【チャーミー石川】

 チラッ、チラッて私のことを見る明日香ちゃん。
 視線が私と合っちゃったりすると、はにかんだように笑うの。
 明日香ちゃん……可愛いよ〜!
 もうお話なんてどうでもいいよ。
 だって、このままで十分幸せだから……。

 ♪〜〜。
 不協和音のように聞こえる携帯電話の着メロ。
「…ごめんね。電話出てもいい?」
「うん」
 もう! 誰よ、この幸せな時を邪魔するのは!!
 そんな風に内心ムッとしながら液晶パネルを見たら……市井さんだった。

「もしもし、石川です…」
『あ、私。市井ッス…あのさぁ……』
 明日香ちゃんを悩ます元凶かもしれない人からの電話。
 ちょっと明日香ちゃんを見てから、そっと立ち上がって窓の方に一、二歩歩いて背を向ける。

『あのさぁ…明日香から…話、聞いた?』
「…いいえ。これからです」
『あ…そうなんだ…じゃ、いいや。最初は明日香から聞いた方がいいだろうから……』
 聞いてて無性に怒りが込み上げてきた。
「大丈夫ですよ。話…聞かせてください」
 私と明日香ちゃんは、市井さんの話くらいでどうにかなるような薄っぺらい関係じゃありませんよ!

『え…でも……』
「本当に大丈夫です……大体は…想像つくし……」
 怒りと自信とで、キッパリ言っちゃった。
『…そう…じゃぁ…ズバリ言っちゃうけど…私…明日香を抱いたから』
「そ…そうですか……」
 予想通りの言葉……だったのに、衝撃は予想以上で……。
 私の声は裏返ってた。

『…でも…明日香は全然悪くないから……酔っ払ってよく分からなくなっちゃったのを、私が無理矢理に抱いただけ…だから……』 
「……何で…そんなこと……」
『思い出が…明日香との思い出が…欲しかったから…どうしても欲しかったんだよ……』
 やっぱり市井さん…明日香ちゃんのこと……。

『…明日香は…ずっと石川に抱かれてるって感じてたみたい……石川の名前…呼んでたから……』
 そんなの…市井さんはツライだけじゃないんですか?
 なのに…どうして……。
『だから…明日香のことは許してやってよ。私はこの思い出だけで十分……石川に恨まれても平気だから』
 市井さんの声は、はっきりしてて強がってるようには聞こえなかった。
「…はい……」

『信じてくれないかもしれないけど…私、あんた達には上手くやってほしいって思ってるんだよ…ホントに』
 普通だったら絶対に信じられない言葉。
 でも…市井さんの場合は…ウソじゃないと感じた。
『…まぁ、もし万一、二人が上手くいかなかったら……明日香は私がもらっちゃうけどね』
 市井さん……。
「絶対にあげません!」
『アハハハ…ま、頑張ってよ。じゃ』

 電話を切って振り返ったら、明日香ちゃんが心細そうに見詰めてた。
 大丈夫だよ、明日香ちゃん。
 絶対に明日香ちゃんを市井さんなんかに渡さないんだから!

【焼き銀杏】

「そ…そうですか……」
 梨華ちゃんの声がうわずってた。
 ねぇ…どうしたの?…誰?
 梨華ちゃん、誰と電話で話してるの?
 不安だよ……。

 こんなちょっとしたことで心が揺れるのも…自分に自信が無いせい?
 心細いまま、梨華ちゃんの背中を、ずっと見詰めてた。
 そしたら梨華ちゃんが突然、
「絶対にあげません!」
って言って、電話を切っちゃった。
 梨華ちゃん、どうしたの?
 振り返った梨華ちゃんの瞳は、決意みたいなものを宿してて、私には眩しかった。

「明日香ちゃん……」
 私の向かい側の席に戻ってきて、真剣な目で見てる。
 思わず背筋をただして……。
「…話…ちゃんと聞かせて?…ね?」
「う…うん……」
 梨華ちゃんの勢いに乗せられるようにして、話すことになっちゃった。

 緊張で口の中がカラカラな状態。
 つっかえつっかえ、紗耶香の部屋で起こったことを梨華ちゃんに伝える。
「…で…紗耶香に…抱かれちゃった…みたい……たぶん……」
 私が逃げ腰でそう言った時、やっぱり梨華ちゃんは、すっごく悲しそうな顔をした。

「…明日香ちゃん…その時…意識はあったの?」
 私はブンブンと首を横に振った。
「朦朧としちゃってたから……」

「そう…明日香ちゃん…市井さんに抱かれて…嬉しかった?」
 紗耶香には悪いけど、今度も私は躊躇無く首を横に振った。
「大変なことになっちゃったって…すごく…怖かった……」

「そう…明日香ちゃん…私のこと…まだスキ?」
 今度も躊躇無く、だけど首は縦に振る。
「好き!…今度のことで、こんなに梨華ちゃんのことが好きなんだって…自分で思ってるより、もっとも〜っと好きだって分かったから……」

「そう…明日香ちゃん…私も…スキだよ。絶対に離したくない!」
 ガバッ!て梨華ちゃんが抱きついてきて……私も必死で腕を回した。
「市井さんになんて、絶対に渡さない! 明日香ちゃん…ずっと…ずっと、私の側にいてくれなきゃイヤだよ?!」
「…うん…私もずっと梨華ちゃんの側にいたいよ……」
 ギュッて…ギュギュッて抱きしめられて…本当はかなり苦しかったけど、それ以上に嬉しかった。

【チャーミー石川】

 明日香ちゃんが腕の中にいる……絶対に離したくなかった。
 市井さんにってことだけじゃなくて、誰にも、いつまでも離したくないよ。
 いつもだったら急に抱きついたりしたら嫌がる明日香ちゃんだけど、今は何も言わずに、軽く抱き返してくれてる。
 嬉しい……きっと、明日香ちゃんも私と同じこと感じてるんだよね?

 このまま一緒にいたい……他に何もしなくていい…ただ、こうして抱き合ってたいよ。
 必要以上に力がこもって……気がついたら、明日香ちゃん、苦しそうに息をついてて…それでも何も言わずに抱かせてくれてた。

「ご…ごめんなさい……」
 慌てて力を弛めて…でも、抱きついたままで、明日香ちゃんの顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ」
 ちょっと上目遣いの明日香ちゃんの顔は、真っ赤っかだった。
 恥ずかしいのかな?
 息が苦しかったからかな?
 きっと…そのどっちもだね。

 恥ずかしいのと、苦しいのと…耐えてくれてた明日香ちゃんが、可愛くて、愛しくて……。
 キスしようとした。
 明日香ちゃん、最初はちゃんと唇で受け止めてくれようとしたのに……。
「…やっぱ…駄目だ!」
って。
 ちょっと首を曲げて、ほっぺたで私のキスを受けた。

「……どうして?」
 私のキス…キライになった?
「違うの……でも…今日は駄目だよ……昨日の…ちゃんとけじめをつけないと……」
 もう! 私はそんなの全然気にしないのにっ!!
 だけど明日香ちゃん、言い出したら聞かないから……。
 あ〜ぁ……今日は我慢か……ま、明日香ちゃんが側にいてくれたら、一日くらい良いか。

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