【焼き銀杏】

 今更、梨華ちゃんに話すことが怖くなってた。
 紗耶香は、「何にもしてないよ」って、「ずっと寝てただけ」って言ってたじゃん。
 私が勝手に見た夢……微かな期待が心の中にある。
 紗耶香に聞けば、「何それ〜。そんなことあるわけないじゃん」って言ってくれるんじゃないかって……。
 そしたら、梨華ちゃんに笑って話せる。
「紗耶香と一緒にお酒で、酔いつぶれちゃってさぁ」
って……。

 現実かどうか確かめないと……そんな言い訳をして、電話を掛ける。
『おっす! 明日香、どうしたの?』
 呼び出し音が途切れて、街の喧騒と一緒に、紗耶香の声が聞こえる。
「…あのさぁ……」
 一昨日のこと…確かめないと。

『明日香?…どうしたの?』
「あのさぁ…一昨日なんだけど…酔っぱらっちゃった後…ホントに何もなかった?……」
『…何かって……何?』
「いや…あの……わ…笑わないで聞いてよね……ゆ…夢かもしれないんだけどさ……私…紗耶香に……抱きつかれたような……」
 夢…妄想……気の迷い……何でもいい。
 笑って済ませられれば……。
『……うん。夢じゃないよ……私、明日香のこと、抱いたよ』
 紗耶香の淡々とした言葉が、私の甘い期待を粉々に打ち砕いた。

「な…何で!…紗耶香…『何もしてないよ』って言ったじゃん!」
『そう言ったよ……『明日香はね』ってね……私が勝手に抱いただけだから』
 そんな理屈……そんなの無茶苦茶だよ!

「…そんなの…酷いよ…私……梨華ちゃんに何て……」
『別に梨華ちゃんに言い訳なんてしなくていいじゃん。明日香が浮気したわけじゃないし。別に悪いことしてないんだから』
「だって……」
 何の抵抗もしないで抱かれちゃった……やっぱり何らかの罪の意識を感じちゃうじゃない……。

 私の葛藤に関係なく、紗耶香は変わらずにサバサバしてる。
『私ね…明日香と梨華ちゃんには、上手くやってほしいって思ってるんだ。嘘じゃないよ。ただ…私も思いを吹っ切る前に思い出がほしかったから…イギリスに行く前に……』
「紗耶香……」
『…だから…私が勝手に明日香を抱いたんだよ。明日香は悪くない』
「でも…私……」
 訳もなく胸にこみ上げる物があって…言葉が出てこないよ……。

『明日香、夢だと思ったんでしょ?…だったら、夢だったんだよ。それでいいじゃん。私はその夢を持って、イギリスへ行くからさ』
 もう…訳が分からないよ……。
『悩むこと無いって。夢のことで、わざわざ梨華ちゃんを心配させることないじゃん』
 混乱したままで、勝手に涙が流れて来ちゃった……。
 堪えて堪えて…でも、堪えきれずに嗚咽が漏れる。

『…明日香…泣いてるの?……明日香も泣くこと…あるんだね……』
 紗耶香は、妙に感心したようにそう言った。
「…な…何だよぉ……私が…泣いちゃ…おかしい?」
 精いっぱいの強がり。
 ……しゃくり上げるようになって、言葉が詰まっちゃってるから、何の説得力もないけど。

『おかしいよ。福田明日香は、こんなことで泣く子じゃないから』
 …紗耶香…そんなにキッパリ言わなくても……。
「おかしくない!…私だって…泣くときは…泣くんだよ……」
 紗耶香は電話の向こうで笑ってた。
 …ホント…紗耶香はズルイよ。憎めないもんね。
 ちょっとだけ気分が軽くなったような気がする。

 でも…相変わらず問題は全然解決してない。
 梨華ちゃんに言うべきか、言わざるべきか……。
『明日香?……もしかして…まだ迷ってるの?…だから何も言わない方がいいって!』
 紗耶香はそう言うけどさぁ……。
「…でも…私…ずっと隠して付き合うなんて…出来るような気がしない……」
『……明日香も、妙なところで不器用だよね』
「私は……生まれてから…今まで…器用に生きて…きたことなんて…無いよ」

『…まぁいいか…それならスッキリ話しちゃいなよ』
 だけどさぁ……。
「……大丈夫かなぁ…梨華ちゃん…やっぱり…怒るかなぁ?」
『明日香……どっちにしたいわけ? 話しちゃいたいの? 隠しときたいの?』
 紗耶香、だんだんイライラしてきたみたい。
「だからぁ…ずっと迷ってるんだって!」
『あぁもう!…明日香らしくないなぁ。何でそんなに弱気なわけ?』

