小説「あすりか」(43)

【焼き銀杏】

 ……う…動けない……。
 あの後、吉澤はひたすら泣き続けて…今は……泣き疲れて寝てる。
 私の上に乗ったまま。
 何度か身体をずらそうとしてみたけど、右手でガッチリ腰を抱かれちゃってるし、しかも左手は……寝てても胸を掴んでるし……。
 …あのねぇ…。
 おまけに…寝息がちょうど……乳首ちゃんに当たってるんだけど……柔らかに吹き付けてくるその感覚に、一々反応してる……トホホ……。

「…はぁ〜あ……」
 ため息ついて、吉澤の顔を見つめるしかない。
 寝顔だけ見てると、ホントに可愛いもので……。
 私と梨華ちゃんを、あれだけ酷い目に遭わせた本人だとは、とても思えない。

「…ごっちん……」
 小さく吉澤の声が聞こえて、起きたのかと思ったら…寝言だった。
 幸せそうな寝顔しちゃって。
 夢の中じゃ、二人は上手くいってるみたいだね。
 …現実でも、上手くいってくれれば……。

 その時、吉澤が「ん〜……」ってベッドの上にゴロンッて寝返りを打って、私はやっと解放された。
「ふぅ〜……」
 私は逃げるようにベッドの上を転がって、床に降りてペタンと座り込む。
 自分の姿をあらためて確認すると、もう…何て言うか……。
 あられもないって、このことだね。

 ブラはたくし上げられて乳房がこぼれ出ちゃってるし、ショーツはずり下ろされてるし……。
 誰も見てないのに、ものすごく恥ずかしくて、顔が熱くなる。
 まぁ…今更なんだけどね。

 真っ赤な顔で服装を整えてたら、ふと思い出した。
 梨華ちゃんからの電話。
 携帯を取り出して見ると、留守電が入ってた。

『明日香ちゃん、お仕事もう一つだけになったよ。頑張るね。電話、待ってます♪』
 梨華ちゃん……。
 胸の奥が、キュ〜ッとして……思わず携帯電話を抱きしめた。

【チャーミー石川】

「梨華ちゃん、何食べるん? 加護はぁ…ラザニアとぉ…」
 あいぼん、はしゃいじゃって…可愛い♪
「…ミックス・サンドイッチとぉ…あ、ミート・スパゲティも、えぇなぁ……」
 それは…食べ過ぎじゃない? あいぼん……。

「私は……クリームシチューにしようかな〜」
「あ、ほんなら加護もクリームシチューにするぅ」
 出た、 マネッ子・あいぼん。

「あいぼん、ラザニア頼むんじゃなかったの?」
 私がそう言ったら、黒目がちの瞳をキョトキョトさせてた。
「えぇねん。クリームシチューが食べたぁなってん」
 そんなこと言っちゃって。
 ホントは二人で食べるときは、いつも私と同じものを食べたがるんだから。

 いたずらっ子で手に負えないことも多いけど、何故か憎めないの。
 そう、ホントの妹みたいな感じ。
 でも……人前で私のモノマネするのは…恥ずかしいから、ちょっとやめてほしいの……。

【焼き銀杏】

 服装と心を整えてから、梨華ちゃんに電話をかける。
 トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル……。
 なかなか出てくれない…と思ったら、やっとつながった。

『…もしもし?』
「あ、梨華ちゃん? 私…遅くなってごめんね」
『……??……』
 電話の向こうからは、音楽とかザワザワという人の気配が流れてくるだけで、何だか戸惑ったように無言だった。

「梨華ちゃん?……どうしたの?…私…明日香だよ?」
『!!…えぇと…あのぉ……』
 あれ?…梨華ちゃんの声がちょっとおかしいような……。
「梨華ちゃん?…声、変じゃない?」
『え?!……ちょっとのどの調子が…ゴホッ…ケホッ……』
 何だか変な梨華ちゃん……。

『今、お食事してるんだけど…これから来れませ…来ない?』
「…???……今から?」
 時間は午後九時。
 食事くらいなら良いか。
「良いよ…どこで食べてるの?」
『えぇっとねぇ……』
 聞いたら、事務所の近くのファミレスで、私も何回も行ったことがある店だった。

「じゃあ…あと20分くらいで行けると思うよ」
 私も梨華ちゃんにすっごく会いたい気分だったから、食事に誘ってくれたのは、ホントに嬉しかった。
 けど……何か…すごく違和感が……???

 この特徴のある声は、梨華ちゃんだと思うんだけど……。
『待ってますから』
 言って、すぐに電話が切られちゃった。
 私に対して、「待ってますから」って……何で敬語?
 やっぱり…梨華ちゃん、変だよ……どうしちゃったんだろう……。

【チャーミー石川】

 注文した料理が出てくる前に、ちょっとトイレに行って帰ってきたら、あいぼんが私のバッグをゴソゴソいじってた。
「こら! 勝手に他人のバッグをいじっちゃいけません!!」
 私としたら、迫力出して怒ったつもりだったのに……。
「えへへぇ…」
 笑ってるだけで、全然怖がってない。
 あ〜ぁ……。

 そんなことしてるうちに料理が出てきて、二人でクリームシチューを食べながら、他愛もないことをおしゃべりしてた。
 突然、あいぼんが、
「あんなぁ…梨華ちゃん……福田さんと付き合ってるんやろ?」
って、そんなことを訊ねてきた。
 ちょっと首を傾げて、興味津々って表情。

 訊ねられた私は、急にドキドキしちゃって……。
「……何で?……」
 思わず絶句しそうになって、やっとそれだけ言った。
 あいぼん、何で知ってるの?
「矢口さんが教えてくれてん」
 矢口さ〜ん……。

「なぁなぁ。福田さんってどんな人? うち、あんまり話したことないから……」
 相変わらず興味津々な表情で、私を見つめる。
「え〜…どんな人って……」
「すっごい優しいよ…頼りになるし……」
 いつも私を見つめてる明日香ちゃんの笑顔が、いっぱい、いっぱい浮かんできた。

「……梨華ちゃん…福田さんにラブラブなんやなぁ」
 思わずウットリしちゃってたら、あいぼんがニヤニヤ笑って言った。
 私の方が年上なのに……何だかからかわれちゃってる……。
「そうだよ」
 だから、当然って感じで言い返してやったの。
 ……ちょっと…大人げなかったかなぁ。

「ふ〜ん…福田さんも、梨華ちゃんにラブラブみたいだね」
 ???
 何で、あいぼん、私の後ろ見てるの?
 私も振り返ったら……明日香ちゃん!
 何で〜??

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