小説「あすりか」(45)

【焼き銀杏】

 加護ちゃんと話してたら、ホントに妹が欲しくなってきたよ。
 弟はいるけど、やっぱり、姉妹ってまた違った感じの関係なんだろうなぁ。
 そんなこと考えながら、ふと気がついたら、梨華ちゃんがつまんなさそうな顔してる。
 やばっ!
 加護ちゃんとばっかり話してたからだ……。

「り…梨華ちゃん……」
 眉間にしわが寄って、眉尻が下がって……。
「私……もう帰る……」
 えぇっ!
 怒っちゃったの?
 どうしよう……。

「あ…え…私、送ってくよ」
「……いいよ。大丈夫…一人で帰れるから……」
 あちゃぁ…久しぶりのネガティブ・モードだよ。
 どうにかして引き留めようとしてたら、
「…眠いよぉ……」
 加護ちゃんが、目をこすりながら欠伸して、座ったまま寝始めちゃった。

「あ…ちょっと、加護ちゃん! こんなとこで寝ちゃ駄目だよ」
 あたふたしてたら、梨華ちゃんは何だか慣れた感じで、先に会計を済ませてた。
「よいしょ!…タクシーに乗せて、家の方に電話かければ良いよ」
 言いながら加護ちゃんをおんぶして、外へあるいてく。
 え?…いや、一人でタクシーに乗せるのは…それはまずいんじゃ……。

「梨華ちゃん、やっぱ寝てる子を一人でタクシーに乗せるわけにはいかないよ。私が送ってくよ」
「そんなの悪いよ…私が送ってく」
 眉を寄せた表情は、まだちょっと機嫌が悪そう。
「……じゃ…二人で送っていこうよ」
 このままじゃ、家に帰る気になんかなれないよ。
「…うん……」
 梨華ちゃん、チラッて加護ちゃんの寝顔を確認して、ちょっと嬉しそうに笑ってくれた。
 ほっ……。

 とにかく、通りでタクシーを捕まえて、二人で加護ちゃんを挟むように乗り込む。
 梨華ちゃんが行き先を告げて、それから……梨華ちゃんの方を見たら、目と目があって……。
 何も言わずに両方から手を伸ばして、ちょうど加護ちゃんの太腿のところで、指を絡ませるようにつないだ。
 ちょっと冷たい梨華ちゃんの手。
 ホッとするような安らぎを感じるよ。

 梨華ちゃんは、気恥ずかしそうにうつむき加減で微笑んでる。
 きっと、私も同じような表情をしてるんだろうなぁ。
 そのとき車が交差点を曲がって、コックリコックリしてた加護ちゃんが、つないだ手の上に覆い被さるように前のめりに倒れてきた。
 何だかその寝顔も、微笑んでるように見えた。

【チャーミー石川】

 あいぼんに焼き餅焼いたりして…私、恥ずかしいよ。
 でも良かった。
 あのままだったら、嫌な気持ちのまま、家に帰らなきゃいけなかったもんね。
 ちょっと、あいぼんのお眠さんに感謝かな?

 タクシーに乗ってる間、私たちは一言もおしゃべりしなかったけど……その代わり、ずっと手をつないでた。
 あいぼんの身体に挟まれちゃってるってこともあったけど……それはただの口実で……。
 ホントは、明日香ちゃんを感じてたかっただけ。
 とにかく無言のまま、あっと言う間にタクシーは、あいぼん家に到着した。
 タクシーを待たせておいて、「あらまぁ、亜依ったら…ごめんなさいね」って呆れてるお祖母ちゃんに、あいぼんを引き渡す。

 お祖母ちゃんに抱かれて、スヤスヤ寝てるあいぼんに、
「…バイバイ」
って言って、タクシーに戻った。
 心の中では、「あいぼん…ありがとう……」って言って。

 二人きりになったタクシーで、明日香ちゃん家に向かって行った。
 相変わらず無言のまま、指を絡めて微笑み合って……。
 ほんの少しの触れ合いが、ほんのり温かく、ほんのり切なく、心を満たしてくれた。
 でも…もうすぐ明日香ちゃん家に着いちゃう。
 あの角を曲がったら……。
 あ〜ぁ……時間はすごい早足で……いじわる。
 でも……とっても大切で…幸せな時間だった。

【焼き銀杏】

 二人を乗せたタクシーは、ただただ走るだけで……。
 何を話せば良いのか……うぅん。何も話す必要は無かった。
 触れ合う指先から、いろいろなことが…あらゆる思いが伝わってきたから。

 だから、家に着いてもタクシーを降りるのがもったいなくて……。
 ドアが開いて、運転手さんの
「お客さん、着きましたよ」
って、のん気な声を聞きながら、梨華ちゃんの瞳を見つめた。

 微笑の中に浮かんだその瞳だけが、切なさに揺れてて……吸い込まれそうになって、慌てて言った。
「おやすみなさい」
「……うん。おやすみなさい……」
 そのままじゃ、「…やっぱり梨華ちゃん家に行きたい」って言っちゃいそうだったから、ギュッて力を入れてその温もりを指先に覚えこませて、パッと手を離した。

 タクシーから降りて……ドアが閉まった後も、私を見つめ続ける梨華ちゃんの顔が見えるように、屈み込んで窓を覗き込む。
 梨華ちゃんの口が、「また明日ね」って動くのに答えて、「うん!」って大きく肯いて……。
 走り始め、あっと言う間に遠ざかっていくタクシーを、角を曲がって姿が見えなくなっても、しばらく見送っていた。

 吉澤のとこに行ったこと……言えなかったなぁ。
 きっと、
「勝手に危ないことして!」
って、怒られるだろうけど……。
 でも…次はちゃんと話しておかないと…ね。
 さっきまでつないでいた手を胸元に当てて、大きく息を吸い込んで、心を落ち着かせてから家のドアに手をかけた。

【チャーミー石川】

 明日香ちゃんを残して、遠ざかっていくタクシー。
 ずっと後ろを振り返って、見送る明日香ちゃんをみつめてた。
 角を曲がって明日香ちゃんの姿が消えて……それでもずっと明日香ちゃんを捜してた。

 相変わらず私は、甘えん坊さんだな〜……。
 もし、明日香ちゃんが、いなくなっちゃったら……。
 きっと寂しすぎて、泣いて泣いて……死んじゃう…かも。なんてね。
 でも私、それくらい、すごい泣き虫だから……。

 明日香ちゃんは…私がいなくなったら、泣いてくれるかな〜?
 泣かない強い女の子……でも…明日香ちゃんが泣くようなことになったら、それは本当に大変なことだよね。
 そんな時、やっぱり傍にいてあげたいよ……。
 あれ? 私がいなくなったらって想像してたんだっけ?
 それじゃあ一緒にはいられないわけで〜……あれ?

 と…とにかく…私はずっと、ずっとず〜っと、明日香ちゃんと一緒にいたいの。
 どんなことがあっても…いつになっても……。

 そんなことを考えて……やっと、座席に前向きに座り直した。
 どんどん、どんどん、明日香ちゃんから遠ざかっていくタクシー。
 それに乗った私は……明日香ちゃんの指の感触を留めた自分の手をほっぺに当てて……それから…運転手さんに分からないように口元の方にずらして、窓の外を見る振りをしながら、そっとキスをした。

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