのに。
 ふぇ〜ん。泣いちゃいそう……。
 明日香ちゃん、誰とお話ししてるの?

 ま、まさか…まさか、まさか!
 明日香ちゃんに限って…浮気…なんて……。
 …まさか…ねぇ……。
 そんなことあるわけない!……よね?

【焼き銀杏】

 キスの話以外にも、ごっちんのことを吉澤がガラス細工を触るように、過剰なほど大切に接してるってことが分かった。
 あまりにも私の扱いと違いすぎて、怒りよりも先に呆れるばかりだ。
「……そっかぁ。ごっちん、大事にされてるじゃん」
『うん…そうなんだけど……』
 まぁ、「そうなんだけど」だよね。
 大事にするにしても度が過ぎてて、ごっちんからしたらもどかしいばかりだと思う。

「さっきも言ったけどさ、信じてあげなよ。そしたら、徐々に変わってくるかもしれないしさ」
『うん…ありがとう。すっごい気が楽になったよ』
「…いや…別に……あ、もうこんな時間。長電話してごめんね」
 照れちゃったから、慌てて話を切り上げる。
『ううん。また、話を聞いてくれる?』
「いいよ。じゃ、また」
『またね〜』

 ふぅ〜……。
 やっぱり、相談にのるなんて柄じゃない。
 疲れちゃって……。
 あれ?
 そう言えば、梨華ちゃんから電話してくれるって言ってたのに……。
 ずっと話しっぱなしだったから、梨華ちゃん、怒ってるかも。
 やっば!
 梨華ちゃ〜ん、ごめん。許してね。
 速攻で電話しなきゃ!

【チャーミー石川】

 私はすっかりネガティブ・モードに突入しちゃってて……勝手にあれこれ想像しちゃって、それがまた次の嫌な想像につながって……。
 恐怖のネガティブ・サイクルにズブズブと沈んでた。
 最初は、自分でも突飛な考えだと思ってた「明日香ちゃん浮気説」が、いつの間にか既定事実みたいになってて、私を押しつぶそうとしてた。
 明日香ちゃん…私を見捨てないで……クスン。

 そしたら明日香ちゃんから電話がかかってきて……。
「明日香ちゃ〜ん!…ふぇ…ふぇ〜ん……」
『梨華ちゃん?! ど…どうしたの?』
「浮気なんかしちゃ、いやだ〜!」
『…はぁ?……ちょっと梨華ちゃ〜ん!』
 ……明日香ちゃんと話が出来るようになるまで、10分以上は泣き続けてた。
 後から考えればバカバカしくって……明日香ちゃんをものすごく困らせちゃった。
 明日香ちゃん、ごめんなさい。

【焼き銀杏】

 …梨華ちゃん……。
 もっと自分に自信持とうよ。
「私が浮気なんかするわけないじゃん」
『そうだけどぉ……明日香ちゃんが可愛すぎるからいけないんだよ……一緒にいないと誰かに持って行かれそうなんだもん……』
 持って行かれそうって…私は物か!
 何を言ってるんだか……。
『心配なのぉ……ねぇ…私のこと、スキ?』
 もう…すぐそういうこと聞く。
 私がそういうの苦手だって知ってるくせに。

『ねぇ、明日香ちゃん…一回だけでいいから言ってよ…お願い』
 だってぇ……電話でも恥ずかしいんだよ……。
『ねぇったらぁ……明日香ちゃん?』
「……好…き……」
『え? 聞こえないよぉ』
 梨華ちゃん…わざと聞こえないフリしてるでしょ?
 意地悪……。

『私のこと、スキ?』
 梨華ちゃんの姿を思い浮かべる。
 私を見て笑ってる。どこかウサギに似てる笑い顔。
「…好きだよ……」
『私も! 私も明日香ちゃんのこと、大・大・大スキだよ!!』
 もう…梨華ちゃんたら……まぁ…そういうとこも可愛いけどさ。

【チャーミー石川】

 エヘヘ。
 明日香ちゃんに『好きだよ』って言ってもらっちゃった。
 これで明日も頑張れそう。
 やっと落ち着いて、それから今日の私の張り切りぶりとか、保田さんのツッコミ疲れのこととか…安倍さんの小姑ぶり…なんかをお話しした。

 明日香ちゃんは、『ふんふん』って感じで聞いてくれてたけど、安倍さんにキスのこと聞かれた話になると、『へぇ…』って声を出した。
『なっちもキスに興味があるんだ…ふ〜ん…ちょっと意外だなぁ』
 …明日香ちゃん、それは違うと思うよ。
 安倍さんが興味あるのは、「明日香ちゃんが」キスしたってところだと思うんだけど……。

