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【焼き銀杏】
奥の部屋に通されて、ソファに座らされた。
色は…アイボリーかな。とにかく落ち着いた感じだった。
「ちょっと待ってね。渡したいもの、持ってくるから」
紗耶香はそう言って、キッチンの方に消える。
部屋をグルッと見渡すと、ソファの向こう側にキーボードと書きかけの楽譜が見えた。
紗耶香、ちゃんと作曲の勉強してんだね。
近寄ってよく見ようと思ったら、紗耶香の足音が聞こえて……。
ドンッ!……テーブルの上には一升瓶。
「…紗耶香?!」
「はい。渡したいもの」
…って…お酒?
「イギリスに行く前に、明日香と一緒に飲んでみたいと思ってたんだよね」
「私たち未成年……」
「堅いこと言いっこなし!」
言いながら、キュッて栓を開けてガラスの盃に注ぐ。私と紗耶香の分。
「私…お酒、飲めないよ」
たぶんね……飲んだことないし。
「ホントに? 一回試してみようよ。ほら」
渡されてはみたものの……やっぱり気乗りしない。
紗耶香は…クイッて一気じゃん!
……飲めるんだぁ……。何かちょっと……美味しそう…かも……。
盃を乾してチラッとこっち見た紗耶香を、すごく大人っぽく感じて……何か…ドギマギしちゃった。
「…あ…えと…そうだ、紗耶香。曲、書いてんだね」
話をそらせるように、視線をキーボードの方に飛ばす。
「ん〜…ま、なかなか上手くいかないんだけどね」
目を細くして笑う。
自分の盃をまた満たして、口に運ぼうとして手を止めた。
視線を私からキーボードの方に動かして……
「……明日香に……」
何か言うのを躊躇ってる。
「何?」
勢いをつけるみたいに、またクイッて盃に口をつけた。それから……。
「………明日香に…また歌ってほしいな……好きな歌……」
「紗耶香……」
キーボードから私の方へと戻ってきて真っ直ぐに見詰める視線から、目をそらすことは出来なかった。
「…創りたいな…明日香が歌いたい!…って思うような曲……」
……急に涙腺がゆるくなったみたいで、目元が潤んできて……その代わりに、のどがカラカラになってた。
言葉にして応えることは、今の私には出来ないから…手にしたままだった盃を、思い切って一息に空けた。
のどを痺れるような感覚が、キュ〜ッて降りていく。
「…っふぅ〜……」
でも、思ったよりは苦くない。
それに、身体がポワッて温かくなって…何だか…良い感じ。
「おっ! 明日香もいける口じゃん」
紗耶香は嬉しそうに言いながら、すぐに盃を満たしてくれた。
自分の盃にも注いで、顔の前まで上げる。
「じゃ、あらためて。カンパ〜イ!」
「うん。カンパイ」
流石に今度はチビチビと口をつける程度で、それでも少しずつ良い気分になっていた。
昔の話とか、いろいろ話してたんだけど、紗耶香はフッて何かを思いだしたみたい。
「…あのさぁ…後藤のこと…石川から何か…聞いてない?」
紗耶香…ごっちんが吉澤と付き合ってること、知ってるのかな?
「……気になることでもあるの?」
無造作に手を髪に当てて、「ん〜…」って困った顔。
「昨日の夜さぁ…石川の家を出てから、後藤んとこ、行ってみたんだよね……」
「それで?」
「…最近、吉澤と付き合ってるって……まぁ…それはいいんだ……」
本当に? 一瞬、寂しそうに見えたけど……。
ま、深くは追求しないでおこう。
「何か…上手くいってないじゃないかなって…」
「後藤さんが、そう言ってたの?」
「ううん…話してて、そんな気がした」
なかなか鋭いじゃん。
「後藤は…何て言うか…ああ見えて中身は結構、普通の子だし……」
それは私も感じた。普通の感覚をちゃんと持ってる。
「吉澤は、基本的にはいい子だと思うんだ……」
…それにはまったく同意できない。
「でも…私の伺いしれない部分を持ってると思う」
その部分が大問題なんだよ。
「…石川は吉澤と同期だし、後藤とも仲が良いしさ…何か聞いてるんじゃないかと思ってさ」
私を見つめる紗耶香の瞳には、加入当初から変わりない、紗耶香の気弱さが見えていた。
言わない方がいいのかもしれないけど……あの目を見ちゃうと、放っておけないんだよね。
「……詳しくは知らないけど…二人の距離がなかなか縮まらない…って、後藤さんが悩んでるらしいよ」
「そっかぁ……やっぱりあれかな? 吉澤が躊躇ってるのって……過去にいろいろ遊んでたからなのかな?」
はぁ?!
