小説「あすりか」(39)

【焼き銀杏】

 ……ホントに静か。
 梨華ちゃんと私、二人きり。
 生まれたままの姿で寄り添って、宙に浮かんでた。
 全然恥ずかしくもなく……。

 二人は声に出さないでも、互いの思いが分かってて…それが当たり前で……。
 ずっとほほ笑み合いながら、雲海のただ中を縫うように飛翔してたと思ったら、新しい星系の誕生を見届けたり……。
 何をするのも自由で…二人だけで満ち足りてた。

 ……ホントに静か。
 ずっとずっと、このまま二人一緒に……。

 ピピピッ♪ ピピピッ♪ ピピピッ♪……。
 ……目覚まし時計の…馬鹿ぁ〜!!
 せっかく幸福率無限大の夢を見てたのに……。
 掌を叩きつけるようにして、目覚ましを止める。

 午前7時。
 隣を見ると、梨華ちゃんも眠そうな顔で目をこすってる。
「おはよ、梨華ちゃん♪」
「ん。明日香ちゃん、おはよう♪」
 ニコッてほほ笑みで、一気に爽やかな気持ちになれるよ。

「あ…ごっちんを起こさないと……」
 そう言えば仕事だって言ってたっけ。
「ごっちん! 朝だよ。起きないと遅刻するよ!!」
 掛け布団かぶって、目から上だけ出してる。
「…ん〜……」
 いや…「ん〜」じゃなくて。
「ごっちん!」
 布団をはぎ取ろうとしたら、伸ばした手を、パチンッて叩かれた。
 むぅ…手強い。

【チャーミー石川】

 うふふ。
 明日香ちゃん、手こずってるね。
 それも可愛い♪
 …って言ってる場合じゃないよね。
 じゃあ、あの手で……。

「ごっちん、よっすぃ〜が迎えに来てるよ〜!」
「え! どこどこ?」
 ガバッて跳ね起きて、ベッドの上でキョロキョロ……。
 ……反応が良すぎない?

「…ごっちん、おはよう」
 呆然と見上げてる明日香ちゃんと、その隣の私を見て、ごっちん、気がついたみたい。
 両手を腰に当てて、唇を尖らせてる。
「ウソつき〜!」
 …どうしよう…ごっちん、マジで怒ってるみたい。

「ご…ごめんなさい…だって、ごっちんが、なかなか起きなかったから…つい……」
「……グスン…よっすぃ〜に会いたいよ〜!」
 あ…また泣いちゃいそう。
「あの…あのね、よっすぃ〜と仲直りできるように、協力するから…ね?…許して……」
「……ホントに?」
「ホントに!…ね?…明日香ちゃん」
 ごっちんと私を交互に見て、明日香ちゃん。
「…うん…出来るだけのことはするよ……」

 明日香ちゃんが賛成してくれたら、何でも出来るような気になるから不思議だね。
「だから、絶対に仲直り出来るから…ね?」
「……うん……」
 目をつぶって下を向いたかと思うと、手でゴシゴシッてこすって……。
 涙を我慢する女の子は…カッコイイよね。
 明日香ちゃんの方を見たら、私に向かってコクッて肯いてくれた。
 すごい真剣な顔で。

 ちょっと心配。
 だって…明日香ちゃん、真剣になるとトコトンまでやらないと気がすまない感じ。
 すごい頼りにはなるけど……危ないことはしないでね?

【焼き銀杏】

 何とかしてあげたい……心の底からそう思う。
 ごっちんも苦しんでるし、きっと吉澤も……。
 二人が心を開いて話し合えば、ある意味そんなに乗り越えることが難しい問題じゃないと思う。
 でも……吉澤の方は、心を開けないだろうなぁ。

 事情がどうあれ、触れ合うことを避けるっていうのは、やっぱり心を閉ざしてるってことだよ。
 キス…とかさ……セックス…だって、心がなければ、傷つけるだけ。
 心のない言葉が、相手を、時には自分自身を深く傷つけるのと同じ。

 紗耶香には悪いけど、あの時、私には紗耶香への思いを抱いてはいなかった。
 だから…自分自身が許せなかった。
 理屈とかじゃない。
 どうしようもなく自分の心の奥から湧き上がってくる罪悪感……。

 吉澤は、きっとごっちんを傷つけたくなくて避け続けてるんだろうけど……そのこと自体が、ごっちんを傷つけてしまってる。
 心を閉ざしたままの行動は、結局、そうならざるを得ないんだよ。
 吉澤の心を開かないと…ごっちんにだけでも、心が開けるようにならないと、二人ともボロボロに傷ついちゃう。
 何とかしないと……。
 どうしたら…良いかなぁ……。

【チャーミー石川】

 ごっちんが着替えてる間に、明日香ちゃんと二人で下に降りていったら、お母様がもう朝食の用意をしてくれてた。
「おはようございます」
 ちょっと緊張したり。
「あら、おはよう。早いのね」
「朝からの仕事なので…」
 私の様子をチラッと見て、明日香ちゃんがクスクス笑ってる。
 もう…笑わなくてもいいじゃない。

「母さん、ごめん。もう一人分、良いかな?」
「もう一人?…あぁ、あの子ね。はいはい」
 すぐにお盆を持ってきてくれて、三人分のご飯とおみそ汁、卵焼き…を並べてくれた。
 それを持って部屋へと戻る。
「いつもはトーストなんだけどね…父さんが二日酔いの時は、みそ汁とご飯に変更になるんだ」
 小声で楽しそうに教えてくれた。

 三人で食べる朝食は、またにぎやかで楽しかった。
 ごっちんも元気出してくれたし、ちょっと一安心。
「ね〜、明日香ちゃん…今日は?」
 出掛ける時間になって、用意をしながら明日香ちゃんに聞いてみる。
「ごめん……電話するから」
 大丈夫だよ、明日香ちゃん。ちょっと聞いてみただけ。

 これまでも、かなり無理させちゃってるもんね。
 私ん家に外泊したり、私が来ちゃったり……。
 きっと、ご両親も心配してるよね。
 怒られたり……。

「ううん、大丈夫。電話、待ってるね」
 ごっちんと二人で玄関に出る。
 明日香ちゃんに見送ってもらえるだけで…嬉しいよ……。
『行ってきま〜す!』
「行ってらっしゃい」
 駅への通りに出て……。

「ごめん、ごっちん。忘れ物したから、ちょっと先行ってて。すぐに追いつくから」
「…うん。良いよ」
 出てきたばっかりの玄関に駆け込んだら、まだ明日香ちゃんが立ってた。
「明日香ちゃん…忘れ物!」
 言ってから、すぐに目をつぶって待つ。

「……もう……」
 明日香ちゃんが恥ずかしそうにつぶやいて……でも、だんだん顔が近づいてくるのが分かった。
 チュッ♪
 目を開けたら明日香ちゃんの顔がアップで迫ってた。
「続きはまた…今度のお楽しみね♪」
「…ばぁか……」
「行ってきま〜す」
 もう一度手を振って、今度こそ駅へと急いだ。

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