 そんなに責めないでよ、紗耶香ぁ……。
「…だってぇ……梨華ちゃんに…嫌われたくないんだもん……」
 我ながら弱々しい声だなぁ……こんなに嫌われたくないんだって…あらためて感じたよ……。
『……明日香…それって酷くない?…私だって明日香のこと好きだって言ってるのにさぁ…何だか…のろけてるように聞こえるんだけど…当てつけ?……』
「そ…そんなつもりないよ!…本気で悩んでたから…ごめん……」
『ハハハ…ウソ、ウソ。ちょっとからかってみただけ』
 …ちょっと、紗耶香……私、完全に振り回されちゃってるじゃん……。

『まぁさ、明日香が隠し通す自信がないんだったら、正直に言っちゃった方がいいかもね。変に隠してバレちゃったら、目も当てられないから』
「そっかぁ…そうだよね!……でも……」
 私ってこんなに優柔不断だったっけ?
『ほら! ガンバって〜いきま〜っしょい!』
 懐かしいなぁ…ライブ前の緊張感を思い出すよ。
 よし! いっちょ頑張ってみるか!!
「…うん! 頑張ってぇ…行きま〜っしょい!」

『よしよし。当たって砕けろ! もしダメだったら…私んとこに……』
 何言ってんだか……。
「それは駄〜目。砕けたりしませんよ〜だ」
 二人で笑って…何だかやる気が湧いてきた。

『それにしても…明日香ってさぁ……』
「何ぃ?」
『かなりの…お人好しだよね』
 本気で呆れてる感じ。
「何でぇ? そうかなぁ?」
『だってさぁ…まぁ…良いけど……』

 でも、考えてみればそうかも。
 ホントは、こんな風に紗耶香と話してるのも変なんだよね。
 問題の当事者同士な訳だし……。
 そもそも、梨華ちゃんと付き合っててラブラブな私って……。
 だってぇ…梨華ちゃんも、紗耶香も、本気で嫌いになったり…できないもん。
 だから…お人好しでも、いいじゃん!

「何だよぉ…いいじゃん!」
 逆ギレ気味に突っ掛かる。
『ハハハ…元気出たみたいじゃん。じゃ、ホントに頑張ってね』
 …軽くいなされちゃったよ……。
 まぁ…いっか。

「うん………紗耶香…あのさぁ……」
『ん?』
「…ありがとう……」
 紗耶香は何にも言わないで、電話の向こうでクククッて笑ってた。
 よ〜しっ! 梨華ちゃんに伝えるぞ!……やっぱり…気は重いけど……。

【チャーミー石川】

 明日香ちゃんと電話できたら、昨日よりは平静な気持ちで仕事に取り組めた……と思ったのに。
「梨華ちゃん、何か暗い顔してるよ? 大丈夫かい?」
 安倍さん……私を見る目が、本気で心配そう……そんなに暗い顔してるのかなぁ?

「昨日から、何だかつらそうだし…額にシワが寄っちゃってるさ」
 言いながら安倍さんは、指を私の額に当てて、揉みほぐしてくれた。
 毅然としてたつもりだったのに……何だか……フッて胸の奥が切なくなって……。

「どうしたぁ?……明日香が浮気でもしたかい?」
 冗談っぽく言った、その安倍さんの言葉に、急に涙がこみ上げて、もう止まらなかった。
「ふぇ…ふぇ〜ん、安倍さ〜ん!」
「ちょ…ちょっと、梨華ちゃん……どうしたのさ?…ん?……」
 優しく声を掛けられて、もたれるようにして泣いちゃった。

「……ふ〜ん…明日香が紗耶香ん家にお泊まりねぇ……」
 使ってない控え室に、手を引いて連れてこられて…思い切って全部話した。
「紗耶香からの電話も…変な感じだったんだっけ?」
「…はい……」
 まだグシュグシュ泣きながらコクッて肯く。

「う〜ん…まだよく状況が分かんないけど…だけどさ、明日香は梨華ちゃんを悲しませるような子じゃないよ。それだけは確かじゃない?」
 そうですね…頭じゃ、そう思ってるんですけど……。
「……でも…明日香ちゃんは可愛いから……誰に狙われても…不思議じゃありません……」
「…それは…まぁねぇ…梨華ちゃん、考えすぎ……」
 そうですかねぇ?
 でも…ホントに心配なんですよ〜。

「そんなに心配なら、直接会って話してみればいいっしょ」
「はい…だから…今晩、明日香ちゃん家に行ってきます」
「そっかぁ…じゃ、ちゃんと明日香の話、聞くんだよ?……それから……」
 ?何ですか、安倍さん?…ちょっと…目が怖いです……。

「まさかお泊まりじゃないっしょ?…なっちは、まだそこまでは許さないべさ!」
 笑顔の奥で目が……キラ〜ン☆て光って……。
「…………」
 言えない…もうそこまでの仲になっちゃってるなんて……怖すぎる……。
「清く正しく美しく!」
 …やっぱり…前途は多難です。
 はぁ〜……。

小説「あすりか」(32)へ進む