【焼き銀杏】

 暗闇の中に私はいた。
 どこを見渡しても、ただただ闇が広がっているばかりで……。
 私は、黙ってただそこにいた。
 怖くない…はずもなく、逆に恐怖に痺れて呼吸をするのが精一杯だった。

 いつまでも…いつまでも、闇の中に私はいて……。
 突然、恐怖が限界まで溢れて、涙と共に喚きだしてた。
 本当は歌ってたんだけど、殆ど喚いている状態。
 娘。の曲から始まって、知っている限りの歌を歌いまくった。
 歌って歌って、歌い続けて……歌っている間は、自分の声が聞こえている間は、何とか恐怖を我慢することが出来た。

 いつの間にか、私は歌いながら走り出していて……どこへ向かっているのかも分からずに、ただ闇雲に走っていた。
 気がついたら遠くに微かな明かりを感じて、そこへ向けてひたすら走った。
 走って走って、走り続けて……その明かりの中に、誰かが立っていた。
 向こうを向いていて、見えるのは背中だけで…なのに私には、それが誰だか分かった。

 梨華ちゃん……。
 恐怖なんかは、もうどうでもよかった。
 あそこに辿り着ければ梨華ちゃんに会える。
 その思いだけで、私の足には力が入った。

 なのに……いつまで経っても辿り着けない。
「梨華ちゃ〜ん!」
 何度も叫んでも、梨華ちゃんは振り向いてくれなかった。
 走って走って、走り続けて……やっと私は理解した。
 あれは梨華ちゃんの拒絶の意志を示しているんだって……。
 そう…私は梨華ちゃんに嫌われちゃったんだ……。

「イヤ…イヤだよ……梨華ちゃ〜ん!!……」
 私は涙と一緒に声を絞り出して……そして目覚めた。
 ベッドの上で一人泣いている自分。
 相変わらずどうしたらいいか分からないまま、でも何かしなくちゃいられなくなっていた。
 このまま、梨華ちゃんを失うことになるなんて…そんなことは絶対に出来ない!
 自分が一体どうしたらいいのか、頭を抱えて悩み続けた。

【チャーミー石川】

「梨華ちゃ〜ん!」
 どこからか、明日香ちゃんが私を呼ぶ声が聞こえてる。
 さっきからずっと…たぶん、背後の方から……。
 なのに…振り向けなかった…声さえ出なかった……身体が言うことを聞かなくて……。

 明日香ちゃんが…明日香ちゃんのあの笑顔が見たいのに。
 ちょっと嫌がられたって、ギュッて抱きしめたいのに。
 いっぱい、いっぱい甘えちゃおって…思ってたのに……。

 何故だか明日香ちゃんの声が、だんだん遠くなっていく。
 イヤだ…イヤ〜!
 もう、明日香ちゃんが来てくれるのを待ってるだけじゃダメなんだ。
 私から走っていかないと……明日香ちゃんに護ってもらうだけじゃ…ダメだよ。

 さっきの声。
 きっと明日香ちゃん、泣いてた。泣き声だった。
 明日香ちゃんが悲しんでる。苦しんでる。
 今度は私が、明日香ちゃんを護ってあげるの。
 自分が傷ついたって…そんなの良いの。

 そう心に決めたら、急に身体が自由になって、私は走り出した。
 どこからか音が聞こえてきて……。

 目が覚めたら、携帯電話から着メロが聞こえてた。
 明日香ちゃんの……。
 飛びつくように手にとって、通話ボタンを押す。
「もしもし?…明日香ちゃん?」

【焼き銀杏】

「……梨華ちゃん…昨日から全然連絡しなくて……ごめんね…心配掛けたよね?」
 私は…自分の部屋で、ベッドの方を向いてカーペットの上に正座して電話してた。
『…寂しかったよ〜…』
 甘えてくる梨華ちゃんの声が、私の胸をキュッて締め付ける。
「ごめん……あのさ…私……」
『明日香ちゃん、私、会いたいよ……今日もお仕事で遅くなるけど…明日香ちゃんに会いたいの』
「梨華ちゃん……」
 私の言葉を遮って、梨華ちゃんは、何度も「会いたい」って言った。

 私も会いたいよ。
 でも…会ってもいいのかな?
 話しながらも、まだ迷ってた。
 でも……。
「……家に…来る?……」
 やっぱり…会いたい気持ちの方が強くて……。

『明日香ちゃんの家?…いいの?…だったら…お仕事が終わったら、真っ直ぐに行っちゃう!』
 素直に喜んでる梨華ちゃん……言わない方がいいのかな?……それでも……。
「…待ってる…伝えたいことも…あるし……」
 言わなきゃ。
 ちゃんと伝えて、ちゃんと謝らなきゃ。

 私の必死な感じが、声を通して伝わったみたい。
『明日香ちゃん?……何だか…怖いよ〜……でも…明日香ちゃんに会いたいから……』
 急に梨華ちゃんも不安そうになる。
「ごめん……」
『明日香ちゃん…イヤだ…謝らないで……』
「…うん…電話じゃなくて…直接、ちゃんと伝えるから……」

 電話の向こうで、梨華ちゃんが大きく息をつくのが分かった。
『私は…明日香ちゃんに会えれば…それでいいから…だから…待っててね』
 もう…我慢できなくて…涙がこぼれてた。
『それじゃ、今晩ね?』
「…うん……」

 切れた電話を抱きしめて……声無く泣いた。
 嬉しくて……切なくて……不安で……。
 ちゃんと話すって決めたのに……やっぱり…梨華ちゃんを…失いたくない……この思いが、また私を揺らし始めた。

【チャーミー石川】

 明日香ちゃん…私に一生懸命、説明しようとしてる。
 そんなの…いいのに。
 別に知らせてくれなくたって…私が知らないでいた方がいいことだって…あると思うよ?

 私が明日香ちゃんのことを信用するか、しないか、それだけのことだし、そんなの…決まってるじゃない。
 そりゃ…心配はするし…寝れなかったけど……。
 結局は、明日香ちゃんのことを信用できなくなったら、私なんて……何にも無くなっちゃう。
 だから…明日香ちゃんが一言、「私のことを信じて!」って言ってくれれば、「はい」って…それで私は安心できるのに……。

 でも…まぁ…明日香ちゃんが説明したいんなら、聞いてあげてもいいけど……。
 だけど…私を不安にするようなことは……ダメ…だからね?
 最後は、ちゃんと信用させてね。

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