「…安倍さん…明日香ちゃんがキスしたの…ちょっとショックだったみたいだよ」
『何で?』
 いや…何でって……。
「明日香ちゃんのお姉さんのつもりだから、妹がキスなんてって思ったんじゃないかなぁ……」
『ふ〜ん…そんなもんかな?』
 全然ピンと来ないって感じ。
 ん〜…明日香ちゃんは実際にお姉さんだから……。

「例えば…明日香ちゃん、弟さんがキス……」
『絶対駄目ぇ! まだ早い!!』
 …明日香ちゃん……小姑になってる。
 弟さんにジェラシー感じちゃった私って……。
「……でしょ? 安倍さんも同じ気持ちなんじゃないかなぁ?」
『なるほどぉ…』
「だから…ね?…それ以上のことは秘密」
『そだね。なっち、泡ふいて倒れちゃうかもしれないしね』
 泡ふいて倒れる安倍さん……う〜ん…すごいことになりそう。

【焼き銀杏】

 一通り梨華ちゃんの話を聞いて、それから私がさっきのごっちんとの話をする。
『ごっちんとお電話してたのぉ?!』
 …梨華ちゃん、心配するような内容じゃないから。
「…吉澤がごっちんに対して、すっごくデリケートな扱いしてるのは間違いないね」
『……〈ごっちん〉って…明日香ちゃん…いつから、〈ごっちん〉って呼ぶようになったの?』
 だぁっ!
 もう、梨華ちゃん…そんな細かいことでジェラシー感じないでよ!
「いつまでも敬語じゃ話しづらいからね。〈明日香ちゃん〉〈ごっちん〉って呼ぼうって……」
『イヤだぁ…〈明日香ちゃん〉って呼んでいいのは私だけ……』
 いや…そんなこと言われても……。

 もう無理矢理話を元に戻す!
「……それで…吉澤の態度に疎外感を感じちゃってるわけよ」
『…そりゃ、ごっちんは可哀想だよ…でも…でも…もう、よっすぃ〜に係わるのよそうよ…』
「こっちが係わりたくないって言ったって、どうせまた、あいつの方から何か仕掛けて来るって!」
『でもぉ……また明日香ちゃんが痛くされたりしたら、私、イヤだもん……』
「私は大丈夫。それより梨華ちゃんの方が……」
『だって明日香ちゃん……』
 ちょっとの沈黙が、すごく重かった。

【チャーミー石川】

 何か言ってよ、明日香ちゃん……。
 私…何だか…切ないよ……。
『……もう…遅いから、梨華ちゃん、寝ないと』
 え…このままじゃイヤだよ。
 このままじゃ…よっすぃ〜のことしか残らないもん。

「……キス…して」
『え?…何、梨華ちゃん…何て言ったの?』
「キスしてほしい……じゃないと…寝られないよ……」
 明日香ちゃんが…とにかく明日香ちゃんが感じたかった。
『……電話だよ?』
「それでもいいの…それでも私には届くから」
 言ってから、自分の携帯電話の通話口に、チュッて唇をつける。
『梨華ちゃん……』
 明日香ちゃんのキス、こうしたら、きっと電波になって私に届くよ。
 待ってるから……。

 無言。
 そうだよね。変なことお願いしてるのは分かってるの。
 でも……一日の最後に、明日香ちゃんを感じて眠りたい……。
『…梨華ちゃん……』
 躊躇いがちな声。
「うん…」
 きっと明日香ちゃん、眉を寄せて困った顔してるね。
 目の前にいるみたいに様子が浮かんでくるよ。

『……チュッ……』
 明日香ちゃん……。
 真っ赤な顔で、通話口を私だと思ってキスしてるんだね。
 すごい…すっごい可愛いね。
 明日香ちゃん、大スキ。
『…届いた?』
「うん…ありがとう……これでグッスリ寝れそう」
『じゃ…おやすみ』
「…おやすみなさい……」
 明日香ちゃんと私の、遠くて近い一日がやっと終わった。

【焼き銀杏】

 梨華ちゃん……。
 駄目だ…私、完全にknock downされちゃった。
 電話越しのキス…確かに梨華ちゃんの唇の温度を感じて……ゾクゾクしちゃったよ。
 さっきまでは平気だったのに…梨華ちゃんに会えないのが…寂しくて…切なくて……。

 ちょっとの間だけ、梨華ちゃんが電話を通して傍にいて……私の中にいる梨華ちゃんを呼び起こした。
 ドンドン、ドンドン溢れてきて…私を梨華ちゃんでいっぱいにする。
 なのに…なのに、どうして充たされないの?
 こんなに一人が寂しいなんて…知らなかったよ。

 頭から布団をかぶっても、なかなか寝つけない。
 梨華ちゃん…早く帰ってきて……。
 じゃないと……枕が涙でグシャグシャになっちゃいそうだよ……。

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