小説「あすりか」(40)

【焼き銀杏】

 お出かけのキスなんてさぁ……恥ずかしいじゃん。
 でも…甘えん坊の梨華ちゃんが、今晩会えないのを我慢してるんだから…まぁ、いっか。
 キス…私もちょっと嬉しかったし。
 ……ホントは私も甘えん坊なのかなぁ……。

 梨華ちゃん達を見送ってから、自分も仕事に行く。
 電車に揺られて仕事場に到着。
 さてと……問題の解決に、なるかどうか分からないけど……とにかく話してみないと。
 オフだって言ってたから、まだ寝てるかもしれないけど…仕事が始まるまで、まだちょっと時間があるし、思い切って電話をかけた。

 トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル……。
『…もしもし?』
 出た!
「もしもし…私…分かるよね?」
『……何の用?』
 不機嫌なのを隠しもしない。
「話があるんだけど……」
 実はちょっと怯んでるのを、何とか隠して言葉をつなぐ。

『…付き合ってるヒマなんか…』
「後藤さんのことなんだけど……」
『…………』
 電話の向こうで躊躇ってるのが、よく分かる。

「夕方以降、時間とってくれない?…場所を指定してくれたら、私、行くから」
『また…何かされたいわけ?』
 嫌なことを思い出させるなぁ……。
 でも、ここで怯むわけにはいかないよ。
「別に。ただ、話があるから」
『…………だったら…七時に…場所は……また連絡する』
「分かった」

 返事をするかしないかで、一方的に電話は切られて……。
 やれやれ…先が思いやられるけど…ごっちんと梨華ちゃんのために、一肌脱ぎましょうか。
 ……マジで一肌脱がされそうな気もするけど……。
 そうなった時は……どうしよう……。

【チャーミー石川】

 すぐにごっちんに追いついて、一緒に電車に乗って、事務所へ向かう。
 事務所に着いたら、ごっちんはすぐに携帯電話をかけて……。
「おっかしいな〜…誰と話してるんだろ」
 相手は…考えるまでもなく、よっすぃ〜だね。

 リダイヤル。
「……あ…もしもし、よっすぃ〜?…私……」
 今度はつながったみたい。
 聞いちゃ悪いから、私はごっちんに手を振って、声を出さずに「じゃ〜ね〜」って。
 タンポポの控え室へと向かった。
 さあ! 今日も元気に頑張るぞ!
 良いお仕事をして…明日香ちゃんに褒めてもらうんだから♪

【焼き銀杏】

 仕事を終えて、私は今、ホテルの前で躊躇いつつ立ちすくんでいた。
 時折ビルの谷間から吹き付ける風が、髪をなぶる。
 あれから電話が入って、吉澤は「例のホテルの部屋」って場所を告げてきた。
 ……よりによって一番嫌な場所……絶対、嫌がらせだ。
 意地が悪いというか……暇というか……。

 そんなことに負けるか!…って思うけど……あの夜のことは、身体が覚えてる。
 知らず知らず、膝が震えてた。
 どうしよう……やっぱり…行くのやめようかなぁ……。
 一瞬、心が萎える。

 でも…でも…もう決めたから……。
 遅かれ早かれ、吉澤は、また梨華ちゃんに手を出してくるに違いない。
 特にごっちんとの関係が上手くいっていない時に……。
 吉澤にとって、私たちはストレス解消の相手だから。
 まさに、いじめっ子そのものだ。

 私は知ってる。
 いじめっ子が怖いからって、逃げちゃ絶対に駄目だって。
 逃げれば追ってくる。
 案外、上手く向かって行った方が活路は開けるもの。
 虎穴に入らずんば虎児を得ず……。
 小学生時代、私はそうやって、いじめられっ子から脱却した。

 あの時の勇気をもう一度。
 具体的な策がある訳じゃないけど……今は策を考えるより、行動が必要な時だと思うから。
 大きく息を吸って、「ハッ!」と短く吐く。
 よし!
 気合いを入れて、私は「あの部屋」へと向かった。

【チャーミー石川】

「…石川…最近、ちょっと変わったね」
 休憩中、ふと飯田さんがそんなことを言った。
「そうですか〜?」
 突然そんなことを言われて、ちょっとビックリ。

「何となく…余裕が出てきたかな…何より、前よりもっと楽しそうに仕事してる」
 楽しそう……確かにそうかも。
 実際に、お仕事が楽しいし。
 それは…自分がスキなお仕事っていうことプラス、明日香ちゃんの存在が大きいかな〜。
 明日香ちゃんに相応しい自分でいたいって…そのために、もっともっとお仕事をスキになろうって思えるから。

 だから、飯田さんにもそう言ったら、
「……はいはい…二人がラブラブだってことは、よ〜く分かりました」
って、ちょっとげんなりした様子。
 その上、
「……明日香が石川のこと好きだって…未だに信じられないけど……」
なんて失礼なことを言う。
「…そうだねぇ…矢口もだよ……」

 ふんだ!  二人してそんなこと言ったって、私と明日香ちゃんの「愛」は揺るがないんですからね!

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