「…紗耶香…吉澤のこと、知ってたんだ……」
「圭ちゃんから聞いてた」
なるほど……って、それじゃ、私に聞くことなんてないじゃん!
何だかからかわれたみたいで、私はちょっとムッとしてグイッて盃を空けた。
だけど紗耶香は、私の態度を吉澤に対する嫌悪感だと勘違いしたみたい。
「明日香…吉澤みたいな生き方…許せない?」
まぁ、確かに嫌ってるけどね。
あんな奴…許せる人なんているの?
「…全っ然、理解できないね」
「やっぱりね……明日香、自分に真っ直ぐ生きてるもんね……理解できるはずないか」
……何だよ…まるっきり子ども扱いじゃないか……。
「吉澤に『汚れてる』って言われて傷ついた?」
そんなことまで圭ちゃんに聞いてるの?!
……私と梨華ちゃんこと、どこまで聞いてるんだろう?
「そりゃあ…まぁ……」
「セックスって…汚らわしくもないけど、神聖なものでもないからね」
やっぱり私たちのことも知ってるんじゃないか。
圭ちゃん、紗耶香のことは無条件に信用してるからなぁ。
でも…紗耶香がそんなこと言うなんてさ……。
梨華ちゃんと私の場合は…愛を確認し合う大切な時間なんだから。
「明日香も、もうちょっと軽い気持ちでさ…そうだ。石川以外ともやってみる気、ない?」
「あるわけないじゃん!」
もう! 冗談でもそんなこと言うなんてさ……ブツブツ……。
ますます不機嫌。ムキになって盃を重ねていく。
そんな私に、紗耶香はガンガン注いでくる。
もう何杯目かも分からないくらい。
あれ?…何だか…フラフラしてきた…ちょっと…やばいかも……でも、何だかいい気分。
「明日香、大丈夫? 何だか身体が揺れてるよ?」
紗耶香の声が遠くから聞こえる。
これは…マジでやばい…かも……。
「お〜い、聞こえてる?」
紗耶香の顔…クニャクニャ曲がって見えるよぉ?
「…うん…聞こえてる……」
フワ〜ッて気持ちよく揺れながら、ぼぉんやり答える。
「これ何本に見える?」
目の前に指が突き出されて……二本か…三本か……四本……。
わかんないや…でも…まぁ、そんなこといっか♪
紗耶香はなんでか黙ってて……私のことをずっと見詰めてた…。
「…………私…ずっと…明日香のこと、好きだったんだよ」
ふ〜ん…そうなんだぁ……。
「だからさぁ……いいかなぁ?」
「……なぁにがぁ?」
フワフワ〜。
「明日香のこと…抱きたいの」
「えぇ〜…だぁめだよぉ…わたしには、りかちゃんが…いるもぉん♪」
「いいじゃん……じゃあさ。目を閉じてたらいいよ…私のこと、石川だと思ってさ」
「えぇ〜……」
どっかから手が伸びてきて、さっきから重くて仕方なかった瞼を、そっと上から下へと撫でた。
そっから先は夢幻の世界。
自分が望むものを見る世界。
梨華ちゃん……梨華ちゃんが…私を見詰めてる…笑ってる。
「明日香…好きだよ」
囁いてくれたのは……。
呼び方で紗耶香だってわかったよ……でも…目の前で笑ってるのは梨華ちゃんだから……。
訳わかんないよ……。
そんな訳わかんないままに…抱かれてた。
酔いで麻痺したような身体を触られると、ジンジンとした感覚が広がる。
例えて言えば、正座で痺れた足を触られたときのように、そこだけじゃなくて周囲までもがジンジンして、ジッとしていられない感じ。
「ふぅ…あ…あ…くぅ…」
フワフワして一つのことを考えられない私に、そんな快感だけが送り込まれて……瞼の裏に刻まれた梨華ちゃんの笑顔と融合して、暗示にかけられたように梨華ちゃんに抱かれてるつもりになっていった。
本当は、私の体の状態だけじゃなく、伸ばされた手の動き自体も違ってた。
激しさ…優しさ…温かさ……どれもが、いつもとは、梨華ちゃんとは違う感覚。全然違う感覚。
なのに、抗うという考えそのものが浮かんでこなかった。
されるがまま。
梨華ちゃんに抱かれている。疑いもなく、そう自分で納得して、喜びに浸っていた